まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱

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張氷月

第23話

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「まぁ、現当主はなかなかのやり手みたいですからね。現当主になってから税収も上がっているし、領地内の流通も良くなっている。それなりの手腕と野心と自制心を持った方のようです」
「そりゃ、自分の息子を殿下の侍従にねじ込むくらいだもん、そうだろうね」
「今回のことで向こうもぼくの動向に気を配るでしょうし、こちらも把握しておいた方がいいでしょうね。……はぁ……疲れた……」
「わたくしは嫌いなガキが増えて行くよ。とっとと離宮を出よう、スヴァンくん。やっぱそれしかない」
 君にはのびのびお菓子を作ってもらわないといけないからね。ルクレーシャスさんが冗談めかしてそう言ったけど、割りと本音じゃないかと思う。
 今回のことでぼくはぼくの立場が難しいということを改めて実感したのだ。フリュクレフ王国が滅んだのは高祖母の代だ。けれどそれは、未だに確実に影響を及ぼしている。その上ぼくはまだ、両親にも会ったことがないのだ。
「問題が山積み……」
 会ったこともない両親、それから公爵家の祖父。フリュクレフ王国復興を願う反乱軍、裏切り者のミレッカー宮中伯家。母を陥れたリヒテンベルク子爵。ぼくの周囲には、火種や敵だらけだ。
「とりあえず、何としてもまず離宮から出なきゃ」
 そう、まず自分の足で立たなければ。話はそこからだ。正月が過ぎれば、ぼくは六歳になる。そうして冬は終わり、春が来る。春になれば、人も物も動きやすくなる。そうすればぼくも、忙しくなるだろう。齢六歳にして、すでに独立を考えなければならない己の人生についてあれこれ考えている暇もない。
 とにもかくにも、生きるために。ぼくはルクレーシャスさんの腕の中、出来るだけ身を縮めてショールに顔を埋めた。
「つまりね、君の名義で土地を買うと親とか親とか親に言いくるめられて取り上げられてしまうと困るだろう? だからわたくしの名義で買うといい。そうすればその土地は、戦争中でも誰も干渉できない完全な中立区になる」
「それってすごいことなんじゃ……」
「言っただろ。わたくしというコネを最大限に使いなさいと」
 ルクレーシャスさんが、パンケーキを貪りながら言い放つ。テラスでお茶を飲むには完全に適さない気温になって来たので、先々月頃からは庭の噴水が見えるテラスに続くコモンルームでお茶を飲んでいる。ここはテラスへ出る窓が広く大きく取られていて明るく、庭が良く見える。数日前には雪が積もった。まだ溶け残る雪を抱いた木々を眺める。
「ありがとうございます……」
 ボードゲームは発売一ヵ月で貴族に売れに売れた。他国からも注文が殺到しているらしく、予約待ちなのだが、待ちきれない貴族が平民向け版の方を買っているらしい。お陰でどちらも初回製作分は完売である。
 そのため当初の予定通りに孤児院経営をしようというわけである。それにはまず、土地を買わねばならない。元々そのための土地をぼくの名義で買うつもりはなかった。フレートの名前で買おうかなと思っていたんだ。
 ボードゲームは早々に皇国で有名な劇の演目である、デ・ランダル神話をモチーフにした『聖アヒム伝』とのコラボレーションが決まっていて、続々と他の演目や物語の作者から打診が来ている。順調である。
 同時にマウロさんへラケットの製作を依頼しているので、出来上がったらバドミントンを広めようと思っている。ターゲットは女性と子供だ。運動不足の解消、ダイエット効果を謳ったら売れると思うんだ。あと単純に、ぼくの体力がなさすぎるのでバドミントンで体力づくりのための運動をしようと思っている。
 貴族女性の服は運動には適さないから、スカート付きのブリーチズみたいな専用のウェアも一緒に作ればいい。女性が体の線が出るような服を着ることを忌避する文化なんだよね。だからただのズボンじゃなくて、体型を隠すようにスカートやレースを付けたらいいんじゃないかなって。でもこればっかりは女性にも意見を聞かないと分からない。でもぼくの身近な女性って、ベッテしか居ないんだよなぁ。
 新しい玩具や、ラケットの作成の相談をするためにマウロさんを呼んでいたから、しばらくジークフリードの来訪も断っている。理由はぼくが風邪を引いたことにした。まぁ、フローエ卿から仮病だって話は皇王には伝わっているだろうが。
 引きこもって色々やっていたので、髪を切るのが面倒になって伸ばし始めた。今までは月に一回、皇后の贔屓にしている職人が髪を切りに来ていたんだ。これも多分、皇后のスパイというか、監視だろうなと思っているので来ないなら来ないに越したことはない。前髪くらいならベッテに切ってもらえばいいんだし。
「スヴェン、あとでゆきだるま、作ろうぜっ!」
 テラスの窓から入って来たラルクの長靴は雪だらけ泥だらけだ。ベッテが慌てて雑巾を持って来て足元を拭いている。
「こんな日まで庭の手入れを手伝っていたの? お疲れさま。さ、こっちで温かいミルクでも飲んで」
 暖炉側のソファを空けて、ラルクへ手を伸ばす。雪が降るようになってから昼食前の一時間ほど、ラルクに字を教えている。木の板へ白いペンキを塗った上に漆を重ねたものへ、木炭で字を書いて練習している。これなら面を布で拭けば、何度でも使える。紙は高価だから作ってみたのだが、マウロがいたく気に入って商品化したいと言っていた。黒板ならぬ白板だ。
 新しい玩具の方は、同サイズの直方体……要は細長い積み木を交互に積み重ねてタワーを作り、崩さないように積み木を抜いて行くおなじみのアレを作ろうと思っている。皆さんおなじみのアレの名前の由来は「組み立てる」というスワヒリ語なので、デ・ランダル語で「組み立て」という意味のある「モンタージェ」という名前で売り出すつもりだ。実はもう、試作品はいくつか作成済みで先日、ジークフリードへ献上品を納めさせたばかりだ。ジークフリードへの献上品は珊瑚と琥珀で作った。貴族向けは象牙で作られた直方体の、小口部分にのみ装飾彫りと宝石をあしらう予定だ。平民向けはもちろん、前世にもあったのと同じ木製だ。
 あと、ラルクへ字を教えるためにぼくが作った絵本をマウロさんが商品化しようとしている。この世界、子供向けの絵本が少ないんだよね。紙が貴重だから、子供に与えるのはもったいないってわけ。だから絵本も貴族向けに販売することになると思う。楮や三椏、雁皮はあるとルクレーシャスさんが持って来てくれたので、マウロさんの前で紙漉きを実践して見せた。剥がした木の皮を煮込んで繊維を取り出して、草などを燃やした灰を加えて煮込みながら繊維を砕くために叩いて解して、トロロアオイと一緒にまた煮込んで、それを漉いて……。西洋の紙はパルプから作るから、漉かずに煮込んで解した液を型に流して押さえて作るんだった気がする。いずれにせよ、大量に作るのが難しいんだろう。リナルドさんに紙漉きのための木枠やすだれを作ってもらうことになった。
 あと、印刷技術がないから大人向けの本は基本、手書きの写本だ。でも子供向けの簡単な絵を載せた絵本なら、木版印刷が可能ではないかと思ってマウロさんに話をした。リナルドさんを初め、木工職人の人たちは面白がってくれて、多色刷りの木版印刷が進みそうだ。
 ミルクの入った木のコップを持つ、ラルクの手を見る。七歳児の手だが、ヴィノさんと庭の手入れをしているだけあって荒れている。この寒さならいずれあかぎれにもなるだろう。ラルクの小さな手が、痛々しい様子になるのはあまり嬉しくない。そこまで考えて思い付く。
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