2 / 10
2 すでに失敗をした後の尻拭い
しおりを挟む
皇帝である兄は難しい立場に立たされた。
そもそも私とアルバートの婚約は、アルバートがランドルフ公に就くための援助としても意味が非常に大きかった。
ランドルフ公には、大貴族であるマールン侯出身の正室との子である血統正しいアルバートと、流れの踊り子を母に持つイスクラの二人の子がいた。
通常ならばアルバートが跡継ぎになるのが当然だが、アルバートが知識もなければ判断力もなく美辞麗句にすぐに流されるダメすぎる男だった一方、イスクラは優秀であったのが問題の原因となった。
ランドルフ公の家臣らの一部がイスクラを推したのだ。
優秀な者をトップにつけたいという彼らの気持ちはわからないでもないが、イスクラがトップではランドルフ公家はまとまらないだろうと皇帝は考え、アルバートの援助を始めたのだ。
家臣と一言で言うが、その中には主家と同じ血を引く分家も数多い。
例えば、ランドルフ公の家臣らのトップである主席執政ロベルトは、ランドルフ公家の中では分家筋とはいえ母がサルコイ公の血筋であり、妻もレウナン伯という貴族社会的にはかなり血筋が良く、それなりに優秀だ。
アルバートならば主家の血筋の正当性というものがあるため従うだろうが、イスクラでは能力の問題となり、血筋と能力では自分の方が優秀だと主張するだろう。そうなればお家騒動まっしぐらだった。
そういった事態を避けようとした皇帝の判断は間違っていないと思うし、私的には迷惑だったが、皇帝家の血筋の妹を婚約させるというのは政略的に正しかったであろう。
皇帝の不用意な発言と、アルバートの短慮でつぶしてしまったのだが。
私はまだ皇族の姫だ。
そんな私への無礼な婚約破棄をそのまま認めれば帝国そのものの威信が傷つく。
だが、アルバートを後押ししていたのもまた皇帝だ。
ここでアルバートを見放せば皇帝の権威に傷がつく。
こうならないように、下手な言質を与えず立ち回るべきだったのが皇帝なのだ。
皇帝は、兄は既に完全な失敗をしていた。
あとはこの失敗をどこまでリカバリーできるか、という局面だが、皇帝にはそういった能力はない。
だが、ないなら周りから話を聞いて、案を出してもらえばいい。皇帝とはそれが許される立場なのだ。
そうして周囲から出された案は二つだった。
一つは帝国宰相であるサルコイ公から出された案であった。
アルバートを廃し、主席執政ロベルトをランドルフ公の後継者と認めるというそれは、進退窮まった現状では一番妥当な案であろう。
帝国の威信を守りつつ、最低限ランドルフ公側への配慮も可能である。
皇帝の権威は傷つくが、今後次第でリカバリーできる範囲である無難なものであった。
もう一つは帝国軍務卿であり、アルバートの叔父にあたるマルーン侯から出された案であった。
それは、私とアルバートが兵を率いて決闘を行い、その結果で今回の双方の是非を問うという脳筋な解決法であった。
こういった決闘自体は貴族社会的に誤りがあるわけではない。貴族とは、武力で他人を従わせる存在であり、その武力こそが貴族の格を決めるのだ。
確かにこれなら皇帝の威信も傷つかない。私が負けても私の名誉の問題に矮小化できるだろう。
だが、その結果により負けた方は強い遺恨を残しかねないリスクの非常に高い方法だった。
「皇帝陛下、まさか決闘などさせませんよね?」
「しかし……」
宰相は皇帝に諫言をし続けていた。
決闘は普通にやったら勝つのは私だ。
アルバートは女と甘く見ていたが、彼女は帝国の由来である竜の血が強く発言した存在だ。
銀髪金眼という特殊な外見は、竜の血が外見にすら表れている証であり、現に私の肉体的な能力や魔力は常人のそれとは比べ物にならない。
知力も体力もすべて負けていたアルバートが、私に劣等感を感じていたのは察していた。だからこそ穏便に婚約を終わらせようとしていたのだが……
さらに、私の旗下の近衛騎兵たちは野戦では帝国最強である。
防衛戦ならば帝都守備隊が上回るだろうが、決闘が行われる平地での戦いで負ける気がまるでしなかった。
阿呆のアルバートはそれがわかっていないだろうが、帝国の軍のトップに立つ軍務卿をしているマルーン侯は、それがわかっていないとは思えない。
にもかかわらず、決闘を提案したマルーン侯の思惑が、私にも、宰相にもわからなかった。
「陛下?」
「決闘になれば勝つのはアンジェだろう。それはマルーン侯もわかっているということだ。どうせだから、天狗になったアルバートをコテンパンにしたほうが今後にもいいと、マルーン侯は主張しているのだ。アルバートの後見人であるマルーン侯が、そう提案しているのは無碍にできない」
「アルバートが完敗してしまえば、マルーン侯の面目がないではありませんか。ロベルトは分家筋の家臣ですから、後見するものがいません。マルーン侯が続いて後見すればマルーン侯の面目が立ちます。それにマルーン侯がそんな愁傷な態度をとるとは思えません」
良くも悪くも自信家であるマルーン侯が負けを認めるような態度をとるとは、帝国宰相サルコイ公は思えなかった。
きっと何かを仕掛けてくるだろう。だからこそ、マルーン侯の策謀の余地をなくし、一方で全方向に顔を立てた案を彼は提案したのだ。
「いや、私はマルーン侯を信じる」
「陛下!!」
「下がれサルコイ公」
「……」
皇帝は結局マルーン侯の案を取り入れた。
自分の権威が傷つくのを許容できなかったのもあるだろう。
厳格なサルコイ公より豪快で快活なマルーン侯のほうを皇帝が信用していたのもあるだろう。
政治ではよくある場面の一つ。
だが、その判断の責任はすべて皇帝が背負わねばならないのを、皇帝はまだわかっていなかった。
そもそも私とアルバートの婚約は、アルバートがランドルフ公に就くための援助としても意味が非常に大きかった。
ランドルフ公には、大貴族であるマールン侯出身の正室との子である血統正しいアルバートと、流れの踊り子を母に持つイスクラの二人の子がいた。
通常ならばアルバートが跡継ぎになるのが当然だが、アルバートが知識もなければ判断力もなく美辞麗句にすぐに流されるダメすぎる男だった一方、イスクラは優秀であったのが問題の原因となった。
ランドルフ公の家臣らの一部がイスクラを推したのだ。
優秀な者をトップにつけたいという彼らの気持ちはわからないでもないが、イスクラがトップではランドルフ公家はまとまらないだろうと皇帝は考え、アルバートの援助を始めたのだ。
家臣と一言で言うが、その中には主家と同じ血を引く分家も数多い。
例えば、ランドルフ公の家臣らのトップである主席執政ロベルトは、ランドルフ公家の中では分家筋とはいえ母がサルコイ公の血筋であり、妻もレウナン伯という貴族社会的にはかなり血筋が良く、それなりに優秀だ。
アルバートならば主家の血筋の正当性というものがあるため従うだろうが、イスクラでは能力の問題となり、血筋と能力では自分の方が優秀だと主張するだろう。そうなればお家騒動まっしぐらだった。
そういった事態を避けようとした皇帝の判断は間違っていないと思うし、私的には迷惑だったが、皇帝家の血筋の妹を婚約させるというのは政略的に正しかったであろう。
皇帝の不用意な発言と、アルバートの短慮でつぶしてしまったのだが。
私はまだ皇族の姫だ。
そんな私への無礼な婚約破棄をそのまま認めれば帝国そのものの威信が傷つく。
だが、アルバートを後押ししていたのもまた皇帝だ。
ここでアルバートを見放せば皇帝の権威に傷がつく。
こうならないように、下手な言質を与えず立ち回るべきだったのが皇帝なのだ。
皇帝は、兄は既に完全な失敗をしていた。
あとはこの失敗をどこまでリカバリーできるか、という局面だが、皇帝にはそういった能力はない。
だが、ないなら周りから話を聞いて、案を出してもらえばいい。皇帝とはそれが許される立場なのだ。
そうして周囲から出された案は二つだった。
一つは帝国宰相であるサルコイ公から出された案であった。
アルバートを廃し、主席執政ロベルトをランドルフ公の後継者と認めるというそれは、進退窮まった現状では一番妥当な案であろう。
帝国の威信を守りつつ、最低限ランドルフ公側への配慮も可能である。
皇帝の権威は傷つくが、今後次第でリカバリーできる範囲である無難なものであった。
もう一つは帝国軍務卿であり、アルバートの叔父にあたるマルーン侯から出された案であった。
それは、私とアルバートが兵を率いて決闘を行い、その結果で今回の双方の是非を問うという脳筋な解決法であった。
こういった決闘自体は貴族社会的に誤りがあるわけではない。貴族とは、武力で他人を従わせる存在であり、その武力こそが貴族の格を決めるのだ。
確かにこれなら皇帝の威信も傷つかない。私が負けても私の名誉の問題に矮小化できるだろう。
だが、その結果により負けた方は強い遺恨を残しかねないリスクの非常に高い方法だった。
「皇帝陛下、まさか決闘などさせませんよね?」
「しかし……」
宰相は皇帝に諫言をし続けていた。
決闘は普通にやったら勝つのは私だ。
アルバートは女と甘く見ていたが、彼女は帝国の由来である竜の血が強く発言した存在だ。
銀髪金眼という特殊な外見は、竜の血が外見にすら表れている証であり、現に私の肉体的な能力や魔力は常人のそれとは比べ物にならない。
知力も体力もすべて負けていたアルバートが、私に劣等感を感じていたのは察していた。だからこそ穏便に婚約を終わらせようとしていたのだが……
さらに、私の旗下の近衛騎兵たちは野戦では帝国最強である。
防衛戦ならば帝都守備隊が上回るだろうが、決闘が行われる平地での戦いで負ける気がまるでしなかった。
阿呆のアルバートはそれがわかっていないだろうが、帝国の軍のトップに立つ軍務卿をしているマルーン侯は、それがわかっていないとは思えない。
にもかかわらず、決闘を提案したマルーン侯の思惑が、私にも、宰相にもわからなかった。
「陛下?」
「決闘になれば勝つのはアンジェだろう。それはマルーン侯もわかっているということだ。どうせだから、天狗になったアルバートをコテンパンにしたほうが今後にもいいと、マルーン侯は主張しているのだ。アルバートの後見人であるマルーン侯が、そう提案しているのは無碍にできない」
「アルバートが完敗してしまえば、マルーン侯の面目がないではありませんか。ロベルトは分家筋の家臣ですから、後見するものがいません。マルーン侯が続いて後見すればマルーン侯の面目が立ちます。それにマルーン侯がそんな愁傷な態度をとるとは思えません」
良くも悪くも自信家であるマルーン侯が負けを認めるような態度をとるとは、帝国宰相サルコイ公は思えなかった。
きっと何かを仕掛けてくるだろう。だからこそ、マルーン侯の策謀の余地をなくし、一方で全方向に顔を立てた案を彼は提案したのだ。
「いや、私はマルーン侯を信じる」
「陛下!!」
「下がれサルコイ公」
「……」
皇帝は結局マルーン侯の案を取り入れた。
自分の権威が傷つくのを許容できなかったのもあるだろう。
厳格なサルコイ公より豪快で快活なマルーン侯のほうを皇帝が信用していたのもあるだろう。
政治ではよくある場面の一つ。
だが、その判断の責任はすべて皇帝が背負わねばならないのを、皇帝はまだわかっていなかった。
0
あなたにおすすめの小説
巷で噂の婚約破棄を見た!
F.conoe
ファンタジー
婚約破棄をみて「きたこれ!」ってなってるメイド視点。
元ネタはテンプレだけど、なんか色々違う!
シナリオと監修が「妖精」なのでいろいろおかしいことになってるけど逆らえない人間たちのてんやわんやな話。
謎の明るい婚約破棄。ざまぁ感は薄い。
ノリで書いたのでツッコミどころは許して。
婚約者に見捨てられた悪役令嬢は世界の終わりにお茶を飲む
・めぐめぐ・
ファンタジー
魔王によって、世界が終わりを迎えるこの日。
彼女はお茶を飲みながら、青年に語る。
婚約者である王子、異世界の聖女、聖騎士とともに、魔王を倒すために旅立った魔法使いたる彼女が、悪役令嬢となるまでの物語を――
※終わりは読者の想像にお任せする形です
※頭からっぽで
正しい聖女さまのつくりかた
みるくてぃー
ファンタジー
王家で育てられた(自称)平民少女が、学園で起こすハチャメチャ学園(ラブ?)コメディ。
同じ年の第二王女をはじめ、優しい兄姉(第一王女と王子)に見守られながら成長していく。
一般常識が一切通用しない少女に友人達は振り回されてばかり、「アリスちゃんメイドを目指すのになぜダンスや淑女教育が必要なの!?」
そこには人知れず王妃と王女達によるとある計画が進められていた!
果たしてアリスは無事に立派なメイドになれるのか!? たぶん無理かなぁ……。
聖女シリーズ第一弾「正しい聖女さまのつくりかた」
婚約破棄された公爵令嬢は虐げられた国から出ていくことにしました~国から追い出されたのでよその国で竜騎士を目指します~
ヒンメル
ファンタジー
マグナス王国の公爵令嬢マチルダ・スチュアートは他国出身の母の容姿そっくりなためかこの国でうとまれ一人浮いた存在だった。
そんなマチルダが王家主催の夜会にて婚約者である王太子から婚約破棄を告げられ、国外退去を命じられる。
自分と同じ容姿を持つ者のいるであろう国に行けば、目立つこともなく、穏やかに暮らせるのではないかと思うのだった。
マチルダの母の祖国ドラガニアを目指す旅が今始まる――
※文章を書く練習をしています。誤字脱字や表現のおかしい所などがあったら優しく教えてやってください。
※第二章まで完結してます。現在、最終章をゆっくり更新中です。書くスピードが亀より遅いので、お待たせしてすみませんm(__)m
※小説家になろう様にも投稿しています。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる