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レグルス編
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side リオン=アストラル
「美味しい料理を今までありがとう」
「とんでもねぇです、リオン王子!」
「僕がいない間でも、部屋を清潔に保ってくれてありがとう」
「もったいないお言葉です!リオン王子!」
「いつも美しい庭を見せてくれてありがとう」
「……これが私の仕事ですから。お気になさらず」
「毎日朝早くから動物たちの世話をありがとう」
「はい!こんなかわい子ちゃんたちを愛られるなんて、私を採用してくれたリオン様には感謝感激雨嵐ですよっ!!」
叡王族としての責務から逃げる道を選んだ僕は、この十六年間お世話になった人たちへ、直接挨拶に出向いた。思った以上に挨拶をしたい人たちがいて、挨拶回りは二日かけてじっくりと行うことにした。早く次の場所へ向かいたいであろうノアたちには悪いけど、これは僕なりのケジメみたいなものだから、譲れなかった。
とは言っても、「全然待つ待つー!」と、ノアから言われたときはちょっと拍子抜けだった。シンも気にしてなさそうだったし、他の面々も了承してくれた。というより、むしろこの国をまだ楽しみたい思いが伝わってきて、逆に嬉しくなってしまった。
「ふぅ……こんなに歩くと流石に疲れる」
僕はふれあいパークにある木製の長椅子に腰をかけた。日差しを覆い隠すように木々の葉たちが伸びているけれど、今はもうすっかり夜になってしまったから、さらにこの場所が暗くなるばかりだ。
だけどこんなふうに静かな夜も、僕は嫌いじゃない。昼間の賑やかさを見ると、みんなの笑った顔が見られるからそれはそれでいいけれど、こういうひとり安らぎたいと思う時にはこの静けさと木陰はうってつけだ。夜風も気持ちよくて、充分にリラックスできる。
「あと二日、か……」
見上げた先には葉っぱたちに遮られた丸い月があった。風情はあまり感じられないけど、いつもと変わらないあの夜空に浮かんでいるだけで、不思議と心が穏やかになる。
「ようやく見つけましたよ」
聞き覚えのある落ち着いた声に振り向けば、そこにはなぜかギルハルトがいた。
「なぜギルハルトがここに?叡団長とあろう者が、感心しないな」
「少しばかり付き合ってもらおうかと思いまして。今日は遅いですから、明日の朝に樹宮殿内の訓練場に来てください」
「?ああ、わかったよ」
明朝になり、指定された場所へ向かえば、そこには叡団長たちが全員揃っていた。しかも僕の家族も何故か一緒に談笑していた。眠そうだけどシリウスとエマまで来ている。
「来ましたか、リオン様」
ギルハルトが僕を呼ぶ。同時に全員がこちらに視線を送った。
「国の重鎮がこんなところに一挙に集まってるのを見るとなんだか壮観ではあるんだけど、どうしてみんながここに?」
「俺ら叡団長はレオン叡王から勅命を受けたんだ。来れるやつだけでいいって話で、すでに自領に戻ってたエヴァンはてっきり来ないと思ってたのになぁ」
「王の命に逆らうなんざ、叡団長の肩書きが廃るだろうが。それと俺はお前よりも足が速いからな。もしお前が俺の立場だったなら、きっと間に合わなかっただろうなぁ」
相変わらず、ステラ叡団長とエヴァン叡団長の仲はいいらしい。これからも末長くこの国の未来を守って欲しいね。
「そう睨み合うな、二人とも。今日はリオン様を盛大に見送るという話だったろう」
「アンドレアスの言う通りだ。みな、俺の愛息子へ激励を贈ってやってほしい」
「父上……」
「故郷を離れるというのは、存外寂しいものだからな」
「単にあなたが寂しいだけなんじゃないの?レオン」
「……そんなことは」
「はい、あなたの負け」
「ぅ……」
「ふふふ」
父上はいつも母上に頭が上がらない。目だけで人を気絶させられそうなほどに威厳たっぷりな父上 も、母上の手のひらでは赤子同然だ。
「今度はいつ帰ってきてくれる?」
シリウスが僕の服の裾を引っ張った。隣には同じように寂しそうな顔でこちらを見上げるエマもいる。
「ごめんよ、シリウス。僕にもいつここへ戻って来れるか、確かなことはわからないんだ」
きっとノアの気分次第だから。
「そっか……じゃあ次に会う時までに、俺はもっともっと強くなって、リオン兄ちゃんをささって倒しちゃうもんねっ」
「できもしないことを口にしないの」
「俺ならできるもん!」
「無理よ無理。リオン兄様はレグルスで一番強い亜人なのよ?あんたみたいなへなちょこ、片手で瞬殺よ」
「うわー!うるさいうるさい!できるったらできる!!」
「もー、いつまで経っても子どもなんだから」
「ははは」
愛らしい弟と妹のいつもの口喧嘩。やっぱりここはサイコーに居心地がいいね。
「シリウス。でっかい男になりたいなら、まずはレン兄さんの隣でいろいろ頑張ってみるといいよ。僕がここまで強くなれたのは、やっぱりレン兄さんの存在が大きかったから」
「うん!わかった!」
シリウスの頭を軽く撫でてやれば、嬉しそうに口もとを緩ませた。
「リオン兄様、私には何もないんですか……?」
恥ずかしそうに上目遣いでこっちを見てくるエマ。この子たちは本当に可愛いね。このまま純粋無垢に育って欲しいよ。
「そうだな……。エマは将来どんなことをしたい?」
「……したいことはまだないです。でも、お母様みたいに強い女性になりたいっ」
「そっかそっか。それはとても大変だけれど、最高の目標だね。母上ほど偉大な女性はなかなかいないだろうから」
「はい!」
目をキラキラと輝かせるエマ。母上のことを誰よりも尊敬しているのがよくわかる。
「なら、今まで以上に母上とおしゃべりをするといいよ。母上はあまり身の上話をしようとはしないけれど、母上の今まで歩んできた道のりは必ずエマの人生に大きな成長をもたらしてくれる」
「うん、私もっともーっとお母様とお話しするわ!」
「ははは」
爽やかな笑顔に思わず顔が綻ぶ。僕はエマの頭をひとなでした後、耳元に顔を近づけた。
「ひとつアドバイス。父上も一緒いたら、きっと母上も口が軽くなるよ」
「っ……!わかった、やってみる!」
「どこでそのような知恵を得たんだ、リオン」
「レン兄さん」
いつものように金装飾の施された白服に身を包んだレン兄さんの落ち着いた声が届き、僕は安心して振り向く。
「あの様子を見てたら自然とね。……レン兄さんも激励に来てくれたの?」
「ああ。我が弟が見知らぬ大地へ赴こうというのだ。家族として、兄として、見送らないわけにはいかない」
「そっか。嬉しいよ。レン兄さんは僕の永遠の憧れだから」
「そうか。ならばお前が道を見失わないよう、これからも精進していかないとな」
「はははっ。これ以上カッコよくなっちゃうの?困るよ、ほんとに」
レン兄さんは、ふっ、と自然な笑みをこぼす。感情が表に出にくいから、周囲からしばしば怖がられることもあるけれど、こういう柔らかい笑みだってできるし、なんて言っても僕以上に国民たちへの愛と情熱が深い。
きっとレン兄さんなら、この国をさらに幸せいっぱいの場所へ導いてくれるはずだ。
「さて。談笑は一旦ここまでとしましょう」
ギルハルトの声にみんなが一様に振り向いた。
「レオン叡王様。再度確認しますが、本当に我々の好きにしてもよいのですね?」
「王の言葉に二言はない。快く送り出してくれればそれでよい」
「承知しました」
その言葉と同時に、父上たちは訓練場の端の方へと歩き出した。この場に残ったのは四人の叡団長と僕だけだ。
「さて、リオン様……いや、ここはあえてリオンと呼ばせてもらうぜ?まずはこの俺、ステラ=ファング式壮行会を開かせてもらうぜ」
首を鳴らしながら腕を伸ばすステラが一歩前に出る。他の三人は距離を取るように少し後方へと離れた。
「それは光栄だね」
「ハッ、俺の壮行会は至って単純明快」
ステラ叡団長は、胸の前でガンッ、と両の拳を思い切り合わせた。
「氣術の使用を禁じた殴り合いだ!」
目の奥に熱い炎をたぎらせながら、ステラ叡団長は不敵に笑う。心から僕と向き合おうとしてくれているのがよく伝わってくる。
いつもながら、ステラ叡団長は好戦的で気持ちのいい表情をしてくれる。
「ははっ。いいね、そういうのは嫌いじゃないよ」
僕もステラ叡団長同様に拳を前に構える。肉弾戦なんていつぶりだろうか。
「フン、レグルス一の武闘派と言われたその実力、この俺直々に確かめてやるぜっ!」
戦闘開始の合図などなしに、ステラ叡団長は地面を削るほどの脚力で真っ先に飛び込んでくる。その瞬発力には思わず感嘆の声をもらしそうになるが、いかんせん動きが単純だ。
「ハァッ!フンッ!ヤァッ!」
拳の周りに旋風が巻き起こるほどに力の入った攻撃が、僕の身体の周辺を次々に通り抜けていく。当たればたぶん身体が吹き飛んで地面に転がっていくだろうけど、そもそも命中しなければなんの問題もない。
「ハァッ!ィヤア!」
だがそのスピードや威力は一切色褪せることはない。適切な呼吸を常に維持し、力を入れるタイミングも一発一発に寸分も狂いもない。インパクトの瞬間に最大限の力を込められていて、無駄がない洗練された動きだということがよくわかる。
ステラ叡団長とは今まで一度も戦う機会には恵まれなかったけれど、やはり見るのと実際に肌で感じるのとは全く違う。こんなにも頼りになる人がこの国を守ってくれている。それだけで胸が熱くなる。
「うん、いい拳だ。当たったらひとたまりもない」
「ハッ、涼しい顔してかわしてるくせに……優雅に敵を褒めてんじゃねぇぞっ!!」
「おっ……」
スピードが上がった。それに蹴りも混ぜて本命がどの攻撃か絞らせないようにしてる。ふふ、やはりステラ叡団長の戦闘センスはこの国随一だ。
「すごい……すごいよ、ステラ叡団長!……だけど、ごめんね」
「ッ……!」
僕の雰囲気が変わったことを感じたのか、ステラ叡団長の表情が固くなった、瞬間、僕はステラ叡団長の拳がこちらに届く前の、中途半端に伸ばされた拳を腕ごと思い切り横に弾いた。腕は外側へと投げ出され、ステラ叡団長の身体が横に流れる。そして流された身体とは逆方向から、僕は右回し蹴りをその無防備な脇腹へと振り抜いた。
「グハッ!」
太い木の柱を貫通し、奥の壁に背中を叩きつけられたステラ叡団長。壁には蜘蛛の巣のようなヒビが入り、木くずとともにステラ叡団長の身体が地面へと力なく落ちた。
「「「…………」」」
息を呑む声がかすかに聞こえてくる。僕がやったことだけど、かなり鮮烈な場面だったと思うからこうなるのは当然の反応だ。
「ふぅ……」
僕は蹴りの体勢をやめて、右足を地面へと下ろす。普段は剣を使って戦うから、久々に違う動きができて嬉しく思う自分がいる。
ちらと倒れ伏すステラ叡団長を視界にとらえる。どうやら起き上がる気配はなさそうだ。僕は今度こそ臨戦体勢をやめ、勇敢な戦士たるステラ叡団長のもとへと歩き出す。
本気で応えてくれた相手に対して、僕は手加減をすることもやりすぎたと謝ることもしない。心の中で申し訳なさがないわけじゃないけど、これを口に出すのは失礼にも程がある。
恩には恩を、仇には仇を。
これは僕が信条として掲げている言葉だ。相手からもらったものを同じように返す。鏡写しのように。
ただ時々イラッとしすぎてやりすぎてしまう、なんてこともあるから、自分を制御するのはすごく難しいと常々思ってる。
「流石だなぁ、リオン様。あんなはちゃめちゃな動きができんのは、あなた様くらいだぜ?」
「ん?はちゃめちゃ?おかしなことを言うね、エヴァン叡団長。僕はただ普通に拳を弾いて、普通に蹴りを喰らわせただけさ」
「ハッハー、これだから天才様は困るんすよぉ」
両手を胸の前で広げて、呆れたような顔をする。何故そんな表情をするのだろうか。
「よーく聞いてくださいよ。あなた様は先ほどステラの拳を右手で外側へと弾いた」
「ああ」
「ここまではまあいいですよ。普通はあんなに弾き飛ばせねぇけど……。とにかく、この後があなた様の規格外な動きなんだ。(頼むから自覚しててくれよ……)」
「え?その後って、ただの回し蹴りーーー」
「ダァー!やっぱ感覚派の天才様だわ、あんたはよ。羨ましいったらねぇや」
「えぇ?」
エヴァン叡団長の嘆きが全然理解できない……。
あの動きの何がエヴァン叡団長の心を打ったというのだろう。
「いいか、あんたは右手で弾いた。しかもステラの激しい一撃を。これを弾くほどの威力を出せてるっつうことは、上半身を右側へと捻り右足にも相当な力を入れなきゃなんねぇ」
「あー……確かにそうだね、うん」
「(反応うっす……)ゴホンッ。てぇなるとだ、右足で蹴りを出そうとするなら、当然左足を軸にしなきゃまともな蹴りは繰り出せねぇ。だが今俺が言った状態だとな、一回重心を左側に戻さなきゃなんねぇんだわ。だったらよ、そんな手間かけずに右足軸にして左で回し蹴りした方が、腰の回転ものってっからパワーもあるし、何より速ぇ……ってのに、何故あんたはそうしなかった?」
鋭く黒い双眸が僕を見定めようと射抜く。誤解されがちだけど、エヴァン叡団長は頭脳派の武人だ。きっと叡団長たちの中でも、戦術的な策を練るのも戦い方を教えるのも一番上手い。
だからこの指摘もしっかり的を射ている。この問いかけは、重心が右に傾いたのならそのままの流れで攻撃を出した方が、スムーズで且つ簡単に強い攻撃が出せるじゃないか、というものだ。
正直に言わせてほしい。僕の頭には、ただこの一言しか浮かばなかった。
ああ、確かにね。
「うーん……そういう気分だったのかな、たぶん」
「は……?」
聞いたことのないマヌケな声が聞こえてきた。目もなんか点になっている気がする。
「えーっと、今思えば左から蹴ってもそっち側は完全に崩せたわけじゃなかったから、僕の攻撃がクリティカルに入るかわからなかった。だけど右側はどうぞ撃ってきてください、って感じに無防備だったから、本能的に右足で蹴っちゃえー、って感じだったのかな?っていうね」
「…………」
口を小さく開けて微動だにしないエヴァン叡団長。どうにかあの時の感覚を言葉に落とし込んだつもりだったけれど、納得してくれてなさそうだ。
「ハァァァッ……(亜人の大半は俺と違って感覚派な奴が多いけどよぉ、リオン様は別格すぎる。もしかしなくても身体の構造も俺たちとは違うだろ、ありゃぁよぉ)」
エヴァン叡団長は顔を片手で覆いながら、天を見上げるようにして大きなため息を漏らす。何を考えているのかはわからないけれど、なんだか今日はずっと呆れてばかりいるみたいだ。それも僕のことで。
僕の言動のどこに呆れる部分があったのかはわからないけれど、あまり見かけることのないエヴァン叡団長の新鮮な姿に、僕は内心少しばかりくすぐったく感じていた。
「蹴り方ぐらいなら僕にでも教えてあげられるよ?」
「大きなお世話ですよっ。だいたい、その身体能力もそうですけど、感覚派の判断力ってのは誰でも真似できるような代物じゃねぇんすわ。だからあんたは天才様なんだ」
「んん?僕は至って平凡な亜人だよ。僕なんかより、父上や兄上、母上に君たち叡団長たちの方がよっぽどーーー」
「あーへいへい、わかりましたって。謙虚すぎるっつうか、自分に興味がないっつうか……まあいいや、とりあえず言いたかった愚痴をぶつけられたんで」
首の後ろをぽりぽりと掻きながら、ふっ、と息を吐く。そして黒い瞳がこちらを鋭く捉えた。
「次はこの俺、エヴァン=ブレイブの相手をしてくれるよなぁ?リオン様?」
「ああ、もちろん」
ステラ叡団長もそうだけど、みんなギラついたいい目をしてる。獣の衝動を宿す、亜人らしい強気な目だ。
「んじゃ、今から俺が獣豹化を使って最大火力の一撃を放つからよぉ……しっかりと防いでくれや」
直後、エヴァン叡団長の身体が白い輝きを放つ。そしてその勢いに押されるようにして軽く飛び退いた僕の目の前には、人型の黒豹と形容すべき存在が立っていた。
「やっぱよぉ、こっちの姿の方がしっくりとくるなぁ!」
「ははっ……」
エヴァン叡団長は獲物を引き裂かんと野生の獣が如く駆け出し、鋭く尖った爪を乱舞のように繰り出してくる。
ステラ叡団長同様、当たれば致命傷……そんな感覚を抱かせるような、洗練されたひとつひとつの攻撃に僕は心を震わせた。そして数年振りに肌で味わうピリついた感覚に、僕は思わず口角を上げていた。
「オラッオラッオラァッッ!」
野性味のある声を響かせているというのに、その所作のひとつひとつは無駄がなく鋭い。強さだけでなく持ち前の頭脳を活かして瞬時に判断し行動に移すその能力は底知れない。応用力、機転力といった点ではこの国で右に出る者はいないだろう。ただ、僕だってこのまま防戦一方でいるわけにはいかない。
「身体もいい感じにあったまってきたしなぁ、そろそろーーー」
僕は両腕両足だけを獣狼化によって、獣の力を解放した。その直後にステラ叡団長の時と同じように拳を弾き、軽く飛び退く。そして攻撃を交わす間に練っていた氣を両腕に纏い、手首を合わせて正面に構える。
そろそろ反撃の時間と行こうかな?
氣が両腕から瞬時に手のひらへ移動し、白く光輝く大きな球体が手のひらから溢れ出るようにして存在感を増していく。
「っ!」
「シャイン・ブラスト」
体制を戻しきれないままに目を見開かせるエヴァン叡団長に対し、僕は容赦なく光の上級氣術を放つ。僕の身体を上回るほどに巨大な光線が、轟音を立てて地面を抉り取りながら直進した。
光線は見事にエヴァン叡団長に命中し、その奥にある木製の壁までも貫き、大穴を開けていた。僕は少しやりすぎたかなと反省しつつ、ふと地面に目をやった。地面は軽く陥没し、蜘蛛の巣のようなひび割れが、元に戻った僕の両足を中心に四方八方に伸びていた。
「やっぱりそのまま撃つよりも、獣狼化を組み合わせた方が威力も精度も違うね。いい学びを得た」
「ゴホッゴホッ……」
元に戻った両手にやっていた視線を前に戻せば、ボロボロになったエヴァン叡団長が咳き込みながらふらふらとこちらに歩いてきていた。
「ちょ、リオン、様?俺の最初の話、聞いてましたか?ゴホッ」
「え?あぁ……でも反撃するなとは言われてなかったからね。ごめんよ」
「うっ、そう言われるとそうっすね。実戦じゃそんな甘いこと言ってらんねぇし……ちょい締まりは悪いがまぁ、リオン様。命あってこその物種なんだ。あんま危険なことに首を突っ込まないようお気をつけを」
黒豹人間とも言うべき容姿のせいか、さらに鋭さを増した眼光が僕を射抜く。睨まれているとも勘違いしそうだけれど、真剣なその思いはしっかりと僕の心に届いている。
「うん、ありがとう」
「でもってたまにはこっちに顔を見せてくだせぇや」
「ああ、もちろんだよ」
ふっ、と軽く笑みをこぼしたエヴァン叡団長が僕に背を向けて片手を振る。そして「あ、次あったらリベンジすんで、お忘れなくー」と、嬉しことを言い残してみんなが待つ場所へと戻っていった。
そしてエヴァン叡団長に背を押されてこちらへ来たのは、黄金色の翼が特徴的で代々叡団長を務めてきた名家、アンドリアス家の現当主であった。
「僭越ながら私からもひとつ、リオン様へエールを贈らせていただきたく思います」
「美味しい料理を今までありがとう」
「とんでもねぇです、リオン王子!」
「僕がいない間でも、部屋を清潔に保ってくれてありがとう」
「もったいないお言葉です!リオン王子!」
「いつも美しい庭を見せてくれてありがとう」
「……これが私の仕事ですから。お気になさらず」
「毎日朝早くから動物たちの世話をありがとう」
「はい!こんなかわい子ちゃんたちを愛られるなんて、私を採用してくれたリオン様には感謝感激雨嵐ですよっ!!」
叡王族としての責務から逃げる道を選んだ僕は、この十六年間お世話になった人たちへ、直接挨拶に出向いた。思った以上に挨拶をしたい人たちがいて、挨拶回りは二日かけてじっくりと行うことにした。早く次の場所へ向かいたいであろうノアたちには悪いけど、これは僕なりのケジメみたいなものだから、譲れなかった。
とは言っても、「全然待つ待つー!」と、ノアから言われたときはちょっと拍子抜けだった。シンも気にしてなさそうだったし、他の面々も了承してくれた。というより、むしろこの国をまだ楽しみたい思いが伝わってきて、逆に嬉しくなってしまった。
「ふぅ……こんなに歩くと流石に疲れる」
僕はふれあいパークにある木製の長椅子に腰をかけた。日差しを覆い隠すように木々の葉たちが伸びているけれど、今はもうすっかり夜になってしまったから、さらにこの場所が暗くなるばかりだ。
だけどこんなふうに静かな夜も、僕は嫌いじゃない。昼間の賑やかさを見ると、みんなの笑った顔が見られるからそれはそれでいいけれど、こういうひとり安らぎたいと思う時にはこの静けさと木陰はうってつけだ。夜風も気持ちよくて、充分にリラックスできる。
「あと二日、か……」
見上げた先には葉っぱたちに遮られた丸い月があった。風情はあまり感じられないけど、いつもと変わらないあの夜空に浮かんでいるだけで、不思議と心が穏やかになる。
「ようやく見つけましたよ」
聞き覚えのある落ち着いた声に振り向けば、そこにはなぜかギルハルトがいた。
「なぜギルハルトがここに?叡団長とあろう者が、感心しないな」
「少しばかり付き合ってもらおうかと思いまして。今日は遅いですから、明日の朝に樹宮殿内の訓練場に来てください」
「?ああ、わかったよ」
明朝になり、指定された場所へ向かえば、そこには叡団長たちが全員揃っていた。しかも僕の家族も何故か一緒に談笑していた。眠そうだけどシリウスとエマまで来ている。
「来ましたか、リオン様」
ギルハルトが僕を呼ぶ。同時に全員がこちらに視線を送った。
「国の重鎮がこんなところに一挙に集まってるのを見るとなんだか壮観ではあるんだけど、どうしてみんながここに?」
「俺ら叡団長はレオン叡王から勅命を受けたんだ。来れるやつだけでいいって話で、すでに自領に戻ってたエヴァンはてっきり来ないと思ってたのになぁ」
「王の命に逆らうなんざ、叡団長の肩書きが廃るだろうが。それと俺はお前よりも足が速いからな。もしお前が俺の立場だったなら、きっと間に合わなかっただろうなぁ」
相変わらず、ステラ叡団長とエヴァン叡団長の仲はいいらしい。これからも末長くこの国の未来を守って欲しいね。
「そう睨み合うな、二人とも。今日はリオン様を盛大に見送るという話だったろう」
「アンドレアスの言う通りだ。みな、俺の愛息子へ激励を贈ってやってほしい」
「父上……」
「故郷を離れるというのは、存外寂しいものだからな」
「単にあなたが寂しいだけなんじゃないの?レオン」
「……そんなことは」
「はい、あなたの負け」
「ぅ……」
「ふふふ」
父上はいつも母上に頭が上がらない。目だけで人を気絶させられそうなほどに威厳たっぷりな父上 も、母上の手のひらでは赤子同然だ。
「今度はいつ帰ってきてくれる?」
シリウスが僕の服の裾を引っ張った。隣には同じように寂しそうな顔でこちらを見上げるエマもいる。
「ごめんよ、シリウス。僕にもいつここへ戻って来れるか、確かなことはわからないんだ」
きっとノアの気分次第だから。
「そっか……じゃあ次に会う時までに、俺はもっともっと強くなって、リオン兄ちゃんをささって倒しちゃうもんねっ」
「できもしないことを口にしないの」
「俺ならできるもん!」
「無理よ無理。リオン兄様はレグルスで一番強い亜人なのよ?あんたみたいなへなちょこ、片手で瞬殺よ」
「うわー!うるさいうるさい!できるったらできる!!」
「もー、いつまで経っても子どもなんだから」
「ははは」
愛らしい弟と妹のいつもの口喧嘩。やっぱりここはサイコーに居心地がいいね。
「シリウス。でっかい男になりたいなら、まずはレン兄さんの隣でいろいろ頑張ってみるといいよ。僕がここまで強くなれたのは、やっぱりレン兄さんの存在が大きかったから」
「うん!わかった!」
シリウスの頭を軽く撫でてやれば、嬉しそうに口もとを緩ませた。
「リオン兄様、私には何もないんですか……?」
恥ずかしそうに上目遣いでこっちを見てくるエマ。この子たちは本当に可愛いね。このまま純粋無垢に育って欲しいよ。
「そうだな……。エマは将来どんなことをしたい?」
「……したいことはまだないです。でも、お母様みたいに強い女性になりたいっ」
「そっかそっか。それはとても大変だけれど、最高の目標だね。母上ほど偉大な女性はなかなかいないだろうから」
「はい!」
目をキラキラと輝かせるエマ。母上のことを誰よりも尊敬しているのがよくわかる。
「なら、今まで以上に母上とおしゃべりをするといいよ。母上はあまり身の上話をしようとはしないけれど、母上の今まで歩んできた道のりは必ずエマの人生に大きな成長をもたらしてくれる」
「うん、私もっともーっとお母様とお話しするわ!」
「ははは」
爽やかな笑顔に思わず顔が綻ぶ。僕はエマの頭をひとなでした後、耳元に顔を近づけた。
「ひとつアドバイス。父上も一緒いたら、きっと母上も口が軽くなるよ」
「っ……!わかった、やってみる!」
「どこでそのような知恵を得たんだ、リオン」
「レン兄さん」
いつものように金装飾の施された白服に身を包んだレン兄さんの落ち着いた声が届き、僕は安心して振り向く。
「あの様子を見てたら自然とね。……レン兄さんも激励に来てくれたの?」
「ああ。我が弟が見知らぬ大地へ赴こうというのだ。家族として、兄として、見送らないわけにはいかない」
「そっか。嬉しいよ。レン兄さんは僕の永遠の憧れだから」
「そうか。ならばお前が道を見失わないよう、これからも精進していかないとな」
「はははっ。これ以上カッコよくなっちゃうの?困るよ、ほんとに」
レン兄さんは、ふっ、と自然な笑みをこぼす。感情が表に出にくいから、周囲からしばしば怖がられることもあるけれど、こういう柔らかい笑みだってできるし、なんて言っても僕以上に国民たちへの愛と情熱が深い。
きっとレン兄さんなら、この国をさらに幸せいっぱいの場所へ導いてくれるはずだ。
「さて。談笑は一旦ここまでとしましょう」
ギルハルトの声にみんなが一様に振り向いた。
「レオン叡王様。再度確認しますが、本当に我々の好きにしてもよいのですね?」
「王の言葉に二言はない。快く送り出してくれればそれでよい」
「承知しました」
その言葉と同時に、父上たちは訓練場の端の方へと歩き出した。この場に残ったのは四人の叡団長と僕だけだ。
「さて、リオン様……いや、ここはあえてリオンと呼ばせてもらうぜ?まずはこの俺、ステラ=ファング式壮行会を開かせてもらうぜ」
首を鳴らしながら腕を伸ばすステラが一歩前に出る。他の三人は距離を取るように少し後方へと離れた。
「それは光栄だね」
「ハッ、俺の壮行会は至って単純明快」
ステラ叡団長は、胸の前でガンッ、と両の拳を思い切り合わせた。
「氣術の使用を禁じた殴り合いだ!」
目の奥に熱い炎をたぎらせながら、ステラ叡団長は不敵に笑う。心から僕と向き合おうとしてくれているのがよく伝わってくる。
いつもながら、ステラ叡団長は好戦的で気持ちのいい表情をしてくれる。
「ははっ。いいね、そういうのは嫌いじゃないよ」
僕もステラ叡団長同様に拳を前に構える。肉弾戦なんていつぶりだろうか。
「フン、レグルス一の武闘派と言われたその実力、この俺直々に確かめてやるぜっ!」
戦闘開始の合図などなしに、ステラ叡団長は地面を削るほどの脚力で真っ先に飛び込んでくる。その瞬発力には思わず感嘆の声をもらしそうになるが、いかんせん動きが単純だ。
「ハァッ!フンッ!ヤァッ!」
拳の周りに旋風が巻き起こるほどに力の入った攻撃が、僕の身体の周辺を次々に通り抜けていく。当たればたぶん身体が吹き飛んで地面に転がっていくだろうけど、そもそも命中しなければなんの問題もない。
「ハァッ!ィヤア!」
だがそのスピードや威力は一切色褪せることはない。適切な呼吸を常に維持し、力を入れるタイミングも一発一発に寸分も狂いもない。インパクトの瞬間に最大限の力を込められていて、無駄がない洗練された動きだということがよくわかる。
ステラ叡団長とは今まで一度も戦う機会には恵まれなかったけれど、やはり見るのと実際に肌で感じるのとは全く違う。こんなにも頼りになる人がこの国を守ってくれている。それだけで胸が熱くなる。
「うん、いい拳だ。当たったらひとたまりもない」
「ハッ、涼しい顔してかわしてるくせに……優雅に敵を褒めてんじゃねぇぞっ!!」
「おっ……」
スピードが上がった。それに蹴りも混ぜて本命がどの攻撃か絞らせないようにしてる。ふふ、やはりステラ叡団長の戦闘センスはこの国随一だ。
「すごい……すごいよ、ステラ叡団長!……だけど、ごめんね」
「ッ……!」
僕の雰囲気が変わったことを感じたのか、ステラ叡団長の表情が固くなった、瞬間、僕はステラ叡団長の拳がこちらに届く前の、中途半端に伸ばされた拳を腕ごと思い切り横に弾いた。腕は外側へと投げ出され、ステラ叡団長の身体が横に流れる。そして流された身体とは逆方向から、僕は右回し蹴りをその無防備な脇腹へと振り抜いた。
「グハッ!」
太い木の柱を貫通し、奥の壁に背中を叩きつけられたステラ叡団長。壁には蜘蛛の巣のようなヒビが入り、木くずとともにステラ叡団長の身体が地面へと力なく落ちた。
「「「…………」」」
息を呑む声がかすかに聞こえてくる。僕がやったことだけど、かなり鮮烈な場面だったと思うからこうなるのは当然の反応だ。
「ふぅ……」
僕は蹴りの体勢をやめて、右足を地面へと下ろす。普段は剣を使って戦うから、久々に違う動きができて嬉しく思う自分がいる。
ちらと倒れ伏すステラ叡団長を視界にとらえる。どうやら起き上がる気配はなさそうだ。僕は今度こそ臨戦体勢をやめ、勇敢な戦士たるステラ叡団長のもとへと歩き出す。
本気で応えてくれた相手に対して、僕は手加減をすることもやりすぎたと謝ることもしない。心の中で申し訳なさがないわけじゃないけど、これを口に出すのは失礼にも程がある。
恩には恩を、仇には仇を。
これは僕が信条として掲げている言葉だ。相手からもらったものを同じように返す。鏡写しのように。
ただ時々イラッとしすぎてやりすぎてしまう、なんてこともあるから、自分を制御するのはすごく難しいと常々思ってる。
「流石だなぁ、リオン様。あんなはちゃめちゃな動きができんのは、あなた様くらいだぜ?」
「ん?はちゃめちゃ?おかしなことを言うね、エヴァン叡団長。僕はただ普通に拳を弾いて、普通に蹴りを喰らわせただけさ」
「ハッハー、これだから天才様は困るんすよぉ」
両手を胸の前で広げて、呆れたような顔をする。何故そんな表情をするのだろうか。
「よーく聞いてくださいよ。あなた様は先ほどステラの拳を右手で外側へと弾いた」
「ああ」
「ここまではまあいいですよ。普通はあんなに弾き飛ばせねぇけど……。とにかく、この後があなた様の規格外な動きなんだ。(頼むから自覚しててくれよ……)」
「え?その後って、ただの回し蹴りーーー」
「ダァー!やっぱ感覚派の天才様だわ、あんたはよ。羨ましいったらねぇや」
「えぇ?」
エヴァン叡団長の嘆きが全然理解できない……。
あの動きの何がエヴァン叡団長の心を打ったというのだろう。
「いいか、あんたは右手で弾いた。しかもステラの激しい一撃を。これを弾くほどの威力を出せてるっつうことは、上半身を右側へと捻り右足にも相当な力を入れなきゃなんねぇ」
「あー……確かにそうだね、うん」
「(反応うっす……)ゴホンッ。てぇなるとだ、右足で蹴りを出そうとするなら、当然左足を軸にしなきゃまともな蹴りは繰り出せねぇ。だが今俺が言った状態だとな、一回重心を左側に戻さなきゃなんねぇんだわ。だったらよ、そんな手間かけずに右足軸にして左で回し蹴りした方が、腰の回転ものってっからパワーもあるし、何より速ぇ……ってのに、何故あんたはそうしなかった?」
鋭く黒い双眸が僕を見定めようと射抜く。誤解されがちだけど、エヴァン叡団長は頭脳派の武人だ。きっと叡団長たちの中でも、戦術的な策を練るのも戦い方を教えるのも一番上手い。
だからこの指摘もしっかり的を射ている。この問いかけは、重心が右に傾いたのならそのままの流れで攻撃を出した方が、スムーズで且つ簡単に強い攻撃が出せるじゃないか、というものだ。
正直に言わせてほしい。僕の頭には、ただこの一言しか浮かばなかった。
ああ、確かにね。
「うーん……そういう気分だったのかな、たぶん」
「は……?」
聞いたことのないマヌケな声が聞こえてきた。目もなんか点になっている気がする。
「えーっと、今思えば左から蹴ってもそっち側は完全に崩せたわけじゃなかったから、僕の攻撃がクリティカルに入るかわからなかった。だけど右側はどうぞ撃ってきてください、って感じに無防備だったから、本能的に右足で蹴っちゃえー、って感じだったのかな?っていうね」
「…………」
口を小さく開けて微動だにしないエヴァン叡団長。どうにかあの時の感覚を言葉に落とし込んだつもりだったけれど、納得してくれてなさそうだ。
「ハァァァッ……(亜人の大半は俺と違って感覚派な奴が多いけどよぉ、リオン様は別格すぎる。もしかしなくても身体の構造も俺たちとは違うだろ、ありゃぁよぉ)」
エヴァン叡団長は顔を片手で覆いながら、天を見上げるようにして大きなため息を漏らす。何を考えているのかはわからないけれど、なんだか今日はずっと呆れてばかりいるみたいだ。それも僕のことで。
僕の言動のどこに呆れる部分があったのかはわからないけれど、あまり見かけることのないエヴァン叡団長の新鮮な姿に、僕は内心少しばかりくすぐったく感じていた。
「蹴り方ぐらいなら僕にでも教えてあげられるよ?」
「大きなお世話ですよっ。だいたい、その身体能力もそうですけど、感覚派の判断力ってのは誰でも真似できるような代物じゃねぇんすわ。だからあんたは天才様なんだ」
「んん?僕は至って平凡な亜人だよ。僕なんかより、父上や兄上、母上に君たち叡団長たちの方がよっぽどーーー」
「あーへいへい、わかりましたって。謙虚すぎるっつうか、自分に興味がないっつうか……まあいいや、とりあえず言いたかった愚痴をぶつけられたんで」
首の後ろをぽりぽりと掻きながら、ふっ、と息を吐く。そして黒い瞳がこちらを鋭く捉えた。
「次はこの俺、エヴァン=ブレイブの相手をしてくれるよなぁ?リオン様?」
「ああ、もちろん」
ステラ叡団長もそうだけど、みんなギラついたいい目をしてる。獣の衝動を宿す、亜人らしい強気な目だ。
「んじゃ、今から俺が獣豹化を使って最大火力の一撃を放つからよぉ……しっかりと防いでくれや」
直後、エヴァン叡団長の身体が白い輝きを放つ。そしてその勢いに押されるようにして軽く飛び退いた僕の目の前には、人型の黒豹と形容すべき存在が立っていた。
「やっぱよぉ、こっちの姿の方がしっくりとくるなぁ!」
「ははっ……」
エヴァン叡団長は獲物を引き裂かんと野生の獣が如く駆け出し、鋭く尖った爪を乱舞のように繰り出してくる。
ステラ叡団長同様、当たれば致命傷……そんな感覚を抱かせるような、洗練されたひとつひとつの攻撃に僕は心を震わせた。そして数年振りに肌で味わうピリついた感覚に、僕は思わず口角を上げていた。
「オラッオラッオラァッッ!」
野性味のある声を響かせているというのに、その所作のひとつひとつは無駄がなく鋭い。強さだけでなく持ち前の頭脳を活かして瞬時に判断し行動に移すその能力は底知れない。応用力、機転力といった点ではこの国で右に出る者はいないだろう。ただ、僕だってこのまま防戦一方でいるわけにはいかない。
「身体もいい感じにあったまってきたしなぁ、そろそろーーー」
僕は両腕両足だけを獣狼化によって、獣の力を解放した。その直後にステラ叡団長の時と同じように拳を弾き、軽く飛び退く。そして攻撃を交わす間に練っていた氣を両腕に纏い、手首を合わせて正面に構える。
そろそろ反撃の時間と行こうかな?
氣が両腕から瞬時に手のひらへ移動し、白く光輝く大きな球体が手のひらから溢れ出るようにして存在感を増していく。
「っ!」
「シャイン・ブラスト」
体制を戻しきれないままに目を見開かせるエヴァン叡団長に対し、僕は容赦なく光の上級氣術を放つ。僕の身体を上回るほどに巨大な光線が、轟音を立てて地面を抉り取りながら直進した。
光線は見事にエヴァン叡団長に命中し、その奥にある木製の壁までも貫き、大穴を開けていた。僕は少しやりすぎたかなと反省しつつ、ふと地面に目をやった。地面は軽く陥没し、蜘蛛の巣のようなひび割れが、元に戻った僕の両足を中心に四方八方に伸びていた。
「やっぱりそのまま撃つよりも、獣狼化を組み合わせた方が威力も精度も違うね。いい学びを得た」
「ゴホッゴホッ……」
元に戻った両手にやっていた視線を前に戻せば、ボロボロになったエヴァン叡団長が咳き込みながらふらふらとこちらに歩いてきていた。
「ちょ、リオン、様?俺の最初の話、聞いてましたか?ゴホッ」
「え?あぁ……でも反撃するなとは言われてなかったからね。ごめんよ」
「うっ、そう言われるとそうっすね。実戦じゃそんな甘いこと言ってらんねぇし……ちょい締まりは悪いがまぁ、リオン様。命あってこその物種なんだ。あんま危険なことに首を突っ込まないようお気をつけを」
黒豹人間とも言うべき容姿のせいか、さらに鋭さを増した眼光が僕を射抜く。睨まれているとも勘違いしそうだけれど、真剣なその思いはしっかりと僕の心に届いている。
「うん、ありがとう」
「でもってたまにはこっちに顔を見せてくだせぇや」
「ああ、もちろんだよ」
ふっ、と軽く笑みをこぼしたエヴァン叡団長が僕に背を向けて片手を振る。そして「あ、次あったらリベンジすんで、お忘れなくー」と、嬉しことを言い残してみんなが待つ場所へと戻っていった。
そしてエヴァン叡団長に背を押されてこちらへ来たのは、黄金色の翼が特徴的で代々叡団長を務めてきた名家、アンドリアス家の現当主であった。
「僭越ながら私からもひとつ、リオン様へエールを贈らせていただきたく思います」
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