碧天のノアズアーク

世良シンア

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ダスク・ブリガンド編

3 変死体

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※ グロテスクな表現が含まれていますので、苦手な方はご注意ください。




side ノア=オーガスト

「よし!これで最後だな」

オレは握りしめた剣を振りかざし、最後の標的を討った。切れた部分からは赤黒い血液と、そこに混じった黒っぽい緑色の体液が垂れている。また、オレに切られた頭部はコロコロと少し離れた場所へと転がっていった。その周辺には似たような死体が幾つもあり、この状況からこいつらが群れで行動していたことがわかるだろう。

簡単に倒せはしたものの、オレの剣はボロボロになってしまった。理由はこの魔物の体液が剣に付着したために溶けたからだけど、どうせこの剣はすぐに買い替える消耗品だから、そんなに惜しくはない。

ま、最初に剣が溶けたのを見た時はちょいぎょっとしたけど、自分の身体には当たらないように注意を払ったから、そんな大したことはなかったなー。

オレはもはや剣には見えない、よくわからない物体を鞘に収めた。

「ふぅー。とりあえず依頼達成だな」

「『ゾンビウルフ』の群れってまあまあな頻度で現れるみたいだから、この依頼って冒険者ならそのほとんどがクリアしてるもんなんだよねー。私たちは今回初めてやったけど、やっぱノアたちがいるから楽勝だったよー」

ざっとみて二十体以上はいただろうから、EDENが規定するD3ランクに相当する群れだった。ま、数だけ揃えたところでオレたちが負けるわけがないんだけどなー。

「ですね。ゾンビウルフはそのただれた身体から毒々しい腐臭を放っていて、近づきすぎるととても危険な魔物です。ですから、Dランクの中でもかなり手強いとされる魔物なのに、氣術を使わずに倒してしまうなんて……」

エルが驚きを隠せないといった表情を浮かべる横でカズハはうんうんと首を縦に振っていた。

「まあこれが神仙族の力ってことなんだろうねー。まるでみたいだ」

「銀嶺の民……ってなんだ?」

オレは聞き覚えのない単語に首を傾げた。

「銀嶺の民っていうのはねー、このグランドベゼルの北に位置する『ドロモス』って地域の中で、さらに北東にある豪雪地帯に住む一族のことだよー。ある文献にそう明記されてるらしいんだけど、実際に会ったことのある人はいないとも言われてるんだ」

「へぇー。でもその銀嶺の民ってやつらとオレたち神仙族がどう似てるっていうんだ?」

「それはズバリ、身体能力が異常なまでに高いところだよー。銀嶺の民はほとんど氣術が使えないけど、身体能力はずば抜けて高いらしいからねー。ほんとかどうかは知らないけど、魔界ニライカナイに住むそこらの魔人よりも圧倒的な強さをもっているって話だよー」

へぇー、マジか。そんなすごい一族がオレたちの他にもいたのかよ。

一回でいいから会ってみたいもんだなー。

「そんなに強いってんなら一度勝負してみてぇもんだが、そいつらはなんでそんな奥地で暮らしてるんだぁ?」

SBを使って魔物を回収していた秀はオレたちの会話に参加してきた。

「うーん……そんなこと考えたこともなかったなー。なんでだろ?」

「私にもわかりません。何かそこで暮らさなければならない事情があるのかも知れません」

オレは今さっき銀嶺の民のこと知ったからなー。全く見当もつかない。

「迫害でも受けてるのだろう」

珍しく起きていた紫苑の一言に湊が聞き返した。

「迫害、だと?」

「ああ。人間離れした力を持つものは忌み嫌われるのが世の理というものだろう。魔人もその例ではないのか?」

「たしかにそうかも。魔人って私たち人間よりも氣術に長けていて、身体能力も高い者が多いからねー。それと同じで銀嶺の民も異様に身体能力高いらしいし。……あとはたぶん特異な見目も関係してるのかも」

「そうですね。迫害という観点で考えるなら見目も要因のひとつになると思います。銀嶺の民のことを白い魔物とかいて『白魔』と呼ぶ人は多いみたいですから」

「白い魔物……銀嶺の民って人間だよな?なのに魔物扱いするのか?」

エルの言葉にオレは再び首を傾げる。

「うーんとねー、人界ミッドガルドで暮らす人々はそもそも魔界ニライカナイに住む魔人たちを嫌悪する傾向にあるんだよねー。中には魔物=魔人って考える人もいるくらいだから……。ここ大帝国は比較的魔人を毛嫌いする人は少ない方だし、魔界ニライカナイの統治者と唯一の交流をもつ獣人国家とは友好国でもある。それに、最近になってこの国も魔界ニライカナイと交易を始める方針で進めてるらしいし」

「へぇー、この国は新しい挑戦をしてる真っ最中なんだな」

オレも新しいこと、知らないことに挑むのは好きだからな。なんだか親近感が湧くなー。

「……けど、特に魔人に対する偏見が強いのが、この大陸だと軍事国家ファランクスと王貴国ラグジュアリなんだ。まあ国単位でみなくても、全体的に魔人たちへの風当たりは強いと言っていいと思う」

「そっかー……」

誰も見たことがないのに、イメージだけがひとり歩きして恐れられてるって、なんだか悲しい話だなー。

「つまり、銀嶺の民とやらも魔人と同じ扱いを受けてるということだな」

この会話の総括を湊が簡単に述べてくれた?

「そういうこと。あとはそうだねー、私は聞かされなかったんだけど、たいていの人は子どもの頃に親から魔人、白魔、死神と呼ばれる者たちがいかに恐ろしく穢らわしい存在なのかを、教育の一環として教えられるらしいよー。早く帰ってこないと白魔に食べられちゃうぞー、とか言われるみたいだねー」

「あ、私も幼い頃に言われました。なので、正直今でもちょっと怖いなって思ってます」

そういえば一度植え付けられた概念ってなかなか払拭できないって、何かの本で読んだ気がするけど、どうやら本当にそうらしい。それも子どもの頃から、しかも無条件の信頼を寄せるであろう両親から言われたんじゃあ、それをなんの抵抗もなく信じるのは当然のことなんだろうなー。

「でも、冒険者になっていろんな人と出会ってみて、自分の偏った考えだけで物事を測るのは間違っていると気付かされました。なので、実際に会って私がどう感じるのか、そこを大事にしたいって思ってます!」

「んー!やっぱエルは良い子だねー!!」

エルの隣に立っていたカズハは、非常に嬉しそうな顔でエルに思い切り抱きついた。

「わわっ……!」

「ふふ……エルのほっぺは柔らかくてスベスベだねー」

カズハはエルに抱きついた状態でエルの頬をスリスリしている。

「っあ、ありがとうございます……?」

疑問形ではあるがお礼を述べているあたり、嫌がっているわけじゃなさそうだ。オレがよく秀に頭を撫でられるのと似たようなもんだろうなー。

「……あー、水を差すようでわりぃが、さっきカズハが言ってた『死神』ってのは何だ?」

女子二人だけで楽しそうにイチャつくカズハとエルへ、秀は気負うことなく質問をした。

「死神っていうのは『マーダーブラッド』って呼ばれる一族の畏称だよ。ていってもこの一族は百年前の戦争で滅びたって話だけどね」

カズハは名残惜しそうにエルを解放すると、割りかし真剣な面持ちで答えた。続けてエルがカズハの説明を補足をする。

「元々は小国であった神秘の国『ミステーロ』の暗殺部隊だったらしいです。ですが、百年前に軍事国家ファランクスの手によって国が壊滅状態に陥ったんです。その結果、現在はミステーロがあった地域は荒廃したままずっと放置されてしまい、今では誰も寄り付かない死んだ土地となってしまいました。歴史的用語でいえば、そこは『無法地帯アンダーグラウンド』と称されています」

世界から見放された場所……それが無法地帯アンダーグラウンドってわけか……なんか悲しいな、それって。

「……俺たち神仙族も、仮に世に知られていれば、銀嶺の民たち同様、迫害を受けていたかもしれないな」

「だな。そういう理由もあって俺らの先祖はひっそりと隠れ住む道を選んだのかもしれねぇな」

確かに。それはあり得るな。オレたちも恐れられる存在なのは間違いないだろうし。

カズハとエルはオレたちの正体を伝えても普段通り接してくれるから、すごく居心地がいい。ほんとありがたいことだよな。

「……兄さん。そろそろ帝都に戻らないとまずくないか?」

ほんとだ。日が傾いてから結構経ってる。そろそろ戻らないと帝都に着く前に日が沈んじゃうな。

「ま、とりあえず依頼は完了したし、EDEN寄って報告したら、宿に戻ろう」







「はぁー。いい湯だったなー」

「兄さん、牛乳買っていくか?」

「あー、今日はいいかなー。早く部屋戻って布団にダイブしたい」

大浴場で今日の疲れを取った後、オレたちは自分たちの部屋へと戻っていた。その途中、ある部屋から廊下にまで聞こえてくる話し声を耳にし、思わず立ち止まった。その部屋は襖が完全に閉め切られておらず、それが原因で廊下に声が漏れてしまったらしい。そしてそのことは部屋明かりが廊下に漏れ出ていることからも察せるだろう。

「聞いたか。また変死体が発見されたって話だぞ」

「えぇ!?これでもう三件目じゃない?!」

「ああ……なんでも今回の死体は全身の血が店の中に満たされていたそうだ。んで、その死体はシワシワになってたって話だ。まるで干からびちまったみてぇにな」

「……前の二件は肉片が壁や床、天井といったあちこちに飛び散ってたって噂でしょ?まるで破裂したかのようにさ……同一人物の仕業なの?」

この二人普通に会話してるけど、かなりむごい死に方じゃないか?それって。

「さあな。手口は異なるが、これは並の人間がなせることじゃねぇのは確かだろう。ほんとゾッとするわ」

「早く捕まえてくれないかしらね。……はぁ。帝国師団のやつらは一体何をしてんだか…」

……なんかきな臭い話だな、今の。

オレはシンに視線で合図を送り、そっと廊下を歩き出した。

「今のどう思う?シン」

「もし同一人物の犯行なら、なぜ三件目で手口を変えたのか。これが一番気になるな」

「何か変えざるを得ない事情があったか、それとも別の犯人がやったのか……」

「どちらにせよ、仮にそいつが兄さんを手にかけようとするなら……殺すだけだ」

「あー、ははは……」

おっと。また物騒なこと言っちゃってるよ、うちの弟は。

部屋の前へとたどり着き、襖を開ける。

「あれ?カズハにエルもいるじゃん。どした?」

部屋へと入ると、そこにはいつもなら隣の部屋で休んでいるはずの二人が来ていた。

「いやさー、さっきここのオーナーさんの娘さんのアリスとベルの二人とちょっとおしゃべりしてたんだけどねー、その時にちょっと不穏な話聞いたから、みんなと共有しとこっかなーって」

「不穏な話って?」

オレとシンは空いていた座布団の上にそれぞれ座った。

「今帝都で騒がれてるらしいんだけど、謎の変死体が最近になって帝都で発見されるんだってさー。一件目が帝都の東側にあるスイーツのそのって店の後方にある今は使われてない小さな屋敷で、二件目が北側に位置する宝石店で、それぞれ遺体が見つかったんだって。しかもそれがただの死体じゃなくて、原型をとどめないほどに粉々に肉片が飛び散ってたんだってさー」

カズハが不穏な話があるって言った時に、もしかしてとは思ったけど……どうやらオレたちがさっき聞いた話と同じ内容みたいだな。

「で、三件目は血溜まりに浸るシワがれた死体が発見された、か」

「あれ?シンも知ってたのー?」

「ああ。兄さんも知っている」

「場所まではわかんないけどなー。さっき他の宿泊客が話してるのを聞いちゃったんだよ」

秀と湊は反応を見るに、二人も変死体については知ってたみたいだな。

「場所はここからちょっと西に行ったとこにある武器屋らしいねー。私は行ったことなかったけど、あそこの武器屋、ここ最近はあんま評判良くなかったみたいだねー。アリアがそんなこと前に言ってた気がする」

「私も伺ったことはありませんでした。私の場合は武器を新調する必要がなかったからなんですけど」

武器屋ねぇ……そういやちょうど今日武器屋巡りしたけど、そんなものなかったけどな。

「ノア、シン」

唐突にオレたちの名前を呼ぶ秀。

「何?」

「お前ら確か今日は武器屋を手当たり次第に回ったんだったよな?」

「そうだけど……」

うん、まあ、秀が何を言いたいかはなんとなくわかる。

「その変死体とやらは見てねぇんだよな?」

「見てないよ。オレたちが全部の武器屋を回ったのかはわからないけど、少なくともオレたちが行った武器屋にはそんなのなかったな」

「……愚物はいたがな」

「ああ、あのおじさんな」

シンが手首へし折っちまったやつなー。

「愚物?なんだそりゃぁ」

「えーと、EDEN近くにある武器屋のおじさんのことだよ」

「え?」

カズハはオレの言葉に何か疑問を持ったらしく、少し考え込む素振りを見せた。

「……ノア、その武器屋ってブラックスミス産の武器を取り扱ってるとか言ってたりした?」

「えーと、どうだったっけ……」

正直あのおじさんの話しっかり聞いてなかったんだよな……えーと……確か……。

『うちのはなあ、かの有名な鍛冶屋ブラックスミスから直接取り寄せをしている唯一の武器屋なんだよお……』

あー……言ってたな、そういえば。

「言ってたな、うん」

「っ!じゃあそこが事件現場の武器屋だよ!!」

「え、ガチ……?オレたち普通にそのおじさんとしゃべったんだけど……」

「てことはその後に殺されたんだろうねー……。どうする?明日行ってみる?」

「まあ、EDENに近いし、チラッと寄ってみるか」

ほんとにあのおじさんが死んだのかはちょっと確認したいってのはあるよな。まさか手首が使い物にならなくなっただけでなく、自分の命までダメにするなんてなー……。






side 八神秀

「お、イオリにミオじゃねえか」

「秀か。それに湊も。……あれ?ノアやシンたちは一緒じゃないのかい?」

「さっきまで一緒だったけどな。今は別行動中なんだよ」

「どこか行くのか?」

それは俺も気になったわ。イオリたちが一般的な冒険者にしちゃやけに大きなリュックを背負ってるからな。……遠出でもするのか?

イオリは湊の視線で自身の大きなリュックのことを言っているのだと理解し答えた。

「ああ、この荷物は知り合いのなんだよ。この後届けようと思っててね」

「なるほどな。そういやーーー」

「最近は俺に付き纏うことをやめたのか?」

俺が質問するより先に湊がイオリに問いかける。

ん……?何の話だ?

「うーん、できることなら毎朝行きたいところなんだけど、いろいろ立て込んじゃっててね……」

「そうか。ならば今度空いてる時にでも、模擬戦の相手をしてくれ」

おっ、珍しいじゃねぇか。湊が誰かを誘うなんてよ。湊もシンも自分が興味関心のあるとこしか反応を示さないタイプだからなぁ。ま、つっても湊の方がシンよりよほど社交的だがな。

「ほんとかい?ならその時を楽しみにしとくよ」

嬉しそうにニコッと笑うイオリ。その隣でイオリの服の端を掴むミオは何やら少し不満そうな顔をしている。

「……私も行きたい」

「え?ミオも模擬戦したいのかい?」

「うん」

「んー、ミオに怪我してほしくないけどミオのお願いも聞いてあげたい。どうしよう……うーん……」

イオリはああだこうだと唸りながら苦悩している様子。

これはあれだ、シスコンってやつだな。どっかの誰かと系統はちょい違うが、そっくりだぜ、まったく。

「俺は構わない。むしろ色々なやつとやれるのはありがたい」

「じゃあ、湊の言葉に甘えようかな……ありがとう湊」

「……」

ミオは無言で湊を凝視している。

いや、あれは睨みつけていると言った方が正しいかもな。妹の方も大概ブラコンだな、こりゃあ。

「そういえば、さっき秀も僕に何かききたそうな顔してたけど、何かあったのかい?」

「あーいや、大したことでもねぇんだけどよ……イオリたちって普段何してるんだ?」

俺たちの監視を続けてるのは知っているが、一応二人とも冒険者ではあるからな。魔物を討伐したり依頼をこなしたりしてるのかもしれねぇ。たいてい見かけるのはシャムロックでのみだからな。ちょっと気にはなる。大帝国に来て初めて親交を深められた人間でもあるし。

「んー、そうだね……掃除、とかかな?」

軽く悩んだ末に出てきた回答は『掃除』……か。嘘はつきたくないが詳細は言えない。だからぼかした言い方をしたってところか。

「……へぇー。慈善的でいいじゃねぇか」

ま、掃除してんのかを聞くのは……そいつは野暮ってもんだろうな。

「まあ、ね……」

この反応は俺の返答に何か含みがあることに気づいてるな。

「んんっ。それより、二人は変死体のことは聞いてるかい?」

変死体?なんだそりゃぁ?

「いや、聞いてねぇな」

「それがどうかしたか?」

俺と同様に湊もそんな話は知らなかったらしく、イオリに聞き返した。

「僕も噂程度しか耳にしてないんだけど、一週間前にひとり、三日前にひとり、何者かによって殺されたみたいなんだ」

「陰影ノ爪牙とかいう連中が殺したとかじゃねぇのか?」

ま、俺は陰影ノ爪牙の仕業ではねぇと思ってるが、イオリの反応を見るためにわざとこの質問をしてみた。するとイオリは眉を少しピクっとさせた。

はは。俺の読みは当たりだったな、やっぱ。

「……いや、それはないと思うよ。彼らは殺した者を速やかに処分するって話だから。今回の変死体とは関係ないと思う」

「死体……飛び散ってた」

「飛び散ってた?爆発して吹っ飛んだってことか?」

「おそらくはね。ただ、部屋が焦げたり崩れたりしていなかったところをみるに、あまり大きな爆破ではないみたいだね。それに爆発したのなら、周りの住民が気付くだろうし……」

そりゃそうだな。だったら音を消して体だけぶっ飛ばすぐらいの最小限の爆破で済ませるしかねぇな。

「で、それがどうかしたか?」

「一応湊たちも気をつけて欲しいと思ってね。どういう判断基準で標的を定めてるのかは不明だから」

「了解した」

このあと俺たちは適当な雑談をして解散したが、まさか同じ話題を宿に戻ってからも聞くことになるとは思いもしなかったなぁ……。

















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