7 / 128
ヴァルハラ編
6 おでかけ
しおりを挟む
side 九条湊
あれから数日経ち、ノアは何事もなかったかのように元気に生活していた。ノアの話によると、足を滑らせて川に落ちてしまい、流されはしたがなんとか岸に上がれたらしい。
しかし、疲れて川原に横になった直後、上から岩石が降ってきたらしい。おそらく崖の先が崩れて落下したのだろう。不運にもほどがある。
ノアを傷つけた者は誰であろうと容赦しないとはいえ、今回は自然に起きてしまった事。俺たちにできるのはこういった万が一に備えることだろう。
ちなみに、なぜ普通の人間なら岩石に押し潰されて生きているはずがないのにノアが無事だったのかと問われれば、それはノアが咄嗟に自身の身体に氣を巡らせて多少の防御をしていたことと、何より俺たちの一族特有のフィジカルの強さによるものだろう。
「みーなーとー。オレ、お腹空いたー」
午前の勉強と訓練を終えたノアがいつものようにおねだりをし始める。
「今クロードさんが昼食を作ってくれているはずだ。もう少し待て」
「えー。クッキーとかでもいいからなんか食べたい!」
ノアは座っている俺の服の裾を掴み、うるうるとした目で俺の顔を見上げていた。
……どうもノアのお願いには勝てないな。
「……仕方ないな」
俺は式神の煌とアイコンタクトを交わした。煌は俺の意図を察して頷く。それを確認した俺は神無月の間を後にし、睦月の間へと向かった。
side ノア=オーガスト
「煌、オレたちトイレ行ってくる」
オレは湊が出ていくのを見計らって煌に言い放ち、シンと共に部屋を出ようとする。
「え?!お、お待ちください、ノア様……」
煌は慌てた様子で立ち上がってオレたちに近づこうとする。
「大丈夫だって。すぐ済むから」
「ん……そう、ですね。分かりました」
こうしてオレとシンは湊に続いて神無月の間を後にした。そして、部屋を出てすぐにシンへと小声で話しかける。
「よし、シン。葉月の間に行くぞ」
葉月の間はヴォル爺の自室なんだ。オレたちがそこに向かう理由は、とある物をゲットするためだ。
成功したらきっとすごいことになるぞー!楽しみだ!!
オレたちはこっそりと葉月の間に向かった。
「どこにあるかなー。うーん……」
「兄さん。この引き出しの底蓋、変だよ」
オレはシンが探していた棚へと行ってみる。
「ほら。引き出しの高さ的にもっと底蓋は下にないとおかしいのに、この引き出しの底蓋は真ん中ぐらいにある。下に空間ができてるってことだ」
「えーと、つまりその空間にオレたちの探し物が隠されてるかもしれないってことか!」
「うん。それに他の引き出しはこの引き出しみたいな違和感は見られない。だから、この引き出しはいわゆる二重底ってやつだ」
オレはシンの的を得た推理に納得する。
「なるほど。物知りだなー、シン。うし、早速見てみるか」
オレの言葉にシンは少し嬉しそうな顔をした。そして俺はすぐに、例の不思議な底蓋を取り外す。
中を見れば、シンの推測通りそこには茶色い木製のカギが入っていた。大きさは三十センチくらいでカギにしてはかなりでかい。
「おー!こんなに早く見つけられるなんて思わなかった。シン、ありがとな!」
「……っ……。そ、それより早く下に向かおう」
なんだ、なんだ。シンのやつ、照れてんのか?まったく、可愛いやつだなー。
「おう!」
誰もいないことを確認しながら、葉月の間を出て卯月の間に入る。ここには世界樹の根本に行けるゲートがあるんだ。
特に何の障害もなく本当の目的地にたどり着いた。オレは世界樹に彫られた穴に例のカギを差し込み回す。
『ガチャ』
音とともに木に丸い大きな穴が空く。その穴の先は白く輝いていた。
「シン、行くぞ」
「ん」
こうしてオレたちは未知の世界へと飛び込むことに成功したのだった。
side 九条湊
「クロードさん。すみません。クッキーの残りってありますか?」
睦月の間に入り調理中のクロードさんに声をかける。
「おや、湊君。クッキーですか。確かあちらの棚にあったかと思います」
「ありがとうございます」
言われた通り入ってすぐ右手にある棚にある缶や箱を見ていくと、クッキーと書かれた箱を見つけた。
「そういえば、ノア君の体調はもう大丈夫ですか?」
「ええ。もうすっかり元気ですよ」
「そうですか。それは良かったです。色々と忙しかったもので、ここ最近ノア君に直接会えていませんから、心配だったんです」
確かに最近はクロードさんの姿をあまり見かけなかったな。
「……ご心配いただきありがとうございます」
「いえいえ。ノア君はとっくに私の家族同然ですから。もちろん湊君たちもですよ」
「そう言っていただけるとありがたいです」
「ふふふ。……それはそうと今日の昼食はハンバーグになりますが、大丈夫ですか?」
「ノアもシンも好き嫌いはしたことないので大丈夫です。それに二人はクロードさんの料理をかなり気に入っています」
たまに爺さんがノアたちのためにといって作ることがあるのだが、たいていが焦げ臭く、到底料理とはいえないものが出てくる。比べる対象が月とスッポンの差があるのだが、それを抜きにしてもクロードさんの料理はかなり美味しい。
「そうですか。それは嬉しいことですね」
ご機嫌な様子のクロードさんは、フライパンに油を敷き、焼く準備を整える。
「では、俺たちはこれで失礼します」
神無月の間へと戻ると、中には煌しかいなかった。
「煌。ノアとシンはどこに?」
「先ほどトイレに行きたいと仰られたので、ついて行こうとはしたのですが、止められてしまい……。申し訳ない」
煌は弱々しい声で俺に謝り、俯いた。
煌の様子を見るにノアたちの言葉を信じて待ったものの、全く帰ってくる気配がなくて後悔しているのだろう。
「……まあいい。紫苑、ノアたちの場所、分かるか?」
俺は肩で休む相棒兼家族に助けを求めた。こういうかくれんぼの場合、紫苑がいればものの数秒で居場所がわかる。
俺はなんの心構えもすることなく紫苑の返答を待った。
「……妙だな。ノアとシンの氣が見えない」
「……は?」
俺は同様のあまり、気の抜けた声を発してしまった。
氣が見えない?どういうことだ。紫苑の眼には氣そのものを見る力があり、それを使えば簡単に位置は特定できるはず。
だというのに、氣が見えない、だと?
「これはあくまで推測だが、ノアとシンがこの世界にいない可能性がある。でなければ、私の眼で捉えられないはずがない」
この世界にいない?全く意味がわからない。
……思考が追いつかない。
こんな嫌な体験は……里が襲撃されて以来だ。
「……とりあえずこのことを秀に伝える。煌、頼む」
「承知……!」
煌は先ほどまでの暗い雰囲気を払拭したかのように真剣な面持ちで、ヴォルガと鍛錬中であろう秀のもとへ向かった。
side 八神秀
煌からの連絡を受けた俺は爺さんに事情を説明した後、すぐに湊のもとに向かった。爺さんも青ざめた顔をして煌からの報告を聞いていた。
「一体どういうことだよ。ノアとシンがこの世界に……根源界にいねぇかもしれねぇって」
「言葉通りだ。紫苑が言うには二人の氣が全く見えないらしい。そして見えないということは、見えるはずの個体がそもそもこの世界に存在していないということになるそうだ」
湊の焦燥を浮かべつつも冷静に振る舞う様子を俺は目に留めた。
「氣を隠す何か特別な力があるなら話は別だが、少なくとも現時点で二人がそのような力を持ってはいないはずだ。ならば、答えはひとつだけ」
俺は紫苑の考えと同じ結論を導く。
「……この世界から消えているから、氣を確認できないってことかよ」
俺は上を見上げ、右腕で両目を隠す。
クソ、あんなことがあった矢先にこれかよ。あの時の誓いを何も果たせてねぇじゃねぇかよ。なにが危険な目には合わせねぇだ。
クソ、クソ、クソ……!
俺は拳にこれでもかと力を込めた。手のひらに爪が強く食い込んでいたが、そんなのは気にもならなかった。
「今、葉月の間に行ってカギがあるかを調べましたが、案の定ありませんでした」
紫苑の説明で何かを察したクロードさんは、爺さんの自室へと足早に向かい戻ってきた。
「な、なんじゃと。では、二人は人界に……」
「おいおい。それって前に話してたやつか。爺さんが持ってるカギを世界樹にある特別な穴に使えば、俺らがもといた世界の人界に帰れるっていう……」
「ぬぅ。その通りじゃ。じゃがなぜ二人がそのことを知っておったんじゃ?しゃべった覚えは……ないんじゃがのう」
「そんなこと今はどうでもいい。それより二人を探しに行くのが最優先だ」
湊のいつも以上に低く覇気がある声に大気がピリつく。
「なあ、クロードさん。俺らは二人を一刻も早く追いかけたいんだが、それは可能なのか?」
俺の問いにクロードさんは一度目を閉じる。そして厳しい顔を俺たちに向けた。
「通常、一度カギを使った場合、次に使用できるまでには三日かかります」
三日、だと。それはあまりにも……長すぎる。
「通常、ということは例外もあるんだな」
普段はクロードさんに敬語である湊が、余裕がないせいか俺と話す時のような口調になっている。表情にはあまり出ていないが、それだけ焦りまくってるわけだ。
「ええ。……口だけで説明するより実物のカギがあった方が理解しやすいので、世界樹の根元に向かいましょう」
卯月の間のゲートを通り世界樹の根元に到着すると、カギにしてはかなりでかい木製の物体が落ちていた。
「これが例のカギです。このカギは、一見するとただの木でできたカギ状の物体ですが、氣を流すと細かい線が至る所に見えることがわかると思います」
クロードさんが氣を流すと確かに金色の光が線状に浮き出てた。
「これがこのカギの中核といっていいでしょう。そしてこの線が決まった形に全て繋がった時にこのカギを使用することが可能になります」
ってことは、その線とやらが繋がるのに三日かかるってわけかよ。
「線がひとつの回路として機能したときに真価を発揮するこのカギは、通常は自然回復を待てば問題ありません。三日で再使用可能です。では、ここからは本題の例外に関してご説明しましょう。最短でこのカギを使用可能状態に復活させるのなら、通常の自然回復ではなく、人為的に線をつなげて使用可能状態に持っていくしかありません。そしてこの方法は、私もしくはヴォルガにしかできません」
確かにカギのことを一番知っているのはこの二人だけだ。俺らにどうこうできる力はねぇ。
「……その場合はどのくらいで使えるんだ?」
「今まで試したことはありませんので、これは推測ですが……おそらく五、六時間はかかるかと」
「そうじゃな。繋げるにはかなりの集中力を用する上に、大量の氣を消耗する。それに、本来の法則を無視して無理矢理に回路をつくり上げるわけじゃから、次に使えるのは三日どころの話じゃなかろうて。じゃがまあ、二人のためなら何の障害でもないがのう」
「ですね。では早速始めましょうか。私から作業を行います。ヴォルガは二、三時間後に私と交代をお願いしますよ」
地面に座ったクロードさんはカギに両手をかざし真剣な表情になる。
「わしらはあっちで待機するぞ。クロードの集中を乱してはいかんからのう」
そう爺さんが指をさした木陰に俺たちは移動をする。
「なあ爺さん。疑問に思ってたんだが、一度ここを離れたら戻っては来られねぇのか?」
この世界を出るのはあのカギが必要。それならこの世界に再び入るにはまた何かが必要になるよな。
「良い質問じゃ。答えはいたって簡単。わしかクロードならこの世界に入るためのゲートを作ることが可能なんじゃよ。……何故かって?それはわしとクロードはこの世界の管理人であり守護者であるからじゃのう」
「なるほどな。……ん?ならあのカギは別に要らなくねぇか?爺さんたちなら出入り自由ってことだよな」
「それはそうなんじゃが……それにはひとつ重大な欠点があるんじゃよ。それはズバリ、一度こちらとあちらを繋ぐゲートを開くだけで、わしらの氣のほとんどが無くなってしまうんじゃ。いくらわしらといえども、氣の保有量は無限ではないからのう。行きで使えば帰りにすぐにゲートを開くことができないのじゃよ」
それもそうか。世界間の移動を個人の力のみで行うなんて普通はありえないからな。尋常じゃない氣を消費するんだろうな。そしてそれを補うだけの量を二人が持っているということか。
「だから行きはあのカギを使ってその消費を抑えてるっつうわけか」
「大正解じゃのう」
俺の回答に爺さんは満足そうに頷いた。
「だが、そんな頻繁に人界に行く用があるのか?」
木に体を預け腕を組む湊の問いを、ヴォルガはニヤニヤとした顔で答える。
「ハッハッハ。実はのう、お主らが普段食べとる料理の材料は、全て人界で作られたものなんじゃよ」
なんだ、そうだったのか。道理でどこにも田畑とか海とかがないはずだ。
「三日に一度クロードが人界に行き食糧を買い込んでおったんじゃよ。そして、食糧庫である弥生の間に貯蔵していた、というカラクリじゃな」
「なるほどな。つまりクロードさんに家事全般を全て任せて爺さんは毎日らくーに過ごしてるっつうわけか」
俺の挑発に爺さんは慌てた素振りを見せる。
「そ、そ、そんなことはないんじゃ。ただわしの生活能力が乏しいから任せるしかないというだけであってだな。……何と言うんじゃったか……。そうじゃ、適材適所というやつじゃのう。うむ」
「「……」」
「そんなに冷たい視線を向けんでもよいではないか……。おじいちゃん泣いちゃうぞい」
あれから数日経ち、ノアは何事もなかったかのように元気に生活していた。ノアの話によると、足を滑らせて川に落ちてしまい、流されはしたがなんとか岸に上がれたらしい。
しかし、疲れて川原に横になった直後、上から岩石が降ってきたらしい。おそらく崖の先が崩れて落下したのだろう。不運にもほどがある。
ノアを傷つけた者は誰であろうと容赦しないとはいえ、今回は自然に起きてしまった事。俺たちにできるのはこういった万が一に備えることだろう。
ちなみに、なぜ普通の人間なら岩石に押し潰されて生きているはずがないのにノアが無事だったのかと問われれば、それはノアが咄嗟に自身の身体に氣を巡らせて多少の防御をしていたことと、何より俺たちの一族特有のフィジカルの強さによるものだろう。
「みーなーとー。オレ、お腹空いたー」
午前の勉強と訓練を終えたノアがいつものようにおねだりをし始める。
「今クロードさんが昼食を作ってくれているはずだ。もう少し待て」
「えー。クッキーとかでもいいからなんか食べたい!」
ノアは座っている俺の服の裾を掴み、うるうるとした目で俺の顔を見上げていた。
……どうもノアのお願いには勝てないな。
「……仕方ないな」
俺は式神の煌とアイコンタクトを交わした。煌は俺の意図を察して頷く。それを確認した俺は神無月の間を後にし、睦月の間へと向かった。
side ノア=オーガスト
「煌、オレたちトイレ行ってくる」
オレは湊が出ていくのを見計らって煌に言い放ち、シンと共に部屋を出ようとする。
「え?!お、お待ちください、ノア様……」
煌は慌てた様子で立ち上がってオレたちに近づこうとする。
「大丈夫だって。すぐ済むから」
「ん……そう、ですね。分かりました」
こうしてオレとシンは湊に続いて神無月の間を後にした。そして、部屋を出てすぐにシンへと小声で話しかける。
「よし、シン。葉月の間に行くぞ」
葉月の間はヴォル爺の自室なんだ。オレたちがそこに向かう理由は、とある物をゲットするためだ。
成功したらきっとすごいことになるぞー!楽しみだ!!
オレたちはこっそりと葉月の間に向かった。
「どこにあるかなー。うーん……」
「兄さん。この引き出しの底蓋、変だよ」
オレはシンが探していた棚へと行ってみる。
「ほら。引き出しの高さ的にもっと底蓋は下にないとおかしいのに、この引き出しの底蓋は真ん中ぐらいにある。下に空間ができてるってことだ」
「えーと、つまりその空間にオレたちの探し物が隠されてるかもしれないってことか!」
「うん。それに他の引き出しはこの引き出しみたいな違和感は見られない。だから、この引き出しはいわゆる二重底ってやつだ」
オレはシンの的を得た推理に納得する。
「なるほど。物知りだなー、シン。うし、早速見てみるか」
オレの言葉にシンは少し嬉しそうな顔をした。そして俺はすぐに、例の不思議な底蓋を取り外す。
中を見れば、シンの推測通りそこには茶色い木製のカギが入っていた。大きさは三十センチくらいでカギにしてはかなりでかい。
「おー!こんなに早く見つけられるなんて思わなかった。シン、ありがとな!」
「……っ……。そ、それより早く下に向かおう」
なんだ、なんだ。シンのやつ、照れてんのか?まったく、可愛いやつだなー。
「おう!」
誰もいないことを確認しながら、葉月の間を出て卯月の間に入る。ここには世界樹の根本に行けるゲートがあるんだ。
特に何の障害もなく本当の目的地にたどり着いた。オレは世界樹に彫られた穴に例のカギを差し込み回す。
『ガチャ』
音とともに木に丸い大きな穴が空く。その穴の先は白く輝いていた。
「シン、行くぞ」
「ん」
こうしてオレたちは未知の世界へと飛び込むことに成功したのだった。
side 九条湊
「クロードさん。すみません。クッキーの残りってありますか?」
睦月の間に入り調理中のクロードさんに声をかける。
「おや、湊君。クッキーですか。確かあちらの棚にあったかと思います」
「ありがとうございます」
言われた通り入ってすぐ右手にある棚にある缶や箱を見ていくと、クッキーと書かれた箱を見つけた。
「そういえば、ノア君の体調はもう大丈夫ですか?」
「ええ。もうすっかり元気ですよ」
「そうですか。それは良かったです。色々と忙しかったもので、ここ最近ノア君に直接会えていませんから、心配だったんです」
確かに最近はクロードさんの姿をあまり見かけなかったな。
「……ご心配いただきありがとうございます」
「いえいえ。ノア君はとっくに私の家族同然ですから。もちろん湊君たちもですよ」
「そう言っていただけるとありがたいです」
「ふふふ。……それはそうと今日の昼食はハンバーグになりますが、大丈夫ですか?」
「ノアもシンも好き嫌いはしたことないので大丈夫です。それに二人はクロードさんの料理をかなり気に入っています」
たまに爺さんがノアたちのためにといって作ることがあるのだが、たいていが焦げ臭く、到底料理とはいえないものが出てくる。比べる対象が月とスッポンの差があるのだが、それを抜きにしてもクロードさんの料理はかなり美味しい。
「そうですか。それは嬉しいことですね」
ご機嫌な様子のクロードさんは、フライパンに油を敷き、焼く準備を整える。
「では、俺たちはこれで失礼します」
神無月の間へと戻ると、中には煌しかいなかった。
「煌。ノアとシンはどこに?」
「先ほどトイレに行きたいと仰られたので、ついて行こうとはしたのですが、止められてしまい……。申し訳ない」
煌は弱々しい声で俺に謝り、俯いた。
煌の様子を見るにノアたちの言葉を信じて待ったものの、全く帰ってくる気配がなくて後悔しているのだろう。
「……まあいい。紫苑、ノアたちの場所、分かるか?」
俺は肩で休む相棒兼家族に助けを求めた。こういうかくれんぼの場合、紫苑がいればものの数秒で居場所がわかる。
俺はなんの心構えもすることなく紫苑の返答を待った。
「……妙だな。ノアとシンの氣が見えない」
「……は?」
俺は同様のあまり、気の抜けた声を発してしまった。
氣が見えない?どういうことだ。紫苑の眼には氣そのものを見る力があり、それを使えば簡単に位置は特定できるはず。
だというのに、氣が見えない、だと?
「これはあくまで推測だが、ノアとシンがこの世界にいない可能性がある。でなければ、私の眼で捉えられないはずがない」
この世界にいない?全く意味がわからない。
……思考が追いつかない。
こんな嫌な体験は……里が襲撃されて以来だ。
「……とりあえずこのことを秀に伝える。煌、頼む」
「承知……!」
煌は先ほどまでの暗い雰囲気を払拭したかのように真剣な面持ちで、ヴォルガと鍛錬中であろう秀のもとへ向かった。
side 八神秀
煌からの連絡を受けた俺は爺さんに事情を説明した後、すぐに湊のもとに向かった。爺さんも青ざめた顔をして煌からの報告を聞いていた。
「一体どういうことだよ。ノアとシンがこの世界に……根源界にいねぇかもしれねぇって」
「言葉通りだ。紫苑が言うには二人の氣が全く見えないらしい。そして見えないということは、見えるはずの個体がそもそもこの世界に存在していないということになるそうだ」
湊の焦燥を浮かべつつも冷静に振る舞う様子を俺は目に留めた。
「氣を隠す何か特別な力があるなら話は別だが、少なくとも現時点で二人がそのような力を持ってはいないはずだ。ならば、答えはひとつだけ」
俺は紫苑の考えと同じ結論を導く。
「……この世界から消えているから、氣を確認できないってことかよ」
俺は上を見上げ、右腕で両目を隠す。
クソ、あんなことがあった矢先にこれかよ。あの時の誓いを何も果たせてねぇじゃねぇかよ。なにが危険な目には合わせねぇだ。
クソ、クソ、クソ……!
俺は拳にこれでもかと力を込めた。手のひらに爪が強く食い込んでいたが、そんなのは気にもならなかった。
「今、葉月の間に行ってカギがあるかを調べましたが、案の定ありませんでした」
紫苑の説明で何かを察したクロードさんは、爺さんの自室へと足早に向かい戻ってきた。
「な、なんじゃと。では、二人は人界に……」
「おいおい。それって前に話してたやつか。爺さんが持ってるカギを世界樹にある特別な穴に使えば、俺らがもといた世界の人界に帰れるっていう……」
「ぬぅ。その通りじゃ。じゃがなぜ二人がそのことを知っておったんじゃ?しゃべった覚えは……ないんじゃがのう」
「そんなこと今はどうでもいい。それより二人を探しに行くのが最優先だ」
湊のいつも以上に低く覇気がある声に大気がピリつく。
「なあ、クロードさん。俺らは二人を一刻も早く追いかけたいんだが、それは可能なのか?」
俺の問いにクロードさんは一度目を閉じる。そして厳しい顔を俺たちに向けた。
「通常、一度カギを使った場合、次に使用できるまでには三日かかります」
三日、だと。それはあまりにも……長すぎる。
「通常、ということは例外もあるんだな」
普段はクロードさんに敬語である湊が、余裕がないせいか俺と話す時のような口調になっている。表情にはあまり出ていないが、それだけ焦りまくってるわけだ。
「ええ。……口だけで説明するより実物のカギがあった方が理解しやすいので、世界樹の根元に向かいましょう」
卯月の間のゲートを通り世界樹の根元に到着すると、カギにしてはかなりでかい木製の物体が落ちていた。
「これが例のカギです。このカギは、一見するとただの木でできたカギ状の物体ですが、氣を流すと細かい線が至る所に見えることがわかると思います」
クロードさんが氣を流すと確かに金色の光が線状に浮き出てた。
「これがこのカギの中核といっていいでしょう。そしてこの線が決まった形に全て繋がった時にこのカギを使用することが可能になります」
ってことは、その線とやらが繋がるのに三日かかるってわけかよ。
「線がひとつの回路として機能したときに真価を発揮するこのカギは、通常は自然回復を待てば問題ありません。三日で再使用可能です。では、ここからは本題の例外に関してご説明しましょう。最短でこのカギを使用可能状態に復活させるのなら、通常の自然回復ではなく、人為的に線をつなげて使用可能状態に持っていくしかありません。そしてこの方法は、私もしくはヴォルガにしかできません」
確かにカギのことを一番知っているのはこの二人だけだ。俺らにどうこうできる力はねぇ。
「……その場合はどのくらいで使えるんだ?」
「今まで試したことはありませんので、これは推測ですが……おそらく五、六時間はかかるかと」
