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4 特別寮
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確かに、これなら側仕えなんて必要ないかもしれない。リュカがそう思えるほど、特別寮の設備は充実していた。
一階は食堂や大浴場、洗濯物の受付、応接室など、共有の設備がまとまっていて、娯楽室や酒を提供する酒場のような部屋もあった。
二階は隊長たちの部屋が並び、サイファートが教えてくれた通り、飲み物や軽食が注文できる調理場や喫茶室も備わっている。
三階は二階と同様に隊長の部屋のほか、団長と副団長、さらには第二王子の部屋があり、一部の区域は許可がないと立ち入ることもできなかった。
二階に戻って調理場の受付に立ち寄ったところで、リュカはひとりの青年に声をかけられた。見習い用の制服を着ているが、見覚えがないので先輩のようだ。
「見かけない顔だね。新人さんかな?」
「あ、はい。本日より見習いとなりました、リュカ・キルシュバウムと申します」
「僕は、ニコラ・トルイユ。きみよりも一年先輩だよ。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ニコラは、物腰のやわらかな青年だった。焦げ茶色の髪と榛色の瞳を持っていて、派手ではないがよく見ると整った顔立ちをしている。リュカよりも上背があり、細身だが筋肉もついていた。
「特別寮にいるということは、もしかして隊長の側仕えになったの?」
「はい。サイファート隊長の側仕えになりました」
「へえ、めずらしいな。隊長の側仕えになる新人なんてほとんどいないのに、しかもサイファート隊長だなんて」
「やっぱり、めずらしいことなんですね……」
「うん。僕も隊長の側仕えをしているんだけど、もし時間があるなら話をしない? 先輩として少しは助言できると思うよ」
「はい。ぜひ、ごいっしょさせてください」
先輩の話を聞かせてもらえるなんて、リュカにとって願ってもない申し出だった。今年の新人で隊長の側仕えになったのはリュカひとりだけのようなので、同期には相談しづらい。
ニコラと連れ立って調理場の隣にある喫茶室へと入り、紅茶を飲みながら話をすることになった。ニコラはロアン・ハルネスという隊長の側仕えをしているそうで、偶然にも部屋はサイファートとリュカの隣だった。
「なにかあったら、いつでも部屋に来ていいからね」
「ありがとうございます。……あの、サイファート隊長はどういった方なんでしょうか?」
「僕もよくは知らないんだけどね。サイファート公爵家の三男で、年はたしか二十三歳。士官学校で優秀な成績を修め、卒業後たった一年で隊長になったんだ。隊長の中では最年少じゃないかな。ああ、でもウィルフリッド殿下も同い年か。おふたりは従兄弟で、士官学校のご同輩だったらしいよ」
「ウィルフリッド殿下と……」
ウィルフリッド・ランズベリー第二王子殿下。王族でありながら騎士団に所属していて、現在はこの蒼衛騎士団で隊長を務めている。未来の騎士団長候補とも噂されている人物だ。
その名前を聞いて思わずぎくりとしてしまったのは、父親の命令を思い出したからだ。
「個人的にサイファート隊長と喋ったことはないんだけど、隊長としては優秀な方だと聞いているよ。部下には厳しくて近寄りがたい印象だけど、とにかくご本人の能力が高くて、部下への指示も的確なんだって。あれほどの剣技と魔法を兼ね備えた騎士は、この国の全騎士団を探してもなかなかいないだろうね」
剣だけでなく、魔法を使える騎士は貴重だ。すべての人間が魔法を使えるわけではなく、むしろ魔法を使える人間のほうが希少だからだ。
この世界の人間は、生まれながらに魔力を持っている。魔力は生活しているだけで消費し、睡眠や食事によって回復することが可能だ。
魔力量には個人差があるが、大多数の人間は生活するために必要な最低限の魔力量しか保有していない。魔力を失いすぎると、頭痛やめまい、吐き気、倦怠感などに襲われ、まともに立っていることさえできなくなる。だから、魔法を使える人間は少ない。
魔法の行使には、前提として十分な魔力量が必要だが、専門家の指導による訓練や資格の所持も必須とされていた。魔力を消費し過ぎると身体に影響があるため、魔力の消費量を調整するための技術を身につけなければならない。
魔力量の少ないリュカにとっては、魔法なんて夢のような世界だ。
「リュカは、サイファート隊長とうまくやっていけそう?」
「それが……側仕えの仕事をまかせるつもりはないと言われてしまいまして、困っているんです」
リュカの返事を聞いて、ニコラは軽く目を見開いた。
「サイファート隊長は、だれかに頼まれて俺を側仕えにしただけで、もともと側仕えが必要なわけではなかったようなんです。だったら、ほかに側仕えを必要とされる隊長がいなかったのかと思ったんですが……側仕えは希望制なんですよね?」
ひとりが気楽だという騎士もいれば、自分の身の回りの世話をしてくれる側仕えが必要だという騎士もいる。
毎年入団する見習いの人数よりも在籍している騎士のほうが圧倒的に多いので、希望者のうち役職の高い騎士から側仕えを割り当て、一般騎士には抽選で当たったものだけに側仕えをつけているのだと聞いていた。
だったら、側仕えを必要としていなかったサイファートにリュカをつけるよりも、リュカをほかの隊長につけたほうがお互いにとってよかったのではないだろうか。
「確かに希望制なんだけど……一般の騎士ならともかく、隊長クラスになると側仕えを必要とする方はあまりいらっしゃらないんじゃないかな。特別寮は施設が充実しているし、職員も常駐しているからね。……隊長は全員で三十名いるけど、側仕えは私たちを含めても六人だったはずだ」
やはり、隊長の側仕えになるというのはかなりめずらしいことなのだ。
「……そんなに少ないんですね。ここには隊長全員が住んでいらっしゃるんですか?」
「全員分の部屋はあるけど、家庭がある方は城外にある屋敷から通っていらっしゃるよ。たまには寮に泊まることもあるようだけど。そういう方々は側仕えを必要としないだろうね」
特別寮において側仕えを必要としない理由がよくわかった。おそらく、ほかに側仕えを希望する隊長がいなかったから、サイファートが貧乏くじを引いてしまったのだ。最年少の隊長であるなら、なおさら可能性が高そうだ。
一階は食堂や大浴場、洗濯物の受付、応接室など、共有の設備がまとまっていて、娯楽室や酒を提供する酒場のような部屋もあった。
二階は隊長たちの部屋が並び、サイファートが教えてくれた通り、飲み物や軽食が注文できる調理場や喫茶室も備わっている。
三階は二階と同様に隊長の部屋のほか、団長と副団長、さらには第二王子の部屋があり、一部の区域は許可がないと立ち入ることもできなかった。
二階に戻って調理場の受付に立ち寄ったところで、リュカはひとりの青年に声をかけられた。見習い用の制服を着ているが、見覚えがないので先輩のようだ。
「見かけない顔だね。新人さんかな?」
「あ、はい。本日より見習いとなりました、リュカ・キルシュバウムと申します」
「僕は、ニコラ・トルイユ。きみよりも一年先輩だよ。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ニコラは、物腰のやわらかな青年だった。焦げ茶色の髪と榛色の瞳を持っていて、派手ではないがよく見ると整った顔立ちをしている。リュカよりも上背があり、細身だが筋肉もついていた。
「特別寮にいるということは、もしかして隊長の側仕えになったの?」
「はい。サイファート隊長の側仕えになりました」
「へえ、めずらしいな。隊長の側仕えになる新人なんてほとんどいないのに、しかもサイファート隊長だなんて」
「やっぱり、めずらしいことなんですね……」
「うん。僕も隊長の側仕えをしているんだけど、もし時間があるなら話をしない? 先輩として少しは助言できると思うよ」
「はい。ぜひ、ごいっしょさせてください」
先輩の話を聞かせてもらえるなんて、リュカにとって願ってもない申し出だった。今年の新人で隊長の側仕えになったのはリュカひとりだけのようなので、同期には相談しづらい。
ニコラと連れ立って調理場の隣にある喫茶室へと入り、紅茶を飲みながら話をすることになった。ニコラはロアン・ハルネスという隊長の側仕えをしているそうで、偶然にも部屋はサイファートとリュカの隣だった。
