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第63話
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リネット・アーカシュアは自分の思うことを口にするのが苦手な子供だった。
何も言わなくても、欲しいものは両親が与えてくれる。それに、姉にくっついていれば、いつでも姉がハキハキ答えてくれる。リネットの代わりに。
それでいいと思っていた。だけど、初めて連れて行かれたお茶会で、貴族の令嬢はきちんと挨拶が出来なくちゃ駄目なのだと知った。
リネットと同じくらいの歳の子も、皆たどたどしくても名を名乗りあい楽しそうにお話ししていた。
リネットは一言も口をきかずに姉の後ろに隠れていた。挨拶されてもリネットが何も言わないものだから、姉は小言を言ったけれど結局代わりに応えてくれた。
両親は出来なくてもいいとリネットに言ったけれど、姉は挨拶出来なきゃ駄目だと言った。
次のお茶会ではリネットも頑張って挨拶しようとしたけれど、やっぱりどうしても家族以外の人とは喋れなかった。
リネットと違って、姉はたくさんの令嬢と知り合ってお話ししていた。
「レイチェル様。かわいいくまさんですね」
「ありがとう。お誕生日にもらったの」
姉がお気に入りのくまのぬいぐるみを抱きしめ、お人形集めが趣味という令嬢と楽しそうに話しているのを見て、リネットは思った。
私もあのくまさんを持っていれば、姉のように上手にお話し出来るかもしれない。あのくまさんを持っていれば、誰かが「かわいいくまさんね」と話しかけてくれるに違いない。
そう思ったから、家に帰るなり姉にねだった。姉は困っていたけれど、両親がリネットの味方をしたため、渋々リネットにくまをくれた。
これで安心だとくまを抱きしめて次のお茶会に参加したリネットだったが、どんなに強くくまを抱きしめても、姉のように喋ることは出来なかった。相変わらずレイチェルに隠れるようにくっついているリネットには、誰も話しかけてくれなかった。
「レイチェル様。素敵な髪飾りですね」
「まあ、レイチェル様。襟のレースが素晴らしいですわね」
「ドレスの色、レイチェル様によくお似合いですわ」
どんな物も、レイチェルが身につけているとひときわ輝いて素晴らしい物に見えた。だから、皆レイチェルに声をかけて褒めそやすのだ。
リネットがレイチェルにねだって譲ってもらい、同じものを身につけても、それらは輝かず誰の目を引くこともなかった。
いつだって、姉の手にある物は素敵に見えた。
姉が選んだものなら間違いはない。リネットは姉のように賢くないから、姉のものを身につけて姉にくっついていれば安心だ。両親だって、リネットが賢くないのをわかっているから、賢い姉に「リネットに譲ってやれ」と言うのだ。
ずっとそう思ってきた。
だけど、姉の婚約者のパーシバルは「それは良くないことだ」と言う。
リネットも、薄々自分の行いがレイチェルにとって良くないものであったかもしれないと気づき始めた。けどだからといって、今さらレイチェルから離れたら、リネットには何もわからなくなってしまう。
そう不安を訴えると、パーシバルはリネットに「私が君をこの家から連れ出す」と言った。
パーシバルが言うには、リネットは一度両親と姉から離れなければならないらしい。リネットはパーシバルとともに家を出て、レイチェルは別のお婿さんを迎える。
それが一番穏やかな形だと言い聞かされた。
その方が姉が幸せになるのならそれでいいと思う。
この頃、いろんなことを考える。
考えていて、気がついた。外から見ると、アーカシュア侯爵夫妻は妹を溺愛して、姉を冷遇しているように見えただろう。
けれど、リネットの目には、両親がリネットというお人形を使ってレイチェルの気を引こうとしているように見えた。
まるで両親の方が、一生懸命レイチェルに構ってもらおうとしているみたいに。
「同じものを見ていても、立場によって全然違うものが見えるのは普通のことだよ」
パーシバルはそう言っていた。
リネットは腰を低くして壁にぺったり張り付いていた。
こっそりと開けた扉の隙間から中を窺う。誰かに見つかったら叱られるだろうけれど、盗み聞きをやめるつもりはない。花屋のアビーも隣家の夫婦の喧嘩を盗み聞いて、何食わぬ顔で旦那さんに仲直りのための花束を買わせるのだと笑っていた。リネットも平民のしたたかな生き方を学ばなくてはならない。
——あんな令嬢、見たことないわ。
レイチェルの友人だと名乗ってするりと入り込んできた少女に、不信感を抱いたリネットは部屋の中の会話を盗み聞こうと決意したのだ。
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