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第62話
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なんだか最近何もかも上手くいかない気がする。
呪われた男に魅入られた長女のせいで、こちらにまで悪いものが来ているのではないかと、アーカシュア侯爵夫妻は日々募る苛立ちを胸に抱えていた。
二人の娘のどちらも愛情深く育てたというのに、長女の方は昔から可愛げがなかった。ちょっと知恵がつけばもう親に対して口ごたえしてくるし、叱りつければ呆れたとでも言いたげな視線を送って寄越す。長女の目にはいつも両親に対する侮蔑が込められていた。
親に対してすらそんな態度では、自分以外の者を見下す傲慢な性格になるだろうと心配して、そうならないようにせめて実の妹には優しくするように指導したというのに、妹の婚約におめでとうの一言もなく家から飛び出していった。しかも、呪われた男に求婚して、その男の元で過ごしていると聞く。そのせいでアーカシュア家は他の家から遠ざかられている。長女が呪われた男と婚約したと広まるなり、誰もアーカシュア家と付き合おうとしなくなったのだ。すべて長女のせいだ。
「本当に、ご苦労されたことと思いますわ」
優秀な人間というのは、皆、傲慢になる。こちらがどんなに心を砕いてやっても、その思いやりすら通じない。
自分の弟もそうだった。と、アーカシュア侯爵は思う。利発な子供で、周りが神童ともてはやすから、したり顔で大人と難しい話をするような傲慢な人間になった。
罰が当たったのか、十歳の時に猩紅熱にかかって亡くなったが、嘆き悲しむ母を、父が「優れた人間は神様が気に入って連れて行ってしまうんだ」と慰めていた。
神様に気に入られるような子供などいらない。子供が愛し愛されるのは親だけでいいんだ。
だからほら、親の言うことをきかないから、レイチェルは人間ではない者に気に入られて、連れて行かれてしまったではないか。
「レイチェル様は、恐ろしい蛇に魅入られてしまったのですよ」
自業自得だ。レイチェルは、レイチェルは母に似ている。優秀な弟ばかり可愛がって、ああ、そうだ。レイチェルの目は、幼かった侯爵を見下していた母の目にそっくりだ。
しかし、何故、自分と妻の前に少女が座ってにこにこしているのだろう。
「私、レイチェル様のことが心配で心配で」
いきなり訪ねてきてレイチェルの友人だと名乗った少女を「たかが子爵家の娘に用はない」と門前払いしたはずなのに。
少女はいつの間にか、するりと入り込んできて侯爵夫妻の前でレイチェルの話をしている。
「レイチェル様にはご両親の助けが必要ですわ」
助け。レイチェルは何をしても親に助けを求めてこない。どうしてあんな風に育ってしまったのか。
「娘さんは、踊ろしい蛇に魅入られて、心を操られているのです」
蛇。助け。レイチェルが。
レイチェルは、蛇の呪いに囚われている。
それなら、今のレイチェルは哀れな存在だ。呪われた者などに魅入られた愚か者だ。
「哀れなレイチェルを助けてあげるのよ」
そうだ。今こそ愚かな娘に、親の正しさを教えてやるだ。
虚ろな目で何度も頷く侯爵夫妻の前で、パメラは笑みを深くした。
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