月が導く異世界道中

あずみ 圭

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五章 ローレル迷宮編

契りの日

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「おかえりなさいませ、若様。皆さまも」

「ただいま、たまき

 亜空に出来た神社と神殿を任せている環が、亜空に戻った僕らを出迎える。
 任せていると言っても日々のお勤めというのを済ませた後の彼女は基本的には自由だ。
 街を見て回っても良いしどこかの種族の仕事ぶりを眺めていても良い。
 外に出る許可は出していないだけで、今は、環を亜空に慣れさせる期間だと考えてる。
 とはいえ、環は順応力が高い。
 そつがないというか、何というか。
 僕は彼女から若干の嘘つきの臭いを感じてもいるけれど、人を傷つけるような嘘を吐くようにも見えないし、していない。
 まあ優秀ながらどこか胡散臭い、それが僕が環に抱いている印象だ。
 向こうの神様のはからいだから僕を害する目的だけで遣わされたとは思ってない。
 ただ、神様というのは意外とお茶目な所もある、ようで。ような気がする訳で。
 もしかしたらあの方々からすればお茶目でも、僕にとってはかなりの大事おおごとという事はあり得ると思っている。
 僕の家、いや邸宅、お屋敷。
 一階の広間には料理が定番から試作まで沢山並べられていた。
 適当に見繕ってもらいながら、まずは報告を聞く。
 ローレルから刺激を受けて作られた品も一杯あるようだから、お仕事が終わったら食べて回ろう。

「識からもジンたちの事で話してもらう事はあるけど」

「はい」

「まずは初めて報告したい事があるって連絡してきた環から、かな」

「あら先輩を差し置いてすみません、識さん」

「構いませんよ」

 予定よりも少しだけ早く亜空に戻ったのはその為が大きい。
 環が亜空の何を見て報告をしようと思ったのか。
 気になってる。
 巴と澪は何も言わずに控えている。
 というかこの二人はローレルを満喫しまくってかなり満足気である。
 収穫も十分あったようでご機嫌だ。
 識は若干緊張している気がする。
 ……。
 イズモのあの様子とカンナオイで起きた事を思えば、結果良しなのは僕もわかってる。
 そして僕が。
 結果良ければなんとやら、をこれまでどれだけ繰り返してきたか。
 識は怒られるつもりでいるかもしれないが、僕には無理。
 どの面下げてってなもんだ。
 ただ。
 識の学生たち、特にジンたちにどれだけ気持ちを寄せているのかは、本人の口から聞いておきたい。

「で? どうぞ、環」

「ええ。この広大な亜空を日々見させて頂き、感動と驚きの毎日であるのはまあ言うまでもない感想ですので省かせて頂きまして」

「……」

「先日、ローレルから森鬼の……シイをこちらに送り返したのを覚えておいででしょうか」

 シイ?
 ああ、確かに。
 ピクニックローズガーデンとアプフェルを両方相手取る事になった戦いの折、何らかの負傷か後遺症かでシイの様子がおかしかった。
 戦いの後落ち着いてみてもやっぱりおかしな感じだったから亜空に戻したんだ。

「もちろん覚えてる」

「彼女、帝国の勇者に魅了」

『っ!?』

「されかけておりました」

 っ、ふぅ。
 一瞬の緊張が環の続けた言葉で少し緩む。
 いや安心してもいられない。
 あいつの魅了、ローレル連邦を香水という魔道具の形で侵しつつあった。
 でもシイがって事は森鬼の魅了への耐性をぶち抜いて効果を発揮したって事か?
 となると亜空で施している智樹対策は不十分?
 そもそもあの戦いで様子がおかしくなったんだから、魅了はピクニックローズガーデンから?
 それもヤバいじゃないか。
 ツィーゲに来ちゃってるぞ、彼ら。

「こちらの対策と勇者の魅了が拮抗、いえ、少しこちらが分が悪い具合でした」

「それを環が診て、治してくれた?」

「……ええ。て治す、ではなくアレはどちらかといえば術よりもしゅに近い代物になっていましたけれど」

 わきわきと、医者がオペをするような仕草を見せる環。

「呪、ねえ」

 魅了下にある女性、男性もだけど、見てきて良い印象は何も無かった。
 その上で呪いとまで言われてはますますゾッとしない。

「話に聞きました魅了の香水? そのような物だけでは、あんな、植え付けるような魅了は到底。それであの子の戦いぶりをお聞きしたかったのと、出来れば巴さんに記憶の整理をお願い出来ればと」

「香水だけじゃない?」

「はい。恐らく魅了の香水で勇者の傀儡かいらいとなった者どもは、その効率的な扱い方や利用法を段階的に先達から教えられている、などしているのでは」

「シイがおかしくなった戦いは傭兵団ピクニックローズガーデンとの一戦で間違いなかろう。ならツィーゲに来ている彼らも調べる必要が……あるな。面倒な事じゃ。事が事だけに協力はしてやるがな」

「ありがとうございます、巴さん」

 秘密裏にやるべきか、まとめ役のヴィヴィさんに話を通して協力を仰ぐべきか。
 いや、ヴィヴィさんが元凶って可能性もあるのか。
 最初に彼女の状況を確認して無関係なら話を通すのが無難かな。
 こちらから呼んでおいて協力をお願いして、内緒で調査をするってのはあまりよろしくない。

「裏でこっそり、は出来るだけ避けて。ヴィヴィさんには出来れば話を通して協力してもらう方向で進めたい」

「わかりました。その様に致しましょう」

 あっさりと巴が承諾してくれた。
 
「にしても、あんな、か。そりゃ気持ちの良いものじゃないよな、魅了なんて」

「ええ、こんなですから」

 環は胸元から片手に収まる小瓶を出して見せた。
 中には茶色とピンクの混じり合った……虫瘤むしこぶみたいな物体が輪郭をブレさせながら漂っていた。
 瘤からは触手がいくつも出てきては消滅していっている。
 普通にキモい。
 特に食卓では見たくない。

「これがあいつの魅了か」

「はい。正真正銘、帝国の勇者、智樹の魅了を摘出したものです」

「生きてる?」

「いいえ、この姿はあくまでこの瓶の中に座標を固定した後で具現化したモノで、本来は決まった姿などはないのでしょう。ああ、ちなみにこれは私のスキルの一つで観察や研究にはいつも凄く役に立ってくれる封印術の一つで元を辿れば、あれは昔」

「その話はまたゆっくりと聞くよ。ソレはもう無害なのかだけ教えて」

「無害です。簡単に説明しますと、とても凄いホルマリン漬け、とご理解頂ければ」

「わかった。手遅れにならない内に見つけてくれて助かった。ありがとう、環」

 ツィーゲに魅了を広められ訳にはいかない。
 あの香水の第二弾があったとしても防ぐけれど、第一弾の残滓ざんしがまだ残っているかもしれないとは思ってなかった。

「初めてお役に立てて私もホッと胸を撫で下ろしております。ところで話は変わるのですが」

「ん?」

「今、蜃気楼都市では冒険者に対して新しい試みをしているそうで」

「……ああ、確か巴と識でやってたな。冒険者を新しい軸で判断、評価するためのテストだとか」

 巴と識が頷く。
 澪は食事中だ。

「見ていて中々面白く。出来れば私も客人をこの目で見て触ってみたいのですが、いかがでしょう」

『……』

 巴と識が環を怜悧な目で射るように見ている。
 だけど、そんな大した事を言っている訳でもない。
 確か、冒険者を一度だけじゃなく複数回街に来訪させて、再訪を繰り返す内に「常連いつづけ」として扱う連中を選定。
 より多く詳しい情報を与えてここをどう評価するかと確認する。それだけだ。
 
「環は強すぎるから、そこを加減出来るなら少しなら構わないよ」

「……ありがとうございます若様!」

「全体の邪魔になる事はしない事。報連相も忘れずにね」

「もちろんです! 私からは以上です。それでは一足先に失礼指せていただきまして、お先にローレルの特産品を楽しませてもらいますね」

「ああ、楽しんで――」

「芋はどこかしらー!!」

 ……。
 芋。
 あれは、芋の方だな。
 何故かわかった。

「若様! 此度の私の独断、亜空とクズノハ商会にとって万が一を考えればデメリットも多分にある危険な手であった事は重々理解しております。しかし私は若様に是非彼らの、学生として、己が可能性を――」

 環を見送ってすぐ。
 タイミングを見ていた識がいきなり頭を下げて謝罪を始めた。

「良いよ」

「――え、は?」

「確かに僕らにとっても最善でも次善でもない独断だったと思う。カンナオイにジンたちが来たって聞いた時は正直識が何をどう考えてこんな事をしたのか、わからなかった」

「……」


「ただね、あのイズモだけを見ても。たった数日、いや実際はただ一晩だけか。それであそこまで変わってみせた」

「……」

「まるで別人だよ。一目惚れも大きいようだけどね。人を育てる視点では、カンナオイのあの夜は素晴らしい好機だったんだと今ならわかる」

「いえ、若様」

「そして、それがわかる為には教え子に対して一歩引くんじゃなく、真摯しんしに正面から向かい合い目を見てやらないと、って事も」

「!!」

「いつの間にか。僕以上に先生になってたんだな、識」

 立場こそ助手だったけど、実質ジンたちの成長プランにしても講義にしても、生徒たちに一番近い所にいたのは識だった。
 彼らの事となると僕と意見がぶつかる事だってなかった訳じゃない。
 でもそれは識が熱くなり過ぎていたのか。
 僕の方が冷め過ぎていたのか。
 人に教える、という行為は無駄になる事などないと僕も思う。
 ただそれもきちんと向き合ってこそ。
 僕は、前に進まないといけない。
 ちらっと、澪を見る。
 〆なのか蕎麦をたぐっている。
 デザートまでは後少しかな。
 ヤソカツイの迷宮で六夜ろくやさんに思い知らされた。
 僕がいつまでも足踏みしている事で澪に、どれだけ負担がかかっていたか。

「……はい。どうやら、学園で講義を行う経験は私にとって、既に朧気おぼろげにだけ思い出す遠い記憶に多くの刺激を与えるようで。私は、間違いなくジン、アベリア、イズモ、ダエナ、ミスラを、そして第二陣として我々の講義に食らいついてくる子たちを。自身の教え子、愛弟子として扱いつつあります」

「教え子、愛弟子か」

「最早モルモットとしてではなく、その将来を、望む将来を叶えてやりたいと真剣に考えている自分がおります」

「だから、無茶をしたと」

「はい。ですが必ずや彼らを若様にとっても有益な存在となるよう導きます。我らと相対する敵にするなど決して」

「わかった。じゃあ今見ている学生についてはきっちり育てるか! 僕も、もう少しあいつらを見てみる」

「本当ですか!」

「本当」

「ありがとうございます、ロッツガルドではこれからも私が全力で若様をサポートさせて頂きます!」

「……前に進まないとな」

「は?」

「何でも。じゃあ今日の報告会はこれでお仕舞い!」

 ロッツガルドか。
 学園はともかく、クズノハ商会の出店第一号都市だもんな。
 あそこから始まった事も沢山ある。
 さて、一拍子で〆ましてっと。

「巴、識にローレル料理で良さそうなのを色々と案内してやってよ。甘いのも結構あったろ」

「……ふむ、わかりました」

 ん?
 妙に巴が素直。
 素直?
 いや、大人しい?
 まあ今は良い。
 今夜は、やらなくちゃいけない事が他にある。

「澪」

「はい」

「楽しめた?」

「はい! これまでで一番、和食が進歩した気がします。もちろん全部まだまだこれからですが凄く、キラキラしていました!」

 美味しそうな塩豆大福だ。
 でも、うん。
 気持ちは変わらない。

「食べる方が落ち着いたら、部屋に来て欲しいんだ」

「はい! ……え?」

 勢いよくいつも通り返事を返してくれた澪が、手にしていた皿をテーブルに落としてポカンとした表情で僕を見る。
 はは、まあそうなるよね。
 でも冗談じゃない。

「うん、部屋で澪と一緒に過ごしたい」

 つまりそういう意味で。

「!!!!」

 澪の目が大きく大きく見開く。

「行ける?」

「もちろんです!」

 口を拭い食後酒を顔を上に向けて一気に、っていやそれは結構なスピリッ……いいか澪らしくて。
 広間では別のテーブルで皆が料理を囲んでいる。
 僕らだけのテーブルは既に解散状態で、僕は澪を見ていて。
 澪は僕を見ている。
 先に僕が広間を出ると、少し遅れて澪も付いてくる。
 彼女は少しずつ僕に追いついて、やがて手を繋ぐ。

「本当にずっと待たせちゃって、ごめん」

「私が! 一度勝手に延長して! だから、まさかこんなに早く再びこんな機会が来るだなんて……それも若様から」

「うん、僕との契約だけが僕らの、澪の大切なモノだなんて酷い話だよ」

「?」

「こんなに一緒にいて、沢山思い出もあった筈なのに。こうやって、大事な人に確かな何かを残す。そんな事も後回しにしてた僕の所為だと……思ってる」

「若様……」

 部屋につくとベッドに二人並んで腰かけ、ゆっくり話をする。
 ポツリポツリとだけど、不思議と話題は尽きない。
 これまでの事やちょっとした亜空でのドタバタを噛み締める様に共有し、部屋付きの風呂に一緒に入った。
 風呂といえば僕にはケリュネオンの冬山温泉郷での失態がある。
 でもそれも笑い話にして二人で笑う。
 優しくて大切な時間だった。
 薄手の夜着に着替えて、決意の代わりに澪を抱きしめる。

「一つだけ、きっと嫌な事を言う女だと思われるかもしれませんけれど」

「言って」

「向こうに、日本にいる大切な女性ひとの事は、よろしいのですか?」

「……正直に言うとね」

 誤魔化したって仕方ない。
 一夜限りじゃない、これからもずっと一緒にいる相手なんだから。

「はい」

「僕は澪の事も、巴の事も」

「!」

「そして日本で傷つけた女の子の事も、大事だ。でも今日こうする事を良いのか、と聞かれたら」

「……はい」

「絶対に後悔しないと思ってる。澪と今よりもずっと近くにいたい、もっと大切にしたいと心から思ってる。ごめん、後はまだ僕の中でも固まってないや」

「いいえ、私も」

「澪?」

「私も若様と一つになりたい、もっと近くがいい、伝えたい、溶け合ってしまいたい。ずっと心に秘めて参りました。若様は確かに私を求めてくださるのなら……嬉しい」

 後はもう言葉はなく。
 若ではなく真と僕を読んだ彼女の口を塞ぐ。
 僕は澪との関係を、僕自身の意思で大きく一歩進めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 凄くすっきりした目覚めだった。
 自然と目が開き、眠気は既に無く、体に力がみなぎっている。
 深く息を吸い込む。
 空気もいつもより美味しい気がする。
 何でこんなに調子が良いんだろ?
 ……そうだ。
 体は起こさないまま、顔だけを右側に向ける。
 いない。
 そこにいるはずの女性の姿は無かった。

「澪?」

 上半身を起こして室内を見渡してみても澪の姿は無い。
 着物も無い、な。
 
「あの光の感じ、まだ朝の筈だけど……んー、ああ」

 鼻が答えをくれる。
 漂ってくるのは料理の香りだ。
 包丁がまな板を叩く音こそないものの、実にベタな朝の一コマだと思う。
 
「朝御飯、だよな?」

 御飯と味噌汁って感じじゃない。
 なんだこれ。
 お祭りとクリスマスと誕生日の夜が一度に来たかの如き大量の御馳走の香りが充満してる。
 気がする、じゃなかったな。
 明らかに異様に美味しい空気を吸っていたらしい。
 毛布を脇によけてベッドから出る。
 !
 だよな。
 僕は全裸だった。
 あのままぐっすりと熟睡した訳か。
 昨日からの記憶がすっかりと繋がって状況が鮮明に理解できる。 

「ふく、服は……」

「いやいや、そのままで結構ですぞ若」

「い!? と、巴!?」

 つかつかと巴が僕の部屋に入ってくる。
 満面の笑みで、|一分(いちぶ)の迷いも無い。

「おはようございます、若」

「おはよう、じゃなくて! 見ての通り着替え前だよ! すぐ済むからちょっと出てて!」

「すぐ済むというのには一部同意いたしますが……出ていくのはお断りします!」

「ちょっと、意味がわからないんだけど!?」

「おはようといいましても、儂は一睡もしておりません」

「はぁ?」

「昨夜はお楽しみでしたな?」

「っ! 見てたのか!? それはお前、ダメでしょぉ!?」

 昨夜のこの部屋での一部始終を?
 巴、お前何て事するんだって。
 というかズイズイとどこまで近づいてくる気だよ。

「見ていたというのは語弊がございます」

「どんな語弊だよ、近い、近いぞトメオ、いや巴!」

「待っておったのですよ、正確には」

 着替えどころかろくに身動き取れない距離に巴がいる。
 満面の笑みで目を細めていた巴の目がうっすらと開く。
 艶やかな、女の目をしていた。
 そういえば、服装もいつもの夜着よりも少しはだけているような。
 似てはいないけど、そう、初めて巴と契約した時のあの姿と雰囲気が被る。

「失礼」

「うわっ」

 巴が僕を強めに押した。
 元々裸でろくに動けないポーズだったから抵抗なんてできずに後ろのベッドに仰向けで勢いよく倒れ込む。
 そして必然と巴を見上げる形になる。
 ええっと。

「澪が先、という約束を交わしましたので」

「??」

「待っておったのですよ。終わるのを。まさか朝方までかかり、熟睡なさってしまうとは予想外でした」

「……」

 ほ、本当に全部見てやがったんですか、こいつは。
 というか、何を待っていたって言うんだ?
 終わるのを?
 待ってどうす、ん、約束?
 巴と澪の?
 さっき思い出した巴の懐かしい姿と一緒にもう一つ懐かしい光景が僕の脳裏に浮かんできた。
 あれは、名付けの時の事。
 順番。
 そう、夜伽よとぎの順番がどうのってこいつらが争っていたような。
 いや、確かに争っていた。
 でも昨夜の澪とのアレは、夜伽とかそういうお役目的なのじゃなくて、ちょっと違うんだけどな。
 上手く言葉にできませんけどね!

「澪はのですから、次は当然儂の番。なに、見ておりました限り若なら大丈夫でしょう。むしろ儂の方が持つかどうか、ふふふ……では!」

 何が大丈夫か!
 ヘトヘト……じゃないな。
 むしろ力は物凄く充実してる。
 違う、そういう事ではなく!
 逆ル〇ンだと!?
 あ、違う、どうする、避ける、どこに? 受ける?
 あまりの展開に考えがまとまらない。
 情けない事に一瞬の脱衣とともにとびかかってきた巴にマウントを取られてのしかかられてしまう。

「おい、順番って子どもじゃないんだからコレはマズイだろ!?」

 次は自分ってその日の内とか翌日とか!?
 まんま何時何分何秒ってレベルでしょ……。
 
「真様は、儂よりも澪の方が大事だと、そう申されますか?」

「ちょ、それはズルい……」

 全部見ていてそれを言うか!?

「ふふふ、意地悪を言いました。等しく愛さ、いえ大切に思って貰えていると自負しておりますよ」

「巴、あのなあ……」

「儂とて女ですからな。一番に思うておる男に一晩見せつけられてここまでしては、引き下がるなど到底出来かねます」

「う……」

 勝手に待ってて、勝手に見てた癖に。
 本当に……ズルい言い方をする。
 悪者になろうがどうでもいい、と。
 いっそしてくれて良いですよと、こいつはそう言ってる。
 でも絶対に止めないとも。

「天井の染みを数えていて頂いてもよろしいですぞ? 澪はポケーっとして凄まじい量の飯を作っておりますから気付かぬでしょうしな」

「無いわそんなもの! 真っ白だわ! お前が真っ黒だ巴!」

「はい、黒うございます……では、わたくしにもお情けを」

 ……。
 僕にはまだ、愛とかは早すぎるのかもしれない。
 考えてみれば恋すらまともにしてないんだから。
 確かに、巴と澪。
 僕の中で優先順位があるかと問われれば、どちらも一番大切な人で順番なんて無い。
 一番大切な人、の中に何人もいるというのもおかしな話だ。
 おかしな話なのに、家族や弓道部や中津原なかつはら高校の仲間と同様、巴たちの事も一番大事だと思う。
 一番。
 ただ一番というのなら弓道と断言できるのに。
 これが人となると、途端に選べない。
 僕は、自分では最近は特にそんな事ないと思うのだけど、優柔不断なんだろうか。
 唇が重なる。
 前に進もうと決めた。
 だから僕なりに進んだ。
 だけど思うように、思う方に進むとは限らないんだなぁ……。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「当然、こうなるよなあ」

 いっそボコボコに殴られたい。
 龍虎相まみえる、そんな構図で巴と澪がバトルを繰り広げている。
 昼過ぎになって今度は澪が僕の部屋におたま片手にやってきたんだ。
 いつまで御飯作ってるんだって時間ではあるんだけど、そんな突っ込みをする状況では無く。
 何せ巴は一緒に訳で。
 しゃもじだかポッキーだかお玉だか名前は覚えてない、澪のお仕置きという名の拷問も覚悟した僕だけど。
 殺意の波動と共に彼女が襲撃したのは巴の方だった。
 巴は巴で一瞬で早着替えをして一撃を受け止め。
 僕を置き去りにして二人は窓をぶち割り、激しく戦いながら口喧嘩の応酬を始めたのであった。
 おかしい。
 僕の計画ではもう少し格好良い前進と成長を遂げた朝に……。

「旦那、俺の話のどこをどう切り取るとなるんで?」

 巴の血を受けて半竜半人になった元冒険者ライム=ラテが僕をジト目で詰問する。
 経験豊富なライムには男女の色々な話もたまに聞く事がある。
 事の前後についても、まあ色々と。
 どうせその通りになど、いきなりでやれるもんでもないと話半分に聞いていたのだけど。
 敢えて言えば澪とは事の前、巴とは事の後については実践出来た方じゃなかろうかと思う。
 シチュエーションという意味では正直イレギュラー過ぎて経験値ゼロの僕じゃあどうにも出来なかった。
 ああ、そういえばライムは巴と一緒の時にたまに亜空に来るようになってる。
 クズノハ商会の正社員という事で亜空の皆様の評判も非常に良い。
 位置づけは巴の眷属けんぞく見習い、的な所で各種族とも本当に仲良くやってる。
 ゴルゴンとかとは仲良すぎる時もある。
 元々はヒューマンな訳で今もほぼ感覚的にはヒューマンみたいなものだから、理想を言えば蜃気楼都市に来る冒険者の相手もして欲しいとこなんだけど、それを任せるにはライムはツィーゲで有名人過ぎた。
 クズノハ商会の店員としても表に出ているしね。

「……旦那、現実逃避してやすね」

「うるさい、当てないでくれ」

 ああ、澪の御飯は相変わらず美味しいなあ。
 少ししわがよって、こういう触感の黒豆も僕は好きだな。
 そうそう、ローレルで梅酒見つけたんだよね。
 トローっとしてブランデーみたいな色の、美味しいの。
 
「え、ロックすか」

 すよ。
 
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