19 / 98
第19話
しおりを挟む***
書斎のカウチに腰掛けたヴェンディグが、レイチェルを待ち構えていた。
陽の光の下で見る彼の肌には、赤黒い痣がくっきりと浮かんでいる。琥珀色の瞳が書斎に入ってきたレイチェルを冷たく見据えた。
「レイチェル・アーカシュア」
レイチェルは足がすくみそうになるのを堪えて、ヴェンディグの前に立った。
「お前が昨夜見たものは、俺とライリーしか知らないことだ」
ライリーはレイチェルの少し後ろに控えている。二人に挟まれる形のレイチェルは手が震えるのを抑えられなかった。
ヴェンディグはレイチェルの様子を観察するように見てくる。怯えているのを勘付かれたくなくて、レイチェルはぎゅっと口を引き結んでヴェンディグと目を合わせた。
「お前に許されている選択肢は二つだ。一つ、何も見なかったことにして、ここから出て行く。住む場所と生活費ぐらいは与えてやるし、望むならまっとうな縁談も整えてやろう」
レイチェルは黙って聞いていた。
「もう一つは、ここに残る道だ」
ヴェンディグは真剣な顔つきで言った。
「ただし、ここに残るということは、一生をこの離宮で過ごすことになるということだ。その不自由の代償に、真実を教えてやる。真実を知りたければ、今日の夜、俺の部屋に来い」
***
レイチェルを部屋へ送り届けた後で、戻ってきたライリーが呆れ顔をした。
「あのような言い方をして」
「何がだ?」
「レイチェル様にですよ。脅すように選択肢を突きつける必要はなかったでしょう」
ヴェンディグは「ふん」と鼻を鳴らした。
「聡い女だ。ああ言っておけば、外で余計なことは口走らないだろう」
真実は不自由の代償だ。レイチェルなら、他の者に不用意に話すことはあるまい。
「それより、ちゃんとした嫁ぎ先を見つけておけ」
「今夜、彼女が来たらどうします?」
「来る訳がないだろう」
あれだけ恐ろしい光景を目にしたのだ。今すぐにでもこの離宮から逃げ出したくなっているに違いない。
「巨大な蛇に取り憑かれた男の部屋にのこのこやって来るような阿呆がいるかよ」
「さて、それはどうでしょうね」
ライリーはからかうような口調になった。
「実はちょっと期待しているんじゃないのですか?」
「馬鹿言え。そんな訳があるか」
ヴェンディグは一笑に付したが、ライリーはとぼけた顔で言ってのけた。
「巨大な蛇に取り憑かれた男の部屋にのこのこやって来るかはわかりませんが、少なくとも、呪われた公爵の元に乗り込んで求婚してくる程度の勇気はある御方ですからね」
ヴェンディグは苦虫を噛み潰した顔になった。
1
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
クゥクーの娘
章槻雅希
ファンタジー
コシュマール侯爵家3男のブリュイアンは夜会にて高らかに宣言した。
愛しいメプリを愛人の子と蔑み醜い嫉妬で苛め抜く、傲慢なフィエリテへの婚約破棄を。
しかし、彼も彼の腕にしがみつくメプリも気づいていない。周りの冷たい視線に。
フィエリテのクゥクー公爵家がどんな家なのか、彼は何も知らなかった。貴族の常識であるのに。
そして、この夜会が一体何の夜会なのかを。
何も知らない愚かな恋人とその母は、その報いを受けることになる。知らないことは罪なのだ。
本編全24話、予約投稿済み。
『小説家になろう』『pixiv』にも投稿。
レイブン領の面倒姫
庭にハニワ
ファンタジー
兄の学院卒業にかこつけて、初めて王都に行きました。
初対面の人に、いきなり婚約破棄されました。
私はまだ婚約などしていないのですが、ね。
あなた方、いったい何なんですか?
初投稿です。
ヨロシクお願い致します~。
妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。
女神様、もっと早く祝福が欲しかった。
しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。
今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。
女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか?
一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる