碧天のノアズアーク

世良シンア

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グランドベゼル編

番外編 ジンのサプライズ

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side ジン=グレース

「え?ユニコーンの角、ですか?」

いつもの早朝訓練をするウィリアムを見つけ、私はある提案をした。「ユニコーンの角を一緒に取りに行くぞー!」と。するとウィリアムは、はい?という顔をした。

「そ。それを素材にした武器を理事長にプレゼントしようかなーって。ほら、たしか理事長って今年で退職するじゃない?だから退職祝いに何かあげようよって話。一応、生徒会で結構お世話になったし」

「だからって武器をあげるのはどうかと」

「あれ?知らないの?理事長ってかなりの武器マニアなんだよー。冒険者をしてた頃はいろんな魔物を狩って、その素材でできた武器をコレクションしてたらしいよー。……ていうかこれ、集会の時とかに毎回話してたと思うけどー?しかもその実物もこれでもかってくらい見せびらかしてたし」

ウィリアムは刀を磨く手を一度止めたものの、再び刀を研磨し始める。

「……覚えてないですね、そんなどうでもいいこと」

「うん、だよねー。そう言うと思ってた。コホンッ……でね、その集会の話で散々言ってた、理事長が欲しかったけど手に入れられなかった素材があるんだけど……」

「それがユニコーンの角なんですね」

「そゆこと。素材だけ渡してもいいんだけど、武器にした方が素材元を知った時の驚いた表情が見れそうじゃない?武器そのものと素材とで二重の意味でさー。私、サプライズ好きだし。だから、ユニコーン探し手伝ってよ、副会長ー!」

「なんで俺がそんな面倒なこと……」

「えー。元生徒会の一員として、恩師にはそれなりの感謝を示さないとダメでしょー?それに、これは会長命令だから。副会長の君は逆らってはならないのだー」

「…………はぁ。わかりましたよ、行けばいいんでょう、行けば」

「ふふん。わかってるじゃない。よーし。善は急げよ。早速しゅっぱーつ!」

「ちょっと……!」

私は刀の手入れが終わっていないであろうウィリアムの手を引く。ウィリアムは不満気だったけど、なんだかんだついてきてくれた。こうして私たちは帝都アクロポリスから北に位置する地域……ドロモスへと向かうことになった。




愛馬を全力で飛ばして約十時間。ほぼ休みを入れることなく、私たちは目的地に到着した。本来ならここに来るまではだいたい三日はかかる。だけどそんなにかけたら、私たちの普段の業務に差し障る。だから陛下には、ギリギリ許可がもらえそうな二日分しか休暇をもらっていない。しかもこの国を守護し導く要たる五人の師団長うち、二人も仕事に穴をあけるなんてこと、職務怠慢もいいところだ。

てなわけで、普通の馬車ではなく戦場を共に駆ける愛馬に頑張ってもらってここまで来たんだけど、その道中には氣術や力がみなぎる薬を使いまくった。だからこんなにも早く着くことができた。

もしかしたら、意図せず私たちが最速で帝都からここに辿り着いた……言わば最速王かもねー。

その後愛馬にはドロモスの手前で待ってもらい、私とウィリアムの二人でここに入った。ここは寒さもつらいけど、何よりもっと危険なものがあるからねー。愛馬を死なせるわけにはいかない。

とまあ、そんな感じでここドロモスに足を踏み入れたわけなんだけど……ちょーっとばかし、とある問題が明るみになった……かも?

「それで?当てはあるんですか?ジン先輩」

もう昼過ぎだというのに、未だ不満気味なウィリアムを横目に、私は足場の悪い岩場を登っていく。

「うーん…………」

私はキョロキョロと辺りを見回す。左側には川。それも激流。右側は深い森が続いている。その木々にはうっすらと雪が積もっており、ここ特有の寒さを私たちの身体に感じさせている。

「なんの考えもなしにここへ来たんですね……はぁ……」

ウィリアムは白いため息を大きく吐いた。

「まあまあ。適当に歩いてれば見つかるって。それに川沿いなら水を飲みにひょこっと顔出すかもしれないし……ね!」

「…………」

ウィリアムは鋭い眼差しで私を捉えた。

そこまで睨まなくてもいいじゃんかー……。

私はそんなウィリアムの視線に気づかないふりをして、再びユニコーン探しに専念した。

ユニコーンは主にドロモスに生息するBランク指定の魔物だ。Sランクを除く魔物の中で最も希少な魔物の一体とされ、その角は武器や装飾品の素材として好まれている。さらに角だけでなく、その純白の毛並みも、服や布団などの素材として重宝されるらしい。けれどその数の少なさと生息地から、最も入手困難な素材のひとつとしても名を馳せている。

理事長が取れずに悔しがっていたのも無理はない。この地に足を踏み入れることすら、一般人だけでなく冒険者たちにとっても躊躇われる地域だからねー。ただ理事長はどうしても欲しかったから、何度もその身を危険に晒したみたいだけど。それでも結果は収穫なし。何度か見かけはしたけど、他の魔物に阻まれて逃げられちゃったらしい。武器へのその執着心は、もはや尊敬の域に達する気がするよねー。

ちなみに、ユニコーンがBランク指定とされているのは、希少性からではなくその危険性からなんだよねー。希少性が判断材料にされてるのなら、Aランク指定か……下手したらSランク指定でも変ではないかも。冒険者ギルドEDENの長年蓄積された情報と分析から、魔物のランク付けはされてるわけだけど、その判断材料は危険性……単純に言えば魔物の強さだ。弱いなら低ランク、強いなら高ランク……まあすごくわかりやすい。

細かい分析方法は知らないけど、私たちが今追っているユニコーンはBランクの魔物として知られている。……つまりは希少価値が高いだけの雑魚ではないということ。油断すれば返り討ちにあうのは必然なんだよねー。

そして、そのユニコーンの住処たるドロモスは、帝都アクロポリスより北に位置するこの危険地域を指す。ここはその広域の中でも手前の地域にあたる。もっと奥地に行けば、かの有名な白魔が住むとされる豪雪地帯に行くことができるらしいけど、そこへ行く命知らずはそうそういない。冒険者でさえ、誰も彼もが踏み入ろうとはしないそうだ。唯一の生還者といえば、私が知っているのはジ・オメガというSランクパーティのみだねー。今はもう解散しちゃってるけど、伝説のパーティとしてEDEN内だけでなく、世界中に知れ渡ってるみたい。ほんとすごいよねー、うちの皇帝陛下って。

ただ、ドロモスのまだ入り口付近であるこの場所も危険がないわけじゃない。ドロモスと称されている時点で、そこは魔の巣窟。並の人間では一瞬にして命を落とす。なぜなら……。

「ジン先輩。どうやら囲まれたようです」

「あちゃー。また面倒なやつに絡まれたねー」

そう。この場所は三歩歩けば魔物に襲われると言われるほどに、魔物との遭遇率が高いのだ。それに加えて厄介なのが……出現する魔物の平均ランクが高いことだろうねー。

「オルトロス……Bランク指定の魔物か。群れで行動することが多く、尾の蛇に噛みつかれれば数秒で死に至る、でしたっけ」

「そ。超猛毒だけどそこはまあ、切り落とせば問題なし。牙にしか毒はないし、再生もしないからねー。私たちなら余裕余裕」

「ですね。ただ問題があるとすれば、その数と連携力……それと機動力の高さですね」

「だねー」

オルトロスが普段から一体だけで襲ってくるならCランク指定になっただろうけど、こいつらは群れでいるのが基本。その数が多く統率力も申し分ないのであれば、下手したらAランク扱いにもなり得る。それだけ危険な魔物なのだ、オルトロスというのは。

「ウィリアムは右、私は左でオケ?」

「了解」

ウィリアムは武器を正面に構え、私は武器を手にはしているものの構えはしなかった。

私の方は川向こうにオルトロスが待ち構えている状態だから、川を跨いで突っ込むのはちょい危険だよねー。川を飛び越してる最中に襲われでもしたら結構対処がきついし。

今この状況で近距離戦を取るのは愚策だ……それなら……。

「エアロウィンド!」

川向こうの方角へと、上空に生成された大きな風の刃が数発、勢いよく飛んでいく。

オルトロスの大きさはだいたい把握してるし、地面に向かって撃てば基本倒せるはず。仮にダメでもやつらの機動力の要である足は落とせる……!

『『『ギャァッ!!』』』

木々を切り落としながら地面に着弾したエアロウィンド。その着弾位置からは複数の魔物の悲鳴が聞こえてきた。

「精度が上がってますね、ジン先輩。俺のいない間、てっきり怠けて鍛錬をサボってるかと思ってました」

「んなわけないでしょ。まったく私をなんだと思ってるんだか」

「ふ……ジン先輩にばかりいいところを見せつけられたら、俺の立つ瀬がないですね。……仕方ない。俺もほんの少しだけ本気を出しますよ」

そうウィリアムが言葉を発した瞬間、森側に潜んでいたオルトロスたちが一斉に私たちに飛びかかってきた。仲間がやられて動揺したのか、はたまた私が倒した方に司令塔のオルトロスがいたために統率力が皆無になってしまったのか……。

まあいずれにせよ、こんな単純な攻撃じゃウィリアムを倒すのは到底不可能だねー。

ウィリアムはオルトロスたちの動きに動揺することなく、構えた刀を横一線に振り抜いた。そして刀を一度上から下に振り、付着した血液を落とす。

バタッと一斉に死体が地面に落ちた音がした。

「さっすが、大帝国一の刀使い!お見事!」

私はご機嫌取りのため、ウィリアムを褒めちぎった。ちなみに頭と胴を二分されたオルトロスたちにより、地面は赤黒い血で濡れてしまった。

服につかなかったのは本当に良かった。魔物の血液って落ちにくいから洗うのが大変だからねー。

「そんなにおだてても、何も出ませんから」

「大丈夫大丈夫。期待したのはそれじゃないからー」

これでウィリアムの機嫌がなおってますように!

「さ、ユニコーン探しを再開しよう!」






ドロモスに足を踏み入れてからはや六時間。辺りはもう真っ暗になってしまった。そしてその間、ユニコーンが現れる気配は全くなく、その代わりに嫌というほどの魔物たちと邂逅した。しかもこの視界不良の中、ほとんど息つく暇なく襲ってくる。ここまでくると、さすがに面倒になってくるよねー……。

そりゃあ最初は苦労なく倒せてたし、ユニコーン探しの意欲もめっちゃあったけど……六時間経過した今じゃ、ねぇー。主に精神的につらい。本当につらい。体力的にはまだいけるけど、精神がどんどんすり減ってるって感じ?

…………………………っああぁー!もうっ!

「なんでいないのー!ユニコーン!!」

私はとうとう我慢していた胸の内を叫んだ。

「ちっ……そんな大声上げないでくださいよ、ジン先輩。魔物どもが余計に寄ってくる」

顔コワッ……!

「ごめんごめん……」

私は明らかにご機嫌斜めなウィリアムから視線を外し、顔を左側にそらして……怯えた。

めちゃめちゃ睨まれたんだけどー?!
何あの顔?!怖すぎるって!
睨まれた瞬間、心臓がキュッてなったんだけどー?!

私は思わず胸元あたりの服を掴んだ。

……たまーにあるんだよね。ウィリアムの機嫌が今みたいにどん底状態になることが。この状態のウィリアムは……もうとにかくやばい。まるで誰彼構わず殺し回る猟奇殺人者が憑依した……みたいな?

それに話しかけただけで、もれなく舌打ちと鋭い睨みがプレゼントされるっていう……しかも、昔それで失神した子が何人もいたんだよねー……あははは……。

『『『ギャッ!』』』

ウィリアムの無情な一振りにより、私が襲ってきた魔物を視認した瞬間に複数の死体が出来上がった。その中には、私たちの身体よりはるかに大きい魔物も含まれていた。

「ちっ……邪魔だな、こいつら……」

あのー、それ、Bランク指定のゴブリンキングとそいつが率いるゴブリン勢だったんだけど……え?瞬殺ですか……?

はぁーっ、さいですか……。

私は不満爆発中のウィリアムをおそるおそるちらっと見る。

「はやく出ろよ、クソ魔物が……ちっ……ここ切り払った方が早いだろ絶対……」

あのー、ウィリアムさん?あなたが普段猫を被って隠してるはずの本性が顕になってますよー……?

『『『ギャァッ!!』』』

再び私たちを襲ってきた魔物を瞬殺するウィリアム。

「邪魔なんだよな、どいつもこいつも……」

え、ちょちょ、ちょっと待って…………ど、どうしよう……。このままユニコーンが見つからなかったら……私殺されるんじゃ…………?

……アメギラス様!どうかこの憐れな私をお助けください。このままだと、私、確実に死にます!どうか貴方様のお力でユニコーンを私たちの前に……!

神を心の底から敬虔したこともないにもかかわらず、私は謎に神頼みをした。もうこれしか自分の命を救う方法が思いつかなかったのである。

『ヒヒーン!』

え……この声ってまさか……?!

私は声のした方角……前方に見える大きな岩の上を見た。そこには案の定、私たちが粉骨砕身して探し続けた魔物が、前足を高くあげて唸っていた。その雪のように美しく純白な毛並みは、月明かりに照らされることで幻想さを増しており、それはまるでユニコーンという魔物の希少さを物語っているかのようだった。

「「ユニコーン……!」」

ようやくお目当てのものに会えた!!

ありがとう、アメギラス様!これで私の人生は終わりを迎えずに済みそうです。これが終わったら酒でもなんでも捧げに行かせていただきます!

私はウィリアムを直視する。お互いの真剣な眼差しが交錯した。それは、やっとのことで相見えたることができた獲物を逃さんとする、鋭い眼光だった。

「わかってるよね、ウィリアム」

「もちろんですよ……あのクソ魔物、マジで許さん……」

あのー、心の声が漏れてるよー、ウィリアムさーん?

まあとは言えこれでウィリアムの機嫌もそのうち元通りになるだろうし、お目当てのユニコーンの角を手に入れられるしで万々歳だよねー!めでたしめでたし!

………………あ、でも、ウィリアムが間違ってもユニコーンを殺さないように気をつけないと……ね……。







side ウィリアム=ブラッツ

「うひょーっ!こ、これ、本物じゃないか!!ジンちゃん、どうやってこの角を入手したんだ?!」

「そりゃもちろん、ドロモスに行って自力で取ってきたんだよー。もう超大変だったんだからー。聞いてよ、おやっさん……」

昨夜、ようやく発見したユニコーンから角を切り落とし、一晩野営をしてから俺たちは帝都に戻った。あのクソったれな魔物、俺としては斬り殺しても良かったのだが、希少種のユニコーンをむやみに殺すのはダメだと、ジン先輩に咎められ、俺は鬱憤を抑え、理性で刀を止めた。冷静になって考えれば、たしかユニコーンの角は何度でも再生するのだから、殺してしまっては余計に素材の数が減るというもの。あの時の俺はどうかしていたのだ。

そして今、俺たちはとある鍛冶屋に来ていた。ここはジン先輩の行きつけの鍛冶屋で、俺も何度か立ち寄ったことがある。

バージリアスは派手な武器やブラックスミスが鍛造するような超高性能な武器を作ることはできないが、堅実で信頼に足る武器を作る。要するに、自分の命を預けるに足る武器を作れるということだ。

とはいえここは大きな工房でもなく、従事している人間もバージリアスただひとりなため、大量に作ることは残念ながら叶わない。だが、バージリアスは常に丁寧で信頼のおける仕事をしてくれる。だからジン先輩もここを気に入り、よく顔を出すのだ。

