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第36話
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きらびやかな衣装をまとった男女が、音楽の奏でられる会場ですれ違い、互いに仮面の奥で目を見交わし、時にそっと物陰に身を隠す。
華やかで、ひっそりと淫靡な空気も含んだ仮面舞踏会にて、一人の少女がドレスを翻して踊っていた。
彼女のパートナーを務める男性はまだ若い貴族だ。仮面をつけていても彼の頰が紅潮していることがわかる。目の前の少女以外何も目に入っていない様子だ。
やがてダンスの時間が終わり、二人は中心から離れ、庭の暗がりに立った。
「カヴァンド伯爵の仮面舞踏会に参加したのは二度目だが、前回は貴女はいらっしゃらなかった」
青年が少女の手を取って囁いた。
「ええ。恥ずかしながら、このように華やかな場所で殿方と踊ったのは生まれて初めてでしたの。貴方のおかげで、とても楽しゅうございましたわ」
少女は口元を扇で隠し、淑やかに微笑んだ。
まだ少女と呼ぶべき体つきに似つかわしくない大人びた仕草に、青年の目が釘付けになり周りの風景が見えなくなる。
頭のどこかで、これはおかしいと声がする。
青年には愛する婚約者がいる。今日は男友達と遊びに来ただけで、女性と踊るつもりはなかった。
それが、会場ですれ違って流し目を寄越されただけで、この少女にふらふらと引き寄せられてしまった。
これはおかしい、逃げろ、逃げろ、その手を離せ、と声がする。頭の中で本能が訴える。
けれども、少女から目を離せない。体は本能に逆らって少女の手を握る。本能でも理性でもないのならば、今、青年の体を動かしているものは——操っているものはなんなのだろう。本能の警告も理性の思考もねじ伏せて青年を突き動かすものは。
「私、もう帰らなくては」
少女がそっと青年の耳元で囁いた。青年の背が粟立ち、胸がかきむしられるような痛みに声が上ずる。
「そんな……ならば、せめてお名前を」
「あら。仮面舞踏会では名を聞かないのが礼儀でしてよ」
わずかに咎める口調で口元を綻ばせる。少女の雰囲気に落花の妖しさが漂った。らんらんと咲き誇った薔薇の花弁が落ちる瞬間のような束の間の美に心がざわめく。
「またお会いしましょう。次の舞踏会で」
すうっと仮面の奥の目を細めて、少女は青年に背を向けた。
その目に見据えられた青年は、「お前は獲物だ」と言われたように感じた。
そして、少女の獰猛さを垣間見た悦びに身を震わせた。
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