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5 新しい生活
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『むむむっ』
目の前の花壇にちょびっと生えている緑色の草。迷った末に、はむっと食べてみた。むしゃむしゃ咀嚼するが、あんまり美味しくはない。
いや、美味しくないどころか不味いな。なんなら苦いし、変なえぐみがある。
ぺへっと吐き出せば、「え? なにをしているんですか」という酷く困惑した声が降ってきた。眉間に皺を寄せたフロイドが、化け物でも見たような顔で俺を見下ろしていた。
『猫草。食べてみたけど美味しくないな』
「いや猫草って。それは単なる雑草ですけど」
『なんだと』
どうりで不味いはずである。おのれ、雑草め。俺を騙しやがって。猫パンチならぬ犬パンチをお見舞いしてやる。
「あとなんで犬になったのに猫草食べようとしているんですか」
『犬も猫も似たようなもんだろ』
「もはやどこからツッコめばいいのやら」
はぁっとため息をつくフロイドは、先程からずっと「どうしよう」と呟いている。
ディック兄上に叱られると絶望しているらしい。だがあの兄は、結構適当なところがある。俺が犬になったと知っても「そうか」で終わらせる可能性もある。
「そんなわけないですよ。絶対に文句言われる」
『どんまい』
「言っておきますけど、叱られるのはウィル様も一緒ですからね」
『なんでだよ。俺は関係ないだろ』
「一番関係ある人がなにを言っているんですか」
もう嫌だ、と顔を覆ってしまうフロイドを放置して、王宮の庭園を散歩する。人間姿で散歩した時には、なんの面白味もない庭園だったが、犬姿の今は全てが楽しい。
物が全部大きく見えるのだ。小人になった気分ですげぇ楽しい。テンション上がるままに、花壇に頭を突っ込んで前足で土を掘り返す。慌てたフロイドに抱き上げられたが、お構いなしに前足をせっせと動かしておく。
「リードをつけたい」
物騒な呟きが耳に入って、ぴたりと足を止めた。首輪なんてごめんである。仕方がない。少しの間くらいおとなしくしておいてやろう。
フロイドに抱えられたまま、馬車に乗り込む。揺れる車内で、俺は出鱈目に走り回る。フロイドの目が若干死んでいた。
そうして屋敷に戻った俺は、口をあんぐりと開けるディック兄上と対面させられた。
「え、は。な」
『言葉を忘れたのか? 犬になった俺よりも会話が下手くそだな』
へっと笑えば、兄が勢いよく立ち上がった。
「なんだそれは!」
「ウィル様です」
死んだ目をしたまま淡々と答えるフロイドは、なんかもう諦めモードだった。俺が逃げ出さないようにと、しっかり抱っこしている。
ものすごく走り出したい気分の俺は、フロイドに抱えられたまま足をシャカシャカ動かす。フロイドの腕に力がこもる。おろせよ。
聖女の力云々を含めて、おおまかな事情を説明してみせたフロイドに、兄は信じられないと口元を引き攣らせている。
「ウィル。おまえは殿下に謝罪をしに行ったんだよな」
『ちゃんと謝罪してきた。自分の言葉で謝った』
兄上が用意した謝罪文は使わなかったと告げれば、兄上が露骨に嫌な顔をする。「あれは謝罪と言えるんですか?」と、フロイドが余計なことを口走っている。なんでだよ。ちゃんと殿下の要望通りに己の言葉で謝罪しただろうがよ。
「謝罪したのに、なんで犬になって帰ってくるんだ」
『聖女様のご乱心のせい』
「いや、ウィル様の不誠実な態度が原因かと」
『フロイド、うるさい』
すべてを俺のせいにしてこようとするフロイドを黙らせて、前足を素早く動かす。おろせアピールをするのだが、フロイドは一向に俺を解放してくれない。
好きな人とキスすれば元に戻れるという説明を聞いた兄が、額を押さえて絶望している。
「ウィルの好きな人」
誰がいたっけ? と虚な目で考え込む兄は、とても疲れているみたいだった。単純に仕事のしすぎだと思う。
『俺、可愛い女の子が好き』
尻尾を振って存在を主張するが、兄とフロイドは俺そっちのけで話を進めてしまう。いわく、俺が人間姿に戻るのにはまだ時間がかかりそうなので、しばらくは屋敷内で大人しくさせておこうと。
勝手に俺の今後を決めないでほしい。好きな人とキスすればいいんだろ。そんなの簡単だ。
『俺、カルロッタ嬢のこと結構すき』
「おい、フロイド。そいつを黙らせろ」
ピシャリと言い放つ兄に、フロイドが慌てて俺の口を塞ぎにくる。
『虐待だ。こんなのいじめだ!』
「ちょっと黙ってくださいよ」
こんなにくりっとしたおめめに、もっふもふの毛、小さい体にぷにぷにの肉球。可愛い要素しかない俺相手に、よくもそんなに非道なことができるな。
『こんなに可愛い俺をいじめるなんて。正気か?』
ふるふると体を揺らしてやれば、フロイドが怯むように一瞬だけ手を止めた。どうやら可愛いの魅力には勝てないらしい。ちょろいな。
目の前の花壇にちょびっと生えている緑色の草。迷った末に、はむっと食べてみた。むしゃむしゃ咀嚼するが、あんまり美味しくはない。
いや、美味しくないどころか不味いな。なんなら苦いし、変なえぐみがある。
ぺへっと吐き出せば、「え? なにをしているんですか」という酷く困惑した声が降ってきた。眉間に皺を寄せたフロイドが、化け物でも見たような顔で俺を見下ろしていた。
『猫草。食べてみたけど美味しくないな』
「いや猫草って。それは単なる雑草ですけど」
『なんだと』
どうりで不味いはずである。おのれ、雑草め。俺を騙しやがって。猫パンチならぬ犬パンチをお見舞いしてやる。
「あとなんで犬になったのに猫草食べようとしているんですか」
『犬も猫も似たようなもんだろ』
「もはやどこからツッコめばいいのやら」
はぁっとため息をつくフロイドは、先程からずっと「どうしよう」と呟いている。
ディック兄上に叱られると絶望しているらしい。だがあの兄は、結構適当なところがある。俺が犬になったと知っても「そうか」で終わらせる可能性もある。
「そんなわけないですよ。絶対に文句言われる」
『どんまい』
「言っておきますけど、叱られるのはウィル様も一緒ですからね」
『なんでだよ。俺は関係ないだろ』
「一番関係ある人がなにを言っているんですか」
もう嫌だ、と顔を覆ってしまうフロイドを放置して、王宮の庭園を散歩する。人間姿で散歩した時には、なんの面白味もない庭園だったが、犬姿の今は全てが楽しい。
物が全部大きく見えるのだ。小人になった気分ですげぇ楽しい。テンション上がるままに、花壇に頭を突っ込んで前足で土を掘り返す。慌てたフロイドに抱き上げられたが、お構いなしに前足をせっせと動かしておく。
「リードをつけたい」
物騒な呟きが耳に入って、ぴたりと足を止めた。首輪なんてごめんである。仕方がない。少しの間くらいおとなしくしておいてやろう。
フロイドに抱えられたまま、馬車に乗り込む。揺れる車内で、俺は出鱈目に走り回る。フロイドの目が若干死んでいた。
そうして屋敷に戻った俺は、口をあんぐりと開けるディック兄上と対面させられた。
「え、は。な」
『言葉を忘れたのか? 犬になった俺よりも会話が下手くそだな』
へっと笑えば、兄が勢いよく立ち上がった。
「なんだそれは!」
「ウィル様です」
死んだ目をしたまま淡々と答えるフロイドは、なんかもう諦めモードだった。俺が逃げ出さないようにと、しっかり抱っこしている。
ものすごく走り出したい気分の俺は、フロイドに抱えられたまま足をシャカシャカ動かす。フロイドの腕に力がこもる。おろせよ。
聖女の力云々を含めて、おおまかな事情を説明してみせたフロイドに、兄は信じられないと口元を引き攣らせている。
「ウィル。おまえは殿下に謝罪をしに行ったんだよな」
『ちゃんと謝罪してきた。自分の言葉で謝った』
兄上が用意した謝罪文は使わなかったと告げれば、兄上が露骨に嫌な顔をする。「あれは謝罪と言えるんですか?」と、フロイドが余計なことを口走っている。なんでだよ。ちゃんと殿下の要望通りに己の言葉で謝罪しただろうがよ。
「謝罪したのに、なんで犬になって帰ってくるんだ」
『聖女様のご乱心のせい』
「いや、ウィル様の不誠実な態度が原因かと」
『フロイド、うるさい』
すべてを俺のせいにしてこようとするフロイドを黙らせて、前足を素早く動かす。おろせアピールをするのだが、フロイドは一向に俺を解放してくれない。
好きな人とキスすれば元に戻れるという説明を聞いた兄が、額を押さえて絶望している。
「ウィルの好きな人」
誰がいたっけ? と虚な目で考え込む兄は、とても疲れているみたいだった。単純に仕事のしすぎだと思う。
『俺、可愛い女の子が好き』
尻尾を振って存在を主張するが、兄とフロイドは俺そっちのけで話を進めてしまう。いわく、俺が人間姿に戻るのにはまだ時間がかかりそうなので、しばらくは屋敷内で大人しくさせておこうと。
勝手に俺の今後を決めないでほしい。好きな人とキスすればいいんだろ。そんなの簡単だ。
『俺、カルロッタ嬢のこと結構すき』
「おい、フロイド。そいつを黙らせろ」
ピシャリと言い放つ兄に、フロイドが慌てて俺の口を塞ぎにくる。
『虐待だ。こんなのいじめだ!』
「ちょっと黙ってくださいよ」
こんなにくりっとしたおめめに、もっふもふの毛、小さい体にぷにぷにの肉球。可愛い要素しかない俺相手に、よくもそんなに非道なことができるな。
『こんなに可愛い俺をいじめるなんて。正気か?』
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