碧天のノアズアーク

世良シンア

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ダスク・ブリガンド編

11 死血之眼

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sideノア=オーガスト

オレの言葉の意味がわからず、コテッと首を傾げたリュウ。

……控えめに言って、かわいくないか?

「んんっ……えーと、今からリュウにはオレと力を合わせてあることをしてもらおうと思います」

「あること……?」

「そう。それはズバリ、リュウの眼の力のコントロールだ!」

リュウは驚きのあまり目を見開いた。

自分の一番のコンプレックスを治そうっていうんだから、その反応は自然だよな。

「よく聞いてくれ、リュウ。リュウのその眼は早急に制御しないと、近いうちにリュウ自身を滅ぼすんだ。オレはリュウにいなくなって欲しくない。だから頑張ってコントロールしよう」

「……どうやって、やるの……?」

リュウは本当にできるのかという不安と、もしできるのなら……という期待が入り混じった灰色の目でオレを見つめた。

「今オレたちは全てを共感している状態なんだ」

「すべて……?」

「そう。お互いの考えてることとか氣の流れとか……まあとにかくいろいろ繋がってるんだ」

またコテッと首を傾げるリュウ。

何言ってるの?って感じだよな、うん。

てか、その仕草をやめてくれ。かわいすぎるわ……!

「……んんっ。リュウが困惑するのはわかる。ただまあ、繋がってるって言っても相手が強い気持ちを抱いた時とか、自分の意思で相手に何かするって決めないと共感には至らないようにできてる」

勝手に考えてることとか、自分以外の氣が流れてきたらびっくりするし、下手したら相手の感情や考えと自分の感情や考えとがごちゃごちゃになって精神的に崩壊する。それに、仮に互いの氣が無制限に流入し合うようなことになれば、身体が負荷に耐えられずに肉体的に死ぬ。

だからこの縁結びという術は八神家の者でも当主にしか扱えない代物なんだって前に秀が言ってたな。陰陽術をかじった程度の輩がやりでもしたら、縁を結んだ双方が確実に死ぬってさ。でも、それだけリスクもレベルも高い術をあっさりやってのける秀はやっぱスゴイよなー。

「……?」

あんま難しい話してもわかんなきゃ意味ないよなー。

「あー、つまり……」

マッッッジでリュウはかわいいなー!!

「……っ!」

リュウはビクッと体を揺らした後、すぐに顔を真っ赤っかにしてしまった。

「……とまあ、こんな感じ、かな……ははは」

自分でやったことだけど、オレもなんか恥ずかしいな。

てかこの方法じゃなくて、オレの氣をリュウに感じてもらう方法を取ればよかったんじゃないのか?そしたらお互い恥ずかしい思いしなくて済んだんじゃ……。

ま、まあ、過ぎたことはしょうがない。切り替えよう。

「えーと、これでオレとリュウが繋がってるって意味がなんとなくわかったと思うんだけど……リュウには今からオレがやることと同じように氣の流れを制御してほしい」

「……うん」

少し頬の赤らみを残しながらも、リュウはオレの言うことに素直に応じてくれた。

えっと、まずは……。

オレは目を閉じ集中する。自身に流れる氣を全て感じ取れるように。

……よし。感じ取れてきた。

血管のように身体中に張り巡らされた氣の流れを正確に感じ取っていく。指先や足先といった末端に至るまでの全てを。

次は……。

オレはその中でも目の周りに網目状に広がる氣の流れに一点集中する。脳の神経のようにがんじがらめに交差しあった氣の流れ。そのひとつひとつを補足していく。

……これが結構難しい。オレは幼い頃からやってきたからそこまで苦じゃないけど、リュウにはかなり厳しいだろうな。けど、これができなきゃ氣をコントロールすることは不可能だ。

そんでお次は……。

この氣の流れの終着駅である、自分自身の目の位置を捉える。ここは氣の溜まり場のようになってるから見つけるのはそんなに難しくない。そしてここからが本題。

この目に流入する氣の量を調節する。これができてようやく氣をコントロールしたと言える。これに関しては目だけじゃなくてどこの部位でも一緒だ。ま、これ全部クロードに教えてもらったことだけど。

オレは目に流れる氣の量を増やす。そしてオレの眼が覚醒した。

「……キラキラした、青い眼……きれい……」

目を開けてみると、リュウが目を輝かせていた。

「あはは。ありがとな。とまあこんな感じで氣をコントロールできれば……よっと」

オレは今度は眼への氣の流れを抑えた。するとオレの眼は青から金色へとその目の色を変化させた。

「元に戻せるってわけだ。……できそうか?リュウ」

正直言って今日一日でできるとは思ってない。これはゆっくりと時間をかけてやらなきゃいけないものだ。何度も何度もこなして失敗がないように精錬していく。

これの究極形は瞬時に今の過程をこなすこと。でなきゃ実戦で使えないしな。オレはそうなるまでに一年はかかったけ。シンは半年でこなしてたから天才すぎだろって思ったのを覚えてる。

「……わかんない、けど……やってみたい……!」

リュウは熱意のこもった目でオレを見つめた。

「そうか!よーし、一緒に頑張ろう、リュウ!」






リュウと共に氣のコントロール訓練を始めてはや一時間。オレは今、ここ最近で一番驚いた自信がある。

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「……?」

またまた首をコテッと傾げるリュウ。

だからそれはやめてくれー!

「んんっ……リュウってまさか、天才系の子?」

だってそうだろ。あの後オレが二、三回同じようにやって、リュウに感じさせたとは言え、それで一発成功なんてあり得るか?!一発成功だぞ?!

しかもその後も何回かやっても一度もミスなしだし……一体全体どうなってんだ……?!

いかんいかん落ち着け。今オレはリュウと共感状態にあるんだ。強い感情は相手に伝わるってさっき自分で言ってただろう。……落ち着け、オレ……。

「天才……?そうなの……?」

「そうだよ!じゃなきゃこんなうまく氣の制御できてないって!」

オレは気が昂り思わずリュウの両肩を掴んでしまった。リュウはオレの行動にビックリはしていたが、逃げる素振りなどは見せなかった。それだけ信頼してくれているのだろうか……いや、それはそれで嬉しいけど……何より……。

「リュウはすごいやつだ!将来有望だぞ。潜在能力の高さが尋常じゃない!加えて見た目も良くてすごく優しいって、もう何でもありだな。あははっ」

オレは嬉しさのあまり情緒がおかしくなっている。うん、間違いなくおかしくなってる。

だって嬉しいだろ。あんなに苦しんでいた原因であろう眼の暴走をこんな簡単に止められたんだから。

きっとリュウは氣をコントロールする正確なやり方を知らなかっただけで、眼以外の部分ではそれを自然とできてたのかもしれない。なぜならオレの眼でしか捉えられなかったあの術は、どう考えても氣の操作性がピカイチでなきゃできない芸当だからな。

つまり、素質はあったけどそれを活かす方法を知らなかった、ってことなんだろう。

人はこれを、天から授かりし才能を持つ者……つまりは『天才』と称するのだろう。

「…ア……ノア……ノアっ…!」

オレは嬉しさのあまり、リュウの身体をぶんぶんと揺らしまくっていたらしい。リュウが止めてくれと訴えている。

「わっ、ごめん、リュウ。ほんとごめん」

「ん、大丈夫……」

「聞いてくれ、リュウ。これなら今日中に……てかもうできてるんだけど……んんっ……まあなんだ、念のためにもっともっと反復練習はしといた方がいいから、休みを挟みつつやっていこう」

反復練習はいくらやってもやりすぎることはないからな。

「うん……!」







side リュウ

マッッッジでリュウはかわいいなー!!

「……っ!」

突然頭の中に流れ込んできたノアの感情にリュウは驚いた。先程もノアの怒りの感情を感じてはいたが、その時はそれを気にする余裕などなかったのだ。

そして驚愕と同時に恥ずかしくなってしまった。自分をかわいいと褒めてくれたのはノアが初めてだったのだから当然と言えば当然のことだろう。

「えーと、これでオレとリュウが繋がってるって意味がなんとなくわかったと思うんだけど……リュウには今からオレがやることと同じように氣の流れを制御してほしい」

そう述べたノアはリュウのために氣の流れの感じ方やそのコントロールの方法を実践した。

すごい……!……これが氣なんだ……!

氣の流れというものを初めて実感したリュウは、ノアのなすこと全てに感動していた。リュウはノアと同じく目を閉じながら、その様子をよく観察していた。

そしてノアが自身の目へ流す氣の量を変えた時、リュウはなんとなく目を開けノアを見た。するとそこには宝石のように煌めく美しい青色の双眸があった。

「……キラキラした、青い眼……きれい……」

ぼくの眼とは、全然違う……こんなに綺麗なもの、初めて見た……!すごい……!

リュウはノアの瞳の変化に心動かされた。さっきまで金色に輝いていたはずの瞳が、みるみるうちに透き通るような美しい青色へと変化したのだから……。

ノアはニカっと笑いながらリュウへと礼を返した。そしてもとの目に戻し、リュウにもやらせようとする。リュウは不安を含みながらも、自らの意思でそれをやることを決めた。

その後、二、三回ノアが同じことを繰り返しリュウに教え込んだ。

……最初は、自分の氣の流れを、感じ取る、こと……。

リュウは目を閉じ、自身に流れる氣を感じ取ることに集中する。

……あ……これがぼくの氣なんだ……。

リュウは全身を複雑に駆け巡る氣の流れを実感した。

……次は……わっ……いっぱいある……。

リュウは自身の目の周囲にごちゃごちゃと絡み合った氣の流れに驚いた。

ここが、目……。

「いいぞ、リュウ。その調子だ」

「……」

ノアの応援が入るが、リュウには届いていない。リュウは完全に自分の世界へと没入したのだ。

……ここに送る氣を、多くする…………。

リュウはノアの見様見真似で自身の目へと氣を多量に送り込んだ。そしてリュウは思わず目を開けてしまった。

「お!成功だ。すごいぞ、リューーー」

「……っ!」

リュウは顔をしたに向け、うずくまるような姿勢をとった。

「ん?どうしたんだ、リュウ?」

「ぼ、ぼくの眼みたら……死んじゃう、から……」

「そんなことないって。オレは特別だからへっちゃらだ。現にリュウの眼見たけど、元気だろ?」

ノアはガバッと両の手を広げ、何ともないぞーと言わんばかりのアピールをした。

リュウはおそるおそる顔を上げ、ノアを見た。

ノア、生きてる……生きてる……っ!

「よかった……っ……!」

「な?なんともないだろ?じゃあ次は抑えるほうだな。よし、やってみよう」

「うん……!」



訓練開始からはや一時間。

「……リュウってまさか……天才系の子?」
「リュウはすごいやつだ!将来有望だぞ。加えて見た目も良くてすごく優しいって、もう何でもありだな。あははっ」

ノアはこれでもかとリュウを褒め始めた。リュウは戸惑いながらもノアの好意を素直に受け止め、喜んだ。

褒めてくれた……嬉しい……!

途中身体をまあまあ激しく揺らされたが、リュウは別に嫌な気はしなかった。ノアが純粋に喜んでやっているということがわかっていたからだろう。

そして二人の特訓は夜まで続いた。








sideノア=オーガスト

「ゴボッ……っ……あー、やっぱ効いてるよな……」

現在の時刻は夜中の零時頃。オレは今、宿の温泉内にある洗面所前にいる。

「……ゴホッゴホッ………ッ」

洗面台は今、オレの血で濡れていた。と言っても水を流し続けてはいるから、洗面台が汚れることはないとは思う。

一日中特訓を続けてくれたために疲れ切ってしまったリュウを寝かせてから、一時間ほど経ったぐらいかな。オレの身体中の氣がざわつき始めた。こんなこと今までになかったから、妙だなと思いはした。けどそこまで気にしなかった。

その結果がこれだ。そのさらに一時間後ぐらいから咳が止まらなくなり、布団を見たら血が飛沫状に付着していた。そしてオレは慌てて洗面所に行って今に至るわけだ。

「リュウの力はすごいな……ゴホッ」

神仙族であるオレでも、その力を無効化はできないのか……。

ただまあ、途中シンたちも様子を見にきた時、リュウの覚醒した眼を見たのに何の反応もないところを見ると、恐らく直視した時間が関係してるんだろうな。いくら神仙族でも長時間は耐えられないってことだ。

まあ、死んでないだけすごいんだろうけど……。

ジャーッと水が流される音が洗面所内に響き渡った。みんなが寝静まった夜中だからか、やけにうるさく聞こえる。

ちょっとは落ち着いてきた、かな……?

オレは血を吐いてからすぐに、リュウの眼の力で乱された氣の流れをなんとかコントロールしようとし始め、氣を落ち着かせていった。そのおかげでどうにか元の状態に戻れそうだ。

……ふぅ。こんなとこ見せたらみんな心配するだろうからなー。バレなくてよかった。

それに……特にリュウには見せるわけにはいかない。こんなところをリュウが見たら……。

自分の中で色々と考えを巡らせていると、ドタドタとこちらに迫る足音が聞こえてきた。

ま、まさか……リュウ……?!

リュウに見せるわけにはーーー

「……兄さん!」

勢いよく扉を開けて入ってきたのは、オレの大事な弟だった。

ふぅ、よかった……いやよくはないよな。シンに余計な心配させちまう。

「っ……それ。どうしたんだ?」

シンはいつもの数倍声を低くしてオレに問いかける。

これは……誰がどう見ても怒ってる、よな……。

「な、なんでもないって。寝てる時に唇強く噛んじゃってさー。それで血が止まらなくなっちゃって、治るまでここにいようとーーー」

「嘘をつくな……!」

身体が震え上がるような怒声がオレを貫いた。

「兄さん。俺は兄さんのためなら……ノアのためなら何でもできる。ノアが言うなら死んだって構わない。だが、ノアが傷つくことだけは絶対に許せない。……だから本当のことを教えてくれ、ノア」

シンはオレのことを異常に溺愛している。それはオレも似たようなものかもしれないけど、兄としては弟にこんな無様な姿を見せたり、心配をかけさせたりはしたくはない。

……だけど、こんなにオレのことを思ってくれる弟を無碍にできるほど、オレは落ちぶれちゃいない。

オレは天井を見上げて深呼吸をした。

「すぅー……ふぅー…………わかった。全部話す。ただし、みんなには内緒にすること。それからオレがこうなった原因元には、絶対に危害を加えないこと。これを守ってくれ。いいな」

「………………わかった」

うん、すっごい不満そう。

それからオレが吐血の原因をシンに伝えるとなんとも言えない表情をしていた。

リュウが望んでやったわけではないことや、オレが油断していたこと、オレ自身がとくにどうとも思ってないことなども説明した。そのせいでシンは葛藤しているのだろう。

珍しくあのシンが、リュウのことは割と気に入ってるっぽいからな。

「……よし。結構元気になったぞ。そろそろ戻るか」

身体の氣の流れも正常に戻ったし、これなら何の問題もなさそうだ。

「……兄さんはそれでいいのか」

戻ろうと声をかけると、それまでだんまりだったシンから問いかけられた。








sideシン=オーガスト

『ガラガラ……』

誰かが部屋から出る音がした。

これに目が覚めた俺は辺りを見回した。すると隣にいるはずの兄さんの姿がなかった。俺は兄さんを探しに行こうと布団から出た。途中兄さんの布団を踏んでしまった。

……っ!

俺は足裏に何か濡れた感覚を感じ取った。そして気づく。布団が血に濡れていることを……。

まさか……まさか……!

俺は慌てて兄さんを探しに出た。

兄さんが襲われた……?
俺が側にいたにもかかわらず……?

そんなことは断じてありえない。だが万が一、兄さんの身に何かあったのなら……俺は……!

俺は部屋を出てすぐに左へ曲がった。するとその奥にある温泉に備え付けられた脱衣所から微かに明かりが見えた。

あそこか……!

俺は他の客のことなどお構いなしに脱衣所まで走った。そして明かりの発生源である洗面所の扉を勢いよく開けた。

「……兄さん!」

中を見れば洗面台の前に手をつき、驚いた様子の兄さんの姿があった。洗面台には勢いよく水が流れており、兄さんの襟元は赤く染まっていた。さらに言えば洗面台も微かに赤い部分がチラと見えた。

「っ……それ。どうしたんだ?」

俺は普段なら絶対に兄さん相手には使わない低音で問いかけた。

「な、なんでもないって。寝てる時に唇強く噛んじゃってさー。それで血が止まらなくなっちゃって、治るまでここにいようとーーー」

「嘘をつくな!」

俺は兄さん相手に思わず怒鳴ってしまった。

なぜ誤魔化そうとするんだ。俺はそんなに頼りないか……?

「兄さん。俺は兄さんのためなら……ノアのためなら何でもできる。ノアが言うなら死んだって構わない。だが、ノアが傷つくことだけは絶対に許せない。……だから本当のことを教えてくれ、ノア」

兄さん……いや、ノアはいつもこうだ。誰にも心配をかけまいと、自分が苦しい時にはひとりで解決しようとする。こういう時はたったひとりの兄弟である俺にさえ嘘をつく。たとえそれがノアなりの優しい嘘だとしても、俺はそれを許容したくはない。

……俺だけには嘘をつかないでくれ、ノア。

「すぅー……ふぅー……わかった。全部話す。ただし、みんなには内緒にすること。それからオレがこうなった原因元には、絶対に危害を加えないこと。これを守ってくれ。いいな」

ノアは天井を見上げながら深呼吸をした後、俺に向き直り本当のことを話すと言った。

そのこと自体は嬉しかったが、条件がつけられたことには正直不満ではあった。まるでこの後俺が何をするのかわかっているかのように、俺の行動を制限したのだ。これで不満を抱かずにいられるはずがない。だが、ノアの……兄さんの言うことを無視するのは俺も本意ではない。ここは兄さんの意思に従おう。

「………………わかった」

俺の不満顔に苦笑いしながらも、すぐに兄さんは事情を説明してくれた。結論から言えばこうなった原因はリュウの眼にあるらしい。俺もチラッと見たが何も身体に変化がないのは、長時間直視したわけではないかららしい。

確かに兄さんは朝から晩までリュウにつきっきりで特訓をしていたのだから、身体に影響が出るのは致し方ないのかもしれない。

たが、それを許容できるかはまた別問題。俺は兄さんに害をなす者は誰だろうと容赦はしない……容赦はしない、が……。

初めて見た時のリュウは、その年にして妙に血生臭い感じがした。見た目はただ貧相な子どもという感じだが、その身に纏う雰囲気がただの子どもとは言い難かったのだ。

だがそのボロボロの姿と昔の兄さんの姿が重なった。俺の眼の力が暴走した時の……平気で自分を犠牲にして俺を助けてくれたあの時の兄さんの姿と……。

だからか、いつもならこんな簡単に言わないはずの自分の名前を教えてしまった。その痛々しい姿に幼き頃の兄さんを投影してしまった結果だ。

だが俺はこの選択を後悔せずに済んだ。兄さんのことをかなり信頼しているリュウの姿を見れば、一目瞭然だろう。それにリュウは根っからの優しい人間のようだ。

俺は、リュウは信用できると、そう判断した。判断はしたが……。

俺はぐちゃくちゃな思考を持った自分自身のことが、よくわからなくなっていた。

結局俺はどうするべきだ?どうしたいんだ?

「……兄さんはそれでいいのか」

「ああ。この程度でリュウを救えるんだから安いもんだろ?」

兄さんは迷う素振りを一切せずに即答した。

兄さんは時々……いや昔からずっとだったな……こうやって自分を犠牲に誰かを助けようとする。

兄さんは自分を顧みないタイプの人間だったな……。

それに俺がどうこうできるはずもないが、俺は兄さんに自分を代償にするようなまねをしてほしくはない。だが、兄さんの意思に基づく全てを阻害したくはない。それが自分自身であっても、だ。

たとえ何があろうと、兄さんのために全てを尽くす。やはりこれこそが俺のやりたいことなんだろう。

「……そうか……そうだな。やはり俺は、兄さんには勝てないらしい」

「ん……?どゆこと?」

兄さんは俺の発言の意味がわからず困惑した。

相変わらずこういうところは察しが悪いな。だがまあ、それが俺の愛する兄さんだ。

「ふっ……なんでもない」

「おっ!今笑ったよな?珍しいじゃんかー。シンが笑ってくれるなんてー。でも今笑うとこだったか……?」

喜んだと思えば一転、兄さんは悩み出した。

兄さんはよくコロコロと表情が変わる。笑ったり、怒ったり、悲しんだり……それはまるで純真無垢な子供のようだ。

こういうところが周りから好かれる所以なのかもしれない。

「兄さんはそのままでいてくれ」

「へ?」

ポカンと頭にハテナマークをいくつも浮かべたかのように、兄さんはその場に棒立ちしていた。

「早く戻ろう、兄さん」

俺は洗面所の扉に手をかけそのまま出ようとする。

「ちょっ、どういうことだよ。おーい、シンさん?おーい!」

兄さんは水を止めて慌てて後ろから付いてくる。俺はほんの少し笑みをこぼした。

























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