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21.俺の彼氏はメロすぎる!
しおりを挟む「さ、さむっ……!」
海風が頬を突き刺し、俺たちはバスを降りて固まってしまった。
この海岸には、毎年夏には遊びに来ていたんだけど。今年は雄也のプールバイトと隼人の部活があって、なかなか日が合わず、来れずじまいだった。
「じゃあまあ、水かけ合いっこでもしますか」
「いや風邪引く!」
雄也がふざけて、隼人がツッコむ。それにくすくす笑う奏太。
「いや、ここはやっぱ唯くんっしょ」
「は!?」
「おお、彼氏になってもなかなか扱い雑だな」
雄也の言う通りだ。この極寒の海に彼氏を入れようとすな。
「うーそ」
きゅるっとした顔が、ぐう、と俺の語彙を奪っていく。
「あ、あそ……うかい」
「やべえ、唯くんの語彙がしんでる」
「あの顔に弱いから、唯は」
けらけら笑われつつ、なんとなく俺たちは砂浜を歩き、泥っぽいところに無駄に字や絵を書いてみたりする。
「それなんて読むの、なか……こ?」
「イエス仲仔。みみちゃんがこのまえプリクラに書いてた」
「なにそれ、どゆ意味」
「知らね、仲良しって意味じゃん?」
へーえ、と俺は相槌を打ち、「仲仔」と書いてみる。うん、よくわからん。
「唯くん、見て見て」
すると玲央は、うきうきした顔で俺の腕を引いた。
「う……わ、おまえ……っ!」
「いいでしょ、相合傘」
なにが「れお」「ゆい」じゃ。ちょっと恥ずかしいから勘弁しろ。
「写真撮るなぁ!」
「いーじゃん、思い出思い出」
隼人は、その相合傘と俺と玲央。あと海を背景に写真を撮ってくれた。
嬉しいけど、相合傘はなくてもいいんだけど。
「うわ、俺天才では?」
「どれ、見して」
玲央は隼人に近寄り、スマホを覗き込み、満面の笑みを浮かべる。
「ちょっと、唯くん、おいでよ!」
――な……なんだあの顔……メロ~……!
「おまえはほんと、玲央の顔に弱すぎな」
雄也に呆れ気味に言われ、その通りだと力なく頷く。
きゅる顔でもメロ顔でも、なんでも。俺は昔から玲央に弱いと思う。
「けど玲央だってそうだよ。唯くんには歯立たないってかんじ」
奏太はそう言ってくれたけど、あいつめちゃくちゃ歯向かってくるが?
「まーそうな。結局ずっと、おまえらはそうじゃん。あ、なんて言うんだっけ、こういうの」
雄也が、なんだっけーと言い首を捻っていると、奏太は「これじゃない?」と砂浜に書いた文字を指さす。
「相思相愛……って、おい! 奏太ぁ!」
「ああそうそう、これだこれ。みみちゃんがプリクラに――」
「おまえの情報みみちゃんばっかじゃねーか!」
俺は二人を追いかけ、捕まえ、軽く海に投げ捨てた。
「わーっ! おま、ふざけんな!!」
「ちょ、唯くん! なにしてんだよ奏太に!」
「いや、おまえが怒るんかい」
なぜか濡らした奏太ではなく、隼人から怒られた。やってろ、まじで。
隼人はどうにか俺を濡らそうと、押し相撲になる。
「隼人くん! 唯くんに触んなってば!」
「おい玲央! んなこといいから、そっちから隼人のこと押せ!」
「ふざけんな、卑怯だぞ――う、わぁ!」
ばっしゃーんと豪快に海に転がった隼人には、さすがにやりすぎたなと思ったんだけど。
「……おい、手ぇ貸せよこら」
「ごめん隼人、それはできない」
「隼人くんなら自力で起き上がれると思う、うん」
もうなにされるかわかるから、俺たちはじりじりと砂浜のほうへ引き返していた。
「てめーら……」
「あ、隼人っ!」
さすがにやばいと思った。結構大きな波がきて、持ってかれそうかも、って。
みんな同じことを思って、隼人のほうへ駆け寄っていったのだけど――。
「ぶ……は……ちょ、奏太っ!? なにしてんだよ!」
「あ……ご、ごめ、大丈夫だったね、ごめんごめん」
波しぶきの中から出てきたのは、隼人を抱き締めるように庇う奏太だった。
「なにやってんだよ……びしょ濡れじゃん」
「いやもうさっき唯くんに濡らされたから、一緒っていうか……」
――お……おぉ?
冬の海でびしょ濡れになりながら、お互いを心配しあう二人。なんかちょっと、絵になってるんだけど?
そのとき隣でスマホのシャッター音がする。
「玲央も思った?」
「あれは誰でも思うでしょ、奏太喜ぶだろうし」
玲央はさらっと言ったけど、やっぱりそうなのかと俺は心の中でだけ頷いた。
俺が知らないだけで、きっと、玲央と奏太、玲央と隼人、話していたことがあったんだろうなって。
「このスマホを盾に、あいつら助けに行ってくるわ」
玲央はそう言って、二人のところへ歩いていく。
「アオハルかよ、っつって」
その背中を見て、雄也が言った。
「……俺は雄也とタメでよかったなって思うわ……」
年下三人が実のある話をしている間。俺たちは合コン三昧、補習三昧のどうしようもない日々を送っていたのだろうから。
「えー、俺もぉ。唯とも遊び納めだなぁ」
「そっか、雄也、家出るんだっけ」
「まあ通えなくないけどさー。やっぱ一人暮らし最高って言うじゃん?」
「そうなぁ」
雄也の志望大は家から電車で一時間くらい。けれど乗り換えが三回あるから、それがめんどいと親に頼み込んだらしいけど。
「寂しいわ、普通に」
俺たちが大学生になったら、次は隼人の番。その次は玲央と奏太。
高校まではなんだかんだで同じ道を進んできたけど、大学はそうじゃないと思う。その先だってそうだ。俺たちはいずれ、みんなあのマンションを離れる。
「まー、大丈夫っしょ、俺らは」
「……そーだよな」
「おまえと玲央になんかあっても、隼人と奏太がどうなってもさ。俺がいるんだから」
「いや、かっこいいかよ」
「かっこいいだろ、知らなかった?」
涼やかな目元がかっこいいよな、雄也は。知ってる。
「そーだな……俺も、ちゃんとしなきゃだよなぁ」
今だけ、なんて思ってない。俺は玲央と、この先もずっと一緒にいたい。できれば雄也に変な気を遣わせることなく、これからもずっと――そのためにやらなきゃいけないことは、考えるまでもなかった。
「勉強……すっかぁ」
「まあもうだいぶ手遅れだけどな」
「いや心折るなよ!」
けたけた笑い合うだけで、結局なにも解決しない。俺と雄也って、大体いつもこんなふうで。それが居心地いいんだよな。
帰りのバス待ちの間。隼人がまだぎゃいぎゃい騒いでいる。
「あーあ、風邪引いたら唯くんのせい~」
「いやそれ言っていいの、奏太だけだから。おまえだって俺のこと濡らそうとしてただろ!」
「いーや、玲央と二人がかりはせこかった!」
ぐ……た、たしかに。
「……それは、ごめん」
「いいよな、唯くんの素直なとこって」
「玲央! おまえもだぞ!」
近くのコンビニで、みんなで割り勘して二人の着替えを買った。
コンビニには薄手のものしか売っていなくて、奏太には俺の上着を着せたけど。それでもちょっと寒そうで、素直に申し訳ないって思う。「相思相愛」って書いただけでこんなことになって。
「ごめんなぁ、奏太」
そう言って頭を撫でると、奏太はふるふると首を振る。
「唯くんに濡らされたの足だけだよ! 俺がそのー……隼人くんとこ、行っちゃったから」
顔は青っ白いのに、頬だけがピンク色に染まっていく。
「……うん、なんか、それを見れて俺は救われるわ」
「え!?」
悪いことしちゃったけど。奏太にとってなにか大事な思い出ができたなら、ちょっとは救われます。
バス停のベンチに、五人でぎゅうぎゅうになって座る。そこから眺める海は、オレンジ色に染まり、なんとなくエモさと切なさを演出してきた。
「なー……」
「ん?」
「また、みんなで来ような」
雄也が一人暮らしをしても。俺が大学生になっても。その先、みんなそれぞれ別々の道へ進むことになっても。俺たち五人で、またここに来よう。
「ん、みんなで来よう、次は夏にな」
「夏ならいーよ、もう冬はこりごりだけど!」
「そうだね、またみんなで来よう」
てっきり笑い飛ばされるかと思ったけど。案外みんな乗り気だった。よかった。
満ち足りた気持ちで海を眺めていると、目の前ににゅ、と現れる綺麗な顔。俺がちっとも勝てない顔な。
「みんなでも来るけど、二人でも来ようね、唯くん」
「な……ん、それは……そう、だけど!」
玲央、おまえ、そういうところだ。みんないるのに。きゅるきゅるすんな、まじで。
「ほんと抜かりねーな、玲央は」
「じゃなきゃ唯くん振り向かすの無理だよ」
「それはそうな」
なんだよなんだよ、みんなして……。俺だけなんだよな、やっぱり。
「……ごめんな、玲央」
「え?」
そのときちょうど、バスがやってきた。あー寒かった、なんて口々に言って、ベンチを立ち、バスに乗り込もうとステップに足を掛けたとき――。
「わぁっ!?」
ぐい、と腕を引かれ、俺は後ろによろけた。
「ちょっと寄り道して帰る」
玲央は、バスに乗り込んだ三人に向かってそう言う。俺じゃなくてな。
「ちょっ、玲央!? なに言って――」
「もうちょっといよ」
はい、もう完敗――。そういう気持ちで、俺は黙って玲央の腕の中にいた。
「はいよ~制服ってこと忘れんなよ~」
「んだよ、あいつら永遠に幸あれじゃん」
「気をつけて帰ってくるんだよー!」
そしてバスのドアは閉まる。
そのバスを見送り、ベンチには俺と玲央の二人きり。
「……なに、もう。普通に言えよ、びっくりするだろ」
「なんか、癖。不意をつかないと唯くんって靡かないから」
「なんだ、それ」
ゆっくりと絡む指先に、自分はずっと玲央に触れたかったんだと気づいた。
「ごめん、てなに」
玲央はいじけたような口ぶりだ。さっき俺が言ったことが気になって、引き留めたのか?
「なにって、ずっと俺だけ気づかなかったから」
雄也も隼人も奏太も。伊井野だってそうだ。
俺以外の人間は、玲央の気持ちに気づいていたのに。
一番近くにいて、一番長く一緒にいる俺だけが、気づかなかった。
それが情けなかった。
「……当たり前じゃん。気づかれたら困るんだから」
「え?」
「そりゃ気づけって思うこともあったけど。気づかれたら終わる、って気持ちのほうが長く持ってたよ。隠してたんだから、唯くんが気づかないのは当たり前」
なんて言うくせに。瑞々しい瞳がゆらりと揺れている。
なんで玲央って、こんな優しいんだろ。いっそいつものように小生意気に「そうだよクソ鈍感」とか言ってくれてよかったのにな。
「……ありがとな」
「ん、じゃあ唯くんからキスして」
「は!? なに言ってんの!?」
「うっそー。慌てちゃってかわいいね~」
ここで生意気モード入るんかい……! あーあまったく。玲央といると楽しいな、ほんと。
「俺さ、玲央のこと、絶対幸せにするからな」
「だから抱くのは俺だからね?」
「それ関係ないって言ってんだろ! そのー……あれ、将来的にってこと、だよ」
たとえば親に反対されたって、二人で生きていけるように。
友達は――あいつらと伊井野。十分だけど。これから先のテリトリーで、もしなにかあっても。二人で逃げて生きていけるように。
「玲央のこと、守れる俺になるから」
ちゃんと勉強して。大学入って。就職して。稼げる男になる。
いや、さっそく学校サボってるやつが言っていいセリフじゃないけど。明日からな。
「……これ以上かっこよくなんなくていーのに」
「はぁ?」
玲央の手が、さらりと俺の髪の間に差し入れられる。
胸がきゅうっとする。そんなふうに見つめられると。
「俺にも唯くんのこと守らせてくれんならいーよ」
あー……そっか。俺が玲央を守りたいと思うように。玲央も俺を守りたいって思うんだ。おなじ、なんだな。
「両想いってすげえ……」
「なんでここでそのアホ発言がくるんだよ、おかしいだろ」
玲央はそう言って、くしゃくしゃの笑顔で笑う。おまえだって笑ってんだから、同罪だろーが。
「……ぶ、っくしょん!」
「でた、変なくしゃみ~」
鼻がむずっとしただけで、べつに寒いとかじゃないんだけど。
玲央は着ていたブレザーを脱ぎ、俺の肩に掛けてくれる。
「カーディガンじゃさみーだろ」
奏太に上着は貸したけど、俺はパーカーを着ているので、きっと玲央のほうが寒いはずだ。あと、すぐ熱出すのも玲央のほうだし。それに、だ。
「守るって、そういうのじゃねーからな? 俺が言ってんのはこう、概念的な話で――」
「あー、もー、うるせえなぁ」
口の利き方ぁ! と言おうとしたところで、ばさ、っと視界が暗くなった。
「ん……!?」
なにが起きたか理解するより前に、唇にやわらかな熱が押し付けられる。
「……っ、玲央……!」
俺たちを覆い隠すように頭に被せられたブレザーの中で、玲央は食いつくすように唇をはみはみしてくる。さすがにやばいだろ、こんなとこで……!
俺は必死に玲央の胸を押し返すけど、ぜんぜん離れてくれない。
「んっ……ぅ」
やばいやばいやばい。人の目よりもっとやばいことが起きそうな予感がして、俺は玲央の足を思い切り踏みつけた。
「いっ……てぇ」
じろりと睨まれたけど、俺わるくない。
唇が熱い。手の甲で拭うと、なんか濡れてるし。やだもう。ここ外だぞ……!
「こ、こういうのは、外ですんな」
「なんでだよ。べつに誰もいないんだし、ブレザーで見えなかったよ、絶対」
「だめだ!」
腹の奥の疼きは、俺だけなんだと悟り、しにたくなる。
やばいだろ、俺。ただのキスでこんなの。
「……あんまバレたくない?」
いやまあ、そういう話は後々するとして、だ。俺が言ってんのは、もっと単純なことだ。
「……歩けなく、なる」
「は?」
「歩けなくなる……! わかれよ、もうっ!」
力の限りで玲央をどついた。みなまで言わせんなよ、こんなこと――!
「あー………」
と言って、以後無言になる玲央。やめろ、なんか言え。いたたまれないだろ。
「れ、れお……」
「ちょ、近づかないでもらって」
「は!?」
「なんで制服なんだ今日……」
ぶつぶつ小声でなんか言ってるぞ。
「なに、ごめんて、怒んなよ――」
「怒ってんじゃない。素数を数えてる」
「……は?」
「唯くんのせいだ」
そのとき、真っ赤な顔した玲央は、一生懸命に俺を見つめていた。
「家帰ったら覚悟しとけよ……」
捨て台詞かっつうの。あー、おなじ、じゃん、やっぱ。
俺はそう思うと、どこかにこやかになってしまって。
「笑ってんじゃねえよ、唯くんがやらしいことばっか考えてるから」
「はぁ!? ちげーだろ、玲央が変な技使ってくるから!」
「なんだよ、技って。唇噛んだこと言ってんの?」
「オブラートに包めよ! かっ、噛んだ……とか、言うな!」
「じゃあなんて言えばいいんだよ」
「……はみはみ……とか、だろ!」
玲央は目をまんまるくしたあと。腹を抱えて笑いやがった。
「はー……もー、ほんっと……」
どうせまたアホの子って言われる。最悪だ。もっと勉強して賢くなって、いつか玲央のことぎゃふんと――。
「ほんっと、好き」
「……う……ぇ……」
おい、そんな不意打ちずるいだろ。そんなの俺だって……俺だって……。
「はみはみしないから、ちょっとだけしていい?」
いたずらっぽく笑う玲央に、今度は俺からキスをした。ちょっとだけな。
「俺だって……好き、だよ」
なんで、どうして、そればかり考えていたけど、答えは出なかった。
だけど、触れ合ったらわかる。
こんなふうに激しく、おだやかに、矛盾だらけに心臓が高鳴るのは、玲央といるときだけだ。
ずっと探してた、俺だけの特別。まさかずっと隣にあったなんて、思わなかったけど。
玲央と幼なじみでよかった。好きになってもらえてよかった。
ずっと、一生懸命に伸ばしてくれていた玲央の手を、ちゃんと繋げてよかったって思う。
「……はー」
「え」
玲央はおもむろに髪をかき上げ、熱い視線で俺を射抜いてくる。
「なんかもう、帰りたいわ」
言葉だけなら、怒らせたかなって不安になるけど。
この意味ありげな視線が、絶対そうじゃないって教えてくれる。
「……ん、帰ろ」
俺はゆっくり、玲央の手を取る。恋ってすげえな。今まで何度も繋いだ手が、こんなに特別に感じるんだから。
「帰ってなにすんの、唯くん」
「は、はぁ!? えと……あれだよ、寝る!」
「寝る、って大胆だな唯くん」
「ちげーよ、その寝るじゃねえ!」
「どの寝るだよ、ん?」
くっそ、まじでほんとうに……。
俺の彼氏は、メロすぎる!
おわり
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楽しんでいただけたようで、嬉しい限りです。
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感想ありがとうございました!