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第22話 公爵令息エリオット・フレインの疑念
しおりを挟む「スカーレット嬢!」
「フレイン様?」
スカーレットの教室に駆け込むと、周りの令嬢達から「きゃあっ」と歓声が上がった。
「明日、昼食を共にして欲しい。話したいことがある」
「は、はい」
勢いづいていたエリオットは言いたいことだけ告げて「では明日!」とさっさとその場を後にした。
だから、その後スカーレットの教室でどんな騒ぎになったか知らない。
朴念仁が一朝一夕で気遣いの出来る男に変身できる訳がないのである。
(よっしゃあ!誘えた!)
ただもう誘えたことで一つの関門を乗り越えたような気になったエリオットは、機嫌良く廊下を歩いていた。
だがその時、エリオットの周囲に不気味な笑い声が響く。
『ふふふふ……』
エリオットは足を止めて辺りを見回した。周囲に人影はない。
「誰だっ!?」
『ふふふふ……フレイン様……お姉様をよろしくお願いしますわ』
「ミッ、ミリア嬢かっ?」
廊下には隠れられそうな場所もなく、それでも声は聞こえてくる。
「どこにいるんだ?出てこい!」
『ふふ……お姉様の婚約者様と人気のない場所で二人で会うわけにはいきませんわ』
ミリアの声はそう言う。確かに、ひとの婚約者と二人きりになるのは避けた方がいいが、だからといって、令嬢が姿を見せずに声だけ響かせて男性を脅かした方がいいという訳ではない。
「しかし、君はジム・テオジールとは二人きりで会っていたじゃないか!」
『あら、だって、私はジムとお姉様の婚約を解消してもっと高位の貴族とお姉様を婚約させるつもりでしたから』
ミリアの声があっけらかんと言う。
『王太子殿下に味方になってもらえなかった場合、高位の婚約者に守ってもらうしかお姉様を守る方法がありませんもの。だから、お姉様にも言ったんです。高位の貴族を口説くべきだって。でも、馬鹿なことを言うなと叱られて……』
語尾が不満そうな調子を帯びる。ふてくされているようだ。
スカーレットに婚約者以外の男を口説けだなんて無理難題だろう。スカーレットの淑やかな姿を思い浮かべて、エリオットは満足げに頷いた。
『王太子殿下にお願いしに行くのも大反対されたんです。私達の身分では話しかけるだけでも不敬になる、それに、殿下には婚約者がいらっしゃるのだから令嬢が無闇に近づいてはいけないと』
声だけの令嬢にそう言われて、エリオットは最初に立ち聞きした会話を思い出した。なるほど、あの時の会話はその辺のことを話し合っていたのか。ところで、いい加減に姿を現して欲しい。もしもこの姿が誰かに見られていたら、エリオットは見えない何かと話をするやべぇ奴と思われてしまう。婚約者の義妹と二人きりで話していた、よりも、誰もいない場所でどこかから聞こえてくる不気味な声と会話していた、の方が遙かにやばいだろう。
『そうそう、ビルフォード公爵令嬢に申し訳ありませんでしたとお伝えください。人質にしてしまって……胸を揉んだのはちょっとした好奇心でした』
「そんなこと俺に言われても困る。自分で伝えるんだ」
『……そうですね。では、またいずれ……ふふふ、お姉様とお幸せに……ふふふふ……私の目的は果たされた!ふはははは!いずれまた会おう!では、さらばだ!』
悪役が退場する時みたいな言い方の高笑いが響いた後、声がすーっと遠ざかっていった。
エリオットは周囲をきょろきょろ見渡したが、結局ミリアがどこから喋っていたのかまったくわからなかった。
「いったい……何者なんだ……?」
男爵家の令嬢だと正体は判明しているのに、エリオットは思わずそう呟かずにはいられなかった。
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