歩く15億の花嫁~契約婚約から始まるオフィス・シンデレラ~

YOR

文字の大きさ
21 / 26
第2章:公の役割(オフィシャル・ロール)

第21話:侵入の代償と、案内人の正体(黒瀬蓮視点)

しおりを挟む


自己分析が大好きな僕、蓮からマドンナたちへ最高のプレゼントを贈るよ。これまでにどんなことが起きていたか。あの時、鉄壁の守りを誇る神谷家の門が、あんなに簡単に見知らぬ男(健太)を招き入れてしまったのか。その種明かしをする前に、少しだけ、僕の幼少期の話をしよう。

それは、監視カメラの映像は、いつだって真実を無機質に映し出すんだ。

僕はここが大好きだった。神谷家の広大な敷地を網羅する、壁一面のモニター群。たくさんのスイッチ。指先ひとつで重厚な門を開閉し、他人の行き道を自在に操れるその感覚は、幼い僕にとってどんなおもちゃよりも魅力的だった。

最初はただ、ボタンを押すのが楽しかっただけ。でも、いつしか僕は覚えたんだ。音のないスクリーンの向こう側にいる人たちの、焦燥や密会、そして裏切りを観察する方法をね。

「こんばんは、坂口さん。」

……ああ、挨拶は不要だった。ここへ歩いてくるのをレンズ越しに坂口は見ているのだから。微笑みかけると、コンソールに向かっていた初老の男――坂口が、椅子を回して小さく会釈した。坂口は僕が物心つく前から、この24時間365日止まることのない監視の塔を守っている、僕の数少ない……そう、理解者の一人。

「蓮坊っちゃま、懐かしのこれもどうぞ!」

坂口が差し出してきたのは、僕がお気に入りだった、アンティークな意匠の古い起動スイッチ。それをコンソールに差し込むと、特定のカメラ……ゲスト棟を最も美しく捉えるアングルが起動するよう、坂口が細工してくれたものだ。

「相変わらず気が利きますね、坂口さんは」

僕はそのスイッチを指先で愛おしげに撫でた。なぜ、こんなものを作らせたのかって?理由は単純。あそこ(ゲスト棟)は、商談で神谷家を訪れた者たちが、一夜を過ごして帰る場所だから。

昼間は会長である祖父や、僕の父上。それに瑛斗の両親や僕の母上にまで、慇懃無礼なほど頭を下げている。表では高潔なふりをした政治家や実業家たちが、あそこでどんな風に欲望を剥き出しにし、浅ましく這いつくばるのか。

幼い僕にとって、その絶望と強欲のグラデーションを特等席で鑑賞することは、どんな絵本よりも教訓に満ちた娯楽になっていた。

「あの実業家、昼間は父上に立派な理想を語っていたのに」
「……人間は、光が強いほど影も濃いものでございますから」
「大人って面倒だね」
「蓮坊っちゃは、そうなりませぬように」
「……それは、どうかな」

そんな会話をこの部屋で繰り返しながら、僕は育った。

でも、今回は少し趣向を変えたくなってね。欲望まみれの大人たちじゃない。あんなに真っ直ぐで、純粋な奈月が、この神谷家の濃すぎる色に当てられて、どう変色していくのか、見たくなった。

あの日、ゲスト棟の窓際に佇む彼女が、大きなスクリーンに映し出された。

まるで籠の中の鳥が、雲の隙間を伺うような真剣な眼差し。彼女はスマホのライトを反射させたのか、あるいは必死にズーム機能を使いこなそうとしているのか……分からなかったが、外に興味があることはすぐに分かった。

「自分から居場所を教えているのと同じだよ」と、思わず独り言が漏れたよ。

隠れているつもりなのだろうけれど、こちらから見ればスポットライトを浴びているも同然だ。あまりに無防備で、あまりに爪が甘い。そんな不器用な足掻きさえ、僕にとっては愛らしく、より深く執着したくなってしまう。

おそらく、ここから抜け出すルートを必死に探していたのだろう。

それにしても、滑稽だと思わないかい?

僕に一言、「外出したい」と甘えてくれればいいだけの話。門番を下がらせるのも、重厚な鉄の門を左右に開くのも、僕にとっては指先ひとつの、退屈な作業でしかないんだから。

――でも、彼女はそれを選ばない。

自分の力で出口をこじ開けようとする。

罰は嵐のように厳しく、褒美は少しずつゆっくり与える。それが支配というものだろう。

だからこそ、僕はその美しい羽をむしり取って、永遠にこの庭から出られないように、もっと丁寧に盤面(ボード)を整えてあげたくなったんだ。

そう。愛よりも恐怖を与える方が、人間はよっぽど管理しやすいからね。

「蓮坊っちゃま、瑛斗様は今、通話でお忙しいようです」
「僕が繋いだんだ」
「……?」

一番大きなモニターを見つめた。そこには、一台の軽トラックが停まっていた。降りてきた男――健太は、落ち着きなく辺りを見渡している。

「さて。盤面(ボード)は整った」
「蓮坊っちゃま?また、お仕置き部屋行きですぞ」
「坂口さん、まぁ、見ていて」

僕は坂口に背を向け、モニター室を出て門の近くへと向かった。向かうのは、警備の死角となる裏口だ。

闇に紛れ、僕はスマホを耳に当てた。実際に話しているのは、瑛斗を足止めしている工作員への追加指示。けれど、遠目から見れば、ただの住人が私用電話をしているようにしか見えないだろう。そこで、僕はあいつと目を合わせた。

僕は、片手でスマホを操作し、瑛斗の通話を長引かせるための追加メッセージを送信。そして、健太には顎をクイッと動かし、「行け」と合図を送った。道を示してあげる慈悲深い案内人のように。

……振り返ると、奈月が小走りで門に向かっていた。僕の合図に弾かれたように門の前へ進む健太。そして、ようやく門にたどり着いた奈月。
一つだけ、僕としたことが失敗した。予定では、僕がスマートに門を開けてあげるつもりだったんだ。けれど、再会のたかぶりに我を忘れた二人は、僕が操作するより早く、内と外からお互いを求めるように門の柵を固く握りしめてしまった。冷たい鉄格子を挟んで、必死に名前を呼び合う二人。

……これでは、迂闊に門を開けるわけにはいかない。指を挟んで、彼女の綺麗な手に傷がついてしまったら台無しだからね。

僕はスマホの画面をタップし、坂口へ次の指示を送った。

「門番を戻してもいいぞ。……それと、瑛斗に不審者発見の通知を。位置情報は、ここ(裏門)に固定してね」

工作は完璧だ。あとは、瑛斗をこの門の前に来させるだけ。

仕事に追われ、精神的に余裕のない瑛斗が、自分の許嫁が深夜に瑛斗の知らない男と鉄格子越しに何かを語らっている姿を見たら、一体どんな顔をするのかな?

想像するだけで、ゾクゾクする。

僕は暗闇の中から、重なり合う二人の手を冷ややかに見つめ、その場を後にした。男に助けられたと思った瞬間に、さらなる絶望の淵へ叩き落とされる。その残酷なショーの結末は、後で監視カメラの記録でゆっくり楽しむとしよう。

今の僕には、もっと優先すべき仕上げがある。

僕は足取りも軽く、静まり返った邸内を抜け、ゲスト棟の201号室へと向かった。

――翌朝。

瑛斗が部屋を出たと坂口からメッセージが届いた。案の定、熱を出して寝込んでしまった奈月の枕元に、僕はいる。

(……おしいな。あと少し、僕を頼るのが早ければ)

こんなにも熱で苦しむことはなかったのに。

奈月ちゃんはどっちかな?

恐怖に打ち勝つには二つしか方法がないんだ。

逃げ出すか、さもなくば憤るか。

逃げることを選ぶなら、僕が君をこの籠から永遠に連れ出して、僕の所有物として優しく飼い殺してあげよう。でも、もし君が自分を縛るものに憤り、牙を剥くことを選ぶなら……その時は、僕が君の最高の武器になってあげる。

……さて、君はどちらを選ぶのか楽しみだね。僕としては、君が美しく燃え上がる姿、憤る方を見てみたいけれど。

意識の混濁した奈月の頬に触れながら、僕は「うん。帰ろう。家に」と囁いた。満足げに立ち上がり、僕は瑛斗の部屋を出た。

そして、廊下に現れる志保――母と、視線だけで挨拶を交わして僕は時間稼ぎさ。何故なら、母は僕が瑛斗から奪い取った、この一瞬の隙を見逃さないからね。

志保が「――あら。相変わらず、親子揃って不器用なのね。」と言い、瑛斗に近づいた。何故、瑛斗に近づいたかと言うと、志保は奈月を手に入れたいそうだ。理由は教えてくれなかったけど。

すべては僕の書いたシナリオ通りだったわけだ。完璧だろう。監視カメラ室で人間観察をしていただけあるだろう。

ただ、……志保の目が、奈月を瑛斗の婚約者としてではなく、かつての自分を見るような、狂おしい執着の色に染まっていたところが気になるけど。

さて、数日後の出社が楽しみだね。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

菊池まりな
恋愛
25歳の朱里は、同じ部署の先輩・嵩にずっと片想いをしていた。けれども不器用な朱里は、素直に「好き」と言えず、口から出るのはいつも「大嫌い」。彼女のツンデレな態度に最初は笑って受け流していた嵩も、次第に本気で嫌われていると思い込み、距離を置き始める。 そんな中、後輩の瑠奈が嵩に好意を寄せ、オープンに想いを伝えていく。朱里は心の奥で「私は本当は死ぬほど好きなのに」と叫びながらも、意地とプライドが邪魔をして一歩踏み出せない。 しかし、嵩の転勤が決まり、別れが迫ったとき、朱里はついに「大嫌い」と100回も繰り返した心の裏にある“本音”を告白する決意をする――。

【書籍化】小さな恋のトライアングル

葉月 まい
恋愛
OL × 課長 × 保育園児 わちゃわちゃ・ラブラブ・バチバチの三角関係 人づき合いが苦手な真美は ある日近所の保育園から 男の子と手を繋いで現れた課長を見かけ 親子だと勘違いする 小さな男の子、岳を中心に 三人のちょっと不思議で ほんわか温かい 恋の三角関係が始まった *✻:::✻*✻:::✻* 登場人物 *✻:::✻*✻:::✻* 望月 真美(25歳)… ITソリューション課 OL 五十嵐 潤(29歳)… ITソリューション課 課長 五十嵐 岳(4歳)… 潤の甥

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

思わせぶりには騙されない。

ぽぽ
恋愛
「もう好きなのやめる」 恋愛経験ゼロの地味な女、小森陸。 そんな陸と仲良くなったのは、社内でも圧倒的人気を誇る“思わせぶりな男”加藤隼人。 加藤に片思いをするが、自分には脈が一切ないことを知った陸は、恋心を手放す決意をする。 自分磨きを始め、新しい恋を探し始めたそのとき、自分に興味ないと思っていた後輩から距離を縮められ… 毎週金曜日の夜に更新する予定ですが、時々お休み挟みます

僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 新卒でセクハラ被害に遭い、職場を去った久遠(くおん)。 再起をかけた派遣先で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

会長にコーヒーを☕

シナモン
恋愛
やっと巡ってきた運。晴れて正社員となった私のお仕事は・・会長のお茶汲み? **タイトル変更 旧密室の恋**

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

駆け出しご当地アイドルがヤクザに一目惚れされた話

一ノ瀬ジェニファー
恋愛
ド田舎の道の駅で、持ち歌もグッズもないまま細々と活動を続けるご当地アイドル・桜あかり(16)。 夢は大きく武道館!……と言いたいところだけど、今はレジ打ちもこなす「なんでもできるマルチな地底アイドル」。 そんな彼女に、ある日転機が訪れる。 地元の道の駅がテレビで紹介され、あかりの笑顔が全国放送で流れたのだ。 その映像を東京で目にしたのが、幸村 静(ゆきむら しずか)。 見た目は完璧、物腰も柔らか──けれどその正体は、裏の世界の男だった。 「会いたいから」というシンプルすぎる理由で、あかりに会いに片道10時間を車で会いに来た。 謎のヲタク知識もを引っ提げて、推し活(という名の執着)が始まる……! これは、アイドルを夢見る少女と、厄介オタクなヤクザの、ピュアで不穏でちょっと笑える物語。

処理中です...