「ほうー。そりゃ大変だったなぁー」

「ほんとにねー。あともうちょっとユニコーンが現れるのが遅かったら、今頃私の訃報が帝都中に溢れかえってたかも……」

ジン先輩が何故か俺の方をちら見してくる。

「あぁー……確かになぁ……」

バージリアスも俺を見て何故か得心のいった顔をした。

「俺が何か?」

俺は武器が展示された場所から離れ、ジン先輩たちのもとへ近づいた。

「いやいや。なんでもないって。それより、この角どんな武器にしてもらう?」

なにかはぐらされたようだが、そんなことはまあいつものことだ。気に留めないのが正解だな。

「この大きさではそこまで大きな武器にはできないので、短剣とかがちょうどいいのでは?」

「たしかにねー。もっと数があれば刀とか槍とかできたんだろうけど、一本だけじゃそれぐらいしかできないかー」

「ウィリアムの言う通りだなぁー。これじゃ作れる武器は限られちまう」

おやっさんは角を回して状態を確かめている。

「もう一回行くにも、私たち師団長にそんな暇ないし……」

「理事長の退任日にも間に合わないですよ。確か三日後とかじゃありませんでした?」

「あー、それもそうだよねー。……うん、短剣にしよっか。おやっさん、お願いしてもいい?」

「おうよ!この帝都一の鍛治師、バージリアスに任せとけってんだ!」









「さっすがおやっさーん。いい武器作ってくれたねー」

バージリアスに短剣の鍛造を依頼してから今日で三日。理事長の退任日当日に完成したユニコーンの短剣は、昼頃にジン先輩のもとに届いた。俺はその直後にジン先輩に呼び出され、今はジン先輩が使っている寮室に来ている。

ジン先輩の手には、刃渡り十五センチほどの鋭い短剣がある。ジン先輩が窓から差し込む陽の光に当てると、その鋭さを強調するかのように刃がきらめいた。

「ですね。これなら理事長も満足してくれるんじゃないですか?」

「そうだねー。いやー、理事長のあっと驚く姿、めっちゃ楽しみだなー」

昔からこの人は誰かを驚かすのが好きだったが、その本質は今でも変わらないらしい。ジン先輩はまるであの頃に戻ったように、いたずらっ子の顔でにこにこと笑う。

「ふふ……」

「あ!今、笑ったでしょー?!」

「んんっ……見間違いじゃないですか……?」

「いーや、絶対笑ったね。私の動体視力舐めないでよ」

「たしかにジン先輩の目はいいと思いますよ?その若さで今や師団長にまで上り詰めてるんですから。けど師団長とは言っても結局は人間なんですから、見間違いの一つや二つ誰にでも……」

少し表情を暗くするジン先輩が視界に入る。

……っ……しまった……。

「師団長、か……ほんと、なんでこんな若造の私なんかがなっちゃったんだろうね……」

ジン先輩は近くのテーブルに短剣を置き、光が差す窓辺へと歩いていく。

「……すみません、無神経なことを言いました……」

「なんでウィリアムが謝るのさ。ウィリアムはただ事実を言っただけ。勝手に落ち込んでる私が悪いのよ。気にしないでいいから……ね」

気にすんなってなんだよ……。
そんな苦しそうに、笑わないでくれよ……。

逆光を浴びたジン先輩の笑顔は、ジン先輩の心の内を表象しているかのように、暗く沈んだものに見えた。

「……っ!」

俺は握り拳に力を込める。

「ジン先輩!」

「は、はい……!」

俺は大声でジン先輩の名前を呼んだ。ジン先輩の心の奥まで届くように。

「俺は、あんたが昔から、努力を重ねて頑張ってきたことを知っています。生徒会長として、師団員として……そして、師団長として」

この人は超がつくほどの努力家だ。俺も生徒会に入ったばかりの頃は、こんなふざけたやつがトップに立って大丈夫なのかと不安になったが、偶然見かけたあの姿をきっかけに、俺の目に映るジン先輩の姿が一変した。この人は隠れて頑張ろうとする。努力する姿を決して誰かに見せようとしない。そんな不器用な人間だ。

「……」

「あんたの努力は本物なんですよ。誰にもそれを覆すことはできません。その努力が今のあんたを作ってるんです。あんたは、師団長になるべくしてなったんです。それを否定するのは、なんつうか……悲しすぎますよ……」

「ウィリアム……」

「俺はそんなあんただから…………」

側にいたいと、そう思うんだ……!

自分とは思えないほどにかなり感情的になった俺は口を閉ざし、心を落ち着かせながらジン先輩の返答を待った。

「…………」
「…………」

静寂がこの部屋を……俺たちを包み込む。

「悲しい、か……そうだよね。あの人が私を選んでくれたのだって、きっと私のことを信頼してくれてたから、だよね……」

「その通りですよ。普段はちゃらんぽらんに見えるのに、その実真面目で努力しすぎなあんただから、カロン師団長はあんたを次の師団長にしたんですよ」

「そう、だよね……うん、きっとそう。カロンさんはすごく優しくてすごく強くてすごく尊敬できる……私の憧れの女性だった。そんな人が私を選んでくれたんだから、私も師団長として、あの人のようにもっと頑張らないと……!」

ジン先輩の心が晴れていくのがわかる。熱を帯びた勢いのある声音と、やる気に満ち溢れた表情。それらは俺が知る真面目で努力家なジン先輩そのものだった。

「あれ?カロン師団長を超えるんじゃなかったんですか?」

「そ、それは最終目標だから!今はまだ追いつけるかも微妙なんだし……一歩一歩着実にいくのが私のやり方なの」

ああ。知ってるよ、そのくらいのこと。

「まあ頑張ってくださいよ。あ、なんなら俺も付き合いますよ。もちろん暇だったらですけど」

「あはは。ありがと、ウィリアム」

ああ、あんたにはその顔が似合ってる。
とてもいい笑顔だ。

「さあ、さっさと理事長に短剣を渡しに行きますよ。俺夕方から仕事が入ってるんで」

俺はテーブルに置かれた短剣を手に取り、ドアノブに手をかける。

「ちょ、待ってよー、ウィリアムー!」

ジン先輩の少しばかり焦った声が背後から聞こえてきた。






「良かったですね、ジン先輩。サプライズが大成功して」

三日月の優しい光が差し込む夜。今日の分の仕事を一通り完了した俺は、ジン先輩に再び呼び出され、帝城の東側に位置する庭園へと来ていた。

「ははは。理事長、すっごく喜んでくれたねー。目玉が飛び出るってきっとああいうのを言うんだねー」

寮から出てまっすぐ目的地に向かった俺たちは、すぐに理事長室へと入り、例の短剣を渡した。理事長は最初、箱の中に立派な短剣が入っていたことにかなり喜んでいたが、ジン先輩がその素材の名前を告げると、腰を抜かしてしまった。それもそのはず、俺はまったく記憶になかったが、理事長はユニコーンの角でできた武器を心底欲しがっていたらしいから、それが自身の手にあるとなれば、ああなるのも無理はない。

「ですね」

俺は真っ白なテーブルに置かれたカップを手に取り口に運ぶ。周りを一面の花々で囲ったこのテラスは、ジン先輩のお気に入りの場所のひとつだ。帝城に足を運んだ時、ジン先輩は必ずここに寄る。まあ今日のように用がなくてもここへ訪れることはあるみたいだが。

「ウィリアムもあれくらい大きなリアクションしてくれればいいのにー。それなら私も俄然やる気になるのになー」

「そんなどうでもいいことに力入れなくていいんで」

それに十分驚かされてますよ、あんたの行動や言葉には。

「えー。私の生きがいのひとつなのになー」

「まったく……付き合わされるこっちの身にもなってください」

「あはは。まあいいじゃんいいじゃん。てか、そんなこと言って、いつもウィリアムは私のわがままに付き合ってくれるよねー?」

「……否定はしません」

「ほーんと、いい子だよねー、ウィリアムは」

かなり上機嫌な様子のジン先輩。先ほどのサプライズでよほど気分が高揚しているのだろうか。

……ん?

俺は今更ながらジン先輩の頬が赤らんでいることに気づく。そして俺が飲んでいる紅茶が入ったカップとは明らかに異なる容器を使っていることも。

あれはワイングラスだ……つまり今、ジン先輩は……。

「ジン先輩、酔ってますね……?」

「うーん?んなわけないでしょー。私、結構酒には強いしー」

そう言いながら、ジン先輩は空になったグラスに赤ワインをとぷとぷと注いでいく。

一体どこからもってきたのやら……。

「ジン先輩。それで最後にしてくださいよ。俺、仕事終わりで疲れてるんですよ。早く帰って寝たい」

「えー、いいじゃない。私といるのは嫌……?」

う……そんな目で見るなって……。

「……しょうがないですね。あと一時間くらいならいいですよ」

「やったー!」

ジン先輩はまるで無邪気な子どものように喜び、両手を上げた。

完全に酔ってるな、これ。

「そういえばさー、陛下に私のこと話したでしょー?」

「……なんのことですか?」

「私が頑張りすぎてるってさー。絶対知られたくなかったのに……なーんで言っちゃうのさー!」

「まあ、陛下に嘘はつけないんで」

実際は俺が陛下に進言したんだがな。ジン先輩のことをそれとなく気にして欲しい、と。その頃はちょうど俺は俺で修行に出ることを決めていたから、俺の居ぬ間にジン先輩が無理をしすぎて、身も心も壊れてしまうのだけは避けたかった。

それほどにこの人は、不器用すぎる努力家だ。俺というセーフティ装置がないと、すぐに破滅する。それはジン先輩の最大のトラウマたるカロン師団長の死をきっかけにさらにひどくなったわけだが、今ではだいぶ落ち着いてきた方だ。ただ、先日のノアズアークとの一戦で、また心に火をつけたらしい。

「えー。私、努力してるとこ見られるの嫌なのに……知られるのだってやだー」

陛下との模擬戦と日々の鍛錬メニューをこなしつつ、師団長の業務を行い、暇を見つければ槍を振るう。

あまり無理をするなと言っているにもかかわらず、ジン先輩は努力を続ける。だからこそ俺はこの人の支えになりたいと思っているわけだが、もう少し楽に努力してほしいものだ。

「なぜ嫌なんですか?」

「……だって、かっこ悪いでしょ。天才だー、最強だーってちやほやされてるやつが、実は影でこそこそ努力してたーなんてさー」

「はぁ……ほんとあんたは、自分の魅力ってものをまるで理解してない」

「あー、素が出たウィリアムだー。猫被ってないねー。かーわい」

赤らめた顔をにこにこさせ、ジン先輩は俺を優しい眼差しで見つめる。

「普段からそれでいけばいいのにー」

「…………」

俺はカップを手に取り残りの紅茶を飲む。

「なんで無視するのさー」

「俺は酔っ払いの戯言には耳を貸さない主義なので」

というか、本性を隠しているというなら、ジン先輩も同じだろう。

「んふふー」

「……なぜ笑ってるんですか?」

「えー……なんか、幸せだなーって」

「なぜ急にそんなことを?」

「んー……わかんなーい。でも、ウィリアムとこうして談笑するのって、すごく、安心するんだよねー」

「…………そう、ですか……」

ジン先輩の突然の不意打ちの言葉に、俺は普段通りにすっと言葉を返すことができなかった。

まさか、ジン先輩がそんなことを思っていたとはな……。まあどうせ、明日には覚えていないのだろうがな。ただ、それでも……その言葉が聞けただけで、俺には十分だ。

「ふうぅ……ちょっと寒い……」

少しばかりひんやりとした風がテラスを吹き抜ける。

ジン先輩はかなり薄着でここに来ていた。羽織るものも持って来なかったらしい。俺にはなんともなかったが、あの格好では肌寒いを通り越しても無理はない。

まったく、仕方のない人だ。

俺は椅子から立ち上がり、ジン先輩の近くへ行く。そして羽織っていた黒いコートをジン先輩にかける。

「……あったかーい……」

ジン先輩は安堵したかのように目を閉じた。そしてものの数秒ですうすうと寝息をたて始めた。

「ほんと、世話が焼けますよ。あんたって人は」

俺はすやすやと気持ちよさそうに眠る酔っ払いをそっと背中に乗せ、普段より歩く速度を落とし、温かな月明かりが見守る中、第五師団『シロガネ』の寮へと向かった。



























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都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

ダンジョンに捨てられた私 奇跡的に不老不死になれたので村を捨てます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はファム 前世は日本人、とても幸せな最期を迎えてこの世界に転生した 記憶を持っていた私はいいように使われて5歳を迎えた 村の代表だった私を拾ったおじさんはダンジョンが枯渇していることに気が付く ダンジョンには栄養、マナが必要。人もそのマナを持っていた そう、おじさんは私を栄養としてダンジョンに捨てた 私は捨てられたので村をすてる

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

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