16 / 39
噛み合わない二人
しおりを挟む二度目になるが、時の流れとは残酷なもので、特に嫌な事というのはあっという間にやってくるのだ。
エマは学園の裏庭の芝生に豪快に寝っ転がり微睡んでいた。
現実逃避中である。
なにせ卒業試験はもう、明日に迫っているのだから。
悪役令嬢エマがどういった幼少期を過ごす予定だったのかはわからないが、今のエマは極々静かな暮らしを送ってきたつもりだ。
引きこもりのレッテルを張られ、友達もおらず(一応仮にはいるが、もはやあの二人は腐れ縁)、成績も運動も目立つものはなく、ただ自分のしたいことだけを自分の世界の中だけでマイペースにやってきた。
自分は死ぬために生きているわけではない。悪役なんて大層なものでもない。
モブ。今世のエマは究極のモブなのだと、世界に言い聞かせるような地味っぷりである。
┄┄このままこうして、穏やかに生きていけたらいいな……
淡い希望を抱きながら、現実逃避に浸り込んだ。
「なにやってんですか……」
まどろみの中で、呆れた声が耳に届いた。
エマは目を閉じたまま「光合成」と答える。
「言いつけ守ってんのはお利口さんですけど、ちょっと無防備すぎやしませんかね」
言いながら、隣に腰かけたようだ。
学園では基本的にユーリにくっついているリュカだが、四六時中というわけではない。平和な学び舎において従者が不要なタイミングは多い。今もそうなのだろう。
相変わらず神出鬼没で、ユーリが呼べばどこからともなく現れる男である。
誰もいないことを見越してのんびりしていたエマの元にふらりと現れるのも不思議ではない。
奇しくも今はよく知った間柄となってはいるが、ふとエマは閉じていた目を開いた。
悪役令嬢からモブへと役替えを進めている自分に、大した事件など起こりっこないと思っているエマは、こうして裏庭で堂々と昼寝に耽ったりするわけなのだが、『無防備』なんてことを攻略対象に言われるとギクリとする。
最大の敵は彼らなのだ。
もしかしてこの男、今ぶっすり殺る気か? と起き上がり、身構えながら距離を取った。
「ちょっと、なんでそんな構えるんすか」
怪訝そうにこちらを見るリュカに、
「………なにもしない…?」
「はあ!?!?!?」
「なにかするつもりなの?」
「なんっっっで俺がアンタに!?」
彼の戸惑いように、エマはホッと息を吐いた。
リュカが本気であれば、こんな風に動揺したりはしないだろう。
「むしろ危なっかしいから付いててやろうと思ったのに、酷い言われようですね。心外です」
「そうだったんだ……ありがとう」
「つーか、アンタの目に俺がそんなことする風に映ってんのも地味にショックなんですけど」
「そ、そうだよね。だって私たち友達だもんね。ありえないよね。ね?」
確信が欲しくて語尾を強めるエマに、リュカはぐっと押し黙った。
「待って!? なんでそこで黙るの!? 絶対絶対ぜーーーーーーったいないって言ってよ!」
「いや、それは……ないと思いますけど……絶対とは言い切れないというか……先のことはわかりませんし……」
ガーン、と目に見えて絶望するエマに、リュカもなんとも言えない表情を作る。
「まぁ……ないですよ。当然。アンタはユーリの婚約者で、俺には何よりも優先する仕事がありますし」
そのユーリから派遣される場合があるんだよ、と頭を抱えたくなるエマである。
「だからそんな身構えないでくださいよ。つーか、自意識過剰」
「あでっ」
ばちこん、とデコピンを食らった。
可愛らしいものではなく、割と本気で痛いやつ。
しかし困ったように笑うリュカに、今から殺すぞ、なんて様子は全く感じられず、おでこをさすりながらエマは心底安心した様子でふにゃりと脱力した。
「よかったぁ~~~」
吐き出す息に乗せてそう安堵するエマに、リュカは少し不機嫌そうに表情を歪めた。
「……そんなに嫌ですかね」
視線を逸らしながら言うリュカに、
「嫌に決まってるよ!!!」
即答である。
「絶対嫌だよ。ね、リュカ、ずっと友達でいようね」
リュカの手を握り悲願するように言うエマに「もちろんですよ」とリュカは若干魂の抜けかかった様子で答える。
よっしゃー! と高らかに拳を上げて喜ぶエマの姿はもう見ていられない。
「………てか、こんな話しに来たわけじゃないんすよ」
「というと?」
「明日、卒業試験じゃないですか」
そんなリュカの言葉にエマは再び絶望へと引き戻される。
「ソーダネ」
「すげぇ嫌そうにしてるとこ悪いですけど、折り入ってお願いがありまして」
リュカがお願い? と首を捻るエマ。
「ちゃんと良い成績残して、ユーリと一緒にワーズに入ってくれませんか」
お前もか! と叫びたくなった。
これはもうこの世界の抑制力としか思えない。
「俺はユーリの従者ですから変わらず付いてはいるんですけど、やっぱ同じ研究員って立場のアンタが傍にいてくれると安心感が増すっていうか」
「はー……」
「聞いてます?」
よくよく聞いていますとも、とエマは力なく頷いた。
「それに、セットでいてくれた方が俺も楽というか」
「どういうこと?」
「アンタのことも見ておくように、ユーリに言われてますから」
つまり監視か。
エマは戦慄した。
末恐ろしいことに、どこで間違ったのか物語スタート前から怪しまれているようだ。
身の潔白を示したい。悪巧みの予定はないのだと。
しかしもうどうしていいのかわからない。
(だって、何もしてないのに……)
エマは今度こそ「ぬわーーー!」と頭を抱えて叫んだ。
ところがもう長い付き合いになるリュカである。またエマのマイワールドタイムが始まったかと、特に気にする様子もない。
「頼みますよ」
ポンと肩に手を置かれ、有無を言わさぬ迫力の篭った笑顔を向けられ、エマは押し黙る他なかった。
66
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
【完結】どうやら時戻りをしました。
まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。
辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。
時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。
※前半激重です。ご注意下さい
Copyright©︎2023-まるねこ
春告竜と二度目の私
こもろう
恋愛
私はどうなってもいい。だからこの子は助けて――
そう叫びながらも処刑された王太子の元婚約者カサンドル。
目が覚めたら、時が巻き戻っていた。
2021.1.23番外編追加しました。
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました
Blue
恋愛
幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。
【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる