クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました

岩永みやび

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38 嫌ではない

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 屋敷に戻った俺は、勢いよく駆け出して自室に逃げ込む。とりあえずロッドから物理的に距離を取ろうと考えてのことだったのだが、普段ぼんやりしているはずのロッドは意外にも俊敏な動きで俺を追ってきた。

「ちょっと、なにをするんですか」
「入ってくるな! 出ていけ」

 顎で廊下を示すが、ロッドは「嫌です」と堂々と言い放つ。おまえの意見は聞いてない。そのまま何食わぬ顔で俺の部屋に居座るロッドを真正面から睨みつけてやる。

 一体どこに行ったのやら、フロイドの姿もない。ロッドとふたりきりなんて最悪だ。眉間に皺の寄る俺であるが、ロッドは平然としている。その余裕あふれる態度に腹が立つ。

 舌打ちをこぼして、どかりとソファに腰を据える。腕を組んでロッドを睨みつけるが、相変わらず彼はぼんやりした顔で佇んでいる。

「……」

 ロッドは本当にどういうつもりなのだろうか。
 犬好きという彼の言葉に間違いはないだろう。やたらと犬姿の俺に触りたがっていたから。だがそこから人間姿の俺も好きとなる理由がわからない。

 なんというか。浮かれているだけなのでは?
 単なる騎士として王宮に仕えていたのが、突然公爵家の次男である俺の護衛に任命されたのだ。いわゆる出世と考えて間違いないだろう。そこから考える間もなく公爵家に引っ越してきて、ずっと俺の側に張り付いている。多分、頭がまわっていないのだと思う。

 時間が経てばロッドだって冷静になるだろう。
 自分で言うのもなんだが、ロッドに好かれるようなことをした覚えはない。たまに甘い物を分けてやったくらいだ。

 よし。とりあえずロッドの事は忘れよう。
 いつも通りの日常を送っていれば、そのうち彼だって忘れるに違いない。

 そう結論付けて顔を上げたのだが、目と鼻の先にロッドがいて思わず悲鳴を上げるところであった。

「おまっ! なに!?」
「ウィル様」

 ソファに沈む俺を覗き込むようにして腰を曲げるロッドは、相変わらずなにを考えているのかわからない無表情で佇んでいる。

「な、なんだよ」

 思わず尻すぼみになるが、ロッドはぐいと顔を近付けてくる。上半身を逸らして回避しようと試みるが、ソファの背もたれが邪魔で逃げられない。そのうちロッドが俺を囲うように、ソファに両手をついていることに気がついた。

 え、なにこれ。

 後ろはソファ。前にはロッド。おまけに彼の両腕に閉じ込められている。逃げ場を失った俺は、キッとロッドを睨みつける。

 しばし無言のときが流れるが、先に動いたのはロッドであった。

「ウィル様」
「え……」

 元から近かったロッドの顔が、さらに近付いてくる。焦った俺は、ぎゅっと両目を閉じて固まる。視界は暗くなったが、目の前にロッドの気配を色濃く感じる。

「っ!」

 引き結んだ唇に、なにかが触れる気配があった。
 柔らかな感触に、首をすくめて体を固くする。

 ふっとロッドが微笑むのがわかった。おそるおそる薄目を開ければ、男らしい大きな手が俺の頭をそっと撫でる。

「ウィル様。僕、ウィル様のことが好きなんですけど」

 え、まさかキスされた?
 軽く触れるだけの子供っぽいキスだが、唇に残る柔らかな感触にブワッと顔に熱が集まる。己の顔が赤くなっているだろうことを自覚するが、どうにもおさまりそうにない。

「ウィル様は僕のこと好きじゃないですか?」

 伺うように問いかけられて、そろっとロッドを見上げる。

 思えば真正面から好きなんて言ってきたのは、こいつが初めてじゃないか?

 ドキドキとうるさい己の心臓に、眉尻を下げる。俺は多分だけど情けない顔をしている。

「嫌でしたか?」

 そっと親指で唇をなぞられて小さく肩が震える。
 嫌ってなにが? キスが?

「……別に」

 嫌ではなかった。ないから困るのだ。
 男にキスされて嫌じゃないってどういうことだよ。少々困ったように情けない表情をするロッドの手が離れていく。思わず目で追えば、ロッドがくすりと笑った。珍しい笑みに、釘付けとなる。

「ねぇ、ウィル様。もっとしません?」

 すっと目を細めたロッドが、そんなことを囁いてくる。

 ……こいつはロッドだよな?

 あまりの変わり様に息を呑む。ソファに沈んだまま首をすくめて体を小さくするしかない俺に、ロッドが再び覆い被さってきた。

「ウィル様」

 またもや固く瞼を閉じるが、近付いてきたロッドの気配は消えない。唇が合わさるのを察して、ふるっとまつ毛が震えた。

 先程よりも長い口づけに、心臓がうるさいくらいに音を立てる。心音がロッドに聞こえているのではないかと変な心配をしてしまう。

 ふっとロッドが離れる気配を感じて、思わず息を吐いた。けれども俺が安堵したその瞬間を狙ったように、再びロッドが近づいてくる。

 唇を引き結ぶ暇もなかった。角度を変えて押し当てられた柔らかい感触。油断していた俺の唇を割って、温かいものが口内に押し入ってきた。

「っ、ん」

 ビクッと肩を揺らすが、ロッドは動じない。いつの間にか、彼の手が俺の後頭部に添えられている。

 歯列を確かめるかのように、ロッドの舌が口内をまさぐる。そのうち舌を絡められて、背筋を甘いものが走った。

 力の抜けた腕で、ロッドの胸を押す。側から見れば単に添えただけであったのだろうが、ロッドには伝わったらしい。

 名残惜しそうに、チュッと舌先を吸われて余計に力が抜けてしまう。

「……」

 そっと離れていったロッドは、獲物を狙うような鋭い目をしていた。垂れた唾液をわざとらしく親指で拭う彼をぼんやり眺める。

「で、ウィル様。この通り僕はウィル様のことが好きなんですけど」

 淡々とした声で、けれどもどこか燃えるような瞳をしたロッドが、グッと顔を近づけてきた。

 いいですか? と耳元で囁かれる。

「……んなこと、いちいち聞くなよ」

 顔を覆って小声で答えれば、ロッドがにやりと口角を持ち上げた。
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