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ただ、ひたすらに……②
しおりを挟む「フェル?」
ノックしても返事がなかったから申し訳ないと思いながらも、勝手に部屋へ立ち入る。小さなランプが灯るだけの部屋で彼は、ベッドに腰掛け頭を抱えていた。
けど私に気づくと、驚いたように目を見開いて立ち上がる。
合わせて私も傍に向かった。
「ルミ……もう夜も遅いから部屋に」
「フェル、聞いて」
私を戻そうとするフェルを引き留めて顔を見上げる。今言わなきゃ、きっとずっと言えないままだ。
そんな想いを込めて続けた。
「さっきのこと、貴方は守れなくてって言ったけど、ちゃんと守ってもらったの。貴方に守ってもらえたから私は……」
今より深い苦しみを知らずに済んだ。そう含んで伝えたつもりだった。けど彼は一度瞳を瞬かせたものの、すぐに悲しげに微笑んだ。
「君は優しすぎるね、ルミ。責めていいんだ、あれは……私が油断したせいだから。そのせいで君を危険な目に合わせてしまった」
「違う! 違います、フェル。貴方は何も悪くない!」
とっさに彼の腕へ手を伸ばした。精一杯、そうじゃないと訴えたくて。けどすぐに、やんわりと外される。
一歩距離を取った彼が私に背を向けて話し出す。
「君の生活は今まで通り保障する。君の望みも全て叶えるつもりだ。だから安心して聞いて欲しい」
「フェル? 何を……」
「……」
わずかな沈黙が心をざわめき立てる。彼の話を、その言葉を聞きたくないと思ってしまった。でもフェルは間を置いて、絞り出すように言った。
「ルミ。契約を……解消しよう」
「……」
契約を解消する。その言葉の意味が分からないわけじゃない。そうじゃないけど……それでも訊いてしまう。
「どういう、意味ですか……?」
一拍置いて彼は答えた。
「ここに戻ってきてから、ずっと考えてたんだ。君を本当の意味で守るためには、これしかないと」
「それは……私では力不足だと……そう言いたいんですか?」
……違う。そんなことが言いたいんじゃない。ただ、言われた理由が納得出来なくて、もっとちゃんとした説明が欲しいと、そう思っただけ。それだけのはずなのに……。
振り返ったフェルが、戸惑う様子を見せた。
「ルミ?」
「……ハッキリ言ってください。私では役に立たないんだと。必要なくなったのだ、と」
こんなの私らしくない。そんなことわかってる。でも浮かぶ悔しさや辛さが、冷静さを失なわせていった。息苦しさに似た感情に唇を噛み締める。じわりと視界が滲んだ。
彼には――フェルにはもう私が、必要なくなった。
その事実が心を歪ませ八つ当たりのように、言葉を吐き出してしまう。
「言ってください……! いらないならそう言ってよ……出てけって、いなくなれってそう言ってよ!!」
「ルミ!」
フェルにそんなこと言われたいわけじゃない。でも止まらない。一筋、涙が頬を伝うと堰を切ったように溢れてしまう。
「……私が……いらないなら……っ……」
言葉にならない声が嗚咽に紛れる。隠すように口を手の甲で押さえて後退った。
これ以上、ここにはいられない。
気持ちが……抑えられなくなるから。
逃げるように身を翻す。
子どもみたいに泣いて、バカみたいに当たり散らして……そんな自分が情けなくて嫌になる。
いっそこのまま消えてしまえばいいのに。
「!」
けど、一歩を踏み出した直後、腕を引かれて抱き締められた。
「……ルミ」
耳に声が──直接届く。
「私は、ずいぶんと酷い人間だったようだ。君をこんなにも泣かせて傷つけて……それでも嬉しいと思ってしまうなんて」
「うれ、しい……?」
どういうことなのかと、わずかに見上げたら彼は柔らかく微笑んだ。かと思えば、すぐに目尻に唇を寄せてくる。くすぐったい、なんて思う間もなく強く抱き締められた。
「!?」
「君が解消を拒むのは私の婚約者でいたいと……私を好きだからだと、そう思ってもいいだろうか」
「…!」
一気に赤面する。今までの息苦しさも胸の痛みも全部吹き飛んだ。後に残ったのは恥ずかしさだけ。
あまりに恥ずかしくて俯く。顔を上げたら見透かすような瞳で見つめられた。これでは誤魔化すことなど出来ない。
小さく頷いたら、一層強く抱き締められる。
「フェル、あの待って」
「ごめん、無理みたいだ」
言われるや否や、視界が反転する。気づいた時には、ベッドに押し倒されていた。
「……えっ、と……?」
見上げた先のフェルが、淡いオレンジの明かりに照らされている。彼はスッと瞳を細め、問いかけてきた。
「私が…怖いかい?」
「……」
少し考えて、フルフルと首を横に振る。
フェルのことは……怖くない。
彼は、より優しげに微笑んで指先を絡める。体温を分け合うように触れてギュッと握りしめた。
「本当はずっと、不安だったんだ」
「あなたが?」
「ああ。この想いが抑えきれなくなって……いつか君を、傷つけてしまうんじゃないかと。ずっと不安だった」
「フェル……」
「これでも何度も悩んで迷ったんだよ。これ以上、愛してしまう前に君を……」
彼が首元に顔を埋める。唇で筋を辿られると微かに声がこぼれてしまう。フェルはそのまま囁くように続けた。
「君を、手放すべきなんじゃないかって」
そして鎖骨から胸元へと顔を動かす。その時、チクリと痛みが走った。
「だが結局、その決断が出来なかった。どういう形であれ、傍にいて欲しかったんだ。君がいないなんて……もう考えられない」
頬に口づけされると、彼の思いが伝わるようだった。同じように私も想ってる。そう伝えたいと強く思った。そっと繋がる右手を離して、彼の頬へ触れる。
「私もそう……。ここに来てあなたと出会えて、私だってあなた無しではいられない」
「ルミ……」
満たされていく想いと共に先を紡ぐ。
「あなたのことが……フェルのことが、好き」
言葉にしたら、今まで以上に感情が溢れ出てきた。
……彼のことが好き……好き。大好きなんだ、って。
応えるようにフェルも耳元へ顔を寄せた。
「ルミ……私もだ。愛してる。大切にするから」
そう言って、ゆっくりと唇を重ねた。
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