婚約破棄された王太子妃候補は第一王子に気に入られたようです。

永野水貴

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 かつてジョナタとも、こんなふうに向き合って何度か指したことがある。
 ――ジョナタの攻め方は、彼そのものという感じがした。
 王太子らしく、正々堂々としていて、相手の虚を衝くような戦法は好まない。

 そして相手が女性なら――古き良き騎士道精神にのっとって、手加減をする。
 慈悲と寛容によって相手に華を持たせながらも、最後は勝利する。

 だから、エヴェリーナは、それが王族らしい、王子らしい指し方なのだと思っていた。
 ――なのに、ジルベルトは。

「……もう一度だ」

 ジルベルトは無感動に言った。好戦的な表情はすでになく、ことさら無表情をつくろっているようだった。

 駒を元の位置に戻しながら、エヴェリーナは小さな衝撃を受けていた。
 ――まるで歯が立たなかった。
 あっけないほどすぐに負けた。

 半ば無意識にジョナタの攻め方を想定していたが、まったく違った。

 大胆にして勇猛果敢。速攻。
 ジルベルトの戦法は、まさにそれだった。
 考え込むような仕草をしたのはわずかな間のことで、あとはずっと駒を動かし続けた。
 様子見などというものがなく、激しさで飲み込むかのようだった。

 気づけばエヴェリーナは防戦一方で、否、ジルベルトの起こす嵐に飲み込まれ、まともに防御態勢を固めるまでもなく敗北していた。
 ジョナタのような手加減というものを感じなかった。
 勝負になっていない――これでは、ジルベルトがひどく退屈するのは間違いなかった。

(……もう少し)

 エヴェリーナは、心の内にわきあがってきた熱のようなものを感じた。
 もう少し抵抗して、まともな勝負にしなければ。

 その決意で、二戦目は一戦目より少しだけ長く続いた。――だがまたも、呆気なく敗北したという表現を免れなかった。

「もう一度」

 ジルベルトはまた無表情に言う。
 駒を並べ直す。

 エヴェリーナの体は強ばっていた。盤遊戯でこれほど緊張感を覚えたのは久しぶりだった。
 とんでもない強敵だ。しかも彼は第一王子で、対応が難しい。盤遊戯といえど、然るべき対応をしなければならない。
 むしろ、王子だからこそ――。

詰みチェック・メイトだ、ご令嬢」

 エヴェリーナは目を瞠った。信じられない思いで盤面を見る。
 一瞬、何が起きたのかわからなかった。だがいつの間にか、否、頭から迷いを消せぬ間に侵略され、盤面を支配されていた。

 かすかな――けれど確かに、んだようなため息が聞こえた。

「もういい。他のものにするか」

 ジルベルトは低い声で言った。

 エヴェリーナは、かっと頬に熱がのぼるのを感じた。ジルベルトは露骨な言葉を投げかけてこない。――だが、彼の声の抑揚や、ことさらに表情を消している様が、深い失望を表しているようだった。
 この程度なのか、と言われている。
 もういい、他のものにするなどという言葉は――この盤遊戯ではと見切られたも同然だった。

 それが、エヴェリーナ自身も驚くほど胸に堪えた。奥歯を噛みしめ、考えるよりも先に、顔を上げて口を開いた。

「もう一戦、お願い致します」
「……これ以上やっても無駄だ、ご令嬢。私は生ぬるい勝負をするつもりはないし、ジョナタのように相手に勝ちを譲るといった考えもない」

 ジルベルトの声は冷ややかだった。
 エヴェリーナは言葉につまり、頬をはたかれたような熱さを感じた。ジルベルトの言う通りだった。

 はじめから、手ぬるい勝負は好まない――全力で来いと、言われていた。
 迷っていい相手などではなかった。

 かすかに侮蔑の滲む、という言葉。他の、王太子妃候補でなかった令嬢たちと一緒にされようとしている。

 いやだ、とエヴェリーナの心が叫んでいた。
 自分は王太子妃候補として――それだけのために努力してきたのだ。盤遊戯とて全力で取り組んできた。
 見下されたままここで引き下がることなどできない。

 エヴェリーナは静かな怒りを燃やして、ジルベルトを射た。これまで、決してこんな目で相手を見たことはなかった。

「もう一戦だけ、お願い致します」

 強く、声に力をこめる。
 ジルベルトは数度瞬き、意外なものを見るような目を向けたあと――ふ、と好戦的に笑った。

「いいだろう、もう一度だけだ。私をあまり退屈させてくれるなよ」

 エヴェリーナは言葉少なくうなずき、再び駒を持ち上げた。
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