94 / 98
第94話
しおりを挟む***
離宮の建物を背に、庭に足を踏み入れる姿が、パメラの生み出した炎に照らされて浮かび上がる。
ダークブロンドに琥珀色の瞳の青年、秀麗な顔の左半分には醜い黒い痣が刻まれている。
「ヴェンディグ様……」
ゆっくりと歩み寄ってくるその姿に、レイチェルの目に涙が浮かんだ。
「シャリージャーラ。蛇の王はここにいる。レイチェルを放せ」
パメラは冷たく目を細めて笑った。
「ナドガルーティオ。あなたの大事な宿主とその婚約者を守りたければ、潔く私に殺されなさい」
ヴェンディグが歩みを止めると、その胸元から黒い影が吹き出して、漆黒の大蛇が頭上に現れた。
「ひっ……」
レイチェルを押さえていた兵士が悲鳴を上げた。シャリージャーラに操られていた彼だが、目前に現れた強い恐怖に本能が反応して、レイチェルを放して足をもつれさせながら逃げていった。
もがいている内に手首を縛る縄が緩んだ気がして、レイチェルは縄をほどきながらヴェンディグに駆け寄ろうとした。
だが、パメラがレイチェルの首に手をかけて動きを止める。
「動かないでちょうだい。新たな王の誕生の瞬間なのよ。厳かにしたいわ」
「……っ、蛇の王は、ナドガしかいないわっ」
レイチェルが言うと、首にかけられた手に少し力が込められた。
「あまりうるさいとこのまま燃やしてしまうわよ。喋れなくなれば静かになるわよね」
パメラが脅すように言い、ヴェンディグが顔を歪めて足を踏み出そうとした。
その時だった。
突然横から走り出てきた人影が、パメラに飛びかかった。
「なっ……」
「パメラ! もうやめるんだ!!」
腕を掴み、レイチェルから引き剥がす。信じられない想いでパメラは口を開いた。
「ダニエル……っ」
「パメラ! お前は何かに取り憑かれて操られているんだろう!? 守れなくてごめん! でも、助けるから! 今度こそ、必ず……っ」
ダニエルは涙ながらにパメラを抱き締めようとした。
だが、その前にパメラの腕がダニエルを振り払った。――生み出した炎を、腕にまとわせて。
ダニエルが悲鳴を上げた。焦げ臭いにおい。ジュウッという焼ける音。苦悶の声。
「……え?」
ダニエルは顔を押さえて地面に倒れ込んだ。ぶすぶすと煙が上がる。
「…………え?」
赤毛が縮れて焦げて、酷い匂いが鼻につく。
パメラはダニエルを見下ろして、立ち尽くしていた。
レイチェルは倒れたダニエルに駆け寄り、火傷の具合を確かめた。助け起こそうとするが、ダニエルは苦痛に喘ぎながらも、パメラに手を伸ばした。
「パ……メラ……」
「あ……」
パメラの顔色が、真っ白になっている。
様子がおかしいことに気づいて、レイチェルとヴェンディグもパメラに目をやった。
パメラの頭の中で声が響いた。
(パメラ、どうしたの!)
「あ……」
(パメラ、なぜ動かないの? 早くこいつらを焼いてしまいなさい! 大丈夫、ナドガルーティオは私が倒すから。心配いらないわ)
「あ、あ……」
頭の中で声がする。いつもなら、その声を頼みにするのに。逆らう気など起きず、安心して身を委ねているのに。
パメラは頭を抱えて、髪をかき乱した。その瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれでる。
「ダニエルっ……!!」
パメラには、ダニエルを傷つけるつもりなどなかった。
シャリージャーラの言うことは絶対で命令に服従することを厭わなかったパメラだが、誰よりも身近で大事な幼馴染であるダニエルを、恩人であるシャリージャーラが傷つけるだなんて思ってもいなかったのだ。
パメラは動揺した。
動揺は、シャリージャーラに抑制されていたパメラの意志を揺り動かした。
ずず、と、パメラの白い肌に赤い鱗が浮かぶのを、レイチェルは確かに目にした。
一瞬、ほんの一瞬だけ、パメラの意志がシャリージャーラの支配を上回った。
そう感じたレイチェルは、咄嗟にポケットに手を入れていた。
そして、取り出した瓶の蓋を開け、中身をパメラめがけて投げつけた。
「!?」
ぱしゃっ、と瓶の中身がかかり、パメラは顔を伏せた。夜の闇に混じる、甘い匂い。
ふわりと漂う、ラベンダーの匂い。
「あ……あああああああっ!!」
パメラが絶叫した。
2
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
クゥクーの娘
章槻雅希
ファンタジー
コシュマール侯爵家3男のブリュイアンは夜会にて高らかに宣言した。
愛しいメプリを愛人の子と蔑み醜い嫉妬で苛め抜く、傲慢なフィエリテへの婚約破棄を。
しかし、彼も彼の腕にしがみつくメプリも気づいていない。周りの冷たい視線に。
フィエリテのクゥクー公爵家がどんな家なのか、彼は何も知らなかった。貴族の常識であるのに。
そして、この夜会が一体何の夜会なのかを。
何も知らない愚かな恋人とその母は、その報いを受けることになる。知らないことは罪なのだ。
本編全24話、予約投稿済み。
『小説家になろう』『pixiv』にも投稿。
レイブン領の面倒姫
庭にハニワ
ファンタジー
兄の学院卒業にかこつけて、初めて王都に行きました。
初対面の人に、いきなり婚約破棄されました。
私はまだ婚約などしていないのですが、ね。
あなた方、いったい何なんですか?
初投稿です。
ヨロシクお願い致します~。
義妹がピンク色の髪をしています
ゆーぞー
ファンタジー
彼女を見て思い出した。私には前世の記憶がある。そしてピンク色の髪の少女が妹としてやって来た。ヤバい、うちは男爵。でも貧乏だから王族も通うような学校には行けないよね。
妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。
女神様、もっと早く祝福が欲しかった。
しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。
今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。
女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか?
一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。
私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる