生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ

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第89話

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***


「あったぞ。出口だ」

 離宮への出口と同じ扉をみつけて、パーシバルは声を上げた。

「ここはたぶん王宮の地下だろうな」

 レイチェルに言われた通り、離宮の下からさらに奥へ足を進めた彼らはそこで足を止めて傷だらけのナドガを労った。

「しかし、よく考えてみたらこの扉からナドガ様は出られないよな」

 地下に入るときはレイチェルの体内に宿っていたので、出る時も誰かの体内に入らないと小さな扉をくぐれない。そう思い当たってパーシバルはこの先どうすべきかと首を捻った。

「あ。じゃあ、私の中に入ってもいいわよ。お姉様もやっていたし、大丈夫よね」
「アンタはなんでもレイチェルの真似しようとするの止めなさいって」

 姉がやっていたから大丈夫という基準で恐ろしいことを提案するリネットを、マリッカが制止した。

「うーん。それなら、私一人で外に出てみるわ」
「リネット?」

 パーシバルとマリッカは「何を言っているんだ?」と呆れた。だが、リネットは存外真面目な表情で言った。

「私なら、みつかっても「お姉様が心配で忍び込んでしまった」っていう言い訳が使えるわ。私の評判は皆知っているんだし、「常識のない馬鹿娘がとんでもないことをしでかした」と思われるだけですむんじゃないかしら」

 パーシバルとマリッカは思わず顔を見合わせた。

「それに、妹だって言えばもしかしたらお姉様に会わせてもらえるかもしれないし」
「いや……それでも危険だ」

 得体の知れない化け物に牛耳られているかもしれない王宮に、リネットを一人で行かせられるはずがない。パーシバルはここにいるのがレイチェルだったら止められなかったかもしれないと思った。彼女はきっと戸惑う自分を力強く説得して出て行ってしまっただろう。

 しかし、パーシバルは失念していた。リネットは、レイチェルの妹なのだ。レイチェルのような理路整然とした交渉は出来なくとも、粘り強さはしっかりと持ち合わせていた。

「だって、ここで三人と一匹でじっとしてたって仕方がないじゃない! 私は捕まっても地下通路のことは喋らないから! もしも私が戻ってこなかったらパーシバルがなんとかしてよ! 捕まったお姉様のことが心配だし! パーシバルもお姉様が心配でしょ? ……」

 腕を掴まれてがくがく揺さぶられ、初めは強く窘めていたパーシバルの口調がだんだん弱々しくなっていくのを眺めて、マリッカは「もしかしてパーシバル様はこの姉妹に弱いのかしら?」と思った。


「危ないと思ったらすぐに戻ってくるんだぞ?」
「わかってるわよぅ」

 些か緊張感にかけた様子のリネットが頭上の扉を開けて、階を昇るのをパーシバルとマリッカははらはらと見守った。

「よいしょっ……と」

 隠し扉から顔を出したリネットは、薄暗い空間に目を細めて辺りを見回した。すぐ側に祭壇と初代皇帝の銅像がある。隠し扉があるのは裏側の空間で、リネットは銅像の背中を見上げた。
 リネットは扉から這い出ると、銅像にぴたりと張り付いてこっそりと辺りを窺った。銅像の前には緩やかな階があり、その下―― 一段低い床にひざまずいてうずくまる人影が見えた。
 少しびくっと肩を揺らして身を引いたリネットだが、その人影が顔を膝に埋めるようにしてうなだれているのに気づいて眉をひそめた。よくよく観察すれば、何かをぶつぶつと呟いている。
 しばらく様子を見たがどこかに行く様子がないので、リネットは仕方がなく隠し扉を開けて中で不安そうに待っていた二人に報告した。

「なんか変な人がいて、どっかに行ってくれないと出ていけない……」
「変な人?」
「そうなの。なんかずっとぶつぶつ喋っていて……」

 リネットが地下通路に戻ろうかどうしようか迷っていた時だった。

「……誰かいるのか?」

 不思議そうな声音が響いて、パーシバルとマリッカははっとした。慌ててリネットを掴んで引き戻そうとしたが、それより先に、かつかつと足音が響いて人影が射した。

「な……」

 絶句する声が聞こえた。

「何をしている!?」

 呆然としていた声は、次の瞬間、硬く強ばった。

「何故、地下の扉を知っている!? ……どうやって鍵を……っ、貴様等、兄上に何をした!?」
「きゃっ……」

 リネットの腕が掴まれて、無理矢理引き立たされた。
 パーシバルとマリッカは、蒼白な表情で見下ろしてくる王太子――カーライルの顔を目にして息を飲んだ。


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