まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱

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初めてのお茶会

第91話

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「ほらぁ! 花弁が散っただけで『お花さんがかわいそう』って泣いちゃいそうな顔してるくせにこれ! 要るよ、要る要る! フレート、オレのデザート大盛りね!」
 ローデリヒはどんだけぼくをアホな子だと思ってるんだ。よぉぉく分かったぞ。
「リヒ、図々しいぞ。ヴァン、それでも自覚しなくてはね。ヴァンは妖精が人に化身したように美しいのだと、誰もが認めているんだよ。知らないのはヴァンだけだ」
「……お世辞は要らないです、イェレ様……」
 それでもイェレミーアスみたいな美少年に妖精みたいに綺麗だって言われたら、誰でも照れちゃうと思う。きっとぼくは今、頬が真っ赤になっているに違いない。
「イェレ様、じゃないでしょう? ヴァン」
「……イェレ、兄さま……」
「うん」
 満足気に微笑んだイェレミーアスの方が美しいと思うんだ。なんかこう、浴びちゃいけないフェロモンを大量に浴びている気がする。胸を押さえてほう、と息を吐く。うっとりし過ぎると、吐息を漏らすことしかできなくなるんだね。まだ熱を持った頬へ手を当ててみた。
「……っ」
「……」
「……、はぁ。これだからわたくしの弟子は困る」
 なんだよぅ。そんなね、顔面偏差値の高い人たちにため息吐かれてもちっとも信用できないですよ。ローデリヒは主菜の白身魚をフォークに刺し、口元まで持って行った状態でぼんやりとぼくを見ている。イェレミーアスはいつも通り、薄く笑みを刻んだまま僅かに首を傾けている。ルクレーシャスさんだけ、ちらっとぼくへ視線を送ってから口直しのソルベを掻き込んだ。
「くぅ、きーんと来たっ!」
「アイスクリーム頭痛ですよ。冷たいものを食べるとそうなるんです」
 この世界、生クリームとか低温管理しないとできないものを作るの難しいけど、氷菓なら作れる。美味しいものが作れる、と言ったらルクレーシャスさんは喜んで氷魔法の加減を覚えた。そう、シャーベットなら作りたい放題になったのだ。魔法すごい。偉大なる魔法使いの名前は伊達じゃない。使いどころはここじゃない気がするけど。
「あい、すくりーむ?」
「ああ、えーっと、ぼくの最終目的っていうか、生クリームが作れるようになったら作れるはずのものっていうか、ソルベの親戚っていうか」
「新しいお菓子だねっ?! わたくしに一番に食べさせてくれるんだよね? スヴァンくんっ!」
「……ルカ様は、お菓子の話になると生き生きしますね……」
 でも今はそうじゃない。その話じゃない。そう、お茶会の話だ。お茶会にお呼ばれなんて初めてだ。先日のアイゼンシュタットの招待はなかったことにする。
「リヒ様、エステン公爵夫人のお好きな花はありますか?」
「母上はアネモネが好きなんだ。持って来るのか? でも季節外れだぜ?」
「? 妖精さんに頼めばいつでも咲きますよ、お花は」
 口を挟まず食事していたヨゼフィーネ伯爵夫人とベアトリクスまでもが、大きなため息を吐いた。ルクレーシャスさんに至っては、首を横へ振りながら額を押さえている。
「スヴェンは頭いいのに、変なところで世間知らずだよな」
 ローデリヒの言葉に、フレートまでもが頷いたのをぼくは見逃さなかった。

 というわけで、一週間後にぼくらはエステン公爵家へと向かう馬車の中にいた。
 なぜだかローデリヒは前日からぼくのタウンハウスへ泊まり込み、一緒に馬車に揺られている。ジークフリードの部屋の横にある客室は、すっかりローデリヒの自室扱いになっている。
「リヒは本当に図々しいな……」
「いーじゃんか。オレだけ仲間外れなんてズルいぞ、アス」
「ジーク様が聞いたら拗ねるでしょうね……」
 ぼくに問題児ばかり預けられても困る。いつも通りにぼくを膝に乗せたイェレミーアスを仰ぐ。にっこり微笑み、ぼくの顔を覗き込んだ美貌でも見つめていないとやってらんない。イェレミーアスの笑顔はご褒美です。ご褒美になる笑顔、すごくすごい。しあわせ。
 馬四頭引きで六人乗りのキャビンが付いた特注の大型タウンコーチには、ルクレーシャスさん、ローデリヒ、ぼく、イェレミーアスが乗っている。男ばかりでむさくるしい。むさくるしいけど、全員顔がいいので美の圧力と筋肉の圧力が強い。ヨゼフィーネ伯爵夫人とベアトリクスは、少し小ぶりの四人乗りの別の馬車に乗っている。
 ちなみにぼくとイェレミーアスが「イェレ兄さま」「ヴァン」と呼び合うのを見て、ヨゼフィーネ伯爵夫人は扇で顔を隠し、ベアトリクスは顔を真っ赤にして両手で頬を覆っていた。訳が分からない。
 今日はラルクとフレートが付いて来てるんだけど、侍従用の乗り場ってキャビンの外にあるんだよ。すっごい簡素な板が付いてるだけ、板の上に立つしかないの。初めにラルクがそこに立ってるのを見た時、いたずらしてんのかと思ったもん。さすが階級社会。貴族以外の人間に対しての扱いが酷い。つまり今、フレートとラルクはキャビンの外の板の上に立ってる。これ、すっごい嫌だ。
「ぼく、馬車を自分で設計したいです。ラルクとフレートが外に立ってるのにぼくだけキャビンの中で座ってるの、すごく嫌です。雨が降る日もあるだろうし、これから寒くなるのに。人間は体を冷やしちゃダメなんですよ」
 背面の窓を見やると、ラルクが気づいて手を振る。ぼくも手を振ったけど、やっぱりこんなの嫌だな。ちなみにフレートはいつも通り、真っ直ぐに背筋を伸ばして不動である。
「……ヴァンは、誰にでも優しいね」
 ハの字に眉を寄せ、イェレミーアスがぼくの髪へ囁いた。唇はぼくの髪へ押し付けられたままだ。
「優しくないですよ。ぼくが嫌なんです。ぼくは我儘です」
「……そういうことに、しておこうかな」
 エステン公爵家は中央通りを北上してすぐ、北二番街にある。タウンハウスから結構近い。だからローデリヒもうちに頻繁に通って来るわけだけど。
 今日は公爵家からの正式なご招待なのでいつも通りにジュストコール、ジレ、ブリーチズという服装である。イェレミーアス、ルクレーシャスさん、ぼくの三人は偉大なる魔法使いの象徴である金を主とした布地で拵えてある。お揃いであるということは当然、包みボタンにはベステル・ヘクセの紋章が刺繍されている。これでぼくらに不敬を働くものはいないだろう。
 この世界では男の子でも、五歳くらいまでは女の子と同じようにドレスを着る。ぼくは中身が成人男子二十五歳なので、ドレスは三歳から断固拒否して来た。どうしたことか、いつもならぼくが難色を示した服はすぐに変えてくれるイェレミーアスが、今日に限ってフリフリとヒラヒラとレースがたっぷり付いた白いドレスをそっと脇へ置いた。突然の裏切りである。
「イェレ兄さま、ぼくこれやです。絶対嫌です」
「……どうしても?」
「いつもならイェレ兄さまに上目遣いでお願いされたら頷きますけど、今日はダメです。これはやです。おねがい。今ここでイェレ兄さまだけに見られるならまだ我慢しますけど、たくさんの人の前にこれで出るのは嫌です。絶対です」
「私には、着て見せてくれるんだね……?」
 だってイェレミーアスなら似合わなくても笑わないだろうし。ぼくがフリフリヒラヒラとか、滑稽だろ笑いたいなら笑え。嘘です笑われたくないので絶対に着ません。断固拒否です。
「……だめ?」
 半泣きで首を傾げて懇願する。だって似合わない男児が着るフリフリとか痛々し過ぎでしょ、勘弁してください。結局、ぼくはイェレミーアスの前でドレスを着るだけ着て見せた。満足したのか、ドレスを片付けてくれたことにほっとしたのは言うまでもない。
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