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城砦を築け
しおりを挟む食堂では、それはそれは目立った。
パンを齧るエマをニコニコと眺めながら自分はコーヒーを傾けるだけのアル。彼は今や上等級魔法士。
どうやら食事を取っている姿自体珍しいようで、辺りには多種多様な声が囁かれていた。
その中でも「人間活動してる……」という声だけは流石に吹き出しそうになった。
たしかに、生物科に属しながら自分は死人のように白く、浮世離れした雰囲気は異質だ。
「エマちゃん、それブーメランだから」
「はぇ?」
「オレたちちょっと似てるよねぇ」
ギョッとした。
仕事柄だろうが、死霊や怨念、執念や呪い、その類のものを引っ下げながら平然としている男と、似ているところなんてありはしないはずだと、エマは思いっきり否定した。
「オレは自覚あるよ、不健康レベルの白さとか。でもキミは自分の事には無頓着なのかなぁ?」
無頓着なんて、とんでもない。
(自分が死なない為に必死の人生です)
そんな返事の代わりに、
「私はユーリの言い付けを守ってちゃんと光合成してますから、不健康ではありません」
自信を持って答えるが、笑われた。解せぬ。
エマはまた一口、豪快にパンに齧り付きミルクでそれを飲み下した。
「何だろうね、もっと根本的なところも似てるような気がするんだ。──いや、似てるとはまた違うかなぁ……うーん……やっぱり中を開かないとわからないや。エマちゃん、今日こそ解ぼ──」
「却下です!!!」
前のめりに拒否する。
この押し問答はそれこそ六年間続いているものだ。
ちぇ、とつまらなそうに口を尖らせる彼が、犯罪行動には走らないギリギリの常識を持っていて助かっている。
この人にばかりは、早くヒロインの存在が必要だと感じる。
面倒を肩代わりさせるようで悪いが、彼女とならばハッピーエンドだって望めるのだから、そう悪い話ではないだろう。
(ていうか、アルさんエンドってどんなだっけ?)
前世の記憶は断片的だ。
そもそも記憶力が特別良いわけでもなかった過去から、これだけ引き出せていることが奇跡的だった。
エマはアルに気付かれないくらいに、細い息を吐く。
何にせよ、ここからは慎重にいかねばならない。
エマはフェリクスに頼んで、ワーズへの入所を少し早めてもらっていた。なのでユーリたちも、他の入所者も、そしてヒロインもまだここにはいない。
後手には回る気はない。出来る限り備えておきたかった。
──先に自分だけのセーフティを築く。
そう、エマは意気込んでいた。
これだけ広い施設なのだ。自分からアクションを起こさない限り簡単には出会いもしないだろう。
物語上エマはヒロインと同じ精霊魔法科に入るのだが、それもちゃんと変えられている。
となればあとは、
(引き篭るのみ!)
その為にも、自分だけの城を築くのだ。
我ながら完全なる最善策だと、エマは自画自賛した。
「エマちゃん、そろそろトリップ終わった?」
「ハッ!」
目の前で生暖かい視線を送ってきているアル。
今は一人ではなかったのだとエマは慌てて愛想笑いを浮かべた。
アルはそんな姿も可笑しそうに見ながら、
「そういえば造形科の研究室、すごく綺麗になってたけど事前に頼んでたの?」
ふと思い出したように問うた。
「いえ、昨日のうちに片付けました」
「え?」
「かなり頑張りました。お陰で実は筋肉痛が酷いです……」
エマのそんな返答にアルは一瞬固まった後、
「こ、公爵令嬢が、掃除で、筋肉痛……」
顔面を覆い隠して、肩を震わせた。
何がそんなに面白いのかは知らないが、エマとしては少しくらい褒めてもらいたいくらいの労働だったのだ。笑われることではない。
「エマちゃんってほんと、変わってるねぇ」
あなたに言われたくないんですが、という言葉は飲み込んで、エマは立ち上がった。
「そろそろ失礼しますね」と気のない言葉を残し、食器を纏め始める。
「置いとけば片付けてもらえるよ」
「……」
聞くが早いか、エマはそそくさと退散に掛かる──が、まぁそう簡単に逃れられるわけもなく。
「オレ今日は非番だから、一緒にじっくり回れるね」
──んん?
どういう意味かと見上げれば、にっこり笑顔を返された。
「新人ちゃんにはガイドが必要でしょ」
「ああ…そういう……いいですよ。お気持ちだけで」
ていうか、出来るだけ関わり合いたくないのに、わざわざ非番まで潰して付き合われても色んな意味で困るのだ。
「迷子にならない? 穴場の魔道具屋さんとか知りたくない?」
「う゛っ……!」
「綺麗になったとはいえ、研究室には足りないものも多いでしょ?」
「ぐぬっ……!」
ねーねー、とあくどい笑みで擦り寄ってくるアルに、エマはギリィ…と悔しげな表情を浮かべる。
魅力的な誘いに吸い寄せられそうだ。
一人でゆっくり詮索するには時間は足りない。案内してもらえるのなら何よりも効率的だろう。
ここに長く居る魔法士に、しかも穴場まで紹介してくれるとなると……
「乗らないわけないよねぇ?」
自信満々か、と呆れるが今はこの勢いに流されるのもいいかとも思えた。
「あ、そうだ。エマちゃん」
「? はい」
「改めて、ようこそワーズへ」
そう言われて、エマは数秒時間が止まったような心地になった。
複雑ではあるが何だか少し嬉しい。
何の根拠もないが、自分はちゃんと自分だけの人生を歩めているのではないか、そんな風にさえ思えた。
だからこの言葉に、エマは心の底からの笑顔で返した。
願わくばこの先も変わらない、なだらかな幸福が続けばいいのに──そんなことを考えていた。
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