119 / 187
第119話 一歩引いたつもりが、遠くなる
しおりを挟む
翌日。
出社してすぐ、私は自分でも驚くほど、平田さんのことを避けていた。
目が合いそうになると資料に視線を落とし、声をかけられそうになると、わざと席を外す。
(昨日の帰り道……あの光景、忘れられない)
瑠奈と並んで笑う平田さんの横顔が、何度も頭に浮かんでしまう。
午後。
会議室での打ち合わせが終わり、皆がぞろぞろと席を立つ中、私は一人、残り資料をまとめていた。
「朱里」
不意に背後から声がして、肩が小さく跳ねる。
振り向くと、平田さんが立っていた。
「さっきから、ずっと避けられてない?」
「……そんなことないです」
「嘘。昨日から、距離が遠い」
的確すぎて、言葉に詰まる。
「何か、俺、した?」
心配そうに眉を下げるその顔に、胸が苦しくなる。
(あなたが悪いわけじゃないのに……)
「……忙しいだけです」
「それならいいけど」
そう言いながらも、平田さんは納得していない様子だった。
「今日の帰り、一緒に──」
そこまで言いかけて、言葉が止まる。
会議室の扉が開き、瑠奈が顔を出したからだ。
「平田さん、少しいいですか?」
「うん、今行く」
平田さんはちらりと私を見てから、瑠奈のほうへ向かった。
取り残された私は、手に持った資料をぎゅっと握りしめる。
(結局、私は“後回し”)
自分で距離を取ったくせに、そんな思考が浮かぶ自分が、嫌で仕方なかった。
夕方。
コピー機の前で、瑠奈と二人きりになった。
「あの……先輩」
「なに?」
「最近、平田さんとあまり話してませんよね」
探るような視線。
「……たまたま、忙しいだけ」
「そうですか」
瑠奈は少し間を置いて、続けた。
「私、ちゃんと向き合おうと思ってるんです」
胸が、どくりと鳴る。
「平田さんに。気持ちも、全部」
その言葉は宣言のようで、私は返事ができなかった。
「先輩が“上司としてしか見てない”って言ってたから……私、進んでもいいですよね?」
くぎを刺すような一言。
「……自由だと思う」
やっとそれだけ、答えた。
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑う瑠奈を見て、胸の奥がひりつく。
その夜。
帰り道、駅まで一人で歩きながら、私はスマホを何度も見ては伏せていた。
メッセージは、来ない。
(昨日まで、あんなに普通に誘ってくれてたのに)
自分から距離を取ったのは、私。
それなのに──
(どうして、こんなに寂しいんだろう)
「……大嫌い」
誰もいない道で、またその言葉をこぼす。
でも今日は、はっきり分かっていた。
それは、平田さんへの“拒絶”じゃない。
臆病な自分に向けた、情けない悪態だった。
──このまま何もしなかったら、
本当に終わってしまう。
そんな予感だけが、胸の奥に重く沈んでいた。
出社してすぐ、私は自分でも驚くほど、平田さんのことを避けていた。
目が合いそうになると資料に視線を落とし、声をかけられそうになると、わざと席を外す。
(昨日の帰り道……あの光景、忘れられない)
瑠奈と並んで笑う平田さんの横顔が、何度も頭に浮かんでしまう。
午後。
会議室での打ち合わせが終わり、皆がぞろぞろと席を立つ中、私は一人、残り資料をまとめていた。
「朱里」
不意に背後から声がして、肩が小さく跳ねる。
振り向くと、平田さんが立っていた。
「さっきから、ずっと避けられてない?」
「……そんなことないです」
「嘘。昨日から、距離が遠い」
的確すぎて、言葉に詰まる。
「何か、俺、した?」
心配そうに眉を下げるその顔に、胸が苦しくなる。
(あなたが悪いわけじゃないのに……)
「……忙しいだけです」
「それならいいけど」
そう言いながらも、平田さんは納得していない様子だった。
「今日の帰り、一緒に──」
そこまで言いかけて、言葉が止まる。
会議室の扉が開き、瑠奈が顔を出したからだ。
「平田さん、少しいいですか?」
「うん、今行く」
平田さんはちらりと私を見てから、瑠奈のほうへ向かった。
取り残された私は、手に持った資料をぎゅっと握りしめる。
(結局、私は“後回し”)
自分で距離を取ったくせに、そんな思考が浮かぶ自分が、嫌で仕方なかった。
夕方。
コピー機の前で、瑠奈と二人きりになった。
「あの……先輩」
「なに?」
「最近、平田さんとあまり話してませんよね」
探るような視線。
「……たまたま、忙しいだけ」
「そうですか」
瑠奈は少し間を置いて、続けた。
「私、ちゃんと向き合おうと思ってるんです」
胸が、どくりと鳴る。
「平田さんに。気持ちも、全部」
その言葉は宣言のようで、私は返事ができなかった。
「先輩が“上司としてしか見てない”って言ってたから……私、進んでもいいですよね?」
くぎを刺すような一言。
「……自由だと思う」
やっとそれだけ、答えた。
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑う瑠奈を見て、胸の奥がひりつく。
その夜。
帰り道、駅まで一人で歩きながら、私はスマホを何度も見ては伏せていた。
メッセージは、来ない。
(昨日まで、あんなに普通に誘ってくれてたのに)
自分から距離を取ったのは、私。
それなのに──
(どうして、こんなに寂しいんだろう)
「……大嫌い」
誰もいない道で、またその言葉をこぼす。
でも今日は、はっきり分かっていた。
それは、平田さんへの“拒絶”じゃない。
臆病な自分に向けた、情けない悪態だった。
──このまま何もしなかったら、
本当に終わってしまう。
そんな予感だけが、胸の奥に重く沈んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~
泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の
元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳
×
敏腕だけど冷徹と噂されている
俺様部長 木沢彰吾34歳
ある朝、花梨が出社すると
異動の辞令が張り出されていた。
異動先は木沢部長率いる
〝ブランディング戦略部〟
なんでこんな時期に……
あまりの〝異例〟の辞令に
戸惑いを隠せない花梨。
しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!
花梨の前途多難な日々が、今始まる……
***
元気いっぱい、はりきりガール花梨と
ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―
鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。
そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。
飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!?
晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!?
笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ!
○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました
瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる