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6 不服
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『どうしてこんなに可愛い俺を相手に、そんなことができるんだ』
うるうるとした目で見上げれば、フロイドがぐっと息を詰まらせる。その手に握られた赤い首輪を、どうにか手放してほしい。
懸命に可愛こぶる俺は、短い前足でフロイドの足をちょいちょいと触る。
「いや、ですが。野良犬と間違えられても困りますし」
『首輪は嫌だ。なんか人間として終わった気分になる』
「今は犬じゃないですか。これくらい我慢してくださいよ」
『おまえは俺に首輪をつけてどうするつもりだ! そういうプレイか!? そういう趣味だったのか!?』
「誤解を生むような発言は控えてください」
すっと目を細めたフロイドが、俺へと手を伸ばしてくる。これはいけない。このままではペットっぽくなってしまう。俺の威厳が。
急いで逃げようとするが、床が滑る。カシャカシャ音を立てて大暴れする俺に怯むことなく、フロイドはさっと俺を抱き上げてしまう。
『カーペットを敷くべきだ』
「検討します」
俺の自室には柔らかいカーペットが敷かれているが、廊下は滑る。すごく滑る。床がつるつるだ。使用人が隅から隅までピカピカにするから。余計に滑る。おかげでろくに走ることができない。
『あー! 俺はおまえのペットじゃないぞ!』
「はいはい」
適当に頷きながら俺を押さえつけてくるフロイドは、手際良く首輪を装着してくる。
『あー!』
前足で首輪を外そうと奮闘するが、うまくいかない。細かい動きができないのが、すごく不便だ。
『フロイドめ。クビにしてやる』
「私の雇い主はダリス殿下であることをお忘れなく」
『ちくしょう』
そういえば、こいつは王立騎士団所属だった。俺が勝手に解雇しないようにと、兄とダリス殿下が話し合った結果である。まったく余計なことをする。
ふるふると頭を左右に振ってみるが、首輪はとれない。なんだこれ。屈辱だ。
前足で必死に首輪を触る俺を、フロイドは遠慮なく抱き上げてくる。そのまま自室に連行された。カーペットの上にそっと下ろされたので、勢いよく走っておく。
大袈裟に汗を拭うフロイドは、疲れた様子だ。
彼は、今まで同様に俺の護衛を務めている。俺が犬になってしまった件は、今のところは極秘扱いだ。いらん混乱を招くからな。
なので、俺のことはごく限られた人物にしか知らされていない。そういうことなので、俺の世話は自然とフロイドが担うことになった。不服である。せっかく犬になったのに。俺は可愛い女の子にちやほやされたい。
「あまり人前で喋らないでくださいよ」
『なんで』
「普通の犬ではないとわかれば、騒ぎになります」
『はいはい』
「本当にわかっていますか?」
怖い顔で念押ししてくるフロイドを適当の流して、ごろりと横になる。人間だった頃は、勉強しろだの仕事をしろだの口うるさく言われていた。
それが今はどうだ。
ごろごろしていても、誰も何も言わない。可愛いと褒められるだけである。すごくハッピー。
にこにこする俺とは対照的に、フロイドは絶望したようなオーラを纏っている。あの後、俺から目を離すなとディック兄上から散々に言われたらしい。青い顔ではいはい頷くフロイドの姿が容易に想像できてしまう。
フロイドは俺に対して強気な態度であるが、兄上や殿下を前にすると途端に物分かりが良くなる。俺だって公爵家の次男なのに。俺の扱いだけがすごく雑。
屋敷の外に出るなと言われた以上、俺にできることは屋敷内でゴロゴロすることだけ。人目を気にせずダラッと寝転んでいれば、兄上がやって来た。普段は俺を呼び出す兄である。俺の自室に足を運ぶなんて珍しい。なんの用だと寝転んだままに見上げれば、「なんだそのだらしない格好は」と睨まれてしまった。
仕方がないので、身を起こしてぺたんと座っておく。兄上は口うるさいので。余計な小言をもらうのはごめんだ。
『なんの用だ。俺が可愛いから見に来たのか?』
「おまえには悩みというものがないのか?」
相変わらず失礼な兄上は、「少しは真面目に考えたらどうなんだ」と怖い顔をする。
真面目に考えるって何を?
首を捻る俺に、兄上は「元に戻る方法だ」と強気に言葉を重ねてくる。
『あぁ、はいはい。元に戻るあれねぇ』
なんだっけ。なんか好きな人とキスしろとか言われた気がする。
しかし犬生活が思いの外楽しい俺は、あまりやる気が出ない。だって犬だぞ。ゴロゴロしているだけで褒められる。このまま可愛い女の子に囲まれてちやほやされる人生もいいかもしれない。
だらっと再び寝転べば、兄上が眉を吊り上げる。
「もう一度殿下に謝罪してこい」
『なんでぇ?』
「それしか元に戻る方法はないだろう」
『俺を犬にしたのは殿下じゃなくて聖女だけどな』
だが、聖女がこんなことをしたのは俺が殿下に不誠実だったからだ。だからまずは殿下に真摯な謝罪をしてこいと口うるさい兄上に、正直なところげんなりとした気分になる。
『俺、別にこの姿で不都合なんてないしぃ』
「おい、ウィル」
低い声を出す兄上は、間違いなくキレていた。その様子を見ていたフロイドが慌てて頭を下げている。
「いいから行ってこい。何度も言わせるな」
『……はーい』
こっそりと拳を握る物騒な兄上に、俺は仕方がなく頷いておいた。
うるうるとした目で見上げれば、フロイドがぐっと息を詰まらせる。その手に握られた赤い首輪を、どうにか手放してほしい。
懸命に可愛こぶる俺は、短い前足でフロイドの足をちょいちょいと触る。
「いや、ですが。野良犬と間違えられても困りますし」
『首輪は嫌だ。なんか人間として終わった気分になる』
「今は犬じゃないですか。これくらい我慢してくださいよ」
『おまえは俺に首輪をつけてどうするつもりだ! そういうプレイか!? そういう趣味だったのか!?』
「誤解を生むような発言は控えてください」
すっと目を細めたフロイドが、俺へと手を伸ばしてくる。これはいけない。このままではペットっぽくなってしまう。俺の威厳が。
急いで逃げようとするが、床が滑る。カシャカシャ音を立てて大暴れする俺に怯むことなく、フロイドはさっと俺を抱き上げてしまう。
『カーペットを敷くべきだ』
「検討します」
俺の自室には柔らかいカーペットが敷かれているが、廊下は滑る。すごく滑る。床がつるつるだ。使用人が隅から隅までピカピカにするから。余計に滑る。おかげでろくに走ることができない。
『あー! 俺はおまえのペットじゃないぞ!』
「はいはい」
適当に頷きながら俺を押さえつけてくるフロイドは、手際良く首輪を装着してくる。
『あー!』
前足で首輪を外そうと奮闘するが、うまくいかない。細かい動きができないのが、すごく不便だ。
『フロイドめ。クビにしてやる』
「私の雇い主はダリス殿下であることをお忘れなく」
『ちくしょう』
そういえば、こいつは王立騎士団所属だった。俺が勝手に解雇しないようにと、兄とダリス殿下が話し合った結果である。まったく余計なことをする。
ふるふると頭を左右に振ってみるが、首輪はとれない。なんだこれ。屈辱だ。
前足で必死に首輪を触る俺を、フロイドは遠慮なく抱き上げてくる。そのまま自室に連行された。カーペットの上にそっと下ろされたので、勢いよく走っておく。
大袈裟に汗を拭うフロイドは、疲れた様子だ。
彼は、今まで同様に俺の護衛を務めている。俺が犬になってしまった件は、今のところは極秘扱いだ。いらん混乱を招くからな。
なので、俺のことはごく限られた人物にしか知らされていない。そういうことなので、俺の世話は自然とフロイドが担うことになった。不服である。せっかく犬になったのに。俺は可愛い女の子にちやほやされたい。
「あまり人前で喋らないでくださいよ」
『なんで』
「普通の犬ではないとわかれば、騒ぎになります」
『はいはい』
「本当にわかっていますか?」
怖い顔で念押ししてくるフロイドを適当の流して、ごろりと横になる。人間だった頃は、勉強しろだの仕事をしろだの口うるさく言われていた。
それが今はどうだ。
ごろごろしていても、誰も何も言わない。可愛いと褒められるだけである。すごくハッピー。
にこにこする俺とは対照的に、フロイドは絶望したようなオーラを纏っている。あの後、俺から目を離すなとディック兄上から散々に言われたらしい。青い顔ではいはい頷くフロイドの姿が容易に想像できてしまう。
フロイドは俺に対して強気な態度であるが、兄上や殿下を前にすると途端に物分かりが良くなる。俺だって公爵家の次男なのに。俺の扱いだけがすごく雑。
屋敷の外に出るなと言われた以上、俺にできることは屋敷内でゴロゴロすることだけ。人目を気にせずダラッと寝転んでいれば、兄上がやって来た。普段は俺を呼び出す兄である。俺の自室に足を運ぶなんて珍しい。なんの用だと寝転んだままに見上げれば、「なんだそのだらしない格好は」と睨まれてしまった。
仕方がないので、身を起こしてぺたんと座っておく。兄上は口うるさいので。余計な小言をもらうのはごめんだ。
『なんの用だ。俺が可愛いから見に来たのか?』
「おまえには悩みというものがないのか?」
相変わらず失礼な兄上は、「少しは真面目に考えたらどうなんだ」と怖い顔をする。
真面目に考えるって何を?
首を捻る俺に、兄上は「元に戻る方法だ」と強気に言葉を重ねてくる。
『あぁ、はいはい。元に戻るあれねぇ』
なんだっけ。なんか好きな人とキスしろとか言われた気がする。
しかし犬生活が思いの外楽しい俺は、あまりやる気が出ない。だって犬だぞ。ゴロゴロしているだけで褒められる。このまま可愛い女の子に囲まれてちやほやされる人生もいいかもしれない。
だらっと再び寝転べば、兄上が眉を吊り上げる。
「もう一度殿下に謝罪してこい」
『なんでぇ?』
「それしか元に戻る方法はないだろう」
『俺を犬にしたのは殿下じゃなくて聖女だけどな』
だが、聖女がこんなことをしたのは俺が殿下に不誠実だったからだ。だからまずは殿下に真摯な謝罪をしてこいと口うるさい兄上に、正直なところげんなりとした気分になる。
『俺、別にこの姿で不都合なんてないしぃ』
「おい、ウィル」
低い声を出す兄上は、間違いなくキレていた。その様子を見ていたフロイドが慌てて頭を下げている。
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