碧天のノアズアーク

世良シンア

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-プロローグ 終わりと始まり-

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-プロローグ 終わりと始まり-

「湊!」

赤髪の少年は、黙々と人型の木人形に刀を振る薄水色髪の少年に元気よく声をかけた。

「…………」

「お、無視か?俺のことを無視するやつには……こうだ!」

赤髪の少年は、湊と呼ばれた薄水色髪の少年に向かって右ストレートをお見舞いした。

「なっ……」

しかし湊はそれを察知していたのか、身体を横に少しずらし何事もなかったかのように鍛錬を続けている。

「ぐぬぬ……なあ、聞こえてんだろ?湊!」

「…………はぁ。なんの用?」

湊はため息をつき、嫌々ながら刀を止め、赤髪の少年に視線を向けた。

「いやさ、そろそろ俺らの主様が誕生するっていうからさ、なんか花とか百合様に贈らねぇか?」

「……これが終わったらな」

「えー!まだ終わってないのかよ、日課の鍛錬!」

「秀が邪魔をしたからな。それに、どうせまたお前はサボったんだろ。こんなに早く終わる方がおかしい」

「うっ……」

赤髪の少年……秀は図星をつかれ、二の句が継げなくなってしまった。

「また和貴さんに怒られても知らないぞ」

「ふん。いいんだよ別に。親父の言うことばっか聞いてたら、俺の脳みそがカッチコチになっちまう。その点、清司郎オヤジはいいよなー。ガミガミ言わないで、湊の自主性を尊重してるし?うちのオヤジは過干渉でいけねぇや」

秀は頭の後ろで腕を組み、自分の父親たる八神和貴に文句を垂れ流した。

「秀が未熟だから心配しているだけだろう」

「はー?俺は未熟者なんかじゃねぇし!」

「…………」

ムキになって湊の言葉に言い返した秀。それに対し湊は何を言うこともなく、再び鍛錬へと意識を向けていた。

「ぐぬぬ……いいか、湊!俺とお前で百合様とその赤子のために花を摘みに行く!これは決定事項だかんな!昼になったら俺の家の前来いよ!」

そう一方的に言葉をぶつけた秀は、九条家の庭から走り去っていった。





「やっと来たか!」

鍛錬を終え、一息ついた湊が八神家の屋敷に向かうと、玄関前にすでに秀が暇を持て余しながら座っていた。そして湊を見つけると、ひょいっと立ち上がった。

「……主誕生記念の花を贈るのなら、あの二人も呼ぶべきなんしゃないか?」

「あーそれがさ、二人とも家にいなかったんだよなー。したら湊がいたから、ラッキーって感じ?」

「……今日は鍛錬をサボるべきだったか」

「ははっ、何言ってんだよ。お前が鍛錬サボったことなんて一度もないくせに!てかとっとと花摘みに行こうぜ。帰りが遅くなっちまう」

秀は元気よく屋敷を飛び出した。それに呆れながらも湊が後をついていった。

「今更聞くが……花を摘むって、まさか結界の外に出るつもりか?」

「んなの当たり前だろ?この村じゃ見たこともないきれいな花を探すんだ。きっと百合様も喜んでくれる!」

「……カノン様の許可は?」

「は?取ってるわけないだろ。サプライズなんだからさ!」

「…………」

湊は秀の馬鹿さ加減に絶句した。

この里の外には何重にもそして強固な結界が張られている。この結界の外へ出る場合は、必ずこの里の長であるカノン=オーガストに許可を取らなければならない決まりとなっていたのである。

「お前がそこまで考えなしの馬鹿だとは思わなかった……」

「馬鹿ってなんだよ、馬鹿って。あー、あれだろ?結界の外に出たら八神家の陰陽術師に俺たちが外に出たのがバレるって話だろ?んなもんは心配ご無用ってもんよ!なぜなら、俺だって八神家の一員なんだからな!」

秀は隣を歩く湊にグッチョブサインを突き出した。その様子に湊は深いため息をつく。

「はぁ……もういい。俺がカノン様のとこに行ってくる」

「は?なんでだよ!それだけは絶対ダメだ!頼むって湊。この通り!」

秀は慌てて湊にお願いをした。秀は両手をしっかりと胸の前で合わせ、目をギュッと瞑っている。

「……はぁ、仕方ない。今回だけ共犯になってやる」

「おっしゃ!やっぱ持つべきものは頼れる友だぜ!」

「まったく、調子のいいやつだ」

「んじゃま、誰にもバレないようにちゃっちゃか外に出るとするか」

秀は上機嫌に歩を進めようとした、が……

「見つけたぞォ!秀ゥ!」

「っ!オ、オヤジ……?!」

秀の背後から怒鳴り声を出したのは、秀の父である八神和貴だった。和貴は鬼の形相でゆっくりと秀に近づいてくる。

「ヤッベ!湊、俺ちょーっと身の危険が迫ってるっぽいわ」

「だから言っただろ」

「ぐぬぬ……後であの場所で落ち合おうぜ。な!」

秀はひそひそと湊の耳もとで言葉を紡ぐと、湊の肩をぽんと叩いた。

「……了解」

「んー……オラッ!」

秀は手頃な小石を見つけて手に取ると、大きく振りかぶって自身に迫り来る脅威目掛けて投擲した。

「っ……親にこんな仕打ちをしていいと思ってるのかァー?!馬鹿息子がァ!!」

和貴は首を横に倒し、小石を避けた。そして怒りの咆哮を轟かせる。

「しつけぇんだよ、馬鹿オヤジ!俺が何しようが俺の勝手だろ!!べー!」

そう言い残した秀は、ベロを出して父親を挑発した後、近くの家の細道に入り込んでいった。

「待ちやがれ!!」

それを見た和貴は、ダッシュで秀の後を追いかけていった。

「何やってるんだか、あの馬鹿は」

「……賑やかな親子だな、相も変わらず」

呆れる湊の隣には、いつのまにか青髪の男が立っていた。

「父さん……!いたんだ」

「たまたま通りがかったにすぎない。今日も鍛錬は済ませたようだな」

「当然です。俺はあの馬鹿と違って真面目ですから」

「ここまで聞き分けがよいと手間がかからなくて助かるが……ふむ」

湊の父、九条清司郎は何を思ったのか考え込み始めた。

「……父さん?」

「いやなんでもない。それより、湊は秀とどこかへ行く予定だったか?」

「あー……まあそうです」

湊は濁さず正直に父へそう告げた。

「そうか。……あのやんちゃぼうずの相手をするのは大変か?」

「そうですね。正直なところ、面倒に思うことも少なくないです。それに俺とは性格が真反対というか、例えるならあいつがみんなを照らす太陽なら俺はその輝かしい陽光に抗う術を持たない、ただ地面を這う川に過ぎないと思います」

「ほう。面白い例えだが、随分と自分に対する評価が厳しいな」

「自分に甘えを覚えさせるつもりは一切ないですから。俺は父さんのようになりたいんです」

「……ふむ。そうか」

息子に褒められたというのに、清司郎は特に表情を変えることも感謝の言葉を伝えるでもなく、端的な返事をした。

「やんちゃぼうずと付き合っていくのは大変だろうが、親友だと思うのならば大事にしておけ。人の縁というのはいつぷっつりと切れてしまうか、分からないものだからな」

「はい、父さん」

「ではな」

そう告げた清司郎は、九条家の屋敷がある方向へと歩いていった。

「……さて、そろそろ向かうか」







「おっせえーよ!湊!」

「…………」

秀に「後であの場所で落ち合おうぜ!」と言われた湊が例の場所へとやってくれば、すでに秀が待っていた。息は少々乱れている。

「ふぅ……なんとか逃げ切ったはいいけど、家戻ったら半殺しにされそうだぜ……ははは」

「自業自得だ」

「ぐぬぬ……」

二人が落ち合った場所は、里の近くの森にある古びた井戸だった。どうやら待ち合わせの目印としてこの井戸は最適らしい。

「ま、まあ、なんとか脅威は去ったことだし?早速花摘みに行こうぜ」

「……結界はどうするつもりだ?」

「あー、そのことか。湊もここの結界の効果は大体把握してるよな?」

「当然だ」

この里には四重の結界が貼られている。内側から順に、守護結界、阻害結界、探知結界、幻視結界となっている。

一つ目の結界の効果は、この里を超強力なバリアで守ること。しかし内側からは素通りできる仕組みになっている。ただその制約の分、より頑強な結界が張られている。

二つ目の効果は、侵入者の氣術を阻害すること。具体的には生命体に流れる氣の流れを乱し、発動した氣術を不発させることである。これはこの結界内に入ったすべての侵入者に発動する。ただし、八神家にあるこの結界の核に氣を込めた者には意味をなさない。

三つ目の効果は、外部・内部からの出入りを確認すること。ここを越えるとどんな人物が通ったかまで、八神家に置かれている八咫鏡やたのかがみで確認することが可能となっている。

四つ目は里を隠蔽すること。この里を外から見れば、ただの森の一部にしか見えない仕組みになっている。

「確かに俺たちがこのまま結界の外に出ちまえば八神家に……激おこオヤジにバレちまうわけなんだけど……そんな心配はいらねぇのさ。なぜなら俺がその結界を簡単に素通りできる方法を見つけてるからな!」

自信満々に言い切った秀は、湊に二つの小さな玉を見せてきた。少しオレンジ色がかったその玉には、濃密な氣が込められているのか、その内側が微かに光を放っていた。

「……それは?」

「次期八神家当主八神秀考案、名付けて『結界なんてクソ喰らえ丸薬だ!』」

「…………」

頭の悪そうなネーミングセンスに、湊は呆れてものも言えないといった冷ややかな顔をした。

「なんだよその顔。まさか俺直々に開発したこの丸薬の効果を信じてないなぁ?」

「……その玉からは妙な力を感じる。まあ、何かしらの効果はありそうだな」

「ふん。そんなの当然だぜ。なんせこの俺がーーー」

「それはもういい。早くそれよこせ」

「……はい」

秀はしょぼんとした様子で湊の手のひらに小さな玉を一つ置いた。秀特製の丸薬を受け取った湊は躊躇う素振りを見せることなく、すぐにそれを飲み込んだ。それと同時に秀も自分の丸薬を飲み込む。

「……妙に身体が温かくなったな」

「あれ?身体に変化が出ちまうのか。今度からは無影響の丸薬をつくんねぇと……」

「……秀」

「んあ?」

「お前まさか、これを使うのは初めてか?」

「そりゃもちろん。だってつい先日完成したばっかのやつだし」

「……はぁ」

「な?!なんでため息つくんだよ!」

「いいから、早くいくぞ」

湊のため息に噛みついてきた秀の言葉を無視して、湊は先を急いだ。そんな湊の後を、「おい、待てってば!」と声をあげて秀がついていく。

こうした談笑を続けながら、二人が結界の外へと出て歩き回ること五時間弱。ついに二人はお眼鏡にかなう花を発見した。

二人の眼前には、凛として美しい白い花々が辺り一面に咲き誇っていた。

「これしかないだろ!あのたおやかな百合様にピッタリだぜ!な、湊」

「そうだな。馬鹿みたいに歩いた甲斐があった」

湊は白百合の花畑へと足を踏み入れ、数本の白百合を優しく摘んでいった。

「ふぅ。危うくオヤジじゃなくて湊に半殺しにされるとこだったぜ」

秀は冷や汗をかいていたのか、おでこを手の甲で一拭きした。

実はこの花の前に見つけた花の時、湊は秀をにらみながら「次でダメだったら……わかるよな?秀……」という一言を残しており、それに秀は顔をひきつらせながら「は、はい……!」と、返事をした。そしてその声はしっかりと裏返っていた。

「……だいぶ暗いな」

「だな。早いとこ戻って百合様に渡しに行こうぜ」

「ああ。あの二人にも声をかけるのを忘れるなよ」

「分かってるって」

二人はようやく探し求めていた花を見つけ出し、安心と喜びに心を浸らせながら村へと戻っていった。だがそんな温かな気持ちは、一瞬にして霧散し、不安と驚愕の色に染まったのである。

「は……?……なんだよ、これ……一体何があったんだってんだよ?!」

「なっ……!」

秀は眼前に広がる惨状を嘆いた。湊も驚愕の色を隠せない。それもそのはず。ついさっきまで穏やかで平穏な姿をしていた里は、見るからに崩壊してしまっていた。家屋や木々からは激しい炎が立ち上り、里の者たちは大量の魔物に襲われそこかしこから悲痛な叫び声が響き渡る。

真っ赤な海と害獣にのまれた里に秀も湊も絶句し、その場を動けずにいた。

「お前たち、一体どこへ行ってたんだ!心配したんだぞ!!」

「オヤジ!」

秀の父である八神和貴は、焦った表情で二人に駆け寄った。

「な、なんなんだよ、これ……なんで俺たちの里がこんな……」

「悪いが、そんな悠長なことを言っている時間はない!お前たちにはやらなければならない大事な使命があるんだ」

和貴はそう告げると、この惨状を飲み込めていない二人の腕を引っ張り、半ば強引にこの里で一番大きな屋敷へと連れて行く。

「二人を連れてきました。カノン様」

「すまないな、和貴。秀、湊、よく聴いてくれ。私たちはこのままでは直に全滅するおそれがある。だからお前たちには私たちが時間を稼いでいる隙に一刻も早くこの子達を連れてここから逃げて欲しいのだ」

