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【第2章】 華麗なる社交界デビューと、愚か者たちへの断罪
第24話 忍び寄る影と、跡継ぎ問題
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お忍びデートから戻った私たちは、夢のような時間の余韻に浸っていた。
久しぶりに羽を伸ばせたおかげか、ジークハルト様の表情もここ数日で一番穏やかだ。
「……たまには、ああいう休みも悪くないな」
「はい。また行きましょうね、あなた」
リビングで紅茶を飲みながら、買ってきたお揃いの小物(ガラス細工のペアグラス)を眺めていた、その時だった。
部屋の扉がノックされ、ハンスさんが入ってきた。
しかし、その表情はいつになく硬く、どこか困惑しているように見えた。
「旦那様、奥様。……少々、厄介なお客様がお見えです」
「厄介な客? アポイントのない訪問者は追い返せと言ってあるだろう」
「それが……追い返すわけにはいかない方々でして」
ハンスさんが言い淀むと同時に、廊下の方からドタドタという複数の足音と、押し殺したような話し声が聞こえてきた。
「ここか? まったく、出迎えも寄越さんとは」
「王都に来ているなら挨拶に来るのが筋だろうに」
その声を聞いた瞬間、ジークハルト様の眉間に深い皺(しわ)が刻まれた。
部屋の空気が、スッと冷たくなる。
「……チッ。あの古狸どもか」
「ジークハルト様、どなたなのですか?」
「公爵家の分家筋にあたる連中だ。私の父の弟――つまり叔父とその息子たちだ」
説明が終わる前に、扉がバンと開かれた。
入ってきたのは、立派な髭を蓄えた初老の男性と、その背後に控える数人の男たちだった。
彼らは高価そうな服を着てはいるが、その目は値踏みするように室内を見回し、最後に私を見て鼻を鳴らした。
「久しいな、ジークハルト。王都に来ていると聞いて駆けつけたというのに、随分な歓迎ぶりではないか」
「……帰れ、ヴィルヘルム叔父上。私は休暇中だ。貴殿らの相手をする暇はない」
ジークハルト様が冷たく言い放つが、叔父と呼ばれた男――ヴィルヘルムは動じなかった。
それどころか、厚かましくもソファの対面にドカと腰を下ろした。
「そう邪険にするな。今日は大事な話があって来たのだ。……公爵家の未来に関わる、な」
「未来だと?」
「単刀直入に言おう。『跡継ぎ』のことだ」
その言葉に、私の心臓がドクンと跳ねた。
ヴィルヘルムは、私をジロリと睨みつけた。
「その女……男爵家の娘を妻にしたそうだな。社交界では『美のカリスマ』だなんだと持て囃(はや)されているようだが、我々親族会は認めておらんぞ」
「叔父上が認めようが認めまいが関係ない。エリスは私の正式な妻だ」
「ふん。だが、子供はどうなのだ?」
ヴィルヘルムは意地悪く口角を上げた。
「結婚して数ヶ月。まだ懐妊の兆候はないと聞く。……まあ、無理もない話だ。お前のその『呪われた魔力』に耐えられる胎児など、そうそう育つまい」
「……ッ」
ジークハルト様が言葉を詰まらせた。
それは、彼が一番気にしていることだったのかもしれない。
歴代の公爵家当主は、その強すぎる魔力ゆえに短命であったり、子宝に恵まれにくかったりする歴史があるという。
「そこでだ、ジークハルト。我々親族会で話し合った結果、提案がある」
ヴィルヘルムは背後に控えていた青年――彼の息子を前に押し出した。
「私の孫を、お前の養子に迎えろ」
「は……?」
「この子は魔力も安定しているし、血筋も確かだ。身分の低い、しかも子供が産めるかも分からん女に執着して公爵家を断絶させるより、よほど賢明な判断だとは思わんか?」
要するに、公爵家を乗っ取りたいのだ。
「跡継ぎがいない」ことを口実に、自分たちの息のかかった人間を次期公爵に据えようとしている。あまりに露骨な野心。
「……ふざけるな」
ジークハルト様の声が、地を這うように響いた。
パキパキパキ……。
テーブルの上のティーカップが凍りつき、ピキリとヒビが入る。
「私の跡継ぎは、私が愛した妻――エリスとの子だけだ。どこの馬の骨とも知れん……いや、叔父上の血を引くような強欲な男を養子にするつもりは毛頭ない」
「なっ、なんだと!? 馬の骨とは失敬な!」
「失せろと言っている。……これ以上、私の妻の前で不快な妄言を吐くなら、この部屋ごと氷漬けにしてやるぞ」
ジークハルト様から放たれる殺気は凄まじかった。
本気の「氷の公爵」の威圧に、ヴィルヘルムたちは顔を青くして震え上がった。
「くっ……! 後悔するぞ、ジークハルト! その女の体がお前の魔力に耐えきれず、母子ともに不幸な結末を迎えても知らんからな!」
捨て台詞を吐いて、彼らは逃げるように部屋を出て行った。
嵐のような騒動が去り、部屋に静寂が戻る。
けれど、彼らが残した言葉の毒は、重く空気中に漂っていた。
「……すまない、エリス。不快な思いをさせた」
ジークハルト様が、申し訳なさそうに私を見た。
彼の魔力はまだ少し荒れていて、部屋の温度は下がったままだ。
「いいえ、私は大丈夫です。……でも」
私は、自分の下腹部にそっと手を当てた。
「あの方の言ったこと……本当なのですか? あなたの魔力が強すぎて、子供ができにくいというのは」
「……否定はできん」
彼は苦渋の表情で視線を逸らした。
「私の魔力は、触れるもの全てを凍らせるほど強い。私の血を引く子供は、胎内にいる時からその影響を受ける可能性がある。……母体にかかる負担も計り知れない」
彼は拳を握りしめ、絞り出すように言った。
「私は、お前を危険な目に遭わせたくない。もし、子供を作ることでお前の命が脅かされるなら……私は、跡継ぎなどいらない」
「ジークハルト様……」
それは、彼なりの深い愛情だった。
公爵家の存続よりも、私の命を優先してくれる。その気持ちは嬉しかった。
けれど、同時に胸が痛んだ。
彼は自分の血を「呪い」だと思っている。自分の子供を望むことさえ、罪だと思っているのだ。
(そんなの、悲しすぎるわ)
私は知っている。彼がどれほど子供好きか。
領地の孤児院を慰問した時、子供たちに向ける眼差しがどれほど優しかったか。
それに、私の体質――「魔力中和」のことを忘れているのだろうか。
「……ジークハルト様」
私は立ち上がり、彼の冷え切った拳を両手で包み込んだ。
私の掌から温かい光が溢れ、彼の強張った指を解(ほぐ)していく。
「忘れないでください。私は、あなたの氷を溶かせる唯一の存在です」
「エリス?」
「あなたの魔力がどれだけ強くても、私が中和してみせます。……私なら、大丈夫です」
私は真っ直ぐに彼を見つめて伝えた。
「私は、あなたの子供が欲しいです。公爵家のためとか、跡継ぎのためじゃありません。愛するあなたとの結晶を、この腕に抱きたいんです」
「……エリス」
彼の瞳が揺れた。
恐怖と、期待と、愛しさが混ざり合った複雑な色。
「……だが、もしものことがあったら」
「信じてください。私の強さと、私たちの愛を」
私が微笑むと、彼は長い迷いの末に、強く私を抱きしめた。
「……ああ。お前は本当に、強いな」
「あなたのおかげで強くなれましたから」
その夜、私たちは祈るように愛し合った。
親族たちの心無い言葉は、逆に私たちの絆を深める結果となった。
しかし、問題が解決したわけではない。
「魔力過多の子供」を安全に産む方法、そして親族会からの執拗な干渉。
公爵家にはまだ、乗り越えなければならない壁が残されていた。
――そして数週間後。
私の体に、ある「変化」が訪れることになる。
久しぶりに羽を伸ばせたおかげか、ジークハルト様の表情もここ数日で一番穏やかだ。
「……たまには、ああいう休みも悪くないな」
「はい。また行きましょうね、あなた」
リビングで紅茶を飲みながら、買ってきたお揃いの小物(ガラス細工のペアグラス)を眺めていた、その時だった。
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しかし、その表情はいつになく硬く、どこか困惑しているように見えた。
「旦那様、奥様。……少々、厄介なお客様がお見えです」
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「ここか? まったく、出迎えも寄越さんとは」
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その声を聞いた瞬間、ジークハルト様の眉間に深い皺(しわ)が刻まれた。
部屋の空気が、スッと冷たくなる。
「……チッ。あの古狸どもか」
「ジークハルト様、どなたなのですか?」
「公爵家の分家筋にあたる連中だ。私の父の弟――つまり叔父とその息子たちだ」
説明が終わる前に、扉がバンと開かれた。
入ってきたのは、立派な髭を蓄えた初老の男性と、その背後に控える数人の男たちだった。
彼らは高価そうな服を着てはいるが、その目は値踏みするように室内を見回し、最後に私を見て鼻を鳴らした。
「久しいな、ジークハルト。王都に来ていると聞いて駆けつけたというのに、随分な歓迎ぶりではないか」
「……帰れ、ヴィルヘルム叔父上。私は休暇中だ。貴殿らの相手をする暇はない」
ジークハルト様が冷たく言い放つが、叔父と呼ばれた男――ヴィルヘルムは動じなかった。
それどころか、厚かましくもソファの対面にドカと腰を下ろした。
「そう邪険にするな。今日は大事な話があって来たのだ。……公爵家の未来に関わる、な」
「未来だと?」
「単刀直入に言おう。『跡継ぎ』のことだ」
その言葉に、私の心臓がドクンと跳ねた。
ヴィルヘルムは、私をジロリと睨みつけた。
「その女……男爵家の娘を妻にしたそうだな。社交界では『美のカリスマ』だなんだと持て囃(はや)されているようだが、我々親族会は認めておらんぞ」
「叔父上が認めようが認めまいが関係ない。エリスは私の正式な妻だ」
「ふん。だが、子供はどうなのだ?」
ヴィルヘルムは意地悪く口角を上げた。
「結婚して数ヶ月。まだ懐妊の兆候はないと聞く。……まあ、無理もない話だ。お前のその『呪われた魔力』に耐えられる胎児など、そうそう育つまい」
「……ッ」
ジークハルト様が言葉を詰まらせた。
それは、彼が一番気にしていることだったのかもしれない。
歴代の公爵家当主は、その強すぎる魔力ゆえに短命であったり、子宝に恵まれにくかったりする歴史があるという。
「そこでだ、ジークハルト。我々親族会で話し合った結果、提案がある」
ヴィルヘルムは背後に控えていた青年――彼の息子を前に押し出した。
「私の孫を、お前の養子に迎えろ」
「は……?」
「この子は魔力も安定しているし、血筋も確かだ。身分の低い、しかも子供が産めるかも分からん女に執着して公爵家を断絶させるより、よほど賢明な判断だとは思わんか?」
要するに、公爵家を乗っ取りたいのだ。
「跡継ぎがいない」ことを口実に、自分たちの息のかかった人間を次期公爵に据えようとしている。あまりに露骨な野心。
「……ふざけるな」
ジークハルト様の声が、地を這うように響いた。
パキパキパキ……。
テーブルの上のティーカップが凍りつき、ピキリとヒビが入る。
「私の跡継ぎは、私が愛した妻――エリスとの子だけだ。どこの馬の骨とも知れん……いや、叔父上の血を引くような強欲な男を養子にするつもりは毛頭ない」
「なっ、なんだと!? 馬の骨とは失敬な!」
「失せろと言っている。……これ以上、私の妻の前で不快な妄言を吐くなら、この部屋ごと氷漬けにしてやるぞ」
ジークハルト様から放たれる殺気は凄まじかった。
本気の「氷の公爵」の威圧に、ヴィルヘルムたちは顔を青くして震え上がった。
「くっ……! 後悔するぞ、ジークハルト! その女の体がお前の魔力に耐えきれず、母子ともに不幸な結末を迎えても知らんからな!」
捨て台詞を吐いて、彼らは逃げるように部屋を出て行った。
嵐のような騒動が去り、部屋に静寂が戻る。
けれど、彼らが残した言葉の毒は、重く空気中に漂っていた。
「……すまない、エリス。不快な思いをさせた」
ジークハルト様が、申し訳なさそうに私を見た。
彼の魔力はまだ少し荒れていて、部屋の温度は下がったままだ。
「いいえ、私は大丈夫です。……でも」
私は、自分の下腹部にそっと手を当てた。
「あの方の言ったこと……本当なのですか? あなたの魔力が強すぎて、子供ができにくいというのは」
「……否定はできん」
彼は苦渋の表情で視線を逸らした。
「私の魔力は、触れるもの全てを凍らせるほど強い。私の血を引く子供は、胎内にいる時からその影響を受ける可能性がある。……母体にかかる負担も計り知れない」
彼は拳を握りしめ、絞り出すように言った。
「私は、お前を危険な目に遭わせたくない。もし、子供を作ることでお前の命が脅かされるなら……私は、跡継ぎなどいらない」
「ジークハルト様……」
それは、彼なりの深い愛情だった。
公爵家の存続よりも、私の命を優先してくれる。その気持ちは嬉しかった。
けれど、同時に胸が痛んだ。
彼は自分の血を「呪い」だと思っている。自分の子供を望むことさえ、罪だと思っているのだ。
(そんなの、悲しすぎるわ)
私は知っている。彼がどれほど子供好きか。
領地の孤児院を慰問した時、子供たちに向ける眼差しがどれほど優しかったか。
それに、私の体質――「魔力中和」のことを忘れているのだろうか。
「……ジークハルト様」
私は立ち上がり、彼の冷え切った拳を両手で包み込んだ。
私の掌から温かい光が溢れ、彼の強張った指を解(ほぐ)していく。
「忘れないでください。私は、あなたの氷を溶かせる唯一の存在です」
「エリス?」
「あなたの魔力がどれだけ強くても、私が中和してみせます。……私なら、大丈夫です」
私は真っ直ぐに彼を見つめて伝えた。
「私は、あなたの子供が欲しいです。公爵家のためとか、跡継ぎのためじゃありません。愛するあなたとの結晶を、この腕に抱きたいんです」
「……エリス」
彼の瞳が揺れた。
恐怖と、期待と、愛しさが混ざり合った複雑な色。
「……だが、もしものことがあったら」
「信じてください。私の強さと、私たちの愛を」
私が微笑むと、彼は長い迷いの末に、強く私を抱きしめた。
「……ああ。お前は本当に、強いな」
「あなたのおかげで強くなれましたから」
その夜、私たちは祈るように愛し合った。
親族たちの心無い言葉は、逆に私たちの絆を深める結果となった。
しかし、問題が解決したわけではない。
「魔力過多の子供」を安全に産む方法、そして親族会からの執拗な干渉。
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