『赦しの魔女』なので、復讐はしないと決めています

逢坂ネギ

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第9話 許された者

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「カイル」

 ローブマントを被ったまま、リュネはランプに油を足しながら話しかけた。夕方に帰ってきたときのまま、カイルはぶすっとした顔で暖炉の火に当たっている。

「退屈だったら、ちょっと手伝ってくれない? 夜のお散歩よ」

 首を傾げて尋ねてみれば、案外、彼は素直に椅子から立ち上がった。退屈なのはそうらしい。
 ランプの明かりを頼りに、夜の森を村とは違う向きに進む。

 やがて視界が開けると、カイルは唖然とした様子でそれを見上げた。

「……なんだこれ」 
「牧草。仮置き場に運ぶの。手伝ってくれる?」
「いや、こんな量、どうやって」
「ふふ。魔女の秘密よ」

 山のように積み上がった干し草。柔らかく、程よく乾燥したそれは、カイルの身長ほどの山を作っている。いくらなんでも用意が早すぎるし、多すぎる。そう言うみたいに、カイルはリュネとその山を見返している。
 
 リュネは牧草をがさりと持ち上げると、ついてくるよう彼にに目配せをした。乾いた大地に、二人分の影がゆらゆら、息をするみたいに揺れている。

「なあ」
「なあに」
「ほんとに、昼間のガキ……許してよかったのかよ」

 仮置き場に黙々と牧草を積み重ねていくカイルが、おもむろに尋ねてきた。リュネは炎避けの印を刻みながら、黙ってそれを聞く。

「二度としないなんて、そんなの信じてさ。また火をつけたら、お前、どう責任取るつもりなんだ?」
「責任を取るのは彼でしょう」
「でもお前は許した」
「今回は、ね。また同じことをしたら……悲しいけれど、それを赦すことはできないわね」

 そう。あくまで、リュネが赦したのは今回のみ。記した印に魔力を流して、すっと立ち上がる。

「わたしに出来る範囲なら、失敗くらい簡単に取り返してみせるわ。あの子はまだ年若いし、たった一度の過ちで裁きを受ける必要は無いと思ったの」

 カイルはまだ、納得がいっていないようだった。たっぷり抱えた牧草を放り投げ、ふんと鼻を鳴らす。

「燃やされたやつにも、同じこと言うのか」
「だからこうして、牧草運びをしてるってわけ。元々、赦しを提示したのはわたしだもの」

 夜道を戻る。遠くで獣の遠吠えが聞こえる。リュネは残りの牧草をカイルと分け合い、月明かりの照らす道を歩いた。

「それに、彼も新しい倉庫の建設に参加するようだし、彼のおうちからは、賠償金が払われる。それで牧場主のおじさまは手を打ったのだから、それ以上、他所からの裁きは必要ない」
「審判院が聞いたら、発狂しそうな答えだな」
「かもね」

 でもね。
 ゆらん、ゆらんとたわむ影を見つめながら、リュネはまるで自分に言い聞かせるみたいにつぶやいた。

「わたしは、起きてしまったことよりも、今後彼がどういう選択をして、どういう行動をするのか、という可能性を信じたい。だから、赦す」
「可能性」
「そう」

 最後の牧草を入れ終わり、ふたりは簡単に体に着いた牧草を払う。引き戸を閉め、もう一度炎避けの印を入れ、リュネはカイルににっこり笑った。

「はい、ありがとう。帰ったらお湯を沸かすわ。汗をかいたでしょう。身体をきちんと拭かないと」
「……なあ」

 カイルがなにか迷うように、視線を彷徨わせている。リュネは黙って、彼のくちびるから放たれる言葉を待つ。
 
「俺が、あんたに示せる可能性って……なんだ?」

 迷い、悩み、その果ての言葉。彼の声は、そんな音をしていた。整った顔を、まるで途方に暮れた犬のようにくしゃりと歪めている。

 リュネは、そんな彼の薄明るい金色の目を見つめ、ゆっくりと結んだ口を解く。

「……復讐をした後、どうやって生きていくか。あなたの未来を、わたしは知りたい」

 未来。まるで、異国の言葉のように、カイルが言葉を転がす。リュネはしっかりと頷いて見せた。

「それを示せたら、あんたは俺の復讐を許してくれるか」
「少なくとも、今よりは」

 カイルは一瞬、泣きそうに目を細め、それから険しい顔のまま顔を逸らす。
 
「俺の未来なんて……そんなもの」
「たくさんあるわよ。復讐をした後も、あなたの人生は長いの。行きたいところも、やりたいことも、何をしたっていい」

 カイル。
 リュネは手を差し出す。その指先を、月光がつうとなぞっていた。

「あなたは、どんなふうに生きてみたいの?」
「……そん、なの」

 カイルが顔を強ばらせる、彼がその頭に、何を描いたのか。リュネは知らない。けれど、彼の心が、強く揺らいでいることは痛いほどに伝わった。
 なにか踏ん切りをつけるように、カイルは黙って背を向ける。遠ざかっていくそれを追いかけ、リュネはほんの少し口角を上げていた。

(でも、それでいいわ)

「ゆっくり、考えましょう。大丈夫。選択を急ぐ理由なんて、ひとつもないんだから」

 とん、と跳ねるようにリュネは歩く。先を往く背中には、まだ戸惑いと不安が滲んでいる。
 それでもカイルの、艶やかな黒髪を、月は優しく輝かせていた。
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