『赦しの魔女』なので、復讐はしないと決めています

逢坂ネギ

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第23話 魔女の村

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『それ』は、爽やかな日差しが眩しい、空の青さが目に染みるような日だった。

「魔女さま」
「おお、魔女さまだ」

 雑草取りをしていた村人が、汗を拭ってリュネの元へやってきた。さらさらと揺れる青い麦は、この季節ならではの光景だ。

「こんにちは。今日は暑いわね」

 ハーブ水の入った小瓶をカゴから取り出し、リュネは農夫たちに配った。魔女特製のそれは、酸味と甘味を効かせた疲労回復効果のあるもの。
 今日の魔女の仕事は、これを村人たちに届けることだ。
 
 小瓶を傾ければ、よく日焼けをした顔たちが一斉に笑顔を浮かべる。肩を回したり、おしゃべりをする中で、まだ若い農夫がそういえば、とリュネの方を向いた。
 
「あの、魔女さま。もう体調は、大丈夫ですか」
「えっ」
「しばらく、お見えにならんかったでしょう。祭りの夜くらいから……カイルさんは大丈夫だと言ってましたが」

 その言葉を境に、他の男たちも心配するような顔でリュネの方を見やった。

「……ありがとう。もう、すっかり元気よ」
「そりゃあ、何よりだ。何か困ったことがあったら、すぐに頼ってくださいよ」
「俺たちに出来ることなんて、大したことじゃあないけどなあ。みんな、あんたには助けられてるから、お返しくらいはしたいんだ」

 そうだそうだと声を上げる彼らに、リュネはきゅっと顔を固くさせていた。

 甘えなのかもしれない。魔女ならば、ひとりで立つことが正しいのかもしれない。
 けれど。

(……ああ、なんだか、とっても温かいな)

 この感情に見ないふりを続けるのは、むしろ彼らに失礼だ。

「……ありがとう。本当にありがとうございます」
「あーっ、魔女さまだあ!」

 甲高い声に、リュネも農夫たちもそちらに目を取られた。どうやら、畑で手伝いをしていた子どもたちが集まってきたらしい。
 顔や手を泥や土で汚しながら、子どもたちはきゃあきゃあとはしゃいで、リュネやカイルを取り囲む。

「元気になったんだねえ!」
「それハーブ水? 飲みたい飲みたい!」
「カイルいる? 遊ぼうよお」
「おい、お前さんたち。魔女さまの邪魔しちゃならんぞ!」

 農夫のひとりが、がらがらとした声で叫ぶ。けれどお構い無しなちびっ子たちには敵わない。
 
 と、おもむろに、ふっくらとした指が、リュネの袖をつんと引っ張った。膝を折って視線を合わせると、そばかすの散った小麦色の肌をした女の子が、ぱちぱちまばたきをしている。
 にこりと微笑むと、少女はほっぺたをふわりと赤らめてささやいた。
 
「あのね、魔女さま……あとで、お家に来てね。お母さんが、魔女さまに渡したいものがあるって」
「まあ、そうなの?」

 小さい巻き毛の頭がこくりと頷く。それを聞いていたのか、他の子どもたちも、なだれ込むみたいにリュネの腕を引っ張って、口々に話し始めた。
 
「あっ、うちも!」
「ぼくの家も!」
「えーずるいー。俺んちにも来てよ、魔女さま!」

 わあわあ大騒ぎ。その中心で、リュネは困ったような、けれどくすぐったい顔で笑っていた。カイルがそれを見てにやりとする。

「人気者じゃねえか」
「ふふっ、あなたには負けるわ」

 群がる子どもたちはそのままに、リュネはすっと立ち上がる。ハーブ水を届ける道すがら、この子たちの家にも寄っていこうか。思っていたよりも、心配をかけていたらしいから、そのお詫びとお礼も兼ねて。

