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 盤遊戯には相手の性格や知性の片鱗があらわれるとされている。
 だからこそ、相応のが求められる。正々堂々、それでいて相手に慈悲も見せるというジョナタの指し方のように。

 エヴェリーナもまた、王太子の伴侶としてふさわしく、鷹揚で優雅な、慈悲深い指し方を心がけていた。
 そこでは勝ち負けは重要ではなかった。勝敗ですら、指し手にふさわしいか否かという付加的な価値でしかなかった。

 ――だが、ジルベルトの前にそれは一切無意味なものになった。
 試されている。
 夜会の時にも感じたそれを、いまも強く感じていた。

 だから――エヴェリーナはこれまでの指し方をかなぐり捨てた。本気で来いと言う、ジルベルトの言葉通りにした。

 気づけばエヴェリーナはあいまいな微笑の仮面を脱ぎ捨て、神経を集中させて盤面を見つめていた。
 対峙するジルベルトもまた、身を乗り出して盤面を睨んでいる。――そこにはもはや倦んだ気配はない。

 互いに静かな緊張と集中が生じている。
 そしてそれが盤面を拮抗させていた。

 ――否、わずかに一方が優勢だった。
 次の一手を指すまでの時間が、互いに長くなる。

 ざわ、とエヴェリーナの血が沸き、体が熱くなった。かすかに震える指で、駒を盤面に置いた。

「――詰み、ですわ」

 昂ぶりを抑えようとして、だが声がわずかに上擦る。
 束の間、ジルベルトが目を見開いたような気がした。しかしほんの瞬きの間のことだった。

 数秒後、高揚の波がすうっとエヴェリーナからひいていった。
 ――やってしまった。
 これまで自分が積み上げてきた完璧な淑女像からすればあるまじき指し方、決着だった。

 ジルベルトは気分を害したかもしれない。
 苦さが口に広がり、何か釈明しようとする。
 だが、男の整った唇が微笑をかたどった。

「――ふ。思わせぶりな言動は女の嗜みとはいえ、ずいぶん出し惜しみしてくれたものだ」

 はじめからこうしろ、とジルベルトは明るい響きで続け、駒を並べ直しはじめた。
 さらなる再戦を望んでいるようだった。

 エヴェリーナは虚を衝かれ、にわかに混乱した。慎重にジルベルトをうかがい、少しためらってからおずおずと口を開く。

「あの……ご不興を買ったのではありませんか」
「はじめの三戦はな。私は気が長いほうではない。はじめから全力で来いと言ったはずだ」

 ジルベルトの淡々とした言葉に、エヴェリーナははっとする。
 ――負かしたことに、不快感を覚えたのではないということのようだった。

「手加減していたのだろう、弟相手のときには」

 弟以外にもそうだったのだろうが、と揶揄やゆの笑みを含んでジルベルトは言った。
 エヴェリーナは目を丸くした。突然、これまで誰もしなかった指摘をされ、頬が熱くなった。
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