2 / 128
ヴァルハラ編
1 根源界
しおりを挟む
side 八神秀
俺たちがこの場所にきてから三ヶ月が経った。俺たちは今、根源界という世界にいる。ここは俺たちがいた人界とはまた別の世界らしい。
以前オヤジから聞いた話では、俺たちがいた人界、その対となる魔界、人界のどこかにあるとされる精霊界、魔界のはるか上空に位置するとされる天界の合計四つの世界があるっていう話だったから、この根源界っていう世界のことは俺も湊も全く知らなかった。
それに世界間の移動、といっても人界と魔界の間だけに限れば、この両世界の行き来はそれほど難しいものじゃない。ただし、この二つの世界の間には不可思議な黒い壁が海底から天空まで広がっていて、通称『ブラックカーテン』って言うみたいだ。これのせいで、とある特殊な手段でないとあっち側に移動することができないんだよな。
それはともかくとしてだ。この根源界に行くには、どうやら里長の屋敷の地下にあったゲートが唯一の移動手段だったみたいだ。
「秀。交代だ」
先ほどまで稽古をしていた湊が少し疲れた様子で俺の元へ来る。湊は生まれた時から一緒に育った幼なじみだ。湊が汗をかいた姿なんて久々に見たな。
「おし!次こそはあの爺さんに一発入れてやる」
俺は胸の前辺りで右の拳を左の掌にパンッと当てて気合を入れた。そしてとある爺さんを睨みつける。
こちらを見てニヤニヤしているその爺さんの名はヴォルガ。この世界の管理人らしい。俺たちがゲートの先で出会った謎の爺さんだ。
「おーい、秀。次はお主の番じゃぞ。はやく来んか」
「わかってるよ!」
あの爺さん、普段は頼りにならないただのジジイのくせに戦闘に関しては俺が会ったどんな奴よりもつえぇ。おそらくは俺のオヤジよりも……。
木陰で休んでいた俺は立ち上がり、爺さんのもとへ向かう。湊はといえば、今さっき俺がいた場所で座っている。
「秀も湊もわしと初めて手合わせした頃より強くなっておるの。感心感心……!じゃが、まだわしに痛烈な一撃を入れることはできておらん。まったくいつになったらできることやら」
爺さんは自身の髭を撫でながら嫌みたらしく言う。
「っるせぇな。今日という今日は爺さんをぎゃふんと言わせてやるから覚悟しろよ!」
「ほおー。それは楽しみじゃな」
「クッソー!また負けたー!爺さん強すぎんだろ」
夕食の席で俺はもう何度目かわからない愚痴をこぼす。ちなみに俺たちがいるこの部屋は根源界の中心に聳え立つ世界樹に建てられた家にある。この家は何故か俺たちの里にあった家々と造りが似ていた。
「ハッハッハ。すまんな。なんせわし、史上最強の男じゃからのう」
ステーキを頬張りながら、俺は爺さんを睨みつける。
なんで勝てねぇんだこんなジジイ相手に……!
