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脱却
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静まり返った屋内プール。
あの騒がしかった時間は夢だったんじゃないかと思える程に、沈黙していた。
着替えて戻って来ると、プールの淵に座り込む人影を見つけた。
驚かさないように、そっと声を掛けてみる。
「李煌さん、お待たせ。……何してるんだ?」
顔を上げずにジッとプールの中を見つめる李煌さん。
そして、静かに答えが返って来た。
「プールを見てたの。結構深いんだね」
「……ああ。入ってみるとそうでもないけど、中心に行くにつれてもっと深くなってくんだ。オリンピック用になってくるともっと深い」
「へえ? 物知りだね」
「オリンピックのは何かの雑誌で読んだだけだよ」
俺も隣に腰を落とす。
二人だけの声が、プールに響く。
「今日の大河くん凄かった。本当に」
「……ありがとう。来てくれて」
口元を拳で隠して告げた。
もの凄く、照れ臭い。
でも誇らしく思う。
これはこれで、初めての感情な気がした。
「特にね、あの最後のリレーが。泳ぎ方はみんな違うのに、気持ちは一つって感じで、感動した」
一つと言われて少し眉を寄せる。
俺は李煌さんのことしか、考えちゃいなかったから。
それでも李煌さんにはそう見えていたのなら……、複雑だが、良かったと思う。
「大河くんが泳ぎ始めたらグングン追い抜いて、突き離して……それって凄いことなんだよね。周りの子、みんな言ってたよ」
「大袈裟なんだよ。他で泳いだらどうだか……」
「それって、ここでは凄いってことだよね?」
視線を向けて来た李煌さんと目が合い、思わず逸らしてしまう。
(絶対、今顔赤い……っ)
「ふふ。大河くんって、変なところで照れるよね。胸張っていいと思うのに」
照れたのは、言われた事だけじゃない。
(何か……違う……)
俺を見る目が、今までと……――。
李煌さんに気持ちを告げてから、一ヶ月以上経った。
告白したのは俺なのに、いざ相手の気持ちが返ってくると思うと、緊張しないわけがない。
「あとね」
「……?」
静かに、次の言葉を待つ。
「高校生の大河くんの泳ぎ、初めて見たけど凄かった!」
「……え?」
(それはさっき聞いたような気が……)
数回瞬きを繰り返し、李煌さんの言わんとしていることを理解しようと努める。
「あの豪快に撓る腕なんて、凄く逞しくてっ。最初のバタフライには思わず息を呑んじゃったよ!」
「――ん?」
(それはつまり……)
「あの引き締まった筋肉が自由に動く感じ!それぞれ意思を持ってるんじゃないかって思うくらい芸術的で素敵だったよ」
(――やっぱりッ!?)
これはこれで、こっぱずかしい。
できれば他の人の前では口にしないでもらいたい。
しかし、この人のキラキラした顔を見ていたら今はとてもじゃないが言い難い……。
(それに、高校生の俺の泳ぎじゃなくて、高校生の筋肉の泳ぎになってないか……? 俺って必要なの?)
いまいちそこだけは掴めない。
放心寸前の俺に、李煌さんは何を勘違いしたのか慌てた様子で俺に詰め寄った。
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