大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

菊池まりな

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第119話 一歩引いたつもりが、遠くなる

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 翌日。

 出社してすぐ、私は自分でも驚くほど、平田さんのことを避けていた。

 目が合いそうになると資料に視線を落とし、声をかけられそうになると、わざと席を外す。

(昨日の帰り道……あの光景、忘れられない)

 瑠奈と並んで笑う平田さんの横顔が、何度も頭に浮かんでしまう。



 午後。

 会議室での打ち合わせが終わり、皆がぞろぞろと席を立つ中、私は一人、残り資料をまとめていた。

「朱里」

 不意に背後から声がして、肩が小さく跳ねる。

 振り向くと、平田さんが立っていた。

「さっきから、ずっと避けられてない?」

「……そんなことないです」

「嘘。昨日から、距離が遠い」

 的確すぎて、言葉に詰まる。

「何か、俺、した?」

 心配そうに眉を下げるその顔に、胸が苦しくなる。

(あなたが悪いわけじゃないのに……)

「……忙しいだけです」

「それならいいけど」

 そう言いながらも、平田さんは納得していない様子だった。

「今日の帰り、一緒に──」

 そこまで言いかけて、言葉が止まる。

 会議室の扉が開き、瑠奈が顔を出したからだ。

「平田さん、少しいいですか?」

「うん、今行く」

 平田さんはちらりと私を見てから、瑠奈のほうへ向かった。

 取り残された私は、手に持った資料をぎゅっと握りしめる。

(結局、私は“後回し”)

 自分で距離を取ったくせに、そんな思考が浮かぶ自分が、嫌で仕方なかった。



 夕方。

 コピー機の前で、瑠奈と二人きりになった。

「あの……先輩」

「なに?」

「最近、平田さんとあまり話してませんよね」

 探るような視線。

「……たまたま、忙しいだけ」

「そうですか」

 瑠奈は少し間を置いて、続けた。

「私、ちゃんと向き合おうと思ってるんです」

 胸が、どくりと鳴る。

「平田さんに。気持ちも、全部」

 その言葉は宣言のようで、私は返事ができなかった。

「先輩が“上司としてしか見てない”って言ってたから……私、進んでもいいですよね?」

 くぎを刺すような一言。

「……自由だと思う」

 やっとそれだけ、答えた。

「ありがとうございます」

 嬉しそうに笑う瑠奈を見て、胸の奥がひりつく。



 その夜。

 帰り道、駅まで一人で歩きながら、私はスマホを何度も見ては伏せていた。

 メッセージは、来ない。

(昨日まで、あんなに普通に誘ってくれてたのに)

 自分から距離を取ったのは、私。

 それなのに──

(どうして、こんなに寂しいんだろう)

「……大嫌い」

 誰もいない道で、またその言葉をこぼす。

 でも今日は、はっきり分かっていた。

 それは、平田さんへの“拒絶”じゃない。

 臆病な自分に向けた、情けない悪態だった。

 ──このまま何もしなかったら、
 本当に終わってしまう。

 そんな予感だけが、胸の奥に重く沈んでいた。

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