「まあ安心せい。わしが直接指導しとるんじゃ。お主らはわしの次に強い男なるじゃろうて」
今絶対わざと次にのとこだけ強調して言いやがったな。
「俺は先に戻る」
先に食事を終えた湊は席を立つ。
「俺もすぐ行くわ」
今の今まで黙食していた湊は、ノアとシンがいる部屋へと戻っていった。俺と湊は九年間ずっと一緒に育ってきたはずなのだが、どうも湊は大人びていてクールな奴なのだ。俺とはかなり性格が違う。
「しっかし、湊の奴は初めて会うた時から思っておったが、ガキっぽさが全然ないのう。お主とは大違いじゃな」
「知ってるよ。俺はあいつの親友だからな。……てか、俺だってもうガキじゃねぇからな!」
「それはどうかのう」
「なんだとー!このクソジジイ!」
「クソジジイとはなんじゃ、クソジジイとは!口の聞き方がなっておらんぞ!」
「……御二方。食事中に大声を出すなどマナーがなってませんよ。それにノア君とシン君が起きたらどうするんですか」
爺さんといつもの口喧嘩を勃発させると、俺の右側にある襖を開けて黒髪の若い男が注意を促した。
「げっ。クロードさん」
「げっ、じゃないですよ、秀君。この際、毎度のことですからヴォルガと喧嘩するのはしょうがないとしても、時と場合を考えてください」
「はい。すんません」
この人はクロードさん。爺さんの唯一の従者兼世話役で、俺たちが爺さんとの手合わせなんかでいない間に、ノアやシンの面倒を見てくれている優しくて頼れる人だ。
「ハッハッハ。また怒られてしまったのう」
「はぁ。秀君は素直に反省するというのに人生の大・大・大先輩であるはずのあなたにそれができないとは……」
クロードは主人であるヴォルガに呆れた様子で目を閉じ、右手を顔に当て首を振った。そしてクロードさんは俺へと体を向ける。
「秀君。お風呂を沸かしておいたので湊君と先に入っておいてください。しっかり疲れをとってくださいね」
「了解です、クロードさん」
俺はすぐに部屋を出る。襖を閉め湊たちがいるであろう『神無月の間』に向かう。
先ほどまで食事をしていた長月の間からは「なぜ秀はわしと話すときとクロードと話すときとであんなにも態度が違うんじゃ?」と口にする爺さんの声と「自覚なしですか……」とため息をつくクロードさんの声が聞こえてきた。
side 九条湊
入浴後、浴衣を着た俺たちは神無月の間へと戻った。三ヶ月前のあの緊迫した状況下にいた俺たちには想像できなかったほどに快適な日々を過ごしている。
ゲートの先にいた爺さんとクロードさんには感謝している。俺たちのような他所者の世話をしてくれているからな。
『なんじゃ、まさかこの世界に客が来るとはのう』
ゲートを抜けた先にいたのは髭を生やした白髪の爺さん。何者かは知らないが相当強いことは見てすぐにわかった。秀もなんとなく察したらしく俺と同様身構えている。
『ジジイ。あんた、なにもんだよ』
『ジジイじゃと?随分と口の悪いガキじゃのう』
爺さんは秀を睨みつける。
『まあ、いいじゃろ。わしはこの根源界を守護する管理人でヴォルガという。それで?主らは何者じゃ。なにやら訳ありのようじゃが……』
……根源界とはなんだ?聞いたことがない。
『俺は八神秀だ。こっちは九条湊』
『ほう。八神家と九条家の子か。ということは、主らが大事そうに抱えておるその赤子らは……オーガスト家の血を引く子らじゃな』
なっ……なぜ俺たちのことを知っている……?!
『……ッ。おい!ジジイ。なんで俺らのこと知ってんだ!』
俺と同じように動揺する秀が爺さんへと問いかけた。
『それはじゃな。……わしが凄い奴だからじゃ』
『『は?』』
わざわざタメをつくって自信満々に告げた爺さん。
なにを言ってるんだ。全く答えになってないだろう。あの爺さん馬鹿すぎないか。
『なんじゃ。ちゃんと答えてやったであろう。何か不服でもあるのか』
『ヴォルガ。そんな答えでこの子達が納得するわけないでしょ。あなたは本当にどうしようもないですね』
爺さんの後方から黒髪の若い男が姿を見せる。
『何を言っておるかクロード。わしはちゃーんと答えてやったぞ』
『はぁ……。すみませんね。主人はどうもおバカ…んんっ、失礼、少々変わり者でして。私が御二人のご質問にお答えいたしましょう』
爺さんにクロードと呼ばれた男は紳士的な印象だ。そしてクロードに話の主導権を握られた爺さんは、ぶつぶつと文句を言いながら小石を蹴っている。
『それならお言葉に甘えて。ここはどこで貴方達は何者だ?それになぜ俺たちのことを知っている?』
『ここは根源界という別空間に存在する世界です。君たちの後ろに聳え立つ大きな木は世界樹と言って、君たちがいた世界やこの空間の源です。簡単に言えば、そうですね……全ての生命の始まりであり、全ての世界を支える存在……ですかね』
世界樹が世界の根源であるという話は里に伝わる伝承として認知してはいた。ただ、どこにあるのかは不明だった。そのためただの与太話として理解している者も多かったが、まさか俺たちの里にそこにつながるゲートがあるなんてな……。
『それから、何者か、ということですがそれは追々話すことにしましょう。なぜ君たちのことを知っていたのかということも含めて、ね』
正体はまだ明かせないということか。だが俺たちの一族のことを知っている部外者などゼロに等しいはず……。
一体こいつらは何者だ……?
『質疑応答はこれくらいにして私たちの家にご招待しましょう。ここで長話するのは君たちやその赤子たちにとってもあまり良くありませんし』
確かに俺たちの主には安らかに眠れる空間が必要だ。俺も秀もノアやシンになるべく振動を与えないように注意して動いてはいたが、いつまでも俺たちの腕の中というのは二人の負担になるかもしれない。
『……わかった。まだあんた達を完全に信用したわけではないが、主のためだ。あなたの案に従う。それでいいか、秀』
『湊がいいなら俺はそれで構わないぜ。それにあいつらにはこっちを敵視するような感じもないし、悪意のある人間には見えなかったからな』
クロードに連れられて世界樹の根元に集まる。クロードが世界樹に触れると地面に緑色のゲートが出現し、俺たちは緑色の光に包まれる。
目を開けるとそこは俺たちの里にあった家屋を彷彿とさせる木造の空間が広がっていた。つい先ほどまで里にいたというのにとても懐かしく感じる。
『ここが私たちの住処です。ちなみにここは世界樹の枝上に建てられています。そしてこの部屋は『卯月の間』と言います。まあ、部屋といってもここは下に降りるための氣術陣があるだけなので、特に誰かが使っている場所ではないですね。ですからゲート以外これといって物は置いていないんです』
確かにこのゲート以外には特に気にかかるようなものはない。かなり殺風景な部屋だ。
『この部屋を出て道なりに進むと三方向に分かれている廊下が出てきます』
クロードの説明を聴きながら俺たちは後をついていく。
『ここがその分かれ道です。左手の階段を上がるとヴォルガの自室である「葉月の間」と「文月の間」があります。右手の階段を上がると書庫である「水無月の間」と「皐月の間」があります。私たちが向かうのは、このまままっすぐ行くと左手に見えてくる「神無月の間」です』
クロードに導かれるがまま、俺たちは神無月の間に到着した。
床は畳が敷き詰められており、簡素な部屋ではあるが、不思議と風情を感じる落ち着いた場所であった。クロードは左側に備えられている押し入れから布団を取り出し丁寧に敷いていく。
『今日からここを君たちの部屋として使ってください。何かあれば先ほど教えた葉月の間に来てください。私か主人のどちらかが対応しますから。それと残りの部屋の説明や今後君達がどうするかといった相談は、後ほど行いましょう。今は体を休めることが先決です。あとでまたお伺いしますので。では』
クロードは今まで一言も発しなかったしょぼくれ爺さんを連れて、この場を後にした。
『湊。これからどうするよ』
『とりあえずここは安全な所と言っても問題ないだろう。あの二人相当強いだろうから、俺たちが邪魔ならとっとと始末してるはずだ』
俺と秀はノアとシンを布団の上に優しく置いて今後についての会話をする。
『そうだよな。あの爺さん、言動とか態度はバカっぽいけど内に秘めてる氣の量が半端じゃなかった。体格もそれなりに良かったし』
『今の俺たちが全力を出して勝てるかどうか、かなり危ういな』
『まあ、もしかしたら爺さんだけならなんとかなるかもしれねぇけど……あのクロードって男も加わったら流石に無理だぜ』
爺さんとクロード、どちらもかなりの猛者といっていい。両方の相手をするのは確かに不可能だ。
『そうだな。まあそれについては戦いに発展するような事態にはならないように注意するしかないだろう』
『だな……。俺たちの主を守るのが第一優先事項だ。これからも頼むぜ、親友!』
秀は屈託のない笑顔で左の拳を突き出した。
『ああ』
俺は右の拳を突き出し秀の拳と突き合わせた。秀は俺が信頼する者の一人だ。こいつとならなんでもやっていけるだろうな。
『よく休めました?』
クロードが襖を開け俺たちに問いかける。
『ああ。クロードさん、だっけ。あんたのおかげで助かったよ。ありがとな』
秀の言葉に続き、俺は頭を少し下げ感謝の気持ちを表現する。
『いえいえ。当然のことをしたまでです。それと夕食の用意ができましたので秀君と湊君もご一緒にいかがかと思い伺いました。私はまだ警戒されているのに同じ卓で食べるのは食事が喉を通らないのではと言ったのですが、主人がどうしてもと聞かなかったので御二人のご意見を聞かせてもらいたいのです』
『俺は全然いいけど。湊は?』
俺としてはここの情報をもっと知っておきたいからな。この世界の住人と話せる機会は逃さない方がいいだろう。
『俺も行く』
『それはよかったです。では私が案内します。食事は基本的に長月の間でとります。この神無月の間を出てすぐ正面にある部屋です。それとこの世界には君たちに危害を加えるような輩はいませんから安心してください』
俺たちに優しく微笑んだクロードは、俺たちを連れて例の部屋に向かった。長月の間と呼ばれるその部屋にはすでにあの爺さんがいた。
『おお。待っておったぞ。さあ、早く飯を食おう』
爺さんは黒っぽい緑色の浴衣を着て俺たちを迎えた。ちなみに俺たちは神無月の間にあった紺色の浴衣を着ている。里にいた頃と同じ部屋着だ。
ここも畳の部屋で長方形の茶色いテーブルに四人分の料理が置かれており、その前にはそれぞれ座布団が用意されている。右奥に爺さん、右手前にクロード、左奥に秀、そして左手前に俺が座る。
『あのさ、俺たちのことどうするつもりなんだよ』
箸をすすめていた手を止め、唐突にそして不躾に秀が問いかけた。
『ふむ。特にお主たちをどうこうするつもりはないぞ。まあ、この世界は最も安全な場所と言っていいからのう。気が済むまでここにいてくれて構わん』
『なんで見ず知らずの俺たちにそこまでしてくれるんだよ?』
『……まあ、なんじゃ。わしがお主らを気に入ったからじゃな』
『『……』』
本当にそれだけの理由で見知らぬ人間にここまでのことをしたのか?しかも爺さんはこれから先もここに居ていいとまで言っている。こんなに上手い話があるのだろうか。
『胡散臭く聞こえると思いますが、主人は嘘は言っておりませんよ。気に入らないものは問答無用で斬り捨てる方ですから』
『むむ?わしはそんなに残酷な男ではないぞ。言い過ぎではないのか、クロード』
『いえいえ。これでも控えめにお答えしたつもりです』
『いやまて。そうかそうか。……わしは偉大で誠実で謙虚でそれはそれは仁徳のあるすんばらしい男じゃということをクロードは言いたかったんじゃな?じゃが、わしの前で言うのはとてもとても恥ずかしくて言えんかった。そうじゃろう?』
自身の主人であるはずの爺さんを白い目で見つめるクロードは、止めていた手を動かして食事を再開する。
『おい、クロード。なぜ無視するのじゃ。わしは悲しいぞ』
爺さんはクロードの肩に手を乗せる。するとクロードは爺さんの方をゆっくりと向き睨みつけた。爺さんは顔を引きつらせ乾いた笑いをこぼした後、しょぼんとした顔となり、ちまちまと食べ始めた。これではどちらが主人なのかわかったものではない。
結局めぼしい情報は得られないまま食事会は終わり、クロードの勧めで「師走の間」の浴場で疲れをとることとなった。
俺たちがこの場所にきてから三ヶ月が経った。俺たちは今、根源界という世界にいる。ここは俺たちがいた人界とはまた別の世界らしい。
以前オヤジから聞いた話では、俺たちがいた人界、その対となる魔界、人界のどこかにあるとされる精霊界、魔界のはるか上空に位置するとされる天界の合計四つの世界があるっていう話だったから、この根源界っていう世界のことは俺も湊も全く知らなかった。
それに世界間の移動、といっても人界と魔界の間だけに限れば、この両世界の行き来はそれほど難しいものじゃない。ただし、この二つの世界の間には不可思議な黒い壁が海底から天空まで広がっていて、通称『ブラックカーテン』って言うみたいだ。これのせいで、とある特殊な手段でないとあっち側に移動することができないんだよな。
それはともかくとしてだ。この根源界に行くには、どうやら里長の屋敷の地下にあったゲートが唯一の移動手段だったみたいだ。
「秀。交代だ」
先ほどまで稽古をしていた湊が少し疲れた様子で俺の元へ来る。湊は生まれた時から一緒に育った幼なじみだ。湊が汗をかいた姿なんて久々に見たな。
「おし!次こそはあの爺さんに一発入れてやる」
俺は胸の前辺りで右の拳を左の掌にパンッと当てて気合を入れた。そしてとある爺さんを睨みつける。
こちらを見てニヤニヤしているその爺さんの名はヴォルガ。この世界の管理人らしい。俺たちがゲートの先で出会った謎の爺さんだ。
「おーい、秀。次はお主の番じゃぞ。はやく来んか」
「わかってるよ!」
あの爺さん、普段は頼りにならないただのジジイのくせに戦闘に関しては俺が会ったどんな奴よりもつえぇ。おそらくは俺のオヤジよりも……。
木陰で休んでいた俺は立ち上がり、爺さんのもとへ向かう。湊はといえば、今さっき俺がいた場所で座っている。
「秀も湊もわしと初めて手合わせした頃より強くなっておるの。感心感心……!じゃが、まだわしに痛烈な一撃を入れることはできておらん。まったくいつになったらできることやら」
爺さんは自身の髭を撫でながら嫌みたらしく言う。
「っるせぇな。今日という今日は爺さんをぎゃふんと言わせてやるから覚悟しろよ!」
「ほおー。それは楽しみじゃな」
「クッソー!また負けたー!爺さん強すぎんだろ」
夕食の席で俺はもう何度目かわからない愚痴をこぼす。ちなみに俺たちがいるこの部屋は根源界の中心に聳え立つ世界樹に建てられた家にある。この家は何故か俺たちの里にあった家々と造りが似ていた。
「ハッハッハ。すまんな。なんせわし、史上最強の男じゃからのう」
ステーキを頬張りながら、俺は爺さんを睨みつける。
なんで勝てねぇんだこんなジジイ相手に……!
「まあ安心せい。わしが直接指導しとるんじゃ。お主らはわしの次に強い男なるじゃろうて」
今絶対わざと次にのとこだけ強調して言いやがったな。
「俺は先に戻る」
先に食事を終えた湊は席を立つ。
「俺もすぐ行くわ」
今の今まで黙食していた湊は、ノアとシンがいる部屋へと戻っていった。俺と湊は九年間ずっと一緒に育ってきたはずなのだが、どうも湊は大人びていてクールな奴なのだ。俺とはかなり性格が違う。
「しっかし、湊の奴は初めて会うた時から思っておったが、ガキっぽさが全然ないのう。お主とは大違いじゃな」
「知ってるよ。俺はあいつの親友だからな。……てか、俺だってもうガキじゃねぇからな!」
「それはどうかのう」
「なんだとー!このクソジジイ!」
「クソジジイとはなんじゃ、クソジジイとは!口の聞き方がなっておらんぞ!」
「……御二方。食事中に大声を出すなどマナーがなってませんよ。それにノア君とシン君が起きたらどうするんですか」
爺さんといつもの口喧嘩を勃発させると、俺の右側にある襖を開けて黒髪の若い男が注意を促した。
「げっ。クロードさん」
「げっ、じゃないですよ、秀君。この際、毎度のことですからヴォルガと喧嘩するのはしょうがないとしても、時と場合を考えてください」
「はい。すんません」
この人はクロードさん。爺さんの唯一の従者兼世話役で、俺たちが爺さんとの手合わせなんかでいない間に、ノアやシンの面倒を見てくれている優しくて頼れる人だ。
「ハッハッハ。また怒られてしまったのう」
「はぁ。秀君は素直に反省するというのに人生の大・大・大先輩であるはずのあなたにそれができないとは……」
クロードは主人であるヴォルガに呆れた様子で目を閉じ、右手を顔に当て首を振った。そしてクロードさんは俺へと体を向ける。
「秀君。お風呂を沸かしておいたので湊君と先に入っておいてください。しっかり疲れをとってくださいね」
「了解です、クロードさん」
俺はすぐに部屋を出る。襖を閉め湊たちがいるであろう『神無月の間』に向かう。
先ほどまで食事をしていた長月の間からは「なぜ秀はわしと話すときとクロードと話すときとであんなにも態度が違うんじゃ?」と口にする爺さんの声と「自覚なしですか……」とため息をつくクロードさんの声が聞こえてきた。
side 九条湊
入浴後、浴衣を着た俺たちは神無月の間へと戻った。三ヶ月前のあの緊迫した状況下にいた俺たちには想像できなかったほどに快適な日々を過ごしている。
ゲートの先にいた爺さんとクロードさんには感謝している。俺たちのような他所者の世話をしてくれているからな。
『なんじゃ、まさかこの世界に客が来るとはのう』
ゲートを抜けた先にいたのは髭を生やした白髪の爺さん。何者かは知らないが相当強いことは見てすぐにわかった。秀もなんとなく察したらしく俺と同様身構えている。
『ジジイ。あんた、なにもんだよ』
『ジジイじゃと?随分と口の悪いガキじゃのう』
爺さんは秀を睨みつける。
『まあ、いいじゃろ。わしはこの根源界を守護する管理人でヴォルガという。それで?主らは何者じゃ。なにやら訳ありのようじゃが……』
……根源界とはなんだ?聞いたことがない。
『俺は八神秀だ。こっちは九条湊』
『ほう。八神家と九条家の子か。ということは、主らが大事そうに抱えておるその赤子らは……オーガスト家の血を引く子らじゃな』
なっ……なぜ俺たちのことを知っている……?!
『……ッ。おい!ジジイ。なんで俺らのこと知ってんだ!』
俺と同じように動揺する秀が爺さんへと問いかけた。
『それはじゃな。……わしが凄い奴だからじゃ』
『『は?』』
わざわざタメをつくって自信満々に告げた爺さん。
なにを言ってるんだ。全く答えになってないだろう。あの爺さん馬鹿すぎないか。
『なんじゃ。ちゃんと答えてやったであろう。何か不服でもあるのか』
『ヴォルガ。そんな答えでこの子達が納得するわけないでしょ。あなたは本当にどうしようもないですね』
爺さんの後方から黒髪の若い男が姿を見せる。
『何を言っておるかクロード。わしはちゃーんと答えてやったぞ』
『はぁ……。すみませんね。主人はどうもおバカ…んんっ、失礼、少々変わり者でして。私が御二人のご質問にお答えいたしましょう』
爺さんにクロードと呼ばれた男は紳士的な印象だ。そしてクロードに話の主導権を握られた爺さんは、ぶつぶつと文句を言いながら小石を蹴っている。
『それならお言葉に甘えて。ここはどこで貴方達は何者だ?それになぜ俺たちのことを知っている?』
『ここは根源界という別空間に存在する世界です。君たちの後ろに聳え立つ大きな木は世界樹と言って、君たちがいた世界やこの空間の源です。簡単に言えば、そうですね……全ての生命の始まりであり、全ての世界を支える存在……ですかね』
世界樹が世界の根源であるという話は里に伝わる伝承として認知してはいた。ただ、どこにあるのかは不明だった。そのためただの与太話として理解している者も多かったが、まさか俺たちの里にそこにつながるゲートがあるなんてな……。
『それから、何者か、ということですがそれは追々話すことにしましょう。なぜ君たちのことを知っていたのかということも含めて、ね』
正体はまだ明かせないということか。だが俺たちの一族のことを知っている部外者などゼロに等しいはず……。
一体こいつらは何者だ……?
『質疑応答はこれくらいにして私たちの家にご招待しましょう。ここで長話するのは君たちやその赤子たちにとってもあまり良くありませんし』
確かに俺たちの主には安らかに眠れる空間が必要だ。俺も秀もノアやシンになるべく振動を与えないように注意して動いてはいたが、いつまでも俺たちの腕の中というのは二人の負担になるかもしれない。
『……わかった。まだあんた達を完全に信用したわけではないが、主のためだ。あなたの案に従う。それでいいか、秀』
『湊がいいなら俺はそれで構わないぜ。それにあいつらにはこっちを敵視するような感じもないし、悪意のある人間には見えなかったからな』
クロードに連れられて世界樹の根元に集まる。クロードが世界樹に触れると地面に緑色のゲートが出現し、俺たちは緑色の光に包まれる。
目を開けるとそこは俺たちの里にあった家屋を彷彿とさせる木造の空間が広がっていた。つい先ほどまで里にいたというのにとても懐かしく感じる。
『ここが私たちの住処です。ちなみにここは世界樹の枝上に建てられています。そしてこの部屋は『卯月の間』と言います。まあ、部屋といってもここは下に降りるための氣術陣があるだけなので、特に誰かが使っている場所ではないですね。ですからゲート以外これといって物は置いていないんです』
確かにこのゲート以外には特に気にかかるようなものはない。かなり殺風景な部屋だ。
『この部屋を出て道なりに進むと三方向に分かれている廊下が出てきます』
クロードの説明を聴きながら俺たちは後をついていく。
『ここがその分かれ道です。左手の階段を上がるとヴォルガの自室である「葉月の間」と「文月の間」があります。右手の階段を上がると書庫である「水無月の間」と「皐月の間」があります。私たちが向かうのは、このまままっすぐ行くと左手に見えてくる「神無月の間」です』
クロードに導かれるがまま、俺たちは神無月の間に到着した。
床は畳が敷き詰められており、簡素な部屋ではあるが、不思議と風情を感じる落ち着いた場所であった。クロードは左側に備えられている押し入れから布団を取り出し丁寧に敷いていく。
『今日からここを君たちの部屋として使ってください。何かあれば先ほど教えた葉月の間に来てください。私か主人のどちらかが対応しますから。それと残りの部屋の説明や今後君達がどうするかといった相談は、後ほど行いましょう。今は体を休めることが先決です。あとでまたお伺いしますので。では』
クロードは今まで一言も発しなかったしょぼくれ爺さんを連れて、この場を後にした。
『湊。これからどうするよ』
『とりあえずここは安全な所と言っても問題ないだろう。あの二人相当強いだろうから、俺たちが邪魔ならとっとと始末してるはずだ』
俺と秀はノアとシンを布団の上に優しく置いて今後についての会話をする。
『そうだよな。あの爺さん、言動とか態度はバカっぽいけど内に秘めてる氣の量が半端じゃなかった。体格もそれなりに良かったし』
『今の俺たちが全力を出して勝てるかどうか、かなり危ういな』
『まあ、もしかしたら爺さんだけならなんとかなるかもしれねぇけど……あのクロードって男も加わったら流石に無理だぜ』
爺さんとクロード、どちらもかなりの猛者といっていい。両方の相手をするのは確かに不可能だ。
『そうだな。まあそれについては戦いに発展するような事態にはならないように注意するしかないだろう』
『だな……。俺たちの主を守るのが第一優先事項だ。これからも頼むぜ、親友!』
秀は屈託のない笑顔で左の拳を突き出した。
『ああ』
俺は右の拳を突き出し秀の拳と突き合わせた。秀は俺が信頼する者の一人だ。こいつとならなんでもやっていけるだろうな。
『よく休めました?』
クロードが襖を開け俺たちに問いかける。
『ああ。クロードさん、だっけ。あんたのおかげで助かったよ。ありがとな』
秀の言葉に続き、俺は頭を少し下げ感謝の気持ちを表現する。
『いえいえ。当然のことをしたまでです。それと夕食の用意ができましたので秀君と湊君もご一緒にいかがかと思い伺いました。私はまだ警戒されているのに同じ卓で食べるのは食事が喉を通らないのではと言ったのですが、主人がどうしてもと聞かなかったので御二人のご意見を聞かせてもらいたいのです』
『俺は全然いいけど。湊は?』
俺としてはここの情報をもっと知っておきたいからな。この世界の住人と話せる機会は逃さない方がいいだろう。
『俺も行く』
『それはよかったです。では私が案内します。食事は基本的に長月の間でとります。この神無月の間を出てすぐ正面にある部屋です。それとこの世界には君たちに危害を加えるような輩はいませんから安心してください』
俺たちに優しく微笑んだクロードは、俺たちを連れて例の部屋に向かった。長月の間と呼ばれるその部屋にはすでにあの爺さんがいた。
『おお。待っておったぞ。さあ、早く飯を食おう』
爺さんは黒っぽい緑色の浴衣を着て俺たちを迎えた。ちなみに俺たちは神無月の間にあった紺色の浴衣を着ている。里にいた頃と同じ部屋着だ。
ここも畳の部屋で長方形の茶色いテーブルに四人分の料理が置かれており、その前にはそれぞれ座布団が用意されている。右奥に爺さん、右手前にクロード、左奥に秀、そして左手前に俺が座る。
『あのさ、俺たちのことどうするつもりなんだよ』
箸をすすめていた手を止め、唐突にそして不躾に秀が問いかけた。
『ふむ。特にお主たちをどうこうするつもりはないぞ。まあ、この世界は最も安全な場所と言っていいからのう。気が済むまでここにいてくれて構わん』
『なんで見ず知らずの俺たちにそこまでしてくれるんだよ?』
『……まあ、なんじゃ。わしがお主らを気に入ったからじゃな』
『『……』』
本当にそれだけの理由で見知らぬ人間にここまでのことをしたのか?しかも爺さんはこれから先もここに居ていいとまで言っている。こんなに上手い話があるのだろうか。
『胡散臭く聞こえると思いますが、主人は嘘は言っておりませんよ。気に入らないものは問答無用で斬り捨てる方ですから』
『むむ?わしはそんなに残酷な男ではないぞ。言い過ぎではないのか、クロード』
『いえいえ。これでも控えめにお答えしたつもりです』
『いやまて。そうかそうか。……わしは偉大で誠実で謙虚でそれはそれは仁徳のあるすんばらしい男じゃということをクロードは言いたかったんじゃな?じゃが、わしの前で言うのはとてもとても恥ずかしくて言えんかった。そうじゃろう?』
自身の主人であるはずの爺さんを白い目で見つめるクロードは、止めていた手を動かして食事を再開する。
『おい、クロード。なぜ無視するのじゃ。わしは悲しいぞ』
爺さんはクロードの肩に手を乗せる。するとクロードは爺さんの方をゆっくりと向き睨みつけた。爺さんは顔を引きつらせ乾いた笑いをこぼした後、しょぼんとした顔となり、ちまちまと食べ始めた。これではどちらが主人なのかわかったものではない。
結局めぼしい情報は得られないまま食事会は終わり、クロードの勧めで「師走の間」の浴場で疲れをとることとなった。
10
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
平凡な村人だと思われていた俺、実は神々が恐れる最強存在でした〜追放されたけど、無自覚チートで気づけば世界の頂点〜
uzura
ファンタジー
平凡な村人・レオンは、勇者パーティの荷物持ちとして蔑まれ、ある日「役立たず」として追放される。
だが、彼の正体は神々が恐れ、世界の理を超越する“創世の加護”を持つ唯一の存在だった。
本人はまったくの無自覚——それでも歩くたび、出会うたび、彼によって救われ、惹かれていく者たちが増えていく。
裏切った勇者たちは衰退し、彼を捨てた者たちは後悔に沈む。
やがて世界は、レオン中心に回り始める。
これは、最弱を装う最強が、知らぬ間に神々を超える物語。
【完結】異世界へ五人の落ち人~聖女候補とされてしまいます~
かずきりり
ファンタジー
望んで異世界へと来たわけではない。
望んで召喚などしたわけでもない。
ただ、落ちただけ。
異世界から落ちて来た落ち人。
それは人知を超えた神力を体内に宿し、神からの「贈り人」とされる。
望まれていないけれど、偶々手に入る力を国は欲する。
だからこそ、より強い力を持つ者に聖女という称号を渡すわけだけれど……
中に男が混じっている!?
帰りたいと、それだけを望む者も居る。
護衛騎士という名の監視もつけられて……
でも、私はもう大切な人は作らない。
どうせ、無くしてしまうのだから。
異世界に落ちた五人。
五人が五人共、色々な思わくもあり……
だけれど、私はただ流れに流され……
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる