まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱

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冬木立の月

第22話

「これからジーク様にゲームで遊ぼうとお誘いがあることと存じます。そのうちルーレットを回す機会も訪れましょう」
 目はゲームの盤面を見つめ、バルタザールはゲーム用の金貨を手の中で転がしながら続ける。
「ベステル・ヘクセ様が君を弟子だと言っていたな。魔法を習っているのか」
「いいえ。ぼくには魔力が一切ないので、魔法理論や魔法陣式展開学を習っています」
「魔法理論? ファビエン・バーゼルト氏の新しく発表した論文は読んだか?」
「ええ、大変興味深いものでしたね。先日もルカ様と、あの理論を元にすると魔力の系統や量、才能が遺伝しない理由が説明できるという話をしていました」
「君もそう思うか」
「ええ。そうなるとやはり、能力の高さは偶発的な要素が否めないので魔法使いは国で保護するべきでしょうね。鍛錬でどこまで能力が上がるか、という問題についてはぼくは魔力がないので何とも言えませんが」
「……薬学についてはどうだ?」
 やっぱり腹の探り合いだったか。笑みを崩さない。動揺した様子など見せてはいけない。フリュクレフ女王の末裔である、フリュクレフ公爵家は薬学に関わることを禁じられている。つまり、フリュクレフの姓を名乗る以上、ぼくは薬学に関わることはできない。
「……それはぼくには許されておりませんので」
「……」
 簡潔に答えて、ラルクへ金貨を渡す。ゲームに夢中で、ぼくとバルタザールの会話を誰も気にしていないようだ。
「ただ、花を愛でるのは好きですよ。ぼくには許されていることが少ないので、できるのはそれくらいですが」
 金貨を弄っていた手を押さえられ、顔を上げた。バルタザールと目が合う。彼は少しだけ瞳を揺らし、それから目を逸らす。虹彩は最後にぼくの唇の左下へ流れた。
「君は……殿下にはもったいない」
「買いかぶりすぎでは?」
 目を伏せて笑って見せる。バルタザールが何を考えているか分からない。ゲームを始めるまではあんなに敵意剥き出しだったのに。慎重に対応しなければ。離宮を出る前に怪しまれることは避けたい。
「スヴァンくん、少し休憩してはどうだい」
「あ、はい。みなさん、少し休憩しませんか。離宮からお菓子を準備して来たのですよ」
 ルクレーシャスさんが声をかけてくれてほっとした。バルタザールの真意が読めない。少し考えを整理して、落ち着きを取り戻す時間がほしい。
「うむ! スヴェンの作るかしはうまいんだ! 今日はみな、運がよいな!」
「君が、作ったのか?」
 何で喋りかけて来るかな。バルタザールへ、作り笑いで答える。
「ええ。ぼくの趣味なんです」
「菓子作りがか?」
「ええ。料理が趣味なので。錬金術も台所で生まれたと申しますでしょう?」
 答えて立ち上がった。これ以上、話しかけないでほしいな……。どうして急にぼくに興味を持ったんだろう。ルクレーシャスさんが、魔法でしまってあったお菓子を出してくれた。受け取って、皇宮の侍女に渡す。今日は追熟した洋梨のタルトだ。子供たちが食べやすいよう、一口サイズで作ってある。
「うまい! こんなにうまいお菓子、食べたことないぞ」
「本当だ、おいしい!」
「……うん。美味い、な……」
「そうだろう。スヴェンは料理がじょうずなのだ」
「すごいな。スヴァンテ公子をオレの嫁にほしい」
 ローデリヒの感想に、フローエ卿が吹き出した。ほんとこの人もいい加減な仕事してるよな。ぼくはありがたいけど。
「リヒ。スヴァンテ公子に失礼だぞ」
 ゲーム始めるまで散々失礼だったのは君の方だよ、バルタザール。喉まで出かかった言葉を飲み込み、どうにかにっこり笑みを作って紅茶を口へ含む。
「構いませんよ。また機会があれば、腕を揮わせてください。エステン令息」
「リヒでいいぜ、スヴァンテ公子。めんどくさいからオレもスヴェンって呼んでいいか?」
「ええ、どうぞ」
 作り笑いをしすぎて頬が攣りそうだ。しかし笑みを貼り付けておっとりと頷く。
「図々しいぞ、リヒ」
「なんでお前が不機嫌なんだ、バルティ」
 この二人は仲がいいんだな。九歳と十歳で年も近いし、宮廷騎士団の団長と宮中伯だから親同士も交流があるのだろう。当然と言えば当然か。ローデリヒ自身はいいヤツっぽいけど、気を付けるに越したことはないだろう。
「この、洋梨は普段私が食べるものより甘い気がするのだが」
 だからどうしてバルタザールはぼくへこんなに話しかけて来るんだろう。嫌いならほっといてくれればいいのにさぁ。イライラが顔に出ないよう、一層作り笑いを貼り付ける。
「ああ、それは離宮の庭で採れた洋梨を、風通しの良い場所に置いて追熟してあるからですね」
「追熟?」
「ええ。果実によっては温かい場所に置いたり、涼しい場所に置いたりと様々ですが、追熟することによってより甘みが増すものがあると書物で目にしたので試してみたのです」
「……君はそんなことも知っているのか」
「本を読むくらいしかすることがありませんので」
 素直に褒めてくれているのか、それとも何か裏があるのか。貼り付けた笑みが剥がれ落ちそうだ。ああ、早く離宮に戻ってベッテの紅茶が飲みたい。ぼくの考えを察したのか、ルクレーシャスさんがジークフリードへ声をかける。
「殿下。スヴァンくんは少々疲れたようです。もうスヴァンくんがルールを説明しなくても、皆さんゲームは理解なさったようですし、わたくしたちはこれで失礼しようかと思いますが」
 元々、昼食までには離宮へ戻ろうと思ってたんだ。ルクレーシャスさんに付いて来てもらってよかった。
「そうか。スヴェンは体が弱いのであったな。うむ。こんどはオレが会いに行くからな、スヴェン。ようじょうするがよいぞ」
「あ……」
 バルタザールが何か言いたげにぼくを見た。気疲れするからこれ以上、バルタザールと会話したくないぼくは気が付かなかったふりをした。
「そうだな、こんなに細っこいもんな。風邪引くなよ。また遊んでやるからな、スヴェン」
 えっ。いつからぼくは体が弱くなったのだろう。全然覚えはないけども、あれかな、ぼくが知らない間にジークフリードの訪問を断る口実にでもされてたのかな。
「ご配慮ありがとうございます、ジーク様、リヒ様。大変貴重な時間を過ごさせていただきました。後日また、お礼をさせていただきたく存じます。それでは皆様、本日はこれにて失礼させていただきます」
 きっちりと頭を下げてソファから立ち上がる。ルクレーシャスさんがどこからかショールを出して、ぼくを包んで抱き上げた。
「冷えて来たからね。ひょっとしてと思って持って来ておいて良かったよ。あったかいでしょ、スヴァンくん」
「はい」
 わぁ、ぽかぽかだ。ルクレーシャスさんの子供扱いには慣れて来た。ショールから手だけを出して、みんなへ手を振る。その時だけ、みんな自分より年下の子を見る目をした。うん。ぼくこの場の誰より年下なんだよね。バルタザールなんか五つも年下の子供に喧嘩売ったんだぞ、大人げないな。バルタザールは大人じゃないから許すけど。
「オーベルマイヤー、スヴェンたちを送って来い」
「ああ、結構だよ。帰り道は覚えた」
 ルクレーシャスがぴしゃりと言い放って踵を返す。皇宮でここまで好き勝手できるって、やっぱりベステル・ヘクセという称号はすごい。
「……もう二度と来ない……」
 ジークフリードの部屋を出るなり呟くと、ルクレーシャスさんも頷いた。
「そうだね。しかしあのガキほんと生意気だったな」
 ルクレーシャスさんの歩幅が大きい。本気で早く帰りたがっているようだ。警備に当たっている騎士たちが、ショールに包まれたぼくを不思議そうに見ている。
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