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第90話
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「何者だ、貴様等!」
カーライルは腰の剣を抜いてリネットに突きつけた。
「何故、この場所を……何故、鍵を持っている!?」
「お、王太子殿下……お許しください。私共は……」
「そこから出ろ!」
リネットに剣を突きつけられて逆らうことも出来ず、パーシバルとマリッカは通路から出て床にひざまずいた。
「王太子殿下! 王宮への無断での侵入、許されぬと覚悟しておりますが、私共は……」
「レイチェル・アーカシュアを助けたいのです! どうか、カーリントン公爵閣下に会わせていただけないでしょうか!?」
説明しようとするパーシバルの横で、マリッカが王太子の足下に身を投げ出して懇願した。
隠し通路を使って王宮に侵入したのだ。この場で切り捨てられても文句は言えない。恐怖に震えながらも、マリッカは必死に訴えた。
「お願いします! どうか、公爵閣下に……」
「……兄上?」
マリッカの訴えを聞いたカーライルが、虚を突かれたように一瞬だけ惚けた表情になった。
雰囲気が変わったことに気づいて、マリッカは顔を上げた。
「……兄上……そうだ、兄上が捕まって……」
カーライルはぐらりと頭を傾がせた。
「く……っ」
苦しげに眉根を寄せ、リネットから手を離して自分の額を押さえる。リネットはパーシバルに駆け寄って背中に隠れた。
カーライルは酷く頭が痛むかのように顔を歪ませ、ぶつぶつと呟く。
「何故なんだ……兄上が、捕まったなんて……おかしいと思うのに……あの女の前にいると、何も言えなくなる……」
「殿下……?」
「駄目なんだ……離れていれば、ふっと正気に戻る時がある……けれど、すぐにまた頭がぼんやりして……兄上、兄上を、助けなければ……」
カーライルはふらついて二、三歩後ずさった。その時、ギィィと扉の軋む音がして、広い地下に足音が響く。
誰かが入ってきたことに気づいたパーシバルとマリッカは身を硬くした。王太子は様子がおかしいし、もしもパメラに操られている兵士や貴族だった場合、万事休すだ。ナドガが見つかってしまう。
銅像の向こうに影が踊り、か細い声が響いた。
「……殿下?」
その声に、はっと顔を上げたのはカーライルだった。
「殿下? こちらにいらっしゃるのですか? もうずっと、地下で祈っておられると聞いて……」
「……ヘンリエッタ」
王太子は抜き身の剣をぶら下げて、よろよろと声の方へ歩み寄った。
ニナを伴って地下にやってきたヘンリエッタは、初代国王の大きな銅像の背後から姿を現したカーライルに驚いて目を丸くした。何があったのか、剣を抜いて青い顔をしている。
「殿下? いったい何が……」
「ヘンリエッタ……私に近寄るなと言っただろう……正気を失って、君を傷つけるかもしれない……」
カーライルには、自分がおかしくなっている自覚があった。だから、最初からヘンリエッタに近づかないようにしていた。彼女の近くにいたら、自分の意志ではなく傷つけてしまうかもしれない。
侯爵家の夜会で顔を合わせた瞬間から、パメラ・クレメラの言うことに従ってしまう。彼女の虜になっているとか愛しく思っている訳ではない。それなのに、頭がぼんやりして、彼女に従わなければいけないという気になってしまう。この状態で何かとんでもない間違いをしでかせば、一生後悔するとカーライルは恐ろしかった。
だが、ヘンリエッタはきっと顔を引き締めてカーライルを見つめた。
「いいえ。私がおそばにいなかった間に、殿下はこうして苦しんでおられます。カーライル様をこれ以上、一人で苦しませはしません。「呪われた生贄公爵」を恐れなかったレイチェル様のように、私は何があろうとおそばを離れません」
ヘンリエッタの凛とした声が聞こえてきて、パーシバル達三人は身動きが取れずに固まっていた。
ややあって、静かな空間に、地下通路から低い声が響いた。
「カーライル」
こちらに背を向けていたカーライルが、ばっと振り向いた。
「私の名はナドガルーティオ。こちらへ来てくれないか」
地下から立ち昇る濃密な気配に、カーライルは扉をみつめて立ち尽くした。
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