「そうじゃな。繋げるにはかなりの集中力を用する上に、大量の氣を消耗する。それに、本来の法則を無視して無理矢理に回路をつくり上げるわけじゃから、次に使えるのは三日どころの話じゃなかろうて。じゃがまあ、二人のためなら何の障害でもないがのう」
「ですね。では早速始めましょうか。私から作業を行います。ヴォルガは二、三時間後に私と交代をお願いしますよ」
地面に座ったクロードさんはカギに両手をかざし真剣な表情になる。
「わしらはあっちで待機するぞ。クロードの集中を乱してはいかんからのう」
そう爺さんが指をさした木陰に俺たちは移動をする。
「なあ爺さん。疑問に思ってたんだが、一度ここを離れたら戻っては来られねぇのか?」
この世界を出るのはあのカギが必要。それならこの世界に再び入るにはまた何かが必要になるよな。
「良い質問じゃ。答えはいたって簡単。わしかクロードならこの世界に入るためのゲートを作ることが可能なんじゃよ。……何故かって?それはわしとクロードはこの世界の管理人であり守護者であるからじゃのう」
「なるほどな。……ん?ならあのカギは別に要らなくねぇか?爺さんたちなら出入り自由ってことだよな」
「それはそうなんじゃが……それにはひとつ重大な欠点があるんじゃよ。それはズバリ、一度こちらとあちらを繋ぐゲートを開くだけで、わしらの氣のほとんどが無くなってしまうんじゃ。いくらわしらといえども、氣の保有量は無限ではないからのう。行きで使えば帰りにすぐにゲートを開くことができないのじゃよ」
それもそうか。世界間の移動を個人の力のみで行うなんて普通はありえないからな。尋常じゃない氣を消費するんだろうな。そしてそれを補うだけの量を二人が持っているということか。
「だから行きはあのカギを使ってその消費を抑えてるっつうわけか」
「大正解じゃのう」
俺の回答に爺さんは満足そうに頷いた。
「だが、そんな頻繁に人界に行く用があるのか?」
木に体を預け腕を組む湊の問いを、ヴォルガはニヤニヤとした顔で答える。
「ハッハッハ。実はのう、お主らが普段食べとる料理の材料は、全て人界で作られたものなんじゃよ」
なんだ、そうだったのか。道理でどこにも田畑とか海とかがないはずだ。
「三日に一度クロードが人界に行き食糧を買い込んでおったんじゃよ。そして、食糧庫である弥生の間に貯蔵していた、というカラクリじゃな」
「なるほどな。つまりクロードさんに家事全般を全て任せて爺さんは毎日らくーに過ごしてるっつうわけか」
俺の挑発に爺さんは慌てた素振りを見せる。
「そ、そ、そんなことはないんじゃ。ただわしの生活能力が乏しいから任せるしかないというだけであってだな。……何と言うんじゃったか……。そうじゃ、適材適所というやつじゃのう。うむ」
「「……」」
「そんなに冷たい視線を向けんでもよいではないか……。おじいちゃん泣いちゃうぞい」
10
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。
彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。
そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
ダンジョンに捨てられた私 奇跡的に不老不死になれたので村を捨てます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はファム
前世は日本人、とても幸せな最期を迎えてこの世界に転生した
記憶を持っていた私はいいように使われて5歳を迎えた
村の代表だった私を拾ったおじさんはダンジョンが枯渇していることに気が付く
ダンジョンには栄養、マナが必要。人もそのマナを持っていた
そう、おじさんは私を栄養としてダンジョンに捨てた
私は捨てられたので村をすてる
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
本条蒼依
ファンタジー
氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。
大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる