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ダスク・ブリガンド編
10 縁結び
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※ グロテスクな表現が含まれていますので、苦手な方はご注意ください。
sideノア=オーガスト
「紫苑。リュウの具合はどんな感じだ?」
湊が神妙な面持ちで紫苑に問いかける。紫苑は黒い鱗に綺麗な青い瞳をもつ蛇のような姿をしていて、頭部には二本の黒い角をもつ神獣だ。それと紫苑は特殊な眼を持っていて、氣に関しては特に敏感だ。
「あまりよくはない。自身の氣を使いすぎて倒れたようだ。ただ、未だにこの少年の目に氣の供給が行われているため、早く止めなければ命に関わるぞ」
なっ……やっぱりそうか。リュウの今の状態は昔のシンと同じような状態だ。眼の力が暴走してるんだ。
オレは苦しそうに息をするリュウの目もとにそっと手を置いた。
思った通り、熱い……。
「シン、悪いんだけど冷たいタオルかなんか持ってきてくれるか?リュウの目もとを冷やしたいんだ」
「分かった」
シンが足早に部屋を出た。おそらくはドレイクさんたちに頼みに行ってくれたはずだ。
「あと今できる最大限のことは……」
俺はあるひとつの方法を思いつく。これをすればすぐにでもリュウを助けられる。
俺は浅い呼吸を何度も繰り返し、苦痛に苛まれているリュウに目をやる。そして固く決意をして、近くに座っていた秀に声をかけた。
「秀。オレとリュウの縁を結んでくれないか?」
「まさかお前……縁結びをしようってのか?」
「そう。昔、シンにもしただろ?それとおんなじやつをさ」
眼が覚醒して三年が経った頃だった。ちょうど今のリュウくらいの歳だな。シンの眼の力が突如として暴走し、オレがシンと縁を結ぶことでなんとかことなきをえたことがあった。それからはシンの眼の力が暴走することなく、ある程度自分の力で制御できるようになったんだよな。
「……またお前が苦しむことになるが、それでもやるんだな?」
「ああ、もちろん!」
これは現状においてリュウを救える唯一の最善策だ。これ以上にいい方法をオレは知らない。
「……わかった。そこまで覚悟があるってんなら止めるつもりはねぇ。お前らもいいな?」
シンは戻ってきてすぐにタオルをリュウの目元にのせ、リュウの近くで待機した。
「俺は……兄さんの意思に、従うだけだ」
かすかに不安を抱いていそうなシン。ほんの少しだけ、表情が強張っているのがオレにはわかる。優しい弟には悪いとは思うけど、仮にシンが止めに入ってもオレは必ずやり遂げる。
「正直に言えばノアに苦痛を負って欲しくはない。だが、主の意思を踏み躙るような真似もしたくはないからな。今回はノアのしたいようにしてくれ」
紫苑をいつもの定位置に乗せつつ、湊は近くの壁に寄りかかった。
眼の力の暴走……その苦しみをわかってやれるのは、似た境遇のオレたち双子くらいなもんだ。そしてそれを和らげてやれるのも、今この場にいる経験者のオレたちしかいない。
助けてやれる手段があるのなら、オレはそれにしがみつきたい。
「決まりだな。なら始めるぞ。ノア、リュウの手を繋げ」
秀の指示通りにオレはリュウの右手を掴む。そして秀はそれを確認後、人差し指と中指を立て言葉を紡ぐ。
「我、天照大神の加護ありし八神家当主、八神秀がかしこみ申す。天照大神の名の下に、リュウ、ノア両名の縁を結びたまえ」
秀の祝詞が捧げられた直後、オレとリュウの身体を淡い橙色の光が纏い始めた。そしてオレとリュウの間に一本の光の筋が出来上がる。
「……ぐっ……」
縁が繋がったことにより、リュウの痛みがこちらにも流れてきた。そして心の叫びも……。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……
苦しいよ…もう嫌だ………死にたい……よ……。
なんで……なんでこんなに幼い子が、ここまで苦しまなきゃならない。あんなに優しい子がなんでだよっ……!
オレは猛烈な痛みのために目に当てていた手を離し、タオルが置かれたリュウの目元へとその手をそっとのせた。
リュウの眼の力を抑えろ。今オレがリュウのためにできることは、それしかない!
オレは自身の眼の力を抑えるようにリュウの眼の力を抑えにかかる。だがなかなか抑制される気配はない。
クソッ……だったらこれでどうだ!
オレは自分の眼にありったけの氣を流した。これは本来はあまり推奨されない行為だ。なぜなら急激に氣を流すと失明する恐れもあるからだ。下手をすれば眼球が破裂する。
だけど今はこれしかない!
オレは氣を流し続けた。オレの顔には汗がだらだらと流れていたが、そんなのはお構いなしだ。そして数分後、リュウはようやく穏やかな表情で眠ってくれるようになった。
……あったかい……。
リュウの心の叫びも落ち着き、オレは安堵した。
「……すぅ……すぅ…………」
「ふぅ。なんとかなったな」
汗だくの顔を拭きながらオレはリュウの寝顔を眺めた。その表情は先ほどまでの苦しそうなものとは違い、すやすやと気持ちよさそうなものになっていた。
「兄さん。平気か?」
「ああ。オレは大丈夫だよ、シン」
抑えたと言ってもオレがやったのは一時的な、いわゆる応急処置ってやつにすぎない。問題はこれからだ。縁が切れる前にリュウに眼の力をコントロールする方法を教えないと……。
「とりあえずはリュウが起きるまでは何もできねぇだろうからなぁ。これからどうするか……ん?そういや今何時だ?」
「まだ深夜一時だ。毎日八時間は寝ないと不調になる秀は、早く寝たほうがいいんじゃないか?」
「はぁ?俺はいつもそんな寝てねぇし、睡眠時間ごときで弱る身体は持ち合わせてねぇよ」
「どうだかな」
「おい!」
仲良いのもほどほどにしとけよな、ったく。
「はいそこ、うるさいぞー。リュウが寝てるんだから静かにしろよなー」
さて、とりあえずこれでリュウを一時的ににせよ、リュウの身体を蝕む苦しみを取り除いてやれたわけだけど、これからどうするか……。
まずオレが縁を繋いだ状態のまま眼の力の暴走を抑える方法を教えるのは確定として……ああでも、これをするにはリュウの身体や心がある程度安定していないときついかもしれない。リュウはまだ子どもなんだから、時間を置かないと……。
「ノアー。なんかあったのー?さっきから物音うるさいんだけどー……って、え?……んー?どういう状況なの、これ?」
廊下側の障子の開いた先には、ノアズアークのメンバーであるカズハの姿があった。
「カズハ。わるい、起こした?」
「まあねー。なーんか隣が騒がしいなーと思ってきたんだけど……ふわぁぁあ……えと、なんで私たちの探し人が普通にこの部屋で寝てるわけ?意味がわかんないんだけどー……?」
「まあそれは朝に話すことにしようって思ってる。エルもいないし」
「んー……すっごく気になるけど我慢しとくー。エルだけ知らなかったなんてことになったら凹んじゃいそうだしねー。じゃ、明日……あ、もう今日か……今日の朝教えてよねー」
「わかってる」
「ふわぁぁあ……ねむー……」
この騒動によって起きてしまったカズハは、欠伸をしながら気だるそうに自分の部屋へと帰っていった。
……あんなに覇気のないカズハは初めて見たなぁ。
翌朝、朝食を終えてすぐカズハとエルに昨夜のことを説明した。二人ともかなり驚いていたが、しっかりと状況を把握してくれた。どうやらうちのメンバーはみんな優秀らしい。
「で、リュウが起きたら詳しい話を聞こうかなって思っててーーー」
「ん……ここ、どこ……?」
「リュウ!起きたのか!」
リュウの小さな声が耳に届き、オレは駆け寄った。リュウはゆっくりと体を起こそうとしている。
「まだ寝てていいからな。リュウは身体も心ももうボロボロなんだ」
「っ……」
リュウはオレが勢いよく近づいたことに驚いたのか、かけ布団を頭の上まで引っ張り隠れてしまった。
「オレのこと、覚えてる?」
オレはこのまま優しく問いかけてみる。無理に外に出す気はない。
「ノ、ア……」
くぐもったか細い声が聞こえてくる。
「覚えててくれてたんだな。嬉しいよ」
「ぼ、ぼく……ノアの、こと……っ…………」
小さな涙声が微かに届く。それと同時に、リュウの心中がオレの胸の内に流れ込んでくる。
これは、後悔と嫌悪……それに、絶望だ。
「大丈夫。大丈夫だよ、リュウ。オレは生きてるし、何より君に会えたことがすごく嬉しい」
「……な、なんで……?ぼ、ぼくはーーー」
「そうだ。お前はノアを殺そうとした」
秀はリュウの心の傷を抉るような鋭い言葉を突きつけた。
「っ……」
リュウの苦しむ心の声が伝わってくる。
「おい、秀……!」
「だがそれはお前の本当の意志じゃねぇ。そうだろ?」
「…………」
黙り込んでしまったリュウ。秀はそれを気にすることなく続けた。
「いつまでも自分の本当の気持ちを抑えてたんじゃ……いつか必ず、お前が死ぬぞ」
自分の心を押しつぶしながらダスクの命令のままに殺す日々。そんなことを続けてたらいつか必ずリュウという存在は無くなってしまう。淡々と仕事をこなすだけの操り人形。秀はこうなりたいのかと、そうリュウに問いかけてるんだ。
なんだかんだ言ってさ、やっぱ秀はいいやつなんだよなー……。
「……ぼくなんか、生きててもしょうがない、から……ぼくは、罪人だから……」
リュウは弱々しい声で答えた。オレはこの声に胸が痛くなった。リュウは自分を卑下することが当たり前であるかのように言ったからだ。
罪人……そんな言葉を自分に使うなんて……。
「リュウ。もしオレたちが君を助けるって言っても、まだその答えにすがりつきたい?」
まだ幼いリュウには酷なことだろうけど、これはリュウ本人が決めなきゃいけないこと。このまま自分のことでさえも他人に任せてたら、きっとリュウは幸せになれないと思うから。
……ぼくなんかがこのまま生きてていいの?
……ぼくなんかが救われてもいいの?
……ぼくは罪人なのに?
……罪人は表に絶対に出られないって言ってたのに?
……なんでぼくなんかを助けてくれるの?
リュウの戸惑いの声が頭に響く。またあの言葉を使っている。しかもどうやら誰かに言われた単語みたいだ。相当心に染み付いているらしい。
許せないな……。
「聞いてリュウ。君は罪人なんかじゃない。君は心優しい人間だよ。オレたちとなんら変わらない、ただの人間だ」
「…………」
……ぼくが人間?
……化け物じゃない?
……罪人じゃないの?
化け物だって?誰が化け物なんだ?まさかとは思うが……リュウのことか?
握り拳に力が入る。
あんな酷い言葉をすり込ませるだけでなく、こんな惨い言葉でリュウを罵りやがって……ふざけんな!
「ひっ……」
オレの怒り心頭な心の声が届いてしまったせいで、リュウが怯えてしまった。
「あ、ごめんリュウ。ごめんよ」
ついカッとなってしまった。縁を結んでるから、双方の心の声は届くってのに……失態だった。
……ノアは、すごく、優しい。びっくりしちゃったけど、でも、ぼくなんかのために……怒ってくれた。
……もう独りは寂しい…………。
……誰かを殺すのは、もうやだ…………。
……自由に、なりたい…………。
「リュウ……必ずオレたちでリュウを自由にする。必ずだ」
ぼく自由になれるの……?
こんなぼくでも誰かに愛される……?
誰かが一緒にいてくれる……?
ぼくもみんなみたいに、優しい世界にいたい。
あったかいところに、いたい。
「……た、すけて……ノ、ア……」
リュウの悲痛な心の叫びが渦巻く中、ついにリュウは自分の意志で誰かの助けを呼んだ。これはリュウにとってとても大きな一歩になるはずだ。
「ああ。もちろんだよ、リュウ!」
side リュウ
少年の始まりの記憶は、血だった。人の首から勢いよく噴き出す血飛沫。それが川のような流れをつくり、少年の小さな手へと流れ着いた。その時の少年は、泣き叫ぶことなくただその光景を眺めていた。
少年は物心ついた頃にはすでに、ダスク所属の人間だった。幼い頃から暗殺術をひたすら磨かされ、不出来であれば棒や鞭で叩かれることなど何度もあった。その小さな身体に受けた痛みの量を計り知ることなど、誰にもできないだろう。
「……ご、ごめんな、さい……」
「ごめんじゃねぇんだよ!この役立たずが!!」
その太い腕に刺青を入れた男は、木の棒を少年へと叩きつけた。
「……うぅっ……」
少年は痛みを必死に堪え、なるべく声に出さないよう我慢している。
「言っただろうが。てめぇのやることはこれに書かれた奴を片っ端からぶっ殺すことだってなぁ!てめぇが殺らなかったせえでこっちは金をもらえてねぇだよ!!」
再び男は少年に棒を叩きつける。少年は壁近くまで飛ばされた。
「……こ、ろした……くない……」
少年はたどたどしく本心を告げた。
「おい、罪人。てめぇは所詮化け物なんだよ。俺ら人間様みてぇに、感情を持ってんじゃねぇぞ」
男はどんどん少年に近づき、そして少年の痛んだ髪を引っ張り上げた。少年は無理矢理顔を持ち上げられる。男は少年に顔を近づけ言い放つ。
「わかってんのか。てめぇはついこの前、俺様の貴重な駒を数十人もぶっ殺してんだぞ?それもその眼の力だけでだ。これが化け物じゃねぇってんならなんだってんだよ、なぁ……なぁ!!」
男は少年の腹に一発拳を振るった。そして少年を無造作に投げ捨てる。
「……ぐぅっ……」
「わかるか?てめぇは生まれながらの罪人だ。そんな狂気じみた能力を持ってんだからなぁ。お前の手はとっくの昔から血に濡れてんだ。いまさらやりたくねぇとかほざいてんじゃねぇぞ!!!」
男は憔悴しきった少年の細い右腕に足を踏み込んだ。
『バキッ』
鈍い音が部屋に響く。
「……がはっ……い、いたい……」
少年は涙した。骨が折れたのだから当然だ。少年は右腕を押さえようと左腕を伸ばすが、それが叶うことはなかった。
「おい。誰が動いていいって言ったんだ?化け物ごときが……罪人が人間様にさからってんじゃねぇぞ!」
男は少年をひたすら甚振り続けた。何度も何度も殴る蹴るを繰り返す。化け物や罪人という酷い呼称を少年に使い続けながら……。
少年はあれから数分間暴力を振るわれ、ボロボロの状態で地に倒れた。その周りには少年が流した血があちこちに散逸していた。
「ボス。ここまでしちゃぁ、こいつ、使いもんになんなくなりますぜ」
「ふん。知るかよ。ほっときゃ治んだろ。おい、罪人。次へましたら、これぐらいで済むと思うんじゃねぇぞ」
男は扉付近の壁を思い切り殴りつけ、その場を後にした。壁には大きな穴が開いており、廊下が見えてしまっている。
少年は男が去ったことを知り、安堵した。ようやく解放された、と。少年は打たれ続けた身体を休めるようにそのまま気絶してしまった。
「……ん……」
少年は目を覚ます。部屋の窓から外を見ると、もう辺りは真っ暗になっていた。少年は折れた右腕を動かしてみた。すると、いつも通り動いた。どうやら誰かが治しておいたらしい。だが、身体中の打撲や怪我は治ってはおらず、少年は全身に激しい痛みを感じた。
……外、出たい……。
少年は一歩、また一歩と足を進めていく。ふらふらとしながらも必死に窓へと進んでいく。
『キィィ』
少年が窓を開けると、立て付けが悪いのか甲高い音が鳴った。
少年は窓枠に足をかけ、外に出ようとする。だが、綺麗に着地することはできず、地面にダイブするかのように外へ出た。うまく力が入らず、落ちてしまったのだ。
「……うぅ……」
少年はうめき声をあげる。そしてしばらくそのままでいた後、身体をなんとか起こしてその場に壁を背にして座った。
「ばけもの……つみ、びと……」
てめぇは所詮化け物なんだよ。
てめぇは生まれながらの罪人だ。
男が放った数々の暴言が少年の脳内で何度も何度も再生される。
「ぼくは……生まれてきちゃいけなかったんだ……」
だってぼくは、化け物であり……罪人なんだから……。
少年はこの時、自身が化け物であり罪人であると自ら認めてしまった。男の言葉が幾度となく反芻するうちに、ほとんど洗脳状態といっていいほどに少年の頭にはこれらの言葉が染み付いてしまった。これを当たり前であると思えるほどに……。
少年は生まれてから今現在に至るまで、このような劣悪な環境下で育った。少年の身体や心はもう限界を超えている。このままいけば廃人になってもおかしくはないだろう。この哀れな少年が救われる日は果たして来るのだろうか……。
side ノア=オーガスト
リュウに路地で初めて会った時から、なんとなくリュウのことが気になっていた。もしかしたら昔の、小さかった頃のシンと重なった部分があったのかもしれない。
リュウはとても優しい子だ。他人同然のオレのギルドカードをわざわざ届けてくれたんだから。それにオレを殺す命令が下されていただろうに、リュウは躊躇っていたし、後悔もしているようだった。
そんな子どもに暗殺をさせたり、物理的にも精神的にも暴力を振るった奴らのことを、オレは絶対に許さない。
「ノア、ちょっといいか?」
リュウのすぐそばで見守っていたオレに秀が声をかけてきた。
「どうした?秀」
「ダスクを見つけるっつう話だけどな、俺の式神とリュウがいれば可能ではあるんだが、どうする?」
式神とリュウがいれば可能……?
それってもしかして……。
「ノアの思ってる通りだ。正直に言えばこれはリュウの意志なんか関係なく遂行できる。だが、それじゃあ意味がないだろ?」
そうだ。オレはリュウに自分自身で選択することの大切さを伝えたい。誰かの言う通りにするだけじゃダメだってことを教えたい。
「ああ。……リュウ。今の聞こえてたと思うけど、リュウの協力があればダスクを壊滅させられる。だけどこれはオレたちがしたいことだ。これをリュウに強制することはしたくない。だから、リュウが決めてほしい。オレたちに協力するか否かを」
「…………」
リュウはそのまましばらく沈黙を続けた。そして、もぞもぞと動き出し布団から出てきた。
「ぼ、ぼく……役にたてる、の……?」
「ああそうだよ。リュウはオレたちにとって、とーっても大事な人間だよ」
リュウは俯いたままではあったが、しっかりと返事をくれた。
「……協力……する……」
「そっか。ありがとな、リュウ」
オレはニカっと笑いかけた。そしてリュウに近づこうとする。けど……。
「っ……ぼ、ぼくに近づいちゃ……ダメ……」
リュウは逃げるように壁際へと移動した。
「……どうしてダメなんだ?」
「ぼ、ぼくの目見ると……死んじゃうから……ぼくはばけもの、だから……」
やっぱりそれが一番のコンプレックスか。だけど大丈夫だ、リュウ。オレが絶対にそれを解消してやるからな。
「心配ないよ。たぶんオレには効かないから」
「……き、効かない……?」
「そっ。神仙族には効かないと思うよ。な、湊」
「そうだな……試したことはないが……少なくとも何の抵抗もなく体が弾け飛ぶといった事象には至らないはずだ。俺たちは特殊な人種だからな」
「ミナト。その回答はあながち間違いではない。かつてマーダーブラッドと思しき人物が里に侵入しかけた際、彼らの目を見ても体に異常が出たのはごく僅かであったし、何より死者は零であったからな」
これにはオレも驚いた。リュウに少しでも安心してほしかったから、ちょっと大袈裟に神仙族には効かないよとか言ったんだけど、まさかほぼ正解だったなんて……ははっ、これじゃあオレたちの方がバケモンだよなー。
「だってさ。だから心配ない。……もし顔を上げるのが怖いならそのままでもいいし、なんか目隠しみたいなのつけるでもいいし」
あ、でも、リュウが嫌がってるなら潔く引くべきなのか……。
いやでも、リュウの眼の力を制御するためにはいつまでも目を隠してられないしな……。
「ノア。前見ろ、前」
うだうだと悩み続けていると、秀から声がかかった。言われた通り前を向くと、そこには絹の様に清廉な純白の髪を持った美少年と呼ぶにふさわしい、小さな命があった。目はあの馬車で起きた事件の時のような赤色ではなく、初めて会った時と同じ灰色の目をしていた。
リュウが勇気を出して、あどけない顔を見せてくれた。オレにはそれがとても嬉しかった。
「……っ!やっとリュウの顔を見れたな。超美男じゃん。将来は女の子にモテモテだろうなー」
オレはリュウが顔を見せてくれたことに心底喜び、思わずリュウの頭をなでなでしてしまった。
「……!」
リュウはオレが手を伸ばした時、一瞬だけビクッと体を震わせたが、オレが頭を撫でたかっただけだとわかると、恥ずかしそうにしながら、それでいてすごく安心してくれているようなそんな柔らかい表情を見せてくれた。
秀がなんで頭を撫でてくるのか、わかった気がする……。
オレは数度リュウの頭を撫でて堪能した後、みんなの方に向き直った。
リュウが今みたいに幸せそうにしてる姿を守るために、リュウの未来を救うために、オレはオレのできることをやろう。
「みんな。悪いんだけど今日一日この部屋には入らないでくれるか?」
「わかってる。兄さんの邪魔はしない」
シンはそう告げるといち早く部屋を出た。
「ったく。シンのやつは察してからの行動が早すぎるぜ。ノアの言うことはすーぐ聞いちまう……全く困った主様だ」
秀はシンに対し少し呆れながらも後に続いた。
「カズハ、エル。俺たちも出るぞ。……ノア、俺は部屋の前で待機している。何かあれば呼べ」
「わかってるよ」
湊は困惑中のカズハとエルを連れて部屋を後にした。二人ともオレがこれから何をするのか聞きたそうな顔をしていたけど、分からないなりにこの雰囲気を察して部屋からの退出を優先してくれた。
「さてと、それじゃあ始めようか」
sideリュウ
「ーーーリュウはオレたちにとって、とーっても大事な人間だよ」
大事な人間……?……初めて言われた。
ぼく、大事なんだ……ぼく……人間、なんだ……。
少年は……リュウはこの時初めて自分が人間であると認識した。なぜこのたった一言が少年の心に響いたのかは少年にしかわからないことであるが、しかしながらこの言葉が少年の心を救ったことに変わりはないのだろう。
何年もの間、罪人だ、化け物だ、と罵られ続け、自分自身でさえそのように卑下することが当然であったリュウの冷えきった心に、一筋の温かな光がようやく差し込んだのである。
リュウはやっと安らげる場所に辿り着いた。そこが本当にリュウにとって救いの場となるのかは未だ不確定なものではあるが、今この瞬間にリュウを包んでくれた温かな光は決して虚像などではないのだろう。
「……っ!やっとリュウの顔を見れたな。超美男じゃん。将来は女の子にモテモテだろうなー」
リュウの目前へとノアの手が迫ってくる。
こわいっ……!
リュウは思わず目を瞑り、体を震わせた。暴力を振るわれた悲惨な過去がフラッシュバックしたのだろう。
ビクビクと震えていたリュウに与えられたのは鋭い痛みなどではなく、温かなぬくもりであった。
……ふぇっ……?
リュウが恐る恐る目を開けるとそこにはリュウの頭を満足そうに撫でているノアの姿があった。ノアはニコニコと柔らかな笑みを浮かべている。
はずかしい……でも……あったかい…………。
顔を赤くしながら俯くリュウ。その顔には羞恥や歓喜、安堵といった心情が交錯していた。
……ああ、もっとここにいたい。もうあんなところに、戻りたくないよ……。
リュウは暗殺者として育てられ、単なる駒のように扱われてきた。そこに情などというものは皆無に等しい。無情と苦痛の世界でしか生きていけなかったリュウにとって、この空間は未だ見ぬ世界であり、魅力的すぎる世界でもあった。
「さてと、それじゃあ始めようか」
始めるって、何をだろう……?
この一言からリュウの人生は大きく変わることになる。いや、正確に言えばノアと出会った時点がすでにリュウの未来の転換点となっていたのかもしれない。
sideノア=オーガスト
「紫苑。リュウの具合はどんな感じだ?」
湊が神妙な面持ちで紫苑に問いかける。紫苑は黒い鱗に綺麗な青い瞳をもつ蛇のような姿をしていて、頭部には二本の黒い角をもつ神獣だ。それと紫苑は特殊な眼を持っていて、氣に関しては特に敏感だ。
「あまりよくはない。自身の氣を使いすぎて倒れたようだ。ただ、未だにこの少年の目に氣の供給が行われているため、早く止めなければ命に関わるぞ」
なっ……やっぱりそうか。リュウの今の状態は昔のシンと同じような状態だ。眼の力が暴走してるんだ。
オレは苦しそうに息をするリュウの目もとにそっと手を置いた。
思った通り、熱い……。
「シン、悪いんだけど冷たいタオルかなんか持ってきてくれるか?リュウの目もとを冷やしたいんだ」
「分かった」
シンが足早に部屋を出た。おそらくはドレイクさんたちに頼みに行ってくれたはずだ。
「あと今できる最大限のことは……」
俺はあるひとつの方法を思いつく。これをすればすぐにでもリュウを助けられる。
俺は浅い呼吸を何度も繰り返し、苦痛に苛まれているリュウに目をやる。そして固く決意をして、近くに座っていた秀に声をかけた。
「秀。オレとリュウの縁を結んでくれないか?」
「まさかお前……縁結びをしようってのか?」
「そう。昔、シンにもしただろ?それとおんなじやつをさ」
眼が覚醒して三年が経った頃だった。ちょうど今のリュウくらいの歳だな。シンの眼の力が突如として暴走し、オレがシンと縁を結ぶことでなんとかことなきをえたことがあった。それからはシンの眼の力が暴走することなく、ある程度自分の力で制御できるようになったんだよな。
「……またお前が苦しむことになるが、それでもやるんだな?」
「ああ、もちろん!」
これは現状においてリュウを救える唯一の最善策だ。これ以上にいい方法をオレは知らない。
「……わかった。そこまで覚悟があるってんなら止めるつもりはねぇ。お前らもいいな?」
シンは戻ってきてすぐにタオルをリュウの目元にのせ、リュウの近くで待機した。
「俺は……兄さんの意思に、従うだけだ」
かすかに不安を抱いていそうなシン。ほんの少しだけ、表情が強張っているのがオレにはわかる。優しい弟には悪いとは思うけど、仮にシンが止めに入ってもオレは必ずやり遂げる。
「正直に言えばノアに苦痛を負って欲しくはない。だが、主の意思を踏み躙るような真似もしたくはないからな。今回はノアのしたいようにしてくれ」
紫苑をいつもの定位置に乗せつつ、湊は近くの壁に寄りかかった。
眼の力の暴走……その苦しみをわかってやれるのは、似た境遇のオレたち双子くらいなもんだ。そしてそれを和らげてやれるのも、今この場にいる経験者のオレたちしかいない。
助けてやれる手段があるのなら、オレはそれにしがみつきたい。
「決まりだな。なら始めるぞ。ノア、リュウの手を繋げ」
秀の指示通りにオレはリュウの右手を掴む。そして秀はそれを確認後、人差し指と中指を立て言葉を紡ぐ。
「我、天照大神の加護ありし八神家当主、八神秀がかしこみ申す。天照大神の名の下に、リュウ、ノア両名の縁を結びたまえ」
秀の祝詞が捧げられた直後、オレとリュウの身体を淡い橙色の光が纏い始めた。そしてオレとリュウの間に一本の光の筋が出来上がる。
「……ぐっ……」
縁が繋がったことにより、リュウの痛みがこちらにも流れてきた。そして心の叫びも……。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……
苦しいよ…もう嫌だ………死にたい……よ……。
なんで……なんでこんなに幼い子が、ここまで苦しまなきゃならない。あんなに優しい子がなんでだよっ……!
オレは猛烈な痛みのために目に当てていた手を離し、タオルが置かれたリュウの目元へとその手をそっとのせた。
リュウの眼の力を抑えろ。今オレがリュウのためにできることは、それしかない!
オレは自身の眼の力を抑えるようにリュウの眼の力を抑えにかかる。だがなかなか抑制される気配はない。
クソッ……だったらこれでどうだ!
オレは自分の眼にありったけの氣を流した。これは本来はあまり推奨されない行為だ。なぜなら急激に氣を流すと失明する恐れもあるからだ。下手をすれば眼球が破裂する。
だけど今はこれしかない!
オレは氣を流し続けた。オレの顔には汗がだらだらと流れていたが、そんなのはお構いなしだ。そして数分後、リュウはようやく穏やかな表情で眠ってくれるようになった。
……あったかい……。
リュウの心の叫びも落ち着き、オレは安堵した。
「……すぅ……すぅ…………」
「ふぅ。なんとかなったな」
汗だくの顔を拭きながらオレはリュウの寝顔を眺めた。その表情は先ほどまでの苦しそうなものとは違い、すやすやと気持ちよさそうなものになっていた。
「兄さん。平気か?」
「ああ。オレは大丈夫だよ、シン」
抑えたと言ってもオレがやったのは一時的な、いわゆる応急処置ってやつにすぎない。問題はこれからだ。縁が切れる前にリュウに眼の力をコントロールする方法を教えないと……。
「とりあえずはリュウが起きるまでは何もできねぇだろうからなぁ。これからどうするか……ん?そういや今何時だ?」
「まだ深夜一時だ。毎日八時間は寝ないと不調になる秀は、早く寝たほうがいいんじゃないか?」
「はぁ?俺はいつもそんな寝てねぇし、睡眠時間ごときで弱る身体は持ち合わせてねぇよ」
「どうだかな」
「おい!」
仲良いのもほどほどにしとけよな、ったく。
「はいそこ、うるさいぞー。リュウが寝てるんだから静かにしろよなー」
さて、とりあえずこれでリュウを一時的ににせよ、リュウの身体を蝕む苦しみを取り除いてやれたわけだけど、これからどうするか……。
まずオレが縁を繋いだ状態のまま眼の力の暴走を抑える方法を教えるのは確定として……ああでも、これをするにはリュウの身体や心がある程度安定していないときついかもしれない。リュウはまだ子どもなんだから、時間を置かないと……。
「ノアー。なんかあったのー?さっきから物音うるさいんだけどー……って、え?……んー?どういう状況なの、これ?」
廊下側の障子の開いた先には、ノアズアークのメンバーであるカズハの姿があった。
「カズハ。わるい、起こした?」
「まあねー。なーんか隣が騒がしいなーと思ってきたんだけど……ふわぁぁあ……えと、なんで私たちの探し人が普通にこの部屋で寝てるわけ?意味がわかんないんだけどー……?」
「まあそれは朝に話すことにしようって思ってる。エルもいないし」
「んー……すっごく気になるけど我慢しとくー。エルだけ知らなかったなんてことになったら凹んじゃいそうだしねー。じゃ、明日……あ、もう今日か……今日の朝教えてよねー」
「わかってる」
「ふわぁぁあ……ねむー……」
この騒動によって起きてしまったカズハは、欠伸をしながら気だるそうに自分の部屋へと帰っていった。
……あんなに覇気のないカズハは初めて見たなぁ。
翌朝、朝食を終えてすぐカズハとエルに昨夜のことを説明した。二人ともかなり驚いていたが、しっかりと状況を把握してくれた。どうやらうちのメンバーはみんな優秀らしい。
「で、リュウが起きたら詳しい話を聞こうかなって思っててーーー」
「ん……ここ、どこ……?」
「リュウ!起きたのか!」
リュウの小さな声が耳に届き、オレは駆け寄った。リュウはゆっくりと体を起こそうとしている。
「まだ寝てていいからな。リュウは身体も心ももうボロボロなんだ」
「っ……」
リュウはオレが勢いよく近づいたことに驚いたのか、かけ布団を頭の上まで引っ張り隠れてしまった。
「オレのこと、覚えてる?」
オレはこのまま優しく問いかけてみる。無理に外に出す気はない。
「ノ、ア……」
くぐもったか細い声が聞こえてくる。
「覚えててくれてたんだな。嬉しいよ」
「ぼ、ぼく……ノアの、こと……っ…………」
小さな涙声が微かに届く。それと同時に、リュウの心中がオレの胸の内に流れ込んでくる。
これは、後悔と嫌悪……それに、絶望だ。
「大丈夫。大丈夫だよ、リュウ。オレは生きてるし、何より君に会えたことがすごく嬉しい」
「……な、なんで……?ぼ、ぼくはーーー」
「そうだ。お前はノアを殺そうとした」
秀はリュウの心の傷を抉るような鋭い言葉を突きつけた。
「っ……」
リュウの苦しむ心の声が伝わってくる。
「おい、秀……!」
「だがそれはお前の本当の意志じゃねぇ。そうだろ?」
「…………」
黙り込んでしまったリュウ。秀はそれを気にすることなく続けた。
「いつまでも自分の本当の気持ちを抑えてたんじゃ……いつか必ず、お前が死ぬぞ」
自分の心を押しつぶしながらダスクの命令のままに殺す日々。そんなことを続けてたらいつか必ずリュウという存在は無くなってしまう。淡々と仕事をこなすだけの操り人形。秀はこうなりたいのかと、そうリュウに問いかけてるんだ。
なんだかんだ言ってさ、やっぱ秀はいいやつなんだよなー……。
「……ぼくなんか、生きててもしょうがない、から……ぼくは、罪人だから……」
リュウは弱々しい声で答えた。オレはこの声に胸が痛くなった。リュウは自分を卑下することが当たり前であるかのように言ったからだ。
罪人……そんな言葉を自分に使うなんて……。
「リュウ。もしオレたちが君を助けるって言っても、まだその答えにすがりつきたい?」
まだ幼いリュウには酷なことだろうけど、これはリュウ本人が決めなきゃいけないこと。このまま自分のことでさえも他人に任せてたら、きっとリュウは幸せになれないと思うから。
……ぼくなんかがこのまま生きてていいの?
……ぼくなんかが救われてもいいの?
……ぼくは罪人なのに?
……罪人は表に絶対に出られないって言ってたのに?
……なんでぼくなんかを助けてくれるの?
リュウの戸惑いの声が頭に響く。またあの言葉を使っている。しかもどうやら誰かに言われた単語みたいだ。相当心に染み付いているらしい。
許せないな……。
「聞いてリュウ。君は罪人なんかじゃない。君は心優しい人間だよ。オレたちとなんら変わらない、ただの人間だ」
「…………」
……ぼくが人間?
……化け物じゃない?
……罪人じゃないの?
化け物だって?誰が化け物なんだ?まさかとは思うが……リュウのことか?
握り拳に力が入る。
あんな酷い言葉をすり込ませるだけでなく、こんな惨い言葉でリュウを罵りやがって……ふざけんな!
「ひっ……」
オレの怒り心頭な心の声が届いてしまったせいで、リュウが怯えてしまった。
「あ、ごめんリュウ。ごめんよ」
ついカッとなってしまった。縁を結んでるから、双方の心の声は届くってのに……失態だった。
……ノアは、すごく、優しい。びっくりしちゃったけど、でも、ぼくなんかのために……怒ってくれた。
……もう独りは寂しい…………。
……誰かを殺すのは、もうやだ…………。
……自由に、なりたい…………。
「リュウ……必ずオレたちでリュウを自由にする。必ずだ」
ぼく自由になれるの……?
こんなぼくでも誰かに愛される……?
誰かが一緒にいてくれる……?
ぼくもみんなみたいに、優しい世界にいたい。
あったかいところに、いたい。
「……た、すけて……ノ、ア……」
リュウの悲痛な心の叫びが渦巻く中、ついにリュウは自分の意志で誰かの助けを呼んだ。これはリュウにとってとても大きな一歩になるはずだ。
「ああ。もちろんだよ、リュウ!」
side リュウ
少年の始まりの記憶は、血だった。人の首から勢いよく噴き出す血飛沫。それが川のような流れをつくり、少年の小さな手へと流れ着いた。その時の少年は、泣き叫ぶことなくただその光景を眺めていた。
少年は物心ついた頃にはすでに、ダスク所属の人間だった。幼い頃から暗殺術をひたすら磨かされ、不出来であれば棒や鞭で叩かれることなど何度もあった。その小さな身体に受けた痛みの量を計り知ることなど、誰にもできないだろう。
「……ご、ごめんな、さい……」
「ごめんじゃねぇんだよ!この役立たずが!!」
その太い腕に刺青を入れた男は、木の棒を少年へと叩きつけた。
「……うぅっ……」
少年は痛みを必死に堪え、なるべく声に出さないよう我慢している。
「言っただろうが。てめぇのやることはこれに書かれた奴を片っ端からぶっ殺すことだってなぁ!てめぇが殺らなかったせえでこっちは金をもらえてねぇだよ!!」
再び男は少年に棒を叩きつける。少年は壁近くまで飛ばされた。
「……こ、ろした……くない……」
少年はたどたどしく本心を告げた。
「おい、罪人。てめぇは所詮化け物なんだよ。俺ら人間様みてぇに、感情を持ってんじゃねぇぞ」
男はどんどん少年に近づき、そして少年の痛んだ髪を引っ張り上げた。少年は無理矢理顔を持ち上げられる。男は少年に顔を近づけ言い放つ。
「わかってんのか。てめぇはついこの前、俺様の貴重な駒を数十人もぶっ殺してんだぞ?それもその眼の力だけでだ。これが化け物じゃねぇってんならなんだってんだよ、なぁ……なぁ!!」
男は少年の腹に一発拳を振るった。そして少年を無造作に投げ捨てる。
「……ぐぅっ……」
「わかるか?てめぇは生まれながらの罪人だ。そんな狂気じみた能力を持ってんだからなぁ。お前の手はとっくの昔から血に濡れてんだ。いまさらやりたくねぇとかほざいてんじゃねぇぞ!!!」
男は憔悴しきった少年の細い右腕に足を踏み込んだ。
『バキッ』
鈍い音が部屋に響く。
「……がはっ……い、いたい……」
少年は涙した。骨が折れたのだから当然だ。少年は右腕を押さえようと左腕を伸ばすが、それが叶うことはなかった。
「おい。誰が動いていいって言ったんだ?化け物ごときが……罪人が人間様にさからってんじゃねぇぞ!」
男は少年をひたすら甚振り続けた。何度も何度も殴る蹴るを繰り返す。化け物や罪人という酷い呼称を少年に使い続けながら……。
少年はあれから数分間暴力を振るわれ、ボロボロの状態で地に倒れた。その周りには少年が流した血があちこちに散逸していた。
「ボス。ここまでしちゃぁ、こいつ、使いもんになんなくなりますぜ」
「ふん。知るかよ。ほっときゃ治んだろ。おい、罪人。次へましたら、これぐらいで済むと思うんじゃねぇぞ」
男は扉付近の壁を思い切り殴りつけ、その場を後にした。壁には大きな穴が開いており、廊下が見えてしまっている。
少年は男が去ったことを知り、安堵した。ようやく解放された、と。少年は打たれ続けた身体を休めるようにそのまま気絶してしまった。
「……ん……」
少年は目を覚ます。部屋の窓から外を見ると、もう辺りは真っ暗になっていた。少年は折れた右腕を動かしてみた。すると、いつも通り動いた。どうやら誰かが治しておいたらしい。だが、身体中の打撲や怪我は治ってはおらず、少年は全身に激しい痛みを感じた。
……外、出たい……。
少年は一歩、また一歩と足を進めていく。ふらふらとしながらも必死に窓へと進んでいく。
『キィィ』
少年が窓を開けると、立て付けが悪いのか甲高い音が鳴った。
少年は窓枠に足をかけ、外に出ようとする。だが、綺麗に着地することはできず、地面にダイブするかのように外へ出た。うまく力が入らず、落ちてしまったのだ。
「……うぅ……」
少年はうめき声をあげる。そしてしばらくそのままでいた後、身体をなんとか起こしてその場に壁を背にして座った。
「ばけもの……つみ、びと……」
てめぇは所詮化け物なんだよ。
てめぇは生まれながらの罪人だ。
男が放った数々の暴言が少年の脳内で何度も何度も再生される。
「ぼくは……生まれてきちゃいけなかったんだ……」
だってぼくは、化け物であり……罪人なんだから……。
少年はこの時、自身が化け物であり罪人であると自ら認めてしまった。男の言葉が幾度となく反芻するうちに、ほとんど洗脳状態といっていいほどに少年の頭にはこれらの言葉が染み付いてしまった。これを当たり前であると思えるほどに……。
少年は生まれてから今現在に至るまで、このような劣悪な環境下で育った。少年の身体や心はもう限界を超えている。このままいけば廃人になってもおかしくはないだろう。この哀れな少年が救われる日は果たして来るのだろうか……。
side ノア=オーガスト
リュウに路地で初めて会った時から、なんとなくリュウのことが気になっていた。もしかしたら昔の、小さかった頃のシンと重なった部分があったのかもしれない。
リュウはとても優しい子だ。他人同然のオレのギルドカードをわざわざ届けてくれたんだから。それにオレを殺す命令が下されていただろうに、リュウは躊躇っていたし、後悔もしているようだった。
そんな子どもに暗殺をさせたり、物理的にも精神的にも暴力を振るった奴らのことを、オレは絶対に許さない。
「ノア、ちょっといいか?」
リュウのすぐそばで見守っていたオレに秀が声をかけてきた。
「どうした?秀」
「ダスクを見つけるっつう話だけどな、俺の式神とリュウがいれば可能ではあるんだが、どうする?」
式神とリュウがいれば可能……?
それってもしかして……。
「ノアの思ってる通りだ。正直に言えばこれはリュウの意志なんか関係なく遂行できる。だが、それじゃあ意味がないだろ?」
そうだ。オレはリュウに自分自身で選択することの大切さを伝えたい。誰かの言う通りにするだけじゃダメだってことを教えたい。
「ああ。……リュウ。今の聞こえてたと思うけど、リュウの協力があればダスクを壊滅させられる。だけどこれはオレたちがしたいことだ。これをリュウに強制することはしたくない。だから、リュウが決めてほしい。オレたちに協力するか否かを」
「…………」
リュウはそのまましばらく沈黙を続けた。そして、もぞもぞと動き出し布団から出てきた。
「ぼ、ぼく……役にたてる、の……?」
「ああそうだよ。リュウはオレたちにとって、とーっても大事な人間だよ」
リュウは俯いたままではあったが、しっかりと返事をくれた。
「……協力……する……」
「そっか。ありがとな、リュウ」
オレはニカっと笑いかけた。そしてリュウに近づこうとする。けど……。
「っ……ぼ、ぼくに近づいちゃ……ダメ……」
リュウは逃げるように壁際へと移動した。
「……どうしてダメなんだ?」
「ぼ、ぼくの目見ると……死んじゃうから……ぼくはばけもの、だから……」
やっぱりそれが一番のコンプレックスか。だけど大丈夫だ、リュウ。オレが絶対にそれを解消してやるからな。
「心配ないよ。たぶんオレには効かないから」
「……き、効かない……?」
「そっ。神仙族には効かないと思うよ。な、湊」
「そうだな……試したことはないが……少なくとも何の抵抗もなく体が弾け飛ぶといった事象には至らないはずだ。俺たちは特殊な人種だからな」
「ミナト。その回答はあながち間違いではない。かつてマーダーブラッドと思しき人物が里に侵入しかけた際、彼らの目を見ても体に異常が出たのはごく僅かであったし、何より死者は零であったからな」
これにはオレも驚いた。リュウに少しでも安心してほしかったから、ちょっと大袈裟に神仙族には効かないよとか言ったんだけど、まさかほぼ正解だったなんて……ははっ、これじゃあオレたちの方がバケモンだよなー。
「だってさ。だから心配ない。……もし顔を上げるのが怖いならそのままでもいいし、なんか目隠しみたいなのつけるでもいいし」
あ、でも、リュウが嫌がってるなら潔く引くべきなのか……。
いやでも、リュウの眼の力を制御するためにはいつまでも目を隠してられないしな……。
「ノア。前見ろ、前」
うだうだと悩み続けていると、秀から声がかかった。言われた通り前を向くと、そこには絹の様に清廉な純白の髪を持った美少年と呼ぶにふさわしい、小さな命があった。目はあの馬車で起きた事件の時のような赤色ではなく、初めて会った時と同じ灰色の目をしていた。
リュウが勇気を出して、あどけない顔を見せてくれた。オレにはそれがとても嬉しかった。
「……っ!やっとリュウの顔を見れたな。超美男じゃん。将来は女の子にモテモテだろうなー」
オレはリュウが顔を見せてくれたことに心底喜び、思わずリュウの頭をなでなでしてしまった。
「……!」
リュウはオレが手を伸ばした時、一瞬だけビクッと体を震わせたが、オレが頭を撫でたかっただけだとわかると、恥ずかしそうにしながら、それでいてすごく安心してくれているようなそんな柔らかい表情を見せてくれた。
秀がなんで頭を撫でてくるのか、わかった気がする……。
オレは数度リュウの頭を撫でて堪能した後、みんなの方に向き直った。
リュウが今みたいに幸せそうにしてる姿を守るために、リュウの未来を救うために、オレはオレのできることをやろう。
「みんな。悪いんだけど今日一日この部屋には入らないでくれるか?」
「わかってる。兄さんの邪魔はしない」
シンはそう告げるといち早く部屋を出た。
「ったく。シンのやつは察してからの行動が早すぎるぜ。ノアの言うことはすーぐ聞いちまう……全く困った主様だ」
秀はシンに対し少し呆れながらも後に続いた。
「カズハ、エル。俺たちも出るぞ。……ノア、俺は部屋の前で待機している。何かあれば呼べ」
「わかってるよ」
湊は困惑中のカズハとエルを連れて部屋を後にした。二人ともオレがこれから何をするのか聞きたそうな顔をしていたけど、分からないなりにこの雰囲気を察して部屋からの退出を優先してくれた。
「さてと、それじゃあ始めようか」
sideリュウ
「ーーーリュウはオレたちにとって、とーっても大事な人間だよ」
大事な人間……?……初めて言われた。
ぼく、大事なんだ……ぼく……人間、なんだ……。
少年は……リュウはこの時初めて自分が人間であると認識した。なぜこのたった一言が少年の心に響いたのかは少年にしかわからないことであるが、しかしながらこの言葉が少年の心を救ったことに変わりはないのだろう。
何年もの間、罪人だ、化け物だ、と罵られ続け、自分自身でさえそのように卑下することが当然であったリュウの冷えきった心に、一筋の温かな光がようやく差し込んだのである。
リュウはやっと安らげる場所に辿り着いた。そこが本当にリュウにとって救いの場となるのかは未だ不確定なものではあるが、今この瞬間にリュウを包んでくれた温かな光は決して虚像などではないのだろう。
「……っ!やっとリュウの顔を見れたな。超美男じゃん。将来は女の子にモテモテだろうなー」
リュウの目前へとノアの手が迫ってくる。
こわいっ……!
リュウは思わず目を瞑り、体を震わせた。暴力を振るわれた悲惨な過去がフラッシュバックしたのだろう。
ビクビクと震えていたリュウに与えられたのは鋭い痛みなどではなく、温かなぬくもりであった。
……ふぇっ……?
リュウが恐る恐る目を開けるとそこにはリュウの頭を満足そうに撫でているノアの姿があった。ノアはニコニコと柔らかな笑みを浮かべている。
はずかしい……でも……あったかい…………。
顔を赤くしながら俯くリュウ。その顔には羞恥や歓喜、安堵といった心情が交錯していた。
……ああ、もっとここにいたい。もうあんなところに、戻りたくないよ……。
リュウは暗殺者として育てられ、単なる駒のように扱われてきた。そこに情などというものは皆無に等しい。無情と苦痛の世界でしか生きていけなかったリュウにとって、この空間は未だ見ぬ世界であり、魅力的すぎる世界でもあった。
「さてと、それじゃあ始めようか」
始めるって、何をだろう……?
この一言からリュウの人生は大きく変わることになる。いや、正確に言えばノアと出会った時点がすでにリュウの未来の転換点となっていたのかもしれない。
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