クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました

岩永みやび

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「殿下の婚約者に手を出したそうだな」

 入室するなり、こちらを鋭く睨みつけてくる兄ディックは、ゆったりと腕を組む。

 公爵家の長男であり、近々父上の跡を継ぐことが決まっている三つ上の兄は、今が大事な時期である。ここで面倒事を起こすわけにはいかないのだろう。ここ最近、俺のことをずっと監視している。

 なんでも弟である俺が、余計なことをしないかと目を光らせているらしい。まったくもって余計なお世話である。兄の中では、弟である俺が余計なこととやらをしでかして跡継ぎ云々の話が先延ばしになるという最悪のシナリオが思い描かれているらしい。

 普段は俺とろくに会話もしないくせに。こういう時だけ素早く呼び出しをかけてくる兄に辟易としてしまう。思わず溢れそうになる舌打ちを懸命に堪えて、なんとか真面目な顔を作っておく。

 兄の部屋に呼ばれた時から、嫌な予感はしていた。

 数日前のことである。
 街中で見かけためっちゃ美人に声をかけた。色白、細身でお淑やか。高嶺の花を絵に描いたような美しい女であった。護衛と思われる屈強な男共を引き連れていたので、平民ではないことはわかっていた。

 しかし俺も公爵家の次男である。おまけにうちは、現在の国王陛下一族と遠縁ながら血が繋がっている。要するに王族の親戚。国においても、それなりの地位を有していた。相手が貴族のご令嬢だろうと、遠慮するような理由はなかったのだ。

 それにご令嬢の方もなんだか積極的だった。護衛の男たちを気にもせず、そっと目を伏せて、縋るように腕を絡められれば、コロッといっちゃうというものである。

 そのまま適当な宿に連れ込んで、一晩を共にした。「おやめください」と、騎士らしき男に声をかけられた気もするが、まるっと無視した。後から考えれば、あの男たちは近衛兵ではなかったか。

 ベッドの中。隣に寝そべる美しいご令嬢。どこかで見たことのある顔だなぁなどと呑気に思いながらも、その時は深くは考えなかった。

 あっと思ったのは帰宅後である。

 あの淑女は、第一王子の婚約者ではなかったか。一度だけ挨拶したことがあるようなないような。
 しかしお互いにいい歳である。一夜の過ちってことで有耶無耶にしよう。そう決意していたのだが、どこからか情報が漏れたらしい。考えるまでもない。あの女の周りにいた近衛兵たちがポロッと口を滑らせたに決まっている。クソが。

 こちらを睨みつけてくる兄と、真正面から対峙する。

「いいか、ウィル。別に私も、おまえのことを疑っているわけではない」

 ひと言ひと言をゆっくりと紡ぐ兄は、到底俺のことを信じてはいなかった。態度で丸わかりである。ものすごく疑われている。

「おまえももう十八だろ? 成人したんだから、それらしい振る舞いをしてほしい」
「はいはい」
「はいは一回だ」

 チッと舌打ちする。
 兄の眉間に、グッと皺が寄る。

「で? 正直に言ってみろ。手を出したのか?」
「出してはいないです」
「本当に?」

 疑いの目を向けられて、ふいと顔を逸らす。

「ちょっとだけ」
「ちょっとだけ、なんだ? 出したのか?」
「……まぁ、その。言ってもあれですよ。一晩一緒に寝ただけです」
「ガッツリ出してるな。ふざけるなよ」

 ひくりと口元を引き攣らせる兄は、顔を覆ってしまう。そのまま微動だにしない兄の相手は、時間の無駄だと判断した。

「……もう帰ってもいいですか?」
「いいわけないだろ。どうするんだ、これ」

 俺に訊かれても。
 正直、俺にほいほいついて来たあのご令嬢だってどうかしている。あの近衛兵たちだって。いくら俺が公爵家の令息だとしても、ひと言くらい苦言を呈してくれてもよかったのに。

 まぁ、要するに俺だけのせいではないはずだ。その旨を兄にも伝えてみるが「いや全面的におまえが悪いだろ」との発言が返ってくる。

 その言葉に、やれやれと息を吐く。なにやら察してほしいオーラ全開の兄を見据えて、ガシガシと頭を掻いた。

「わかりましたよ。殿下に謝ってくればいいんでしょ」
「謝罪はしてほしいが、くれぐれも火に油は注ぐなよ」
「殿下、キレやすいですからね」
「あれは殿下が短気なわけではなく。おまえが余計なことを言うからだろう」
「は? 俺がいつ余計なことなんて言いましたよ。大体、よく知りもしない男にほいほいついて来たあの女だっておかしいでしょ。殿下が不甲斐ないせいでは?」

 強気に言い返せば、兄がひくりと頬を引き攣らせた。

「いいか、ウィル。おまえは殿下に謝罪に行くんだからな。喧嘩を売りに行けとは言っていないからな」
「だから。わかっていますよ!」

 本当かよ、と小さく呟く兄は、「くれぐれも喧嘩だけはするなよ」と、変な念押しをしてきた。
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