「なにかあったら、いつでも部屋に来ていいからね」
「ありがとうございます。……あの、サイファート隊長はどういった方なんでしょうか?」
「僕もよくは知らないんだけどね。サイファート公爵家の三男で、年はたしか二十三歳。士官学校で優秀な成績を修め、卒業後たった一年で隊長になったんだ。隊長の中では最年少じゃないかな。ああ、でもウィルフリッド殿下も同い年か。おふたりは従兄弟で、士官学校のご同輩だったらしいよ」
「ウィルフリッド殿下と……」
ウィルフリッド・ランズベリー第二王子殿下。王族でありながら騎士団に所属していて、現在はこの蒼衛騎士団で隊長を務めている。未来の騎士団長候補とも噂されている人物だ。
その名前を聞いて思わずぎくりとしてしまったのは、父親の命令を思い出したからだ。
「個人的にサイファート隊長と喋ったことはないんだけど、隊長としては優秀な方だと聞いているよ。部下には厳しくて近寄りがたい印象だけど、とにかくご本人の能力が高くて、部下への指示も的確なんだって。あれほどの剣技と魔法を兼ね備えた騎士は、この国の全騎士団を探してもなかなかいないだろうね」
剣だけでなく、魔法を使える騎士は貴重だ。すべての人間が魔法を使えるわけではなく、むしろ魔法を使える人間のほうが希少だからだ。
この世界の人間は、生まれながらに魔力を持っている。魔力は生活しているだけで消費し、睡眠や食事によって回復することが可能だ。
魔力量には個人差があるが、大多数の人間は生活するために必要な最低限の魔力量しか保有していない。魔力を失いすぎると、頭痛やめまい、吐き気、倦怠感などに襲われ、まともに立っていることさえできなくなる。だから、魔法を使える人間は少ない。
魔法の行使には、前提として十分な魔力量が必要だが、専門家の指導による訓練や資格の所持も必須とされていた。魔力を消費し過ぎると身体に影響があるため、魔力の消費量を調整するための技術を身につけなければならない。
魔力量の少ないリュカにとっては、魔法なんて夢のような世界だ。
「リュカは、サイファート隊長とうまくやっていけそう?」
「それが……側仕えの仕事をまかせるつもりはないと言われてしまいまして、困っているんです」
リュカの返事を聞いて、ニコラは軽く目を見開いた。
「サイファート隊長は、だれかに頼まれて俺を側仕えにしただけで、もともと側仕えが必要なわけではなかったようなんです。だったら、ほかに側仕えを必要とされる隊長がいなかったのかと思ったんですが……側仕えは希望制なんですよね?」
ひとりが気楽だという騎士もいれば、自分の身の回りの世話をしてくれる側仕えが必要だという騎士もいる。
毎年入団する見習いの人数よりも在籍している騎士のほうが圧倒的に多いので、希望者のうち役職の高い騎士から側仕えを割り当て、一般騎士には抽選で当たったものだけに側仕えをつけているのだと聞いていた。
だったら、側仕えを必要としていなかったサイファートにリュカをつけるよりも、リュカをほかの隊長につけたほうがお互いにとってよかったのではないだろうか。
「確かに希望制なんだけど……一般の騎士ならともかく、隊長クラスになると側仕えを必要とする方はあまりいらっしゃらないんじゃないかな。特別寮は施設が充実しているし、職員も常駐しているからね。……隊長は全員で三十名いるけど、側仕えは私たちを含めても六人だったはずだ」
やはり、隊長の側仕えになるというのはかなりめずらしいことなのだ。
「……そんなに少ないんですね。ここには隊長全員が住んでいらっしゃるんですか?」
「全員分の部屋はあるけど、家庭がある方は城外にある屋敷から通っていらっしゃるよ。たまには寮に泊まることもあるようだけど。そういう方々は側仕えを必要としないだろうね」
特別寮において側仕えを必要としない理由がよくわかった。おそらく、ほかに側仕えを希望する隊長がいなかったから、サイファートが貧乏くじを引いてしまったのだ。最年少の隊長であるなら、なおさら可能性が高そうだ。
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