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2 うつくしいひと
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騎士団という場所において自分が浮いた存在であることを、リュカ・キルシュバウムは自覚していた。
王城の敷地内にある騎士団の詰所の中には、今年入団した騎士見習いたちが集まっている。二十人ほどいる男たちの年齢はさまざまだが、みんな体格がよく、リュカのように貧相な身体つきの男なんてひとりもいない。
めずらしい黒い髪と紫色の瞳。白い肌と中性的な顔立ち。小柄な上に童顔なので、リュカは実年齢の十九歳よりも若くみられることが多かった。
にやにやと意味ありげに笑いながら男たちがこちらに向けてくる視線は、どう考えても好意的なものではない。
「おい、ガキがいるぞ」
「お貴族様の学校と間違えてやしないか」
「あいつが一年持たないほうに賭けてもいいぜ」
あからさまな嘲笑や侮蔑のことばが聞こえてくる。彼らが今日から同期になるのかと思うと、なんだか気が重くなってきた。その上、見習い全員が同じ寮で生活するのだ。
リュカとしてはなるべく穏便に過ごしたいが、幼いころから特殊な環境で暮らしてきたという事情もあって、なおさら不安は募っていく。
入団初日である今日は午後に集合し、騎士見習いたちの入団式が執り行われた。式のあとは騎士団における規律や寮生活の注意点などの説明が行われ、敷地内の施設を見て回ってから、最後に寮の鍵と制服を受け取って終了となる。
「リュカ・キルシュバウム。きみには、サイファート隊長の側仕えをしてもらう」
名前を呼ばれて前に出ると、事務官はそう言いながら部屋の鍵を渡してきた。
リュカは騎士に詳しくないので知らなかったが、どうやら有名な騎士の名前らしい。一瞬にして、室内がざわめき出す。
「サイファート隊長、ですか?」
「気難しい方だが、励みなさい」
「……はい」
なんとも不安になる助言をいただいてしまった。
この国で騎士になる方法は、ふたつある。ひとつ目は士官学校で三年間学び、騎士に叙任される方法。ふたつ目は見習いとして騎士団に入り、三年間の見習い期間を経てから騎士に叙任される方法。一般的に貴族は前者を選び、平民は後者を選ぶことが多い。
士官学校を卒業して騎士になった場合は、学校を卒業する時点で騎士に叙任されるが、リュカのように騎士見習いとして入団したものは、三年間の見習い期間を経てから正式な騎士に叙任される。
見習い期間中は、騎士として必要な剣技や知識を身につけながら、先輩騎士の側仕えとして日々の雑務をこなしていく。騎士と見習いはふたりで同じ部屋を使い、寝食を共にする決まりになっていた。
「サイファートって、あの青炎の?」
「気の毒にな……」
「こりゃ、一年どころか一ヶ月持つかどうかあやしいもんだ」
通例では見習いが仕える相手は一般騎士のはずなのだが、リュカの仕える相手は隊長だという。しかも、ほかの騎士見習いたちの反応から察するに、あまり評判のいい隊長ではないようだ。
今日からはじまる新生活に、いきなり暗雲が立ち込めているような予感がした。
事務官から、一般騎士用の寮ではなく、隊長以上の騎士が寝泊まりしている特別寮に向かうよう指示され、建物の中に足を一歩踏み入れた途端、リュカは思わず立ちすくんでしまった。
「うわ……」
詰所や一般騎士の寮も立派な建物だったが、特別寮は格別だった。外観こそほかの建物と統一されているが、内装は比べものにならない。簡素な内装の一般寮とは違い、特別寮の玄関ホールや廊下には絵画や高級そうな花瓶など、美術品の類がそこかしこに置かれていた。
役職に応じて住処が豪勢になるのは当然なのかもしれないが、騎士団に貴族が多いことや、この国の第二王子が在籍していることも少なからず影響しているに違いない。
二階に上がり、指定された部屋のドアをノックすると、すぐに「入れ」と応答があった。
「……失礼いたします」
声をかけてから室内に入って、想像よりも部屋の中が広いことに息を飲んだ。
