大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

菊池まりな

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第120話 気づかれない覚悟、伝わらない不安

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翌朝。

 出社してすぐ、私はスマホを伏せたまま、自席に座った。

 昨夜も結局、平田さんからは何の連絡もなかった。

(当たり前だよね。距離を取ったのは、私なんだから)

 自分に言い聞かせるようにして、パソコンの電源を入れる。

 けれど──

「おはよう、朱里」

 いつもより少し控えめな声が、背後から聞こえた。

 振り返ると、そこには平田さんが立っていた。

「あ……おはようございます」

 目が合って、すぐに逸らす。

 一瞬の沈黙。

「今日の午前、B社の件、一緒に確認してもいい?」

「……はい、もちろんです」

 業務連絡。それだけのはずなのに、胸の奥が妙にざわつく。


 午前中の打ち合わせは、驚くほどぎこちなかった。

 隣に座っているのに、視線は合わない。

 資料の受け渡しも、言葉も、どこか距離を意識してしまう。

(前は、もっと自然だったのに)

 打ち合わせが終わり、他のメンバーが先に出て行く。

 部屋に残ったのは、私と平田さんの二人だけ。

「……朱里」

 名前を呼ばれて、びくっと肩が揺れる。

「この前から、やっぱり様子が違う」

「気のせいです」

 即答してしまった。

 でも、その声は少しだけ震えていた。

 平田さんは私の表情をじっと見て、ゆっくりと言った。

「俺、何か怒らせたなら、ちゃんと言ってほしい」

「怒ってません」

「じゃあ……避けてる理由は?」

 まっすぐすぎる問いに、言葉が詰まる。

(言えるわけ、ないじゃない)

 瑠奈のこと。
 自分の臆病さ。
 本当はずっと好きだったこと。

 全部、言えない。

「……仕事に集中したいだけです」

 苦し紛れの嘘。

 平田さんは、少しだけ困ったように笑った。

「そっか。じゃあ、俺も踏み込まない」

 その言葉は、優しいのに──

 どこか、決別みたいに聞こえた。

「今までみたいに、軽く誘うのもやめるよ」

 胸が、きゅっと締め付けられる。

(やめないで、って……言えない)

 私はうつむいたまま、小さくうなずいた。



 昼休み。

 社内のカフェスペースで、美鈴が私の前にトレーを置いた。

「……ねえ朱里。顔、完全に終わってるんだけど」

「ひどいな」

「ひどいのはあんたの顔色」

 ぐさりと刺さる。

「昨日の夜から、何あった」

「……何も」

 そう言った瞬間、美鈴がため息をついた。

「“何もない顔”じゃないでしょ、それ」

 沈黙。

 しばらくして、私はぽつりとこぼした。

「……平田さんが、私から距離を置くって」

「は?」

 美鈴が一瞬で表情を変える。

「それ、あんたが望んだ結果じゃん?」

「……うん」

「なのに、その顔?」

 私はスプーンを握りしめる。

「嬉しいはずなのに……苦しい」

 美鈴はあきれたように、でもどこか優しく笑った。

「それ、“こじらせ”以外の何ものでもないよ」

「……分かってる」

「でもね」

 美鈴は真剣な目で言った。

「離れてくれた相手を、あとから“引き止めたい”なんて、分が悪すぎ」

 図星だった。

「今さら?」

「“今さら”が一番遅れるのが恋愛だって、元クズの私が保証する」

「……元クズって」

「そこは突っ込まなくていい」

 美鈴はコーヒーを一口飲んで、続けた。

「瑠奈ちゃんが本気なら、平田さんはそのうち動く」

 胸が、ずしりと重くなる。

「その時、朱里はどうするの?」

 私は答えられなかった。


 午後の仕事が終わり、オフィスの照明が少しずつ落ちていく。

 帰り支度をしながら、私は無意識に、平田さんの席を見ていた。

 ──もう、こちらを気にしなくなった横顔。

(自分で手放したくせに……)

 なのに。

(こんなに、苦しい)

 スマホが震えた。

 思わず、平田さんの名前を探してしまう。

 でも表示されたのは──

【望月 瑠奈】

《今日はありがとうございました。平田さん、すごく優しくて……やっぱり尊敬しちゃいます》

 思わず、息が止まる。

 続けて、もう一件。

《先輩にも、ちゃんとお伝えしておきたくて》

(“ちゃんと”って、何……)

 胸に、嫌な予感が広がっていく。

 私の知らないところで、何かが確実に動き始めている。

 ──このまま何も言わなかったら、
 本当に“手遅れ”になる。

 分かっているのに。

 私はまだ、「大嫌い」という仮面を捨てられずにいた。

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