『赦しの魔女』なので、復讐はしないと決めています

逢坂ネギ

文字の大きさ
23 / 30

第23話 魔女の村

しおりを挟む
『それ』は、爽やかな日差しが眩しい、空の青さが目に染みるような日だった。

「魔女さま」
「おお、魔女さまだ」

 雑草取りをしていた村人が、汗を拭ってリュネの元へやってきた。さらさらと揺れる青い麦は、この季節ならではの光景だ。

「こんにちは。今日は暑いわね」

 ハーブ水の入った小瓶をカゴから取り出し、リュネは農夫たちに配った。魔女特製のそれは、酸味と甘味を効かせた疲労回復効果のあるもの。
 今日の魔女の仕事は、これを村人たちに届けることだ。
 
 小瓶を傾ければ、よく日焼けをした顔たちが一斉に笑顔を浮かべる。肩を回したり、おしゃべりをする中で、まだ若い農夫がそういえば、とリュネの方を向いた。
 
「あの、魔女さま。もう体調は、大丈夫ですか」
「えっ」
「しばらく、お見えにならんかったでしょう。祭りの夜くらいから……カイルさんは大丈夫だと言ってましたが」

 その言葉を境に、他の男たちも心配するような顔でリュネの方を見やった。

「……ありがとう。もう、すっかり元気よ」
「そりゃあ、何よりだ。何か困ったことがあったら、すぐに頼ってくださいよ」
「俺たちに出来ることなんて、大したことじゃあないけどなあ。みんな、あんたには助けられてるから、お返しくらいはしたいんだ」

 そうだそうだと声を上げる彼らに、リュネはきゅっと顔を固くさせていた。

 甘えなのかもしれない。魔女ならば、ひとりで立つことが正しいのかもしれない。
 けれど。

(……ああ、なんだか、とっても温かいな)

 この感情に見ないふりを続けるのは、むしろ彼らに失礼だ。

「……ありがとう。本当にありがとうございます」
「あーっ、魔女さまだあ!」

 甲高い声に、リュネも農夫たちもそちらに目を取られた。どうやら、畑で手伝いをしていた子どもたちが集まってきたらしい。
 顔や手を泥や土で汚しながら、子どもたちはきゃあきゃあとはしゃいで、リュネやカイルを取り囲む。

「元気になったんだねえ!」
「それハーブ水? 飲みたい飲みたい!」
「カイルいる? 遊ぼうよお」
「おい、お前さんたち。魔女さまの邪魔しちゃならんぞ!」

 農夫のひとりが、がらがらとした声で叫ぶ。けれどお構い無しなちびっ子たちには敵わない。
 
 と、おもむろに、ふっくらとした指が、リュネの袖をつんと引っ張った。膝を折って視線を合わせると、そばかすの散った小麦色の肌をした女の子が、ぱちぱちまばたきをしている。
 にこりと微笑むと、少女はほっぺたをふわりと赤らめてささやいた。
 
「あのね、魔女さま……あとで、お家に来てね。お母さんが、魔女さまに渡したいものがあるって」
「まあ、そうなの?」

 小さい巻き毛の頭がこくりと頷く。それを聞いていたのか、他の子どもたちも、なだれ込むみたいにリュネの腕を引っ張って、口々に話し始めた。
 
「あっ、うちも!」
「ぼくの家も!」
「えーずるいー。俺んちにも来てよ、魔女さま!」

 わあわあ大騒ぎ。その中心で、リュネは困ったような、けれどくすぐったい顔で笑っていた。カイルがそれを見てにやりとする。

「人気者じゃねえか」
「ふふっ、あなたには負けるわ」

 群がる子どもたちはそのままに、リュネはすっと立ち上がる。ハーブ水を届ける道すがら、この子たちの家にも寄っていこうか。思っていたよりも、心配をかけていたらしいから、そのお詫びとお礼も兼ねて。

 そんなことを考えていた——矢先だった。

「——魔女さまっ!!」

 ひとりの青年が、息を切らして駆けてきた。酷い汗をかいた彼は、それを拭うこともしないままに、今にも倒れそうな真っ青な顔をしてリュネを見ている。

「こんにちは、どうし……」
「子どもたちを連れて、今すぐ森に隠れてくれ!」

 その、尋常ではない声色に、背中がぞっと粟立つ。リュネは震えそうな声を何とか隠し通し、あくまで落ち着き払ったふうに口を開いた。

「どういうこと?」
「『魔女討伐隊』とかいう奴らがやってきて……分かんねえが、あいつら、魔女さまを狙ってやがる!」

 魔女討伐。農夫たちがざわつく。子どもたちはぽかんとしている。目のあったカイルは——ただくちびるを結んで、覚悟を決めた顔でリュネのことを見つめていた。

 それはまるで、戦う日が来たとでも言うみたいに。

(……ええ、きっとそうね。分かってる)

「とにかく、魔女さまは見つかっちゃなんねえ。急いで逃げろ!」
 
 青年はリュネの肩を叩くと、木々が生い茂る森——リュネの住処の方を指さした。リュネが頷くと、青年は来た道を引き返して走っていく。

「おい、兄ちゃん。俺たちも加勢するぞ」
「討伐隊ってのはどの辺に来てるんだ」
「魔女さま。大丈夫だから、森で待っててくれよ。子どもたちをよろしくな」

 その後を、農夫たちが追いかけて行った。残された子どもたちは訳が分からなさそうに、けれど不穏な空気を察したのか怖がるように、それぞれの顔を見合わせている。
 
「魔女さま……?」

 そばかすの女の子が震える声で呼んだ。リュネははっとして、その小さな手を握る。

「……だ、大丈夫。落ち着いて。とにかくみんなで森の方に」
「おい、リュネ」

 近づいてきたカイルが、そっと耳打ちする。

「お前だけ、先に行ってろ。他のチビやジジババは、俺が誘導する」
「でも」
「あんたが捕まるのが、一番まずいだろ。あとで追いつくから」

 目を合わせる。琥珀色のまなこには、はっきりとした意思を感じる。ここで倒れたりしないという、思考が。
 だからリュネは——信じて頷いた。

「おい、ここに居るやつらは、魔女と森に行け! 俺は他の奴らに声をかけて、森に行くよう言って回る。手伝う気のある奴は着いてこい!」

 少年たちを引き連れ、カイルは村の家々がある方へ向かっていく。リュネはそれを見送って、森の方へと子どもたちを連れて走った。

 風が、スカートの裾を、若い麦畑を、向かう先の森の木々を揺らす。ばらばらと足音が重なる。幼い子の手を引いて、リュネは青いにおいのする空気を吸った。
 ゆらりとかかる雲が、太陽を隠して影を作り始めていた。


 同時期、村の出入口では、村人たちと馬に乗った軍団とのにらみあいが続いていた。

 属性様々な村人側に対して、騎乗兵はみな揃いの黒い衣装に身を包み、神の権威を示す紋章が刻まれている。威圧感のある装いの軍団が、かがり火を揺らしながら、じり、じりと村に侵入しようとしているのだ。

 と、先頭にいる男が鈍く輝く剣を掲げ、馬上から声高に宣言した。

「我々は魔女討伐隊だ! この地にて、民草を惑わせる悪しき魔女『赦しの魔女』を大人しく差し出せ!」
「ふざけるな! 魔女さまは、そんなこと——」

 村人の側から、血の気盛んな青年がひとり、飛び出す。手には草刈り用の鎌。馬上の男を狙って、真っ直ぐに駆け出す。
 
 が、その胸に鮮血が散った。

 青年が倒れる。踏みしめられた地面に赤い血が散らばる。どよめきと混乱の叫び声が上がり、恐れた村人たちがその場から逃げ出し始める。

 村人側が混乱に陥ったにも関わらず、討伐隊は馬ひとつ動かさず、彼らを見下ろしている。
 その中の一人——ルシアンは、倒れ伏した青年を馬の足で蹴飛ばして、その敷地内へと入った。蜂の巣をつついたような騒ぎの中で、威風堂々たる声色で改めて宣告する。

「王と神に背く悪魔崇拝者共よ。もし貴様らが許しを乞うなら、『赦し』を騙る魔女をこの場に連れてくるんだな」

 討伐隊が手にしたかがり火が、村の門に火をつける。黒い煙が上がり、場はますます混迷を極める。討伐隊はそこを押し入っていき、邪魔するものは斬り捨てて進む。
 
 煌々と焚かれた炎が、日常の終わりを告げるように抜けるような青空を焦がしていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

処理中です...