この里の長であるカノン=オーガストは神妙な面持ちでそう話した。

「えっ。この子たちって……」

秀はカノンの左後方に座る女性の腕に抱かれたニ人の赤子を見る。

「そう。私の可愛い息子たちだ。そしてお前たちの主人でもある」

「「……っ!」」

二人は息を呑んだ。ようやく誕生した自分たちの尊き主に歓喜した。だが湊は我に帰り、カノンに視線を戻す。

「逃げると言ってもこの状況でどこへ行けば……」

「それについては心配いらない。清司郎が戻ってくれば準備が整う」

「カノン様。頼まれたものをお持ちいたしました」

後方にある扉が開き、青髪の男が現れる。その男、九条清司郎は当主の元に勾玉・刀・鏡の三つのアイテムを差し出す。

「よくやった。清司郎」

カノンは清司郎に礼を述べ、その三つの品を受け取り秀と湊へ渡す。

「これらは八神家・九条家・天羽家がそれぞれ管理する秘宝だ。必ずお前たちの力となってくれる」

二人がそれらを受け取った直後、大きな爆発音が鳴り響き大地が揺れ動く。

「ちっ、やばいな。ここももう潮時かもな……!」

和貴は焦燥を帯びた声を出した。カノンは隣に座る女性から二人の赤子を抱き上げ、秀と湊へと預ける。

「この屋敷の地下に里長にしか開けられないゲートがある。先ほど私が開けておいたから、今ならば入ることが可能だ。ゲートは一度しか使えず、歴代の里長たちが守ってきたものだ。正直、ゲートの先がどこであるのかはわからない。だが、これがお前たちがここから安全に抜け出せる唯一の手段なのだ」

カノンが伝え終えると同時に、清司郎は部屋の右奥の壁にかかる掛軸の方へと向かい、それを下に引いた。すると近くの床がスライドし、隠し階段の姿があらわとなる。そして二人を少し離れたところから見守っていた和貴は息子である秀に近づく。

「あそこがゲートへつながる階段だ」

「オヤジ……」

「秀。俺は八神家当主としてお前に教えられることは全て教えたつもりだ。八神の名に恥じない男になれ。……それとだな……父さんは秀が幸せに生きることを願っているからな」

「なに柄にもねぇこと言ってんだよ。クソ……」

「なんだ秀。泣いてんのか。……父さん初めて見たかもなー、秀が泣いたとこ」

「なっ、泣いてなんかねぇよ!……オヤジ。俺頑張るから。もっともっと強くなってオヤジなんか軽く倒せるくらい強い男になってみせるから」

「っ!……そうかそうか。……あ、そうだ。サボり癖はちゃーんと治すんだぞ。じゃねぇとお前たちの主に示しがつかないからな」

少し目を丸くした後、和貴は満面の笑みを浮かべて秀の頭をわしゃわしゃとなでる。

「ちょっ、なにすんだよ!」

「ハッハッハ」

八神親子が最後の別れをする中、九条清司郎はそれを横目に息子の湊のもとへと向かった。そして彼らの微笑ましいやりとりを見て、清司郎は自虐的な笑いを洩らす。

「ふっ。……私は最後までお前に親の愛情というものを向けられなかったな。妻にも散々言われてきた。もう少し湊への愛を表に出せ、とな……。湊、私はーーー」

「父さん。俺は父さんからとても愛されていたことは分かっていますよ。俺が稽古してほしいと頼むと必ずしてくれたし、俺がどんなに夜遅くに帰ってきたとしても、父さんの部屋はいつも明かりがついてた。どう考えても俺は父さんに愛されてたよ……。それに、父さんが不器用なことくらい、ずっと前から知ってたよ」

「そうか……。我が息子ながら末恐ろしいな」

清司郎はほんの少し口角を上げ目を閉じた。そして片膝をつき真剣な表情で湊の両肩に手を乗せる。

「湊。私はここで死ぬが悔いはない。カノン様のために死ねるというのなら本望だからだ。お前も主人のために命をかける強さと覚悟を持て。これが私からお前に伝える最後の言葉だ」

父の言葉を聴き湊は一度下を向いて唇を噛む。そして顔をあげる。

「……はい!」

『ドカーン!!』

八神家と九条家親子の最後の別れを容赦なく壊しにかかるかのように、突如鋭い爪が伸びた巨大な獣の手が屋敷を半壊させた。これに素早く反応した和貴は、ここにいる全員に小さな結界を張っていく。

「くっ……。さあ、二人ともはやくいけ!」

和貴の声に秀と湊とはうなずき、隠し階段へまっすぐ走り出した。この里の最後の希望たる赤子たちを抱きかかえてーーー。










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