【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

村松砂音(抹茶砂糖)

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「ずいぶんと大胆な格好をしていたよな。頭と腰以外はほとんど隠れていなかった。あれで話をするだけなんて冗談にしか思えない。本当は、得意客には身体を使っていたんじゃないのか? おまえの身体は特殊なんだから、娼館で使わない手はないだろ。なあ、俺にも試させてくれよ。金が必要なら望む金額を用意してやる」
「あなたがどう思っていようと、俺は酌や話をしていただけです。この身体を明け渡すことはできません」
「……おまえ、自分の立場がわかってるのか?」
「俺があなたに脅されていることは理解しています。……ですが、どうかだれにも言わないでください。お願いします」

 リュカが頭を下げると、ハルネスは怪訝そうに顔をゆがめた。

「それは……俺に身体を差し出すって意味でいいんだよな?」
「いいえ、あなたは俺を抱きたいわけではありませんよね。本当は、俺に騎士団からいなくなってほしいと思っている。娼館で派手に稼いでいた男娼が騎士団に入るなんて、なにか企んでいると思われてもしかたがありません。ましてや、俺は魔力欠乏体質です。俺がなにか問題を起こして、ニコラが巻き込まれるのがあなたは怖いんですよね?」
「え……? それで、リュカに近づくなと言ったり、急に食堂へ行かなくなったりしたんですか?」

 それまで黙っていたニコラが茫然とつぶやき、リュカとハルネスの顔を交互に見る。ニコラに問いかけられて、ハルネスはようやく顔をこわばらせた。

「俺の家は男爵家ですが、困窮しています。男娼として働いていたのは父の店で、騎士団に入ったのも父に言われたからです。第二王子を誘惑し、寵愛を得てこいと。一年以内にそれがかなわなければ、俺の妹は家のために望まぬ相手と結婚させられます」

 さすがのハルネスもリュカが入団した理由までは知らなかったらしく、あっけにとられたような顔をしていた。

「男爵家の次男というのは偽りじゃなかったのか。同情はするが、だからと言っておまえを好きにさせるわけにはいかない」
「ニコラを傷つけるようなことはしません。あなたが望むなら、あなたとニコラには今後一切話しかけません。それに、俺は問題を起こす気もありません。特別寮で問題を起こすような方はいませんし、寮の外では護衛もついています」
「問題を起こす気はない? そんな保証はどこにもないだろう」

 ハルネスの言う通りだ。リュカの言うことが守られる保証なんてどこにもない。不安はずっとついて回るのだ。リュカが騎士団にいる限り。
 敵対心を隠さない顔でハルネスがこちらを睨みつけてくる。説得するのはむずかしいかもしれない。でも、リュカは騎士団をやめるわけにはいかない。

 次のことばを探しあぐねているとき、声を発したのはニコラだった。

「ごめん、リュカ。僕のせいだ」
「おい、ニコラ……やめろ、やめてくれ……俺が悪かった、頼む」

 頭を下げたニコラを見て、隣のハルネスが強引にニコラの身体を起こさせる。ハルネスは苦しそうな声で懇願を繰り返した。この男のそんな情けない声を、リュカははじめて聞いた。

「いいえ、あなたは僕たちのことにリュカを巻き込んだ。リュカは被害者です。なにも悪くないのに」
「だが、ニコラ……」
「だがじゃないです。リュカがいつ問題を起こすかわからないというなら、僕も同じですよね。僕は一度問題を起こしました。二度目がない保証なんてない」

 ニコラのことばに、ハルネスの顔がいっそうゆがむ。

「あんなことは二度と起こらない。俺のお気に入りであるおまえに手を出すやつなんて、この騎士団にはいない。だいたい、リュカとおまえでは条件がまったく違うだろう。リュカは、男娼で魔力欠乏体質なんだ」
「リュカは青炎の騎士、アレックス・サイファートの側仕えですよ。騎士も見習いも全員がそれを知っています。リュカに手を出す命知らずはいない。今日の模擬戦も噂になっていますよ。あなたが模擬戦で相手をしたから、彼は本気を出せた。自分の実力を周りに見せつけられた。あなたは彼に利用されたんです。……これで、あなたと僕がリュカの秘密を守っていれば、条件は変わらない」

 ニコラは、黙り込んだハルネスからリュカのほうへと視線を移動させ、苦笑を浮かべた。

「ごめん、リュカ。すごく怖がらせたと思うけど、どうかこのひとを許してやってほしい。……このひとは悪気があったわけじゃなくて、僕のことが心配でしかたないんだ」
「はい。ハルネス隊長がニコラのことを大切にしてるのは、よくわかりましたから」
「ありがとう。……僕ね、最初はべつの騎士の側仕えだったんだ。隊長じゃなくて、一般の騎士だったよ」
「やめろ、ニコラ! そんな話をする必要なんてない!」

 ハルネスが悲痛な声で止めたが、ニコラはゆっくりと首を横に振った。

「リュカに聞いてもらいたいんだ。――僕はそのひとに関係を迫られて、断り切れなくてずるずると関係を続けてしまった。……あるとき、その騎士の仲間に集団で暴行されそうになったところをハルネス隊長に助けてもらったんだ」

 淡々と喋っているニコラよりも、ハルネスのほうがよほどひどい顔をしていた。

「僕が側仕えをしていた騎士も含めて、関係者は全員騎士を辞めさせられたよ。ハルネス隊長のおかげでひどいことにはならなかったけど、自分より体格のいい騎士がたくさんいるのを見るたび、怖くなってしまって……」

 はじめて会ったときにニコラが話してくれたのは、自分のことだったのだ。

「一時期は、騎士になるのをあきらめようとも思った。……でも、ハルネス隊長に声をかけてもらって、僕は立ち直ることができた。ハルネス隊長の側仕えにしてもらって、僕はハルネス隊長のお気に入りと噂されるようになった。周りには僕たちが毎晩身体を重ねていると思われているけど、実際にはハルネス隊長のベッドに入れてもらったことなんて一度もないんだよ。……僕はとっくに大丈夫なのに。過保護すぎるのも困りものだよね」

 少しさみしそうな声音で言うニコラに、ハルネスが愕然と目を見開く。

「僕にはハルネス隊長がいる。リュカにとって、サイファート隊長はきみを守ってくれる相手なのかな?」

 ニコラの問いかけに、リュカはためらうことなく頷いた。

「俺はまだサイファート隊長のことをよく知りません。でも、あの方が俺のことで心を砕いてくださっているのを知っています。俺が仕える相手がサイファート隊長でよかった。この先もサイファート隊長の側仕えでありたい。そう思っています」
「そっか、よかった」

 ニコラは、心の底から安堵したような笑みを浮かべていた。
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