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第91話
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「そこに……何がいるのだ?」
カーライルは硬い声で尋ねた。
リネットは地下通路を覗き込んで「バレちゃったじゃない!」と叫んだ。カーライルの隣にヘンリエッタもやってきて彼を支える。ヘンリエッタの後ろにはニナも控えている。
「カーライル。私は十二年間、ヴェンディグと共にあった者……お前のこともいつもヴェンディグの中から見ていたよ。蛇に呪われたヴェンディグを恐れることなく、いつも兄想いだった」
カーライルは眉をひそめた。
「何を……そこから出てこい! 姿を見せろ!」
「私がここから出ようとすると、入り口を壊してしまう。お前がここへ来てくれ。危害を加えたりしないと誓おう」
姿は見えないが、そこにいる者がただならぬ存在であることは感じられた。声に威厳が満ちている。ともすれば、王の前であるかのように身が竦む。
カーライルはごくりと息を飲み、三人の侵入者に目をやった。三人はカーライルと目が合うと、揃ってこくりと頷いてみせた。
カーライルはヘンリエッタに動かないように言い聞かせ、覚悟を決めて地下通路の入り口に近寄った。短い階に足をかけ、慎重に通路に降りる。
そして、そこに佇む真っ黒い大蛇の姿を目にして唖然とした。
「ありがとう。怖がらないでほしい。君を脅かし、王宮を意のままに操っている少女について話したい」
大蛇は人の言葉を喋り、カーライルに語りかけてきた。カーライルは剣に手をかけたまま、大蛇の言葉を聞いた。
「あの少女には、悪い蛇が取り付いている。そして、彼女は他者を操る能力を持っている。あの少女の言葉を聞くと、従わなければならないという気になるだろう?」
カーライルは背筋を冷たくさせた。その通りなのだ。どこかでもう一人の自分が「おかしい」と叫んでいても、この声に従わなければならないと思ってしまう。
それを何故、この大蛇が知っているのか。カーライルは額に汗を滲ませながらも懸命にナドガを睨みつけた。
「私は、あの少女に取り憑いている蛇を倒すためにここにいる。情けない話だが、私は人間の力を借りているのだ。私だけでは何も出来ない。私には――ヴェンディグとレイチェルが必要だ」
ヴェンディグの名を出されて、カーライルは歯を食い縛った。その次の瞬間、また頭が霞がかったようにぼんやりとしてきて、必死に頭を振った。駄目だ。駄目だ。まだ意識を保て。しっかりしろ。ガロトフ王よ我を守りたまえ。
頭を抱えて必死に意識を保とうとするカーライルの前で、ナドガが口を開けた。
「――っ?」
カーライルは一瞬、風が吹いたのだと思った。だが、実際にはカーライルに向かってナドガが吠えただけだ。音にはならない蛇の王の声を、カーライルに浴びせたのだ。
「何、を……」
戸惑うカーライルだが、その時、頭の奥で何か黒い塊がガシャンと割れたような気がして、そして、ぼんやりしていた頭の中がさーっと霧が晴れるように鮮明になっていった。
「一人の暗示ぐらいなら解ける。お前はもうあの少女の言いなりではない」
目の前の大蛇が、自分を苦しめていた頭の中の声を吹き飛ばしてしまったようだ。カーライルはどんどん頭が冷えて色んな物事を考えられるようになっていくのを感じた。
「……蛇の王よ」
顔を上げたカーライルは、まっすぐにナドガを見据えた。
「私は、何をすべきだ」
ナドガは赤い目でカーライルを見返した。
「ヴェンディグを――私の元に連れてきてくれ」
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