廊下から入って短い通路の先にある部屋が主室のようで、入り口から向かって右手にはローテーブルを挟んで三人掛けのソファがふたつ並び、奥の壁には暖炉が据えてあった。左手には六人掛けのテーブルが置かれていて、廊下側の壁には本棚やガラス扉がついた棚がずらりと並んでいる。
正面は大きな掃き出し窓になっていて、バルコニーに続いているようだ。右側の壁にはドアがあるので、その先が寝室なのかもしれない。室内は広々とていて、重厚感のある家具はすべてが高級品に見えた。
「……っ」
室内をぐるりと見渡して、ようやくこの部屋の主を見つけた。左手のテーブルの奥、執務机の前に座っていた男とまっすぐに視線が合う。
やたらと顔立ちの整った男だった。やわらかそうな明るい色の金髪。すっと通った鼻筋。細く形のいい眉に、つりあがった切れ長の瞳。特に瞳が印象的で、アクアマリンのように澄んだうつくしいライトブルーに、しばし見惚れてしまった。
身体は制服の上からでもわかるほどに鍛えられているが、過剰な筋肉がついているわけではない。作りもののように整った容姿と鋭い目つきが、近寄りがたい独特の雰囲気を作り出していた。
「……どうした?」
動きを止めたリュカを見て、男が怪訝そうな表情を浮かべる。
「し、失礼しました。本日よりサイファート隊長の側仕えとなりましたリュカ・キルシュバウムと申します。ご指導よろしくお願いいたします」
「ああ、アレックス・サイファートだ」
そう言って、サイファートは気だるそうに髪を掻き上げた。ちょっとしたしぐさが絵になる男だった。こんなにうつくしいひとを、リュカは生まれてはじめて見た。
隊長だというので年長の騎士を想像していたが、サイファートはずいぶんと若く見える。リュカより年上には違いないが、三つか四つくらいしか変わらないのではないだろうか。
このランズベリー王国の騎士団は、担当範囲ごとに各団長が取り仕切っていて、リュカが配属されたのは王都警備を担当する蒼衛騎士団だ。同じ敷地内には、王族警護を担当する金衛騎士団と王城警備を担当する銀衛騎士団の建物もあるが、どちらも士官学校を卒業した貴族でなければ配属されない組織となっている。
各騎士団はさらに十人程度の騎士から構成される隊に分かれていて、サイファートはそのひとつを任されている隊長だ。
王城の敷地内にある騎士団の詰所の中には、今年入団した騎士見習いたちが集まっている。二十人ほどいる男たちの年齢はさまざまだが、みんな体格がよく、リュカのように貧相な身体つきの男なんてひとりもいない。
めずらしい黒い髪と紫色の瞳。白い肌と中性的な顔立ち。小柄な上に童顔なので、リュカは実年齢の十九歳よりも若くみられることが多かった。
にやにやと意味ありげに笑いながら男たちがこちらに向けてくる視線は、どう考えても好意的なものではない。
「おい、ガキがいるぞ」
「お貴族様の学校と間違えてやしないか」
「あいつが一年持たないほうに賭けてもいいぜ」
あからさまな嘲笑や侮蔑のことばが聞こえてくる。彼らが今日から同期になるのかと思うと、なんだか気が重くなってきた。その上、見習い全員が同じ寮で生活するのだ。
リュカとしてはなるべく穏便に過ごしたいが、幼いころから特殊な環境で暮らしてきたという事情もあって、なおさら不安は募っていく。
入団初日である今日は午後に集合し、騎士見習いたちの入団式が執り行われた。式のあとは騎士団における規律や寮生活の注意点などの説明が行われ、敷地内の施設を見て回ってから、最後に寮の鍵と制服を受け取って終了となる。
「リュカ・キルシュバウム。きみには、サイファート隊長の側仕えをしてもらう」
名前を呼ばれて前に出ると、事務官はそう言いながら部屋の鍵を渡してきた。
リュカは騎士に詳しくないので知らなかったが、どうやら有名な騎士の名前らしい。一瞬にして、室内がざわめき出す。
「サイファート隊長、ですか?」
「気難しい方だが、励みなさい」
「……はい」
なんとも不安になる助言をいただいてしまった。
この国で騎士になる方法は、ふたつある。ひとつ目は士官学校で三年間学び、騎士に叙任される方法。ふたつ目は見習いとして騎士団に入り、三年間の見習い期間を経てから騎士に叙任される方法。一般的に貴族は前者を選び、平民は後者を選ぶことが多い。
士官学校を卒業して騎士になった場合は、学校を卒業する時点で騎士に叙任されるが、リュカのように騎士見習いとして入団したものは、三年間の見習い期間を経てから正式な騎士に叙任される。
見習い期間中は、騎士として必要な剣技や知識を身につけながら、先輩騎士の側仕えとして日々の雑務をこなしていく。騎士と見習いはふたりで同じ部屋を使い、寝食を共にする決まりになっていた。
「サイファートって、あの青炎の?」
「気の毒にな……」
「こりゃ、一年どころか一ヶ月持つかどうかあやしいもんだ」
通例では見習いが仕える相手は一般騎士のはずなのだが、リュカの仕える相手は隊長だという。しかも、ほかの騎士見習いたちの反応から察するに、あまり評判のいい隊長ではないようだ。
今日からはじまる新生活に、いきなり暗雲が立ち込めているような予感がした。
事務官から、一般騎士用の寮ではなく、隊長以上の騎士が寝泊まりしている特別寮に向かうよう指示され、建物の中に足を一歩踏み入れた途端、リュカは思わず立ちすくんでしまった。
「うわ……」
詰所や一般騎士の寮も立派な建物だったが、特別寮は格別だった。外観こそほかの建物と統一されているが、内装は比べものにならない。簡素な内装の一般寮とは違い、特別寮の玄関ホールや廊下には絵画や高級そうな花瓶など、美術品の類がそこかしこに置かれていた。
役職に応じて住処が豪勢になるのは当然なのかもしれないが、騎士団に貴族が多いことや、この国の第二王子が在籍していることも少なからず影響しているに違いない。
二階に上がり、指定された部屋のドアをノックすると、すぐに「入れ」と応答があった。
「……失礼いたします」
声をかけてから室内に入って、想像よりも部屋の中が広いことに息を飲んだ。
廊下から入って短い通路の先にある部屋が主室のようで、入り口から向かって右手にはローテーブルを挟んで三人掛けのソファがふたつ並び、奥の壁には暖炉が据えてあった。左手には六人掛けのテーブルが置かれていて、廊下側の壁には本棚やガラス扉がついた棚がずらりと並んでいる。
正面は大きな掃き出し窓になっていて、バルコニーに続いているようだ。右側の壁にはドアがあるので、その先が寝室なのかもしれない。室内は広々とていて、重厚感のある家具はすべてが高級品に見えた。
「……っ」
室内をぐるりと見渡して、ようやくこの部屋の主を見つけた。左手のテーブルの奥、執務机の前に座っていた男とまっすぐに視線が合う。
やたらと顔立ちの整った男だった。やわらかそうな明るい色の金髪。すっと通った鼻筋。細く形のいい眉に、つりあがった切れ長の瞳。特に瞳が印象的で、アクアマリンのように澄んだうつくしいライトブルーに、しばし見惚れてしまった。
身体は制服の上からでもわかるほどに鍛えられているが、過剰な筋肉がついているわけではない。作りもののように整った容姿と鋭い目つきが、近寄りがたい独特の雰囲気を作り出していた。
「……どうした?」
動きを止めたリュカを見て、男が怪訝そうな表情を浮かべる。
「し、失礼しました。本日よりサイファート隊長の側仕えとなりましたリュカ・キルシュバウムと申します。ご指導よろしくお願いいたします」
「ああ、アレックス・サイファートだ」
そう言って、サイファートは気だるそうに髪を掻き上げた。ちょっとしたしぐさが絵になる男だった。こんなにうつくしいひとを、リュカは生まれてはじめて見た。
隊長だというので年長の騎士を想像していたが、サイファートはずいぶんと若く見える。リュカより年上には違いないが、三つか四つくらいしか変わらないのではないだろうか。
このランズベリー王国の騎士団は、担当範囲ごとに各団長が取り仕切っていて、リュカが配属されたのは王都警備を担当する蒼衛騎士団だ。同じ敷地内には、王族警護を担当する金衛騎士団と王城警備を担当する銀衛騎士団の建物もあるが、どちらも士官学校を卒業した貴族でなければ配属されない組織となっている。
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