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番外1:第一王子の挫折と栄光 ~彼女を手に入れるまで~
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明るく屈託の無いジョナタは、自分から何かが奪われるということを考えもしないだろう。並ぶ者がないのだ。
兄上、と明るく呼ぶその弟から、王位を奪うことはできるだろうか。
(……おそらく、できる)
ジルベルトの心の中で、冷たくそうつぶやく声があった。能力でいえば自分が上だ。
むろん、叛逆ということになるから一人でいくら優れていても意味はない。
だがジョナタは、策を巡らせるということには不向きな性格をしている。よくいえば裏表がなく、悪く言えば単純なのだ。
人の心の裏を読めない。
ジルベルトは物心ついたときから、人の言葉と本心は必ずしも一致しないことを悟っていた。人の心は想像以上の複雑さを持ち、人も環境も、たえず変わるのだ。
――自分が、次代の王からただの王子になったときのように。
(……馬鹿馬鹿しい)
ジルベルトは長く息をついて、暗い考えをひとまず脇に置いた。
こういった考えは誰にも漏らしたことはないし、実行に移そうとしているわけでもない。ただ、鬱屈したものがはけ口を求めてそう考えさせるだけだ。
「ジル、あなたもそろそろ伴侶を見つけないとね」
隣を歩いていた母は穏やかにそう言った。
ジルベルトは間もなく十五になる。婚約者の一人もいないのは、王太子であるジョナタの婚約者が決まってから、という暗黙の了解があったからだ。
だが――そのジョナタは最近、婚約が決まった。
「……然るべき相手がいれば、それを受け入れます」
ジルベルトはただそう言った。それ以外に答えようがない。恋愛などといったものは端から興味がないし、王族であれば結婚とは政略上の意味でしかありえない。
しかし母は嬉しげにうなずき、ふいに何かに気づいたように視線を逸らして目元を和ませた。
「ほら、ご覧なさい。王太子殿下とエヴェリーナ嬢の仲睦まじげなこと」
その言葉に、ジルベルトは苛立ちでかすかに肩を強ばらせた。だが顔に出す愚は犯さず、不自然にならぬよう、母の見るものにゆっくりと目を向けた。
そこには、大人の真似をして胸を張りながら少女に腕を差し出すジョナタと、差し出された腕におずおずと手を触れさせる少女の姿があった。
侯爵令嬢エヴェリーナ。
比較的新しい侯爵家だが、もっとも経済的に豊かな貴族の令嬢だと聞いた。当代侯爵の熱心な売り込みがあったという噂だが、エヴェリーナ自身、優秀な少女であるという。
ジルベルトは露骨にならぬようつとめながら、エヴェリーナに注意を向けた。
決まったばかりの、弟の若い婚約者の欠点――あんな相手は願い下げだと考えられるようなところを探す。
我ながら辟易する陰湿さだと思ったが、そうでもしなければこの不快感をどうにもできそうになかった。
だが陰湿な視線をはねつけるかのように、少女は矢車菊を思わせる美しい瞳と、華やかさのなかに深みのある金褐色の髪をしていた。長い髪の上に、陽光が金色の冠を投げかけている。
あどけなくも整った顔立ち。穢れのない雪を思わせる肌。
将来は、王太子妃にふさわしい美女になるだろう。
しかし、ジルベルトに臓腑をぎゅっと絞るような痛みを与えたのは、少女の美しさだけではなかった。
まだ若く、ジョナタとほぼ同じ年であろうというのに、子供っぽい振る舞いが見えない。
笑顔を見せてもどこか一歩引いたところがあり、所作もいちいち完璧だった。よく教育されている。
無邪気とさえいえるジョナタと比べると、あのエヴェリーナという少女には責任感や緊張感が既に芽生えているように見えた。
気を張り詰めている様はわずかに痛々しくも見えたが、同時にそれに耐えうる強さをも感じた。一本の芯が通っているような、真っ直ぐな強さだ。
ジョナタが暗闇を知らぬ無邪気な太陽だとすれば、彼女は暗闇を見つめ、なおそれを照らす月になりうるかもしれない。
粗探しをしようと観察すればするほど、ジルベルトは逆に嫉妬と羨望で苛まれてゆく。
――自分もいずれ妃を得なければならないにしても、あのような女がいい。
否、そうでなくてはならないと思えてくる。
伴侶を補いうる女性は、どんな財宝にも優る。
ジョナタはその類い希なる宝を与えられていながら――それに気づいていない。
ジルベルトは歯噛みした。
(……何をしなくとも、あいつはもっとも優れたものを与えられる)
ジルベルトが自らの目で見極め、考え、一つ一つ己が手でつかみ取ってゆくものを、ジョナタは何もしなくても与えられるのだ。
それがどうしようもなく心を苛んだ。
兄上、と明るく呼ぶその弟から、王位を奪うことはできるだろうか。
(……おそらく、できる)
ジルベルトの心の中で、冷たくそうつぶやく声があった。能力でいえば自分が上だ。
むろん、叛逆ということになるから一人でいくら優れていても意味はない。
だがジョナタは、策を巡らせるということには不向きな性格をしている。よくいえば裏表がなく、悪く言えば単純なのだ。
人の心の裏を読めない。
ジルベルトは物心ついたときから、人の言葉と本心は必ずしも一致しないことを悟っていた。人の心は想像以上の複雑さを持ち、人も環境も、たえず変わるのだ。
――自分が、次代の王からただの王子になったときのように。
(……馬鹿馬鹿しい)
ジルベルトは長く息をついて、暗い考えをひとまず脇に置いた。
こういった考えは誰にも漏らしたことはないし、実行に移そうとしているわけでもない。ただ、鬱屈したものがはけ口を求めてそう考えさせるだけだ。
「ジル、あなたもそろそろ伴侶を見つけないとね」
隣を歩いていた母は穏やかにそう言った。
ジルベルトは間もなく十五になる。婚約者の一人もいないのは、王太子であるジョナタの婚約者が決まってから、という暗黙の了解があったからだ。
だが――そのジョナタは最近、婚約が決まった。
「……然るべき相手がいれば、それを受け入れます」
ジルベルトはただそう言った。それ以外に答えようがない。恋愛などといったものは端から興味がないし、王族であれば結婚とは政略上の意味でしかありえない。
しかし母は嬉しげにうなずき、ふいに何かに気づいたように視線を逸らして目元を和ませた。
「ほら、ご覧なさい。王太子殿下とエヴェリーナ嬢の仲睦まじげなこと」
その言葉に、ジルベルトは苛立ちでかすかに肩を強ばらせた。だが顔に出す愚は犯さず、不自然にならぬよう、母の見るものにゆっくりと目を向けた。
そこには、大人の真似をして胸を張りながら少女に腕を差し出すジョナタと、差し出された腕におずおずと手を触れさせる少女の姿があった。
侯爵令嬢エヴェリーナ。
比較的新しい侯爵家だが、もっとも経済的に豊かな貴族の令嬢だと聞いた。当代侯爵の熱心な売り込みがあったという噂だが、エヴェリーナ自身、優秀な少女であるという。
ジルベルトは露骨にならぬようつとめながら、エヴェリーナに注意を向けた。
決まったばかりの、弟の若い婚約者の欠点――あんな相手は願い下げだと考えられるようなところを探す。
我ながら辟易する陰湿さだと思ったが、そうでもしなければこの不快感をどうにもできそうになかった。
だが陰湿な視線をはねつけるかのように、少女は矢車菊を思わせる美しい瞳と、華やかさのなかに深みのある金褐色の髪をしていた。長い髪の上に、陽光が金色の冠を投げかけている。
あどけなくも整った顔立ち。穢れのない雪を思わせる肌。
将来は、王太子妃にふさわしい美女になるだろう。
しかし、ジルベルトに臓腑をぎゅっと絞るような痛みを与えたのは、少女の美しさだけではなかった。
まだ若く、ジョナタとほぼ同じ年であろうというのに、子供っぽい振る舞いが見えない。
笑顔を見せてもどこか一歩引いたところがあり、所作もいちいち完璧だった。よく教育されている。
無邪気とさえいえるジョナタと比べると、あのエヴェリーナという少女には責任感や緊張感が既に芽生えているように見えた。
気を張り詰めている様はわずかに痛々しくも見えたが、同時にそれに耐えうる強さをも感じた。一本の芯が通っているような、真っ直ぐな強さだ。
ジョナタが暗闇を知らぬ無邪気な太陽だとすれば、彼女は暗闇を見つめ、なおそれを照らす月になりうるかもしれない。
粗探しをしようと観察すればするほど、ジルベルトは逆に嫉妬と羨望で苛まれてゆく。
――自分もいずれ妃を得なければならないにしても、あのような女がいい。
否、そうでなくてはならないと思えてくる。
伴侶を補いうる女性は、どんな財宝にも優る。
ジョナタはその類い希なる宝を与えられていながら――それに気づいていない。
ジルベルトは歯噛みした。
(……何をしなくとも、あいつはもっとも優れたものを与えられる)
ジルベルトが自らの目で見極め、考え、一つ一つ己が手でつかみ取ってゆくものを、ジョナタは何もしなくても与えられるのだ。
それがどうしようもなく心を苛んだ。
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