 そんなことを考えていた——矢先だった。

「——魔女さまっ!!」

 ひとりの青年が、息を切らして駆けてきた。酷い汗をかいた彼は、それを拭うこともしないままに、今にも倒れそうな真っ青な顔をしてリュネを見ている。

「こんにちは、どうし……」
「子どもたちを連れて、今すぐ森に隠れてくれ!」

 その、尋常ではない声色に、背中がぞっと粟立つ。リュネは震えそうな声を何とか隠し通し、あくまで落ち着き払ったふうに口を開いた。

「どういうこと?」
「『魔女討伐隊』とかいう奴らがやってきて……分かんねえが、あいつら、魔女さまを狙ってやがる!」

 魔女討伐。農夫たちがざわつく。子どもたちはぽかんとしている。目のあったカイルは——ただくちびるを結んで、覚悟を決めた顔でリュネのことを見つめていた。

 それはまるで、戦う日が来たとでも言うみたいに。

(……ええ、きっとそうね。分かってる)

「とにかく、魔女さまは見つかっちゃなんねえ。急いで逃げろ!」
 
 青年はリュネの肩を叩くと、木々が生い茂る森——リュネの住処の方を指さした。リュネが頷くと、青年は来た道を引き返して走っていく。

「おい、兄ちゃん。俺たちも加勢するぞ」
「討伐隊ってのはどの辺に来てるんだ」
「魔女さま。大丈夫だから、森で待っててくれよ。子どもたちをよろしくな」

 その後を、農夫たちが追いかけて行った。残された子どもたちは訳が分からなさそうに、けれど不穏な空気を察したのか怖がるように、それぞれの顔を見合わせている。
 
「魔女さま……?」

 そばかすの女の子が震える声で呼んだ。リュネははっとして、その小さな手を握る。

「……だ、大丈夫。落ち着いて。とにかくみんなで森の方に」
「おい、リュネ」

 近づいてきたカイルが、そっと耳打ちする。

「お前だけ、先に行ってろ。他のチビやジジババは、俺が誘導する」
「でも」
「あんたが捕まるのが、一番まずいだろ。あとで追いつくから」

 目を合わせる。琥珀色のまなこには、はっきりとした意思を感じる。ここで倒れたりしないという、思考が。
 だからリュネは——信じて頷いた。

「おい、ここに居るやつらは、魔女と森に行け! 俺は他の奴らに声をかけて、森に行くよう言って回る。手伝う気のある奴は着いてこい!」

 少年たちを引き連れ、カイルは村の家々がある方へ向かっていく。リュネはそれを見送って、森の方へと子どもたちを連れて走った。

 風が、スカートの裾を、若い麦畑を、向かう先の森の木々を揺らす。ばらばらと足音が重なる。幼い子の手を引いて、リュネは青いにおいのする空気を吸った。
 ゆらりとかかる雲が、太陽を隠して影を作り始めていた。


 同時期、村の出入口では、村人たちと馬に乗った軍団とのにらみあいが続いていた。

 属性様々な村人側に対して、騎乗兵はみな揃いの黒い衣装に身を包み、神の権威を示す紋章が刻まれている。威圧感のある装いの軍団が、かがり火を揺らしながら、じり、じりと村に侵入しようとしているのだ。

 と、先頭にいる男が鈍く輝く剣を掲げ、馬上から声高に宣言した。

「我々は魔女討伐隊だ! この地にて、民草を惑わせる悪しき魔女『赦しの魔女』を大人しく差し出せ!」
「ふざけるな! 魔女さまは、そんなこと——」

 村人の側から、血の気盛んな青年がひとり、飛び出す。手には草刈り用の鎌。馬上の男を狙って、真っ直ぐに駆け出す。
 
 が、その胸に鮮血が散った。

 青年が倒れる。踏みしめられた地面に赤い血が散らばる。どよめきと混乱の叫び声が上がり、恐れた村人たちがその場から逃げ出し始める。

 村人側が混乱に陥ったにも関わらず、討伐隊は馬ひとつ動かさず、彼らを見下ろしている。
 その中の一人——ルシアンは、倒れ伏した青年を馬の足で蹴飛ばして、その敷地内へと入った。蜂の巣をつついたような騒ぎの中で、威風堂々たる声色で改めて宣告する。

「王と神に背く悪魔崇拝者共よ。もし貴様らが許しを乞うなら、『赦し』を騙る魔女をこの場に連れてくるんだな」

 討伐隊が手にしたかがり火が、村の門に火をつける。黒い煙が上がり、場はますます混迷を極める。討伐隊はそこを押し入っていき、邪魔するものは斬り捨てて進む。
 
 煌々と焚かれた炎が、日常の終わりを告げるように抜けるような青空を焦がしていった。
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