生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
91 / 98

第91話

しおりを挟む


***


「そこに……何がいるのだ?」

 カーライルは硬い声で尋ねた。
 リネットは地下通路を覗き込んで「バレちゃったじゃない!」と叫んだ。カーライルの隣にヘンリエッタもやってきて彼を支える。ヘンリエッタの後ろにはニナも控えている。

「カーライル。私は十二年間、ヴェンディグと共にあった者……お前のこともいつもヴェンディグの中から見ていたよ。蛇に呪われたヴェンディグを恐れることなく、いつも兄想いだった」

 カーライルは眉をひそめた。

「何を……そこから出てこい! 姿を見せろ!」
「私がここから出ようとすると、入り口を壊してしまう。お前がここへ来てくれ。危害を加えたりしないと誓おう」

 姿は見えないが、そこにいる者がただならぬ存在であることは感じられた。声に威厳が満ちている。ともすれば、王の前であるかのように身が竦む。

 カーライルはごくりと息を飲み、三人の侵入者に目をやった。三人はカーライルと目が合うと、揃ってこくりと頷いてみせた。
 カーライルはヘンリエッタに動かないように言い聞かせ、覚悟を決めて地下通路の入り口に近寄った。短い階に足をかけ、慎重に通路に降りる。
 そして、そこに佇む真っ黒い大蛇の姿を目にして唖然とした。

「ありがとう。怖がらないでほしい。君を脅かし、王宮を意のままに操っている少女について話したい」

 大蛇は人の言葉を喋り、カーライルに語りかけてきた。カーライルは剣に手をかけたまま、大蛇の言葉を聞いた。

「あの少女には、悪い蛇が取り付いている。そして、彼女は他者を操る能力を持っている。あの少女の言葉を聞くと、従わなければならないという気になるだろう?」

 カーライルは背筋を冷たくさせた。その通りなのだ。どこかでもう一人の自分が「おかしい」と叫んでいても、この声に従わなければならないと思ってしまう。
 それを何故、この大蛇が知っているのか。カーライルは額に汗を滲ませながらも懸命にナドガを睨みつけた。

「私は、あの少女に取り憑いている蛇を倒すためにここにいる。情けない話だが、私は人間の力を借りているのだ。私だけでは何も出来ない。私には――ヴェンディグとレイチェルが必要だ」

 ヴェンディグの名を出されて、カーライルは歯を食い縛った。その次の瞬間、また頭が霞がかったようにぼんやりとしてきて、必死に頭を振った。駄目だ。駄目だ。まだ意識を保て。しっかりしろ。ガロトフ王よ我を守りたまえ。

 頭を抱えて必死に意識を保とうとするカーライルの前で、ナドガが口を開けた。

「――っ?」

 カーライルは一瞬、風が吹いたのだと思った。だが、実際にはカーライルに向かってナドガが吠えただけだ。音にはならない蛇の王の声を、カーライルに浴びせたのだ。

「何、を……」

 戸惑うカーライルだが、その時、頭の奥で何か黒い塊がガシャンと割れたような気がして、そして、ぼんやりしていた頭の中がさーっと霧が晴れるように鮮明になっていった。

「一人の暗示ぐらいなら解ける。お前はもうあの少女の言いなりではない」

 目の前の大蛇が、自分を苦しめていた頭の中の声を吹き飛ばしてしまったようだ。カーライルはどんどん頭が冷えて色んな物事を考えられるようになっていくのを感じた。

「……蛇の王よ」

 顔を上げたカーライルは、まっすぐにナドガを見据えた。

「私は、何をすべきだ」

 ナドガは赤い目でカーライルを見返した。

「ヴェンディグを――私の元に連れてきてくれ」



しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

クゥクーの娘

章槻雅希
ファンタジー
コシュマール侯爵家3男のブリュイアンは夜会にて高らかに宣言した。 愛しいメプリを愛人の子と蔑み醜い嫉妬で苛め抜く、傲慢なフィエリテへの婚約破棄を。 しかし、彼も彼の腕にしがみつくメプリも気づいていない。周りの冷たい視線に。 フィエリテのクゥクー公爵家がどんな家なのか、彼は何も知らなかった。貴族の常識であるのに。 そして、この夜会が一体何の夜会なのかを。 何も知らない愚かな恋人とその母は、その報いを受けることになる。知らないことは罪なのだ。 本編全24話、予約投稿済み。 『小説家になろう』『pixiv』にも投稿。

レイブン領の面倒姫

庭にハニワ
ファンタジー
兄の学院卒業にかこつけて、初めて王都に行きました。 初対面の人に、いきなり婚約破棄されました。 私はまだ婚約などしていないのですが、ね。 あなた方、いったい何なんですか? 初投稿です。 ヨロシクお願い致します~。

義妹がピンク色の髪をしています

ゆーぞー
ファンタジー
彼女を見て思い出した。私には前世の記憶がある。そしてピンク色の髪の少女が妹としてやって来た。ヤバい、うちは男爵。でも貧乏だから王族も通うような学校には行けないよね。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。

しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。 今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。 女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか? 一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

処理中です...