【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

村松砂音(抹茶砂糖)

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3 側仕えの仕事

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「すぐに着替えてまいります。なにからはじめればよろしいでしょうか?」
「ああ。側仕えの仕事はしなくていい」

 サイファートの言っていることがリュカには理解できなかった。

「……しなくていい、と言いますと?」
「そのままの意味だ。おまえはオレの側仕えになったが、おまえに側仕えの仕事をさせるつもりはない」

 ますます意味がわからない。

「……どうして、ですか?」
「この特別寮では側仕えが必要ないからだ。使用人のように雑用を依頼できる専門の職員がいる。掃除、寝具の交換、洗濯物の回収に配達。さらには、食事や飲み物も部屋まで運んでくれる」

 一般騎士の寮では、掃除は側仕えがする仕事だと説明があった。それ以外にも、お茶や食事の給仕、書類を届けるなど、側仕えはあらゆる雑務を行う。洗濯については、一般寮も特別寮も変わりなく、毎日指定の場所に出せば専門の職員が洗濯してくれるようになっているが、特別寮では洗濯物を運ぶ手間さえ職員が行ってくれるようだ。

「各部屋に備えられている魔道具で呼べば、職員が部屋までやってくる仕組みだ」

 魔道具とは、魔法効果の込められた道具の総称だ。魔法を使えないひとでも、少量の魔力を込めるだけで使用できるように作られている。
 特別寮に置かれているのは、おそらく呼び出し用の魔道具なのだろう。寮の照明も魔道具を使っているため、夜でも明るい部屋で過ごせるのだと聞いていた。

 そういった連絡手段や照明、上下水道、調理器具、食品の保存庫など、人々の生活を豊かにしてくれる魔道具が一般的に知られているが、中には魔物退治に特化した魔道具など、特殊な作用をもたらすものもあるらしい。
 近年、新たな魔道具の開発が積極的に進められているが、製作できる職人が少ないことからとても高価なものとなっていた。リュカの生家は貴族であるが、魔道具にはあまり馴染みがない。

「しかし、規則が……」

 見習いが側仕えとして先輩騎士の身の回りの世話をするのは、規則で決まっていることだ。

「側仕えに仕事を頼まず、罰せられることはない」

 側仕えの仕事内容は、訓練に支障が出ないこと、良識の範囲であることが条件であり、側仕えに依頼する仕事内容は主人である騎士の裁量に委ねられている。
 サイファートの言ったことは間違っていない。そして、リュカはサイファートの言うことを聞かねばならない立場にある。側仕えにとって仕える騎士は主人なのだから。

 どちらにせよ、たとえリュカが側仕えの仕事をしなくても、サイファートにとって問題がないのは事実であるらしい。だが、雑用をする必要がないのなら、リュカが隊長であるサイファートの側仕えになった理由がわからない。

「そもそも、オレには側仕えなんて必要なかったんだ。頼まれたから引き受けたまでだ」
「そうなんですか?」

 サイファートの顔には、「面倒だ」とあからさまに書いてあった。だれかにリュカを側仕えにしてほしいと頼まれ、仕方なく引き受けたといったところか。
 サイファートの態度の理由はわかったが、わざわざリュカの主人に隊長を選んだ理由はわからないままだ。役職のない騎士ではなくわざわざ隊長を頼んだのは、なにか事情があったのだろうか。

「……まあ、実際におまえを見て理解したよ。おまえは狼の群れに飛び込んだ羊のようなものだからな」
「ひつじ、ですか……?」
「ここは男しかいないからな。おまえは格好の餌食だってことだ」

 同性から性的な対象として見られたことのあるリュカには、サイファートの婉曲なことばの意味が理解できた。

「そういうことでしたか。……お気遣い、ありがとうございます」
「気遣ったのはオレじゃない」

 ようやく納得がいった。リュカがもめごとを起こすのが目に見えているから、ほかの騎士たちと関わりにくい特別寮に入れたのだ。リュカを気遣ったというよりも、風紀の乱れを防ぎたかったのかもしれない。

「夕食の時間まで好きにしていろ。なにか飲みたいのなら、この部屋を出て左手にある調理場で頼むといい」
「……わかりました」
「そのドアの先が寝室だ。右側のベッドや家具はおまえの好きに使っていい」
「はい、ありがとうございます」

 サイファートが指で示したのは、入り口から右手の壁にあるドアだった。とりあえず荷物を置いて制服に着替えようと思い、寝室の中へと入って面食らった。
 ひとつの部屋の中にベッドがふたつ並んでいる。これほど豪勢な部屋なのに、まさか寝室が分かれていないとは思っていなかった。室内は広く、ふたつのベッドのあいだはそれなりに離れているが、衝立などが置かれているわけでもない。
 だれかと同じ部屋で眠るなんて、まったく経験がなかった。サイファートだって、同じ部屋にリュカがいたのでは落ち着かないだろうに。

「これじゃ、迷惑だって思われてもしかたないな……」

 ひとりでも不便がないのなら、使いようのない側仕えなんて邪魔なだけだ。ひとり部屋のほうが、だれかに気兼ねすることもなく、過ごしやすいに決まっている。

 主室にあったソファやテーブルも高級品に見えたが、寝室にある家具や寝具も高価なものであると一目でわかった。リュカが座っても、ベッドは軋む音ひとつ立てない。なめらかな手触りのシーツに、程よい硬さの枕や暖かそうな毛布まで揃っている。さぞ寝心地がいいことだろう。
 右側の壁には、扉と引き出しのついた大きなワードローブが置かれていた。その中に支給された訓練服と家から持ってきた私服や下着をしまい、ペンやインクなどの細かい持ち物はベッドのそばにあった棚の引き出しに入れる。最後に、見習い用の制服に着替えてから寝室を出た。

 リュカが執務机に近づいていくと、サイファートは書類から顔を上げ、無言で視線を向けてきた。こちらを見据える瞳はぞっとするほどきれいで、サイファートに見られているだけでどこか落ち着かない気持ちになってしまう。
 意外にも、制服姿のリュカを見たサイファートは、かすかに笑みを浮かべた。

「へえ……おまえ、十九だったか。制服だと多少は年相応に見えてくるな」
「そう、ですか? ……ありがとうございます」

 どちらかといえばからかうような笑みだったが、笑っただけで雰囲気がかなりやわらかくなる。礼を言ったリュカに、サイファートは怪訝そうな顔を返した。嫌味のつもりだったのかもしれない。

「一度、寮の中を見て回ってきます。すぐ戻りますので、なにかありましたらお申しつけください」
「ああ、ゆっくり見てこい。もし、だれかになにか言われたら、オレの側仕えだと言えよ」
「……はい。わかりました」

 見慣れない見習いがうろついていたら、不審に思われることもあるだろう。リュカが呼び止められることも想定して、気遣ってくれたのだとわかった。
 そっけない態度かと思えば親切で、いったいサイファートがリュカをどう思っているのかよくわからない。
 もし、彼の迷惑になっているのなら、早々にべつの隊長の側仕えになりたかったが、リュカにそんな権限があるはずもない。いったいだれに頼まれたのか、まずはそれを教えてもらう必要がありそうだ。

 部屋を出るとき背中に強い視線を感じたが、サイファートは無言で見てくるばかりで、リュカに声をかけてくることはなかった。
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