まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱

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穂刈月の幽霊騒動

第124話

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「かしこまりました。ニクラウス殿。我が主は少々変わったお方ですが、よいお方です。ご安心ください」
 少々変わったってどういうことだよ。全幅の信頼を置く執事の顔をじっと睨む。フレートは咳払いをして、目を逸らした。
「ありがとうございます、スヴァンテ公子様。ありがとうございます……!」
 テーブルへ頭を押し付けて礼を言う、ニクラウスの肩をフレートが押さえる。
「我が主はそういった、過分な礼を好みません。もし恩義をお感じなら、ぜひ、その働きでお返しください」
「その通りです。ひょっとしたら、ぼくはものすごく悪党で、ギーナ様やニクラウスさんへ無茶なお礼を要求するかもしれませんよ?」
「悪党が自分のこと、悪党だなんて言うかよ。なぁ? アス」
「そうだね。ヴァンは本当に頼もしくて頼れる人だ。私が保証する」
 ぼくを見つめた、ギーナの瞳が変わった。ぼくを正面から捉えたギーナは、迷いも不安も拭い去った表情をしていた。
「それからリヒ様」
「おう?」
「お父上の、ヴェルンヘル様へお手紙を届けていただけますか。これは火急かつ、重要なお話です。ゼクレス子爵邸をぼくが買い取ったことを誰にも知られたくありません。だから、ヴェルンヘル様がゼクレス子爵邸を買い取ったことにしてほしいのです」
「そしたらミレッカーも、もうあの土地へ手出しできねぇから?」
「その通りです。ミレッカーもエステン公爵を敵に回すほど愚かではないでしょう。逆にぼくがゼクレス子爵邸を買い取ったとなれば、ミレッカーはさらにこちらを警戒することになるでしょう。それは得策ではありません」
 ギーナを預かり、元ゼクレス子爵家の使用人たちまでもまとめて雇うとなれば、これからさらにお金が必要になる。だからこそ、新たな収入源としての競馬事業が滞るのは困る。それならギリギリまではエステン公爵の事業だと思わせておいた方がいい。ぼくはその間に、慈善事業として平民区域の孤児院運営に専念しているように見せることができる。資金のない子供のぼくが、水面下で動けるわけがない。そう思わせておけばいい。
「リヒ様もどうぞ、存分に『ゼクレス子爵邸を父上が買い取った』とお話しください」
「お? それが悪巧みに繋がるんだな? よっしゃ、まかしとけ!」
「任せましたよ、切り込み隊長どの」
「うっしゃ!」
 嬉しそうに腕を上げて見せたローデリヒのお陰で、雰囲気が和んだ。ルチ様が急かすようにぼくを揺らした。
「さて皆様、本日はもうお疲れでしょう。ギーナ様、ニクラウスさん。お部屋をご用意しましたので、ゆっくりとお休みください」
「オレは案内はいらねぇよ。一人で自分の部屋に行けるからさ」
 ローデリヒがスコーンを一つ掴んで立ち上がる。待って。いくら君が気にしないと言っても、ここは君んちではないんだよローデリヒ。ぼくの気持ちを察したのか、フレートは廊下で待機していた侍女へ、何事か言い付けた。さっさと出て行ったローデリヒに付いて行く侍女へしばし目を向ける。ルクレーシャスさんも一つ、あくびをして組んでいた足を解いた。
「ではね、スヴァンくん。おやすみ」
「お休みなさい、ルカ様」
 ルクレーシャスさんが手を振ると、イェレミーアスがぼくの脇へ立つ。ぼくの頭を撫でると、額へキスをしてくれた。
「もう眠いのだろう? ヴァン。私が部屋へ運ぼうか?」
「ううん。もう一つ、大事なことをお願いしないといけないので」
 よい子はみんな寝る時間である。今日はまったく、夕食後からが怒涛の展開だった。ぼくはフレートへ声をかける。
「フレート、できれば今からニクラウスさんと一緒に、ディーターさんとギュンターさんをお迎えに行ってあげて。心配しているだろうからね。それから、ディーターさんとギュンターさんにもお部屋を用意してね。お二人への説明は、お願いしていいかな……?」
 子供の体はすぐに疲れてしまう。眠気が限界だ。ふわあ、とあくびをするとルチ様に抱え上げられた。
「後のことはこのフレートにお任せください、スヴァンテ様」
 お休みなさいませ。
 幾度となく聞いた、温かい声。返事をする前に、ぼくはルチ様の腕で眠ってしまったようだった。
 朝食後、コモンルームでお茶を飲みながらディーターさんとギュンターさんへ挨拶をした。ニクラウスさんとディーターさんは、ハンスと共にフレートの元で執事の仕事を手伝うようだ。とはいえ、ニクラウスさんはすでにゼクレス子爵家で長年の執事経験があり、ディーターさんも見習い八年目だという。だからニクラウスもディーターさんも、実質ハンスの教育に回ってくれるだろう。できる執事、ゲットだぜ! というわけである。
 ギュンターさんはダニーと共に、厨房で働いてもらうことにした。故郷に帰ってしまった元ゼクレス子爵家の使用人たちを呼び戻すには、しばらく時間が必要だろう。
 ギーナは緊張が解けたのか、寝込んでしまった。今はイェレミーアスが様子を見ている。
 ぼくの髪はかなり伸びた。最近は緩く編み込んで、肩から前へ垂らすのが妖精たちのお気に入りだ。胸の辺りまで垂れた緩く編み込まれた髪へ、花だの宝石だのが挿し込まれて行くのがぼくにも見える。見るとはなしにその光景を目に入れながら、ぼくはさも思い出しました、という素振りで指を立てる。
「そうだ、リヒ様」
「ん? 今日はそのおやつを食べたら、ヴェルンヘル様へお手紙を届けてくださいね。お返事も必ずもらって来てください。大事ですよ」
「分かった。でも父上、今日は皇宮に出仕してっから返事は明日だぞ?」
「じゃあ、明日一番でお返事をもらって来てください」
「ええ……夕飯は自分ちかよ……」
 普通、毎食ご飯は自分ちで食べるんだよローデリヒ。ここは君の別荘じゃないんだぞローデリヒ。君がここに来た時は、ぼくらと一緒に勉強をすることを条件に好きなだけうちに入り浸る許可を得ているんだぞ、ローデリヒ。
 言いたいことはたくさんあるが、ぼくは生温い瞳をローデリヒへ向けた。今はどうしても、ローデリヒを帰らせなければならない理由があるのだ。
「そういえば、一番初めにゼクレス子爵家へ肝試しに行こうと言い出した方は、どなたですか?」
「ん? どうだっけ……レームケじゃなかったっけ……気になるのか?」
「レームケ卿、ですか。お聞きしたことのない家名ですね……」
「ああ、レームケは平民だ。今はメスナー伯爵家所属ってことになってるはずだ」
「レームケ卿と、井戸で幽霊に殴られた方とは同一人物ですか?」
「いんや。別のヤツだよ」
 平民で皇宮の警備を担う皇宮騎士団へ入るには、いずれかの貴族の騎士として所属する必要がある。その貴族が平民の騎士の、身元引受人になるのだ。だから、平民の騎士が問題を起こした場合は所属している家門も罰を受ける。
 ゆえに平民から騎士になるのは、相当に難しい。まず、身元引受人になる貴族を探すのが難しいからだ。それでも平民が騎士団に入れるということは、それほどの実力がある、ということでもある。
「そうなのですね。平民で皇宮騎士団の小隊勤務とは、大出世ですね」
「そうだな。なかなか腕が立つみてぇだぞ。オレより弱いけど。レームケがどうかしたのか?」
 大出世の小隊勤務でも、十歳のローデリヒより弱いのか。腕が立つという言葉がゲシュタルト崩壊しそう。ローデリヒが十歳にして強すぎるのか。だとすれば、そのローデリヒが勝てないイェレミーアスとラルクは一体。ぼくは一瞬、真顔になってしまった。
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