『赦しの魔女』なので、復讐はしないと決めています

逢坂ネギ

文字の大きさ
22 / 30

第22話 夜明け前

しおりを挟む
「そういえばなんだけど」

 リュネは、ほとんど溶けきったろうそくの火を移し替えながら口を開いた。

「あなたのこと、これからどう呼べばいい? カイルなのか、アウレリオなのか」

 『カイル』という名が偽名なら、正しい名前で呼ぶのが礼儀というものだ。しかし、彼の過去から考えて、本名の『アウレリオ』には複雑な思いがあるはずだろう。

 リュネの問いかけに、カイルはしばらく椅子にもたれてじっとしていた。が、

「……カイルでいいよ。この村では、俺はカイルだから。急に違う名前で呼び出したら、他の奴らが変に思うだろ」

 彼は選んだ。その目に迷いは無い。
 
「じゃあ、そうするわ。改めてよろしくね、カイル」
「まあ……俺らだけのときなら、好きに呼べばいいけど。俺は俺だからな」

 そう言って、カイルはすんと鼻を鳴らした。結んだ口元は頑なだが、それは決して以前の、どの意見も聞き入れない頑なさではない。

「……見習わなくっちゃなあ」

 アルノ家に抗うことは、正直まだ怖い。というより、考えることすら難しい。何せ相手は大貴族。それも昔から——言いなりだったセレスティアの頃から、歯向かうことなんてした事の無いのだから。
 
 出来るか、分からない。間違えたら死んでしまうかもしれない。他の人に迷惑がかかるかもしれない。
 分からない。分からないから、怖い。

 けれど。

(それがきっと、わたしのための選択になるはずだから)

「——なあ、リュネ」
「なあに」

 長い夜を支えるろうそくは、頼りなく、けれど確かに燃えている。カイルの顔はその明かりに照らされ、光と影がちららと細かく入り交じっていた。

「前に、あんたは言ったよな。『どういうふうに生きてみたいのか』って。可能性とか、未来とか」
「そうね」
「俺は……俺は、自由に生きたい」

 自由。その単語を口にした彼は——ただまっすぐ顔を上げていた。膝の上で握られた拳は、かすかに震えている。

「何かに縛られず、俺の意思で選択する人生を生きたいって……そう思ったんだ、けど、よ」

 開いた、彼の指がわななく。言葉はそこで途切れ、彼はくちびるを結んだ。

「……復讐っていう手段は、それに必要なのかって。そりゃ、アルノの奴らは憎いし殺してやりたいとも思ってる。あんたの話を聞いて、余計に腹が立ったさ。でも」

 伏せられていた、カイルの目が、もう一度リュネを見つめた。その、強い光に飲み込まれる。

「——あの家にも、子どもがいるだろう。別に俺みたいなのじゃなくても、ここの村みたいな、ちびっこいの。そうしたら、殺したいのか、わかんなくなっちまった」

 それが、彼の迷いなのだ、と。リュネは思わずまばたきをしていた。目の前の青年の顔は、もはやかつてアルノに関わるものを皆殺しにすると誓ったものではない。

 リュネがアルノ家に抗うことを迷うように、彼もまた復讐を迷っている。

 カイルはくつくつと笑い、大仰に椅子の背にもたれかかった。

「なあ、リュネ。これが、あんたの言う『選ぶ』ってことなんだろう。難しくて、分かんなくて、もう頭がぶっ壊れそうだ」
「……そうね」

 選ぶことは、難しい。誰かの言う通りにしている方が、ずっと楽だ。リュネだって何度も、何度もそう思った。魔女として生きることも、赦し続けることも。今だってまさに。
 セレスティアを赦すことを、決めた日からずっと。

「でもさ、あんたはどんな俺でも、赦してくれる」
「……あなたは、どんなわたしでも、赦してくれる」

 目が合う。琥珀のまなこ。それが、くしゃんと弾むように弧を描いた。つられるように、リュネも笑う。微笑むんじゃなくて、こぼれたように。
 
「見届けてくれよ」
「もちろん。時には、支え合っていきましょう」
「なんか、変な気分だ」
「ほんと。こんなの初めて。だけど」

 勇気が湧いてくる。

 言葉が重なった。これまで感じたことの無かった感情。きっとこれを、『勇気』と呼ぶのだろう。
 絶対的な味方がいるという、心強さ。背中を預けられる安心さ。手にする未来を思う希望。

 そして何より、自分の道を貫きたいと思える、強い意思。

 締め切った窓の外はまだ暗い。けれど、小鳥のさえずりがちりちりと舞い込んでくる。それは、長い夜に終わりを告げるようだった。

☆☆☆

「侯爵閣下。書状が届きました」

 ルシアンはひとつも体を動かさずに、読み上げられた文章を頭の中で反芻する。
 まずは正式な手段を取ったが……予想に反して、領主は魔女の引渡しを拒んだ。

「……あの領主、気の小ささの割に抵抗するな」
「やはり、閣下が気にするような存在ではないのでは? 魔女という呼び名も『薬屋の女』ほどの意味しかないと」

 臣下は不思議そうにつぶやく。実際、何も知らない者からすれば、ルシアンの動きは妙なものに映るのだろう。

(あまり時間をかけていられないな)

「いや、もう少し『対話』しよう。もしかすると、既に魔女に惑わされているのかもしれない。ならば、彼らの為にも、正しい道に戻さなくては」

 臣下の名前を呼び、ルシアンは微笑む。正しさは、我々にある。そう、勇気づけるように。

「予定通り、兵を集めておいてくれ」
「承知しました」
「……随分疲れた顔をしているね」

 臣下の男の顔が固まる。ルシアンはその肩をぽんと叩いて、耳元でそっとささやいた。

「大丈夫。君が気にする事は何も無い」

 そう。末端が気にするような問題は無い。警告は出した。けれど、哀れな領主は魔女に惑わされ、道を誤った。
 ならば、貴族として、ひいては王家に仕える家の者として、彼らに正しき道を与える必要がある。

 それに、だ。

「たかが地図から村の名前がひとつ消える程度さ。魔女の呪い……あの女の思想が蔓延することに比べれば、大した問題では無いよ」

 励みたまえよ。
 ルシアンはそう言い残し、執務室を去った。星の光も届かぬ暗闇で、燭台の炎がちらちらと辺りを照らしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

処理中です...