【完結】お世話になりました

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19.藁の中の針(アロイスside)

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『まさか人探しなんて理由で、隣国まで来ることになるとは思わなかったナ!』

『旅行じゃないんだから、はしゃがない』

『仕事か、令嬢の相手か、リリをこっそり盗み見るくらいのつまんない日々しかなかったのナ! はしゃぎたくもなるナ!』

『それはそれは悪かったねー』

 この悪魔、人の生活をつまんない呼ばわりである。
 しかしまぁ、俺の日々は確かにほぼつまらない。
 リリがいない限り全てがつまらないので、つまり今は100%つまらない状態である。

 こんなことなら無理矢理にでも縛り付けておけばよかった。
 不自由な暮らしを続けていたであろうリリに、人間らしい自由は与えてやりたいと思っていた。
 だから『働きたい』という申し出も許可したし、ささやかだが使用人の域を脱しない範疇で一人部屋も与えていた。
 その結果、勝手にいなくなった。

『リリに魔法が効けば、魅了でも何でも掛けられたのになぁ』

『オイ、犯罪者予備軍。ボクあの出店が気になるナ』

 耳飾りが不自然的に揺れて、鬱陶しい主張をする。
 だから旅行じゃないんだって。

 隣国は海に面した盛んな貿易国で、我が国に次いで、第二都市とも呼ばれるほどの賑わいがある。
 大通りは人が多く、波を避けながら歩くのが億劫だ。
 隣国行きの荷馬車に乗ったという情報を得て来たはいいが、ここから探すのは骨が折れそうだ。

『アロイス! 出店!』

「あーはいはい、わかったよ」

「いいの!?」

『『──え?』』

 斜め後ろから聞こえた甲高い第三者の声にギョッとしながら目をやれば、若い女が並び立つように大股で踏み出してきた。
 馴れ馴れしく腕に絡みつかれ、表情にはもちろん出さないが、日頃の癖がなければ口元を引き攣らせていたと思う。 

「お勧めのお店が近くにあるの」

 俺は考え事に、ナーチは出店に、必死になり過ぎていたようで、全く気がついていなかった。
 熱を孕んだ瞳、媚びるような高い声。 
 どうやら面倒なのに捕まってしまったらしい。

「お誘いに応えてくれて嬉しいわ」

 応えたつもりなどさらさら無いが、不運にもナーチへの回答が勘違いされてしまったらしい。
 耳飾りの中で食べ物の催促をしていた悪魔に返事をしただけ、なんて誰も信じないだろう。

 制止の言葉は耳に届かないようで、ぐいぐいと腕を引かれて大衆的な酒場へと連れ込まれた。
 あれよあれよとテーブルへと着かされる。
 腰を落ち着けたところで、はたと気づく。自分がこんな女一人に簡単に捕まってしまうほど、うつけてしまっているらしいことに。

 睡眠も食事も上手く取れないのを魔法で適当に誤魔化していたが、そういえば体の半分ばかりを家に置いてきているのだ。長旅の疲労も溜まっているのかもしれない。
 情けない。失態だ。

「ここ、お料理も美味しいのよ」

 ごく一般的な町娘の装いだが、胸元を強調するようにシャツのボタンをギリギリまで留めないでいる。
 はしたないなぁと心の中で思いながらも、名前を聞かれてファーストネームだけを答えた。
 娘はオリヴィアというらしい。凄まじくどうでもいいが、最近聞いたような名前のおかげで何とか頭に残った。
 同時にこれからはこの名前の人間には気を付けて生きようと思った。

『隣国に来てまで女の相手とは、オマエも難儀ナァ』

『うるさいよ』

「ねぇどこからいらしたの? 貴方みたいな顔も身なりも良い人、私はじめて会ったわ」

「少し遠くからですよ」

「あら、秘密なの? いいわよ。ミステリアスな男も私、好きだから」

 言葉を返す気にもなれなくて、笑顔で誤魔化した。
 疲労を一度自覚してしまうと押し寄せるように体が疲れを訴え始めて、俺は目の前の女との会話に微笑み返すだけの機械人形と化した。

『アロイス様、お疲れではないですか?』

 幼い頃。そんな言葉を掛けられた日、胸がすくような心地になったが、強がって首を横に振った。
 翌日珍しく体調を崩してしまい、ベッドに沈む傍らリリがずっとそばにいてくれた。

 子どもらしい付き合いをしなくなってからも、いくら酷い言葉を掛けた後でも、リリは癖のように俺を気に掛けてくれた。
 それが酷く心地よくて──。

『アロイス、飲み過ぎじゃナいか?』

「ふふ、良い飲みっぷり。可愛い顔して、飲み慣れてるのね」

「……ああ、」

 ぼんやりとしたまま、注がれる酒を手持ち無沙汰に煽り続けていた。
 空になったグラスを見つめ、もう何杯目になるかわからないなと思った。
 とはいえ、

『酔わないよ。これくらいじゃ』

『そういえばオマエの酔ったところなんか見たことないナ…』

「ねぇ、この後も、いいわよね?」

 女が上目遣いにこちらを見つめる。
 ねっとりと重ねられた手を眺め、心の中で嘆息した。
 俺は何をやっているんだろう。
 今頃リリはどうしているんだろうか。

『勘違いとはいえ一度了承してしまった手前、それなりに付き合ったけど、もう十分だよね?』

『アロイスは本当、妙なところで律儀ナァ』

 まさか。律儀なんてとんでもない。
 事なかれ主義が発展してできた放棄癖ゆえだ。
 ただどうでもいいだけ。あの子以外の何もかもが。

「さて、オリヴィア嬢」

 名前を呼べば、彼女は目尻を倒して瞳を虚に染めた。
 内側を覗き込むように見つめる。

「この辺りで銀髪の少女は見かけなかった?」

「──んん?」

「髪も、瞳の色も珍しい小柄な女の子だよ。見掛けたら目に留まるくらいには、余所者の雰囲気が出ていたんじゃないかな」

「──んー…」

 記憶を起こすことだけに集中出来るようにしてあげたせいで、開けっぱなしの口元からたらりと唾が落ちた。
 間抜けヅラを頬杖を付いて眺めながら、ただ回答を待つ。

 少しの時間を有してから、

「──たしか町商会の行商人が、不思議な女の子を途中まで乗せたとか、話してて……たまたま銀の髪の間から覗いた瞳が、特徴的で、」

 思い掛けない発言に思わずパチリと瞬きした。
 まさか一発目で当たりを引くとは。
 彼女の雰囲気を見て、この辺りに精通してそうだとは感じた。だからリリを知らなくとも、他に情報通の人間を紹介してもらえればと思っていたのだが。

「売れるネタかもしれないからって、詳しくは教えてくれなかった、けど」

「………。ありがとう。じゃあ、支払いは済ませておくから、君も落ち着いたら真っ直ぐ家に帰りなね」

「──…はい」

 かくりと力なく頷いたのを横目に見ながら立ち上がる。
 催眠状態の女性を一人酒場に残していくのは気が引けないこともないが、どうせ彼女はこの土地に不慣れなものを捕まえて、アレコレとくすねていくタチの悪い人種だ。
 お咎めなしなだけマシだと思ってもらわなければ。

『これからどうするナ?』

『商会で情報集め』

 自然とガツガツと靴の底を慣らしながら歩いてしまう。
 フラストレーションは溜まる一方だ。

「はぁ……」

 やっと吐き出せた溜め息は、誰に拾われることもなく街の喧騒に溶けていった。
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