【完結】お世話になりました

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20.新たな暮らし

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 むくりと起き上がって、ぐっと伸びをして脱力。
 質の良いベッドはいつもわたしを安眠へと導いてくれて、ここ最近は起きるたびにスッキリとした気分を味わえている。
 人の目がないからと思い切って前髪を切り揃えたかいがあって、視界も良好。

 カーテンを引けば、今日も今日とて美しい景色。いくら見たって飽きることがない。
 差し込む光を浴びながら身支度を手早く済ませ、小さくも過ごしやすい自宅を出る。足取りは軽い。

 小走りで向かう先は、

「シオンさん、朝ですよ。起きてますか?」

 研究所の扉を叩くが、返事はない。
 もう一度同じ言葉を、今度はもっと大きな声で。ノックも倍の力と頻度で繰り返す。
 それでも反応はなし。

「はぁ…」

 ひとつため息をついてから、ドアノブに手を掛けた。

「シオンさん! 朝ですってば!」

 声を張りながら踏み込めば、大きなソファの上にできているこんもりとした山がもぞりと動いた。

「シオンさん起きて! 朝しか咲かない花の蜜を採取したいから起こしてほしい、そう言ったのは貴方ですよ!」

「──ん゛……」

「…あとご…いや、じゅっぷん……」と、常時よりいくらか低い寝惚け声で唸るように言う。

 十分くらいなら、と彼の口車に乗って優しさを見せたら負けで、これを許せば一時間はくだらない。
 ここへ来てからもう暫く、その暫くの中で何度も経験したのでわかる。
 あってなかったような試用期間をあっさり超えて、わたしはこの森で彼の研究を手伝いながら穏やかに暮らしている。

「後で後悔するのはシオンさんですよ、ほら早く起きて」

 ゆさゆさと大袈裟に肩を揺らせば、更なる呻き声が上がる。
 この人、普段は落ち着いてしっかりしている風なのに、朝はてんで駄目なのだ。
 他にも第一印象から数日で随分と変わった部分がある。

 研究のことになると周りの見えない子どもみたいになって、寝食を忘れてしまったり、没頭するばかりか片付けを怠って部屋をめちゃくちゃにしてしまったり、意外とだらしがないところがある。

 考えごとをしている時は何度声を掛けても気付いてくれないし、そうして歩いていると机や壁に平気でぶつかったりする。ちなみにわたしも真正面からぶつかられてひっくり返ったことがある。

 と思えば、森の道を行く時、わたしに歩調を合わせてくれて、茨道は枝を折りながら進んでくれたり、ちょっとした段差でも手を取ってくれる。

 わたしの住む所を用意してくれる時も、てきぱきと手際が良かった。
 流石というか何というか、普通では手に入らない魔具──規格外の収納量の鞄だとか、驚きの効果をもたらす除草剤だとか──を使って、わたしがはじめに立ち寄った荒れた空き家を、あっという間に居心地の良い住居へと仕立ててくれた。

 基本的にはとても頼りになる人だ。
 だからまぁ、たまに抜けてる点は目を瞑ろう。

「ぅ……君は悪魔か…」

「貴方が選んだ助手でしょう」

「……ああ、そうだったな」

 いくらか目が覚めたのか、シオンさんは布団の中から長い四肢をにょっきりと生やして伸びをしてから、緩慢な動作で起き上がった。

「おはよう、リリ」

「はい。おはようございます、シオンさん」

 ふぁ、とまだ眠いのか欠伸を零す姿はおよそ貴族らしくないが、わたしはそこがシオンさんの魅力でもあると思っている。

『僕はこの地の領主だが、それはそれとして、一研究者でもある。君とは後者としての関係を築いていきたい』

 あと、堅苦しいのはあまり好きじゃないんだ。と苦笑いながら付け加えたシオンさんに恐縮していたのもほんの僅か。
 彼の独特の雰囲気も相まって、あっという間に彼の言う通りの見方をするようになった。

「助手であり、優秀な目覚ましだな」

「目覚まし……」

 じっとりとした視線を向けていれば、シオンさんは「冗談だ」とまた欠伸混じりに言って、わたしの頭をぽんとひと撫でしてから、水場の方へと消えていった。

 その背を見送りながら、まだ感触の残る頭部に自分自身で触れる。
 完全なる子ども扱い。でも嫌な気はしない。
 どころか擽ったいような気になるのは、わたしがまともに人と関われないまま生きてきたからだろうか。

 どうであれ、この時間が幸福なことに変